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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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青竜の絆

「さてと……」


 コウからの返信を確認して、立ち上がる。

 荷物の中身は……着替え、財布、本、パスポート、携帯etc.。これだけ見たら旅行に行くみてえだな。実際、荒事あるだろうっつっても戦争に行くわけでもねえんだし、問題ねえだろう。

 ……そういや、レンはともかく、コウはパスポートとか大丈夫だろうか。いや、さすがにあいつでもそんぐらいは……聞いとくべきだったな。まあ今さらだし、信じとこう、うん。


「俺も、そろそろだな」


 部屋の窓を開ける。靴はすでに履いてある。眼鏡も落ちないようにちゃんとセットした(飛行時はセットに時間がかかんだ、コレが)。

 身体も万全……とは言い難いけどな。痛みとかはもうないけど、身体を動かさなかったからちょっとなまってる。ま、そっちはこれからどうにかなんだろ。


「じゃ……行くか!」


 わざわざ玄関からなんて危険は冒さない。こっそり脱出の基本は、窓からってな。二階だから普通は無理だけど、こんな時に翼は便利だ。

 俺は窓の縁に足をかけると、翼を広げて飛翔の準備を――。





「待ちやがれ、海翔!!」


「おわぁ!?」


 ――した瞬間にいきなり叫ばれたので、危うく外に落ちそうになった。何とかバランスを取り直そうとしたが、完全には上手くいかず、結局部屋の中へと落ちる羽目になる。


「窓から飛ぶのは危険だっつってんだろ! 俺の友達も、それでミスって大怪我したんだぞ!」


「ってえ……と、飛ぶ瞬間に脅かすんじゃねえよ! そっちのがよっぽど危ね……じゃなくって!」


 何でこのタイミングで親父が入ってくんだよ!?


 ……そんな俺の部屋に、さらなる乱入者。


「あんたは頭は良いけど、詰めが甘いのよ、海翔」


「当麻に似ちゃったみたいね。可哀想に」


「そーそー、俺に似ちまって可哀想……って、それどーいう意味だ夏凜!」


 俺の目の前でプチコントが繰り広げられているが、それはどうでもいい。問題なのは、入ってきた面子だ。


「姉貴! 母さん!? 戻ってたのかよ!」


 ひとりは、俺と同じ青い鱗の竜人。大学生で遠くの学生寮に入っているはずの姉貴、如月きさらぎ 詩織しおり

 もうひとりも竜人だけど、この人だけ色は鮮やかな朱色。キャリアウーマンで今はエルリア各地を飛び回っている母さん、如月きさらぎ 夏凜かりんだ。


「ホントは一週間前にすぐ来るつもりだったのよ? あんたが妙なことに巻き込まれたって聞いたからね」


「でも、その時に当麻から言われたの。来るのを今日にして、あなたの旅立ちをサプライズで見送ってくれって」


 一週間前。旅立ちを見送る。それだけで俺は、状況を理解するしかなかった。

 いや、確かに二人の性格からして、戻ってこねえのは意外だったんだけど、親父が「外は危険だから無理に戻ってこないように言っといた」って説明してくれたし、その通りだと思ったから納得しちまってた。


「最初っから計画倒れだったってわけかよ。ったく」


 バレないように苦心してきたのがバカみてえだ。多分、みんなも今ごろ同じようなリアクションをしているんだろう。


「お前ごときが俺に隠し事するなんて、百年早いんだよ」


 親父から勝ち誇ったように笑われる。ムカつく! てか、子供かアンタは!


「当麻。冗談はそれぐらいにしておきなさい」


「……おう、そうだな」


 母さんがたしなめると、親父の表情が真剣になった。俺も思わず態度を正す。


「海翔、確認しとくぜ。お前、本気なんだな?」


「ああ、そりゃな。出来心なんかじゃねえ、本気で考えた。それは断言できるぜ」


「これからお前がやろうとしてることの危険、ちゃんと理解してんだな?」


「その上で決めたんだよ。当たり前だろ?」


 バストールにはUDBもいる。そして、ガルの過去に何があったか知らねえが、それが何だかヤバい物なのは分かる。……死ぬかもしれねえってことも。けど、だ。


「みんなが危険に足突っ込もうとしてんだ。止めても無駄なら、俺も一緒に飛び込むだけだ。あいつらは、絶対に死なせねえ。俺の全てを懸けてでもな」


 ――その瞬間、親父の視線が、険しくなった。


「あいつらは、か。じゃあ、お前自身はどうなんだ?」


「!」


 俺自身は……?


「お前に自覚があるかどうか分かんねえが。お前、自分の命を軽く扱ってねえか?」


「なんだと……?」


「そうじゃなきゃ、何だって、自分の身体で誰かを庇うなんてことした? そんなもん、普通のガキにはできねえんだよ」


 コウを庇ったときの話、か。誰かから聞いたんだろう。


「違うってんなら、説明しろ。そんで、納得いかなきゃ檻に入れてでも止めるぜ。誰が、息子を死にに行かせるかよ」


 親父のこんな顔は、初めて見たかもしれない。真剣で、怒っているようでもあって……それでいてどこか、哀しそうで。


 納得させるための答えは、頭の中でいくつか回った。

 出まかせでも通しちまえ、なんて考えも、ないわけじゃない。


 だけど……親父の、母さんの、姉貴の目を見て。本音でぶつかることを、決めた。


「まあ、()()()()()はいるだろうよ。他のやつに比べたらな」


「…………!」


「そうだろ? だって俺は……あの時、死んでいたはずだから。ここでこうしているだけで、奇跡みたいなもんだ」


「海翔、それは……!」


「最後まで聞けって。……だから、達観してる部分が無いとは言いきれねえよ。だから、あんな無茶もできたんだと思う」


 戦いの中にあって冷静さを失わずにいられたのも、みんなが泣いている時、一人だけ平然としていられたのも。俺が、死に瀕したのが初めてじゃなかったから。あの痛みも、恐怖も……俺は、ずっと昔に体験していたから。


「……けどな」


 それでも。いや……だからこそ。


「矛盾しているみてえだけど、俺は自分の命の価値を良く知っている。全く安くねえってことをな。だって、この命はあいつがくれたんだから」


 失われるはずだった俺の命。それを繋ぎ止めてくれたのは……あのバカだから。


「軽く見てる? バカ言うんじゃねえ。そんなことできるかよ。あいつがそのために、どんだけ重いもんを背負っちまったか、俺はずっと見せられてきたんだ。庇ったのだって、死ぬつもりなんかなかったぜ? 俺だって死にたかねえしな」


 これは本当だ。勢いかどうかって聞かれたら、それは否定できねえけど……あん時はああするしかなかった、俺なら耐えれるって自信があった、それだけだ。最後まで生きるのは諦めねえ、それだけは誓える。


「俺は、あいつが自分を許すその日まで、絶対に死なねえよ。まだ、俺の恩返しは終わってねえんだ」


「…………。海翔、お前は」


 長い沈黙の後、親父が重い口を開いた。


「あいつから貰った命を、あいつのために使うつもりか?」


「それこそまさかだぜ。俺たちもいつか、結婚でもして別々の道を行く日が来るだろうよ。そん時まで……あいつを支える人が現れるまでは、俺が支えるってだけだ」


 ま、そっから先は親友として、かな。腐れ縁は一生続くだろうけど、そこまで重たくは考えてねえ。


「だから、俺は簡単には命を投げねえよ。やりたいことも山ほどあるからな。心配すんな」


「……お前みたいなバカ息子、誰も心配なんかしてねえよ」


「ホントに素直じゃないね、父さん」


「昔からよ」


 姉貴と母さんがくすくすと笑う。親父はムスッとしていたが、そのうち口の端が上がっていった。


「お前はどうせ、殺そうと思っても死にゃしないだろ? 何たって、この俺の息子だしな」


「そういうこった。俺はあんたの息子だから、しぶとさだけは負けるつもりはねえよ」


 少しの間、穏やかな笑いが広がる。それは、とても心地良い時間だった。同時に、少しだけ物悲しくもあったけど。


「さて、と。そろそろ……行くぜ」


 俺はいつもと変わらない声音で言う。何も感じてないって言えば嘘になるけど、意地張ってるとかじゃなく、いつも通り出ていきたいんだ。


「……海翔。あんた、私に見送りまでさせたんだから、元気な姿で帰ってきなさいよ!」


「分かってるっての。大丈夫だって、戦場に行くんじゃないんだぜ? 旅行だと思って楽しんで来るって」


「あんたって子は、本当に……よし! 何か辛いことでもあったら姉さんに遠慮せず電話しなさいよ! バッチリ説教してあげるから!」


「そこは慰めてくれるもんじゃねえのかよ?」


「あんたには喝を入れた方が効果的でしょ?」


 姉貴はそう言うと、彼女らしい勝ち気な笑みを浮かべた。やっぱりこの人は、俺のことをよく分かってるな……。

 続いて、母さんが俺に語りかける。


「あなたは、本当に当麻に似たわね、海翔」


「そうか?」


「ええ。命が何個あっても足りない無鉄砲さと言い、そのくせいつも生き延びる害虫並みのしぶとさと言い」


「……おーい、夏凜さん? 何か、横で聞いててかなりグサグサ刺さるんですが……」


 マジでへこんでる様子の親父を無視して、母さんは俺に笑顔を向けた。


「だから、あなたも当麻と一緒で大丈夫だって信じてるわ。もし死んだりしたら、地獄まで殴りに行ってあげるからね」


「はは……そりゃ勘弁だ」


 俺は苦笑する。この人なら、本当に地獄まで殴りに来そうだ。

 で、ちょっといじけてた親父だが、すぐに何かを思い出したようで表情を変えた。


「おっと、忘れる所だった。ほらよ」


 俺に向かって、懐から出した何かを差し出す。


「こいつは……」


 それは、指先が開いた手袋のようなもの。材質は、見た感じは何かの皮っぽく、色は明るい朱色。甲の所には、炎のような模様が描かれている。所々が補強されてるから……ナックルか?


「特注品だ。お前のPSに合わせて俺が作っといた」


「あんたが? 俺の能力に合わせてって……」


 親父は、見た目によらず器用だ。確か、昔は武器作りもやってた、的なことを自慢げに話してたっけか。


「そいつは特殊な素材でな。熱を良く伝えるが、それ自体は燃えねえ。ついでに頑丈だから、パンチの威力も折り紙つきだぜ?」


「こいつが……?」


 俺の驚いた様子に、親父は誇らしげに笑う。


「ちょっとばかしレアな素材だったが、俺のPSでも焼けなかったぐらいだ。耐火性はバッチリだぜ。名付けて〈陽炎かげろう〉……どうだ、涙が出るほど嬉しいだろ?」


 俺はまじまじとそのナックル、陽炎を観察してみて……とりあえず一言。


「そんだけしか耐火チェックしてないなら不安だな。コンロの火ぐらいで焼けちまうんじゃねえ?」


「って、それどーいう意味だコラ!?」


 子供のように叫ぶ親父に、俺は声を上げて笑った。ああ、さっきみたいな顔より、こっちのが俺の親父らしい。


「冗談だよ。ありがとな」


「……おう」


 俺が素直に礼を言ったのが意外だったのか、親父は照れたような表情で頷いた。


「……っと、いけねえ。時間もアレなんで出るぜ」


 俺はもう一度窓に足をかける。


「こんな時まで親の言うこと聞きやがらねえか、この馬鹿野郎が」


「あんたの息子だからな」


「……けっ」


 顔を背けた親父に、小さく頭を下げる。その中に、言葉ではなかなか表せない感謝を込めて。


 そう。俺はこの人の息子……この人達の家族なんだ。だから……何があろうと、俺はここに帰ってくる。俺の居場所はここにある。

 姉貴、母さん、親父……ちょっとだけ、出かけてきます。俺の大事な友達、その力になりたいと思うから。


「んじゃ、行ってくんぜ!」



 俺は翼を広げて、みんなの待つ場所へと飛び立った。

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