獅子の決意
「……よし」
おれはコウとカイからのメールに返信すると、携帯をしまう。出発の準備は前日までに済ませた。今は最終確認をしている段階だ。
……おれの場合は、少しだけおかしな状況になっているんだけれど。
「忘れ物はないか、蓮?」
「ああ……」
「良く見とけよ? 確認は何回もするに越した事はないんだから」
……何故か、一家全員がおれの準備を手伝っている。
当初は隠し通す予定だったんだけど……三日目ぐらいに、荷物をまとめているのを兄貴に見つかりバレた。後から聞くと、どうも最初から親父にはバレていたらしいけど。
なので、親達がこの計画について知っているのも、おれは聞かされていた。けど、コウ達には教えるな、と言われていたので伝えていない。それぞれの一家がそれぞれで話すことだから、と。
それにしても、誰も止めるつもりがないらしいのは意外だった。やっぱり、英雄として戦ったっていう過去が関係しているんだろうか……。
「ゲームとか漫画は? ちゃんと入れたか?」
……親父の言葉に、いろんな思考が吹っ飛んだ。
「そ、そんな物は置いていくよ。旅行に行くんじゃないんだから」
「いやいや、娯楽ってのは大事だぞ? ほら、入れとけ」
「あ、俺のも貸してやるよ」
「……おいおい」
とまあ、こんな感じで先ほどから無駄に荷物が増えていく。最初は整理されていたはずの鞄……今となっては、完全に許容量をオーバーしている。
「でも、ウェアの所に本体があるとは限らないのではないかしら?」
「ん、それもそうだ。よし、投入……」
「もう無理だって!」
母さん、時村 美鈴の一言により、お気に入りの鞄が弾けそうになったので、さすがにこれは制止した。
母さんは基本的に真面目な人で、おれの性格はどちらかも言えば母親似とよく言われる。ただ、親父と長年一緒にいたからか、真面目にとんでもないことを受け入れる傾向があるのが困りものだ。
「……何で親父達の方が張り切っているんだよ?」
「そりゃあ、大事な息子の旅立ちなんだからな。万全の状態で送り出したいさ」
それは嬉しいんだけど、どうもズレてるんだよな……遊びに行くんじゃないんだから。……おれが、気負いすぎてるのか? でも、命の危険だってあるはずだし、もっと気を引き締めておかないと……
「あんまり深く考えるなよ、蓮。お前は悪いほうの事を想定しすぎて潰れるタイプだからな」
「…………!」
親父の言葉は、まさしく悪い事態を想定しはじめたタイミングだった。親父はやっぱり、おれの性格もちゃんと分かっているみたいだ……おれが分かりやすいのかもしれないけど。
「でも、ゲーム機は置いてくからな」
「そうか。確かに据え置きは無茶かもしれんな……携帯機にしておくか」
結局、ゲームを持っていくのは確定事項のようだ。親父はこれでゲーマーで、毎日やらないと死ぬとまで豪語してるからな……下手に抵抗するとおかしな事になりそうだったので、溜め息で抗議しつつ言われた通りにした。
「後は何が必要かしらね?」
「そうだな……」
金とか、おれが考えられる限り必要なものは、最初から詰めてある。後から追加されたものが必要かどうかはともかく……他に何かいるだろうか? ある程度は現地で揃えようと思っているけど。
「バストールにはUDBも出るんだろ? なら、武器は必要なんじゃないか?」
「武器……?」
確かに、兄貴の言う通りだ。戦闘に巻き込まれる可能性は十分にあるわけだから、護身のためにも装備は必要だろう。
「武器か……よし、ちょっと待ってろ」
「?」
親父は何か思い付いたようにその場を離れた……何だろう?
「遼太郎……あれを渡すつもりなのね」
「あれ?」
「あれって何だよ、母さん?」
「そうね。遼太郎の相棒、と言えばいいかしら」
親父の相棒……?
「それって、大切なものなんじゃないのか?」
「確かに大切なものでしょうね。でも、それより大切なもののためだからね」
「……おれ?」
そうよ、と母さんはおれに微笑んだ。
「分かるでしょう? 蓮も、修も、それからルッカも……あの人にとって、何より大切なものなの」
「……ルッカ、か……」
俺と兄貴、二人の表情が沈んだ。あの時、あいつはおれ達に、はっきりと言い放った……『サヨナラ』と。そして、おれはあいつを引き止められなかった。あいつにとって……おれ達は、何だったんだろう……。
「……遼太郎も、流石にショックだったみたい。だから余計に、あなたに世話を焼きたがってるのよ」
「……親父……」
息子だと思って接していた存在。そいつに……自分の親は死んだ、なんて言われたのは、どれほど辛かったのだろうか。きっと、母さんだって……。
おれには……何が出来る? 親父の為に、母さんの為に、兄貴の為に。旅立つ前に、何かやれる事は無いだろうか?
「あまり余計な事を言うなよ、美鈴」
ちょうどそのタイミングで、親父が戻ってきた。親父の手には、一本の槍が握られている。
白銀に輝くそれに、俺は思わず見入ってしまう。それほどまでに、それは美しかった。洗練された形といい、羽を模したと思われる装飾といい……武器である事を忘れてしまいそうなほどに。
「〈銀嶺〉……俺を何度も救ってくれた槍だ。間違い無く、世界でも指折りの名槍の一つだよ」
親父の手から、それがおれに手渡される。槍と言うよりハルバードに近い形状の刃が、鋭く光った。
「本来は修が継ぐのが正しいんだろうがな。この状況だ……蓮に貸してやってもいいだろう?」
「ああ。大事な弟だし、構わねえさ」
兄貴も銀嶺の輝きに見入っていたらしい。確かに綺麗な槍だ……だけど、実際に持ってみたおれからすると、それ以上だった。
「蓮、どうだ? 持ってみた感想は」
「軽い……それに、手に馴染む。初めて持ったのに、ずっと使い込んでいた槍みたいだ」
おれの感想は心からのものだ。こんな槍は……今まで見た事がない。
「そうか……俺に合わせて造ったものなんだが、血筋かもしれないな」
「血筋……」
その言葉を言った時、親父の顔が若干曇ったのを、おれは見逃さなかった。
………………。
「血筋と言うより、親父はおれの親父だから……だろ?」
「…………?」
おれの発言を、最初はみんな不思議そうな表情で聞いていた。
「おれも、この前のルッカの言葉、ずっと考えていたんだ。血の繋がりは否定出来ないって」
「………………」
「それは確かにそうかもしれない。だけど……おれはそれより、実際に過ごしてきた思い出が、家族を作るんじゃないかって思った」
血が繋がってなければ、いつまでも本当の家族にはなれないのか? おれは、そんな事はないと思う。
「もしおれが今、お前は本当の息子じゃないって親父に言われたとする。それは確かにショックは受けると思う。けど、それでもおれは、親父の事を親父と呼び続ける」
物心ついてから今までの思い出。それがおれの中にある以上……おれの親父は、何があっても時村 遼太郎だ。
「……きっと、ルッカだって本当はそう思っているはずだ。だってさ、みんなも知っているだろう? あいつ……家にいるとき、楽しそうだった」
最初は大変だった。来たばかりのあいつは、目に見えて壁を作っていたから。だけど、家族で出掛けたり、話したりしているうちに……あいつは少しずつ、笑うようになっていった。自分から、色んなことを話してくれるようになっていった。
「あいつにどんな事情があるかは知らない。だけど、あいつが何と言おうと、あいつはおれ達の家族で、親父と母さんの息子で、兄貴の弟で……そうだろう? この関係を、あんな一言で終わりにできるはずがない。終わるはずがない。おれは、そう信じているよ」
「………………」
おれが語った後、みんなは暫くの間黙っていたけど、そのうちに親父の表情が緩んだ。
「ふふ……慰めようとしてくれているのか、蓮?」
「ごめん。おれは口下手だから……大した言葉は思い付かなかったけど」
おれは、自分の想いを伝えるのがあまり得意じゃない。コウやカイのストレートさが、よく羨ましくなる。
「そんな事ないわよ。そうね……確かにその通りね」
「ああ。難しく考える必要なんてねえんだよな」
事実は覆りはしない。でも、それよりも心が重要なんだと思う。当事者じゃないから言えるのかもしれないけど、おれはそう思いたい。
「ガルの記憶は、ルッカに関係あるみたいだ。だから……ガルについて行けば、いつかあいつと出逢う事があると思う」
おれがバストール行きを決めた一つの理由に、それがある。もちろん、みんなの力になりたいのも同じくらいに大きいけど。
「あの馬鹿に会って……サヨナラなんか認めないって言ってやる。おれはあいつの兄弟だからな」
あいつの目的、あいつがおれの知らない所で何をしてきたのか。それは分からない。でも、あいつがうちに来てから過ごしてきた数年間……その中で生まれた絆は、偽物じゃないって信じたいから。
「……へへ、そうか。なら、俺からも伝言頼むぜ、蓮。兄貴と親の言う事はちゃんと聞いとけってな」
「はは、分かったよ」
ルッカ。俺達は、お前の兄さんの代わりにはなれないだろう……けど、俺達だって、お前の兄弟なんだぞ。
「じゃあ私からも……いつでも帰って来なさいって伝えてね。ずっと待ってるから、って」
「……うん。ちゃんと伝えとくよ」
「あ、ついでに瑠奈ちゃんにも自分の想い伝えろよ? ガルさんに負けんな!」
「あ、兄貴! ……全く」
まあ、そっちは……なるようにしかならない、か。
「っと。そろそろ時間だ……行くよ」
おれは銀嶺を手に、立ち上がる。……包んでおかなくて大丈夫かな?
『蓮!』
「ん?」
見事に、みんなの声が重なった。全員が、少しだけ寂しさが混じった笑みを浮かべる。
「体には気をつけてちょうだい。ウェアにもよろしくと伝えておいて!」
「慣れねえ事だらけだろうが……頑張れよ!」
「無事でな。そして……ルッカのこと、頼んだぞ」
「ああ。行ってきます!」
おれはさまざまな決意を胸に、皆の待つ場所へと向かった。……帰ってくる時には、二人でだ。縛り上げてでも、お前はここに連れて帰る。あんな一方的な別れじゃなくて、しっかりと話をさせてやる。だから……待っていろ、ルッカ!