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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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白虎の約束

「………………」


 オレは、部屋で愛用のヘッドフォン(一般的な猫科獣人用)をつけて音楽を聴いていた。


 この一週間、あの事件の話はしょっちゅうテレビで取り上げられている。何しろ今回は、多くの人が巻き込まれたんだ……大会自体の注目度が高かったのもあいまって、そこかしこで大問題になってる。


 慎吾先生やらは、混乱を鎮めるためにいろいろやっているようだ。……英雄云々の話は、暁兄から聞いた。まあ、オレからしたら、それで何かが変わるわけじゃないけど。


 窓から見える道は人通りが少なく、通る人にもどこか不安そうだ。一度崩れた平和は簡単には戻らねえ、か……確かにそうなのかもな。


 曲が終わった段階で携帯を開くと、メールが3通。その送り主の名前を見て、オレは小さく笑った。


「……おっし」


 オレはヘッドフォンを外すと、それを携帯音楽プレーヤーと共にそのまま鞄の中に詰め込む。メールに返信すると、そのまま荷物を持って、静かに部屋を出た。



 ……机の上に、一枚の手紙を残して。



 音を立てないように、慎重にドアを閉める。親父と母さんはもう仕事に行っている時間だが、隣の部屋の兄貴に気付かれたらマズいからな。


 幸い、兄貴の部屋の扉が開く気配はない。そのことに安堵しつつ、オレは玄関へと向かう。オレの部屋は二階なので、忍び足でゆっくり階段を降りていく。


 何だか、妙な気分だ。家の中にあるもの全てが、いつもと全く違って見える。つっても、オレには感傷的なのは似合わねえ。そう……別に、これが最後って訳じゃねえんだから。そうやって自分に言い聞かせる。


 最後の一段を降りる。玄関は階段のすぐ近くだし、ここまで来たら警戒は必要ねえな。


 そう、思った瞬間だった。


「浩輝」


「――――!!」


 オレの耳に、聞こえないはずの声が届く。思わず荷物を落としそうになりながら、声のした方を向いた。


「親父……母さん!?」


 そこにいたのは、仕事に行っているはずの親父と、たちばな 美雪みゆき……オレの母さんだ。美人ではあるんだが、本人の性格で男っぽい服装してるんで、パッと見だけだと男に間違われるような人。胸はあるけど。


「おはよう、浩輝」


「えっと……お、おはよう?」


 どうしていいか分からなかったので、とりあえず母さんの挨拶に返しておく。いや、そんなことしてる場合じゃなくて。


「寝ぼすけなお前にしては、ずいぶんと早起きしたもんだな」


 追い討ちをかけるように、階段の上からも声が聞こえてくる。


「け、慧兄まで……?」


 オレはいっそう混乱する。どういうこった? まるで、俺が出るのを狙いすましたみたいじゃねえか。


「親父……何なんだよいったい?」


 変な行動をしていたオレの方がそう聞くのもおかしいんだろうけど、とにかく状況が分からなかった。すると、親父はオレに向かって何かを投げてきた。何かは分からなかったけど、とりあえずキャッチしておく。


「何だ……コレ?」


「お前のパスポート。不法入国するつもりか、お前は?」


「え……」


 親父の言葉に、オレはみんなを見回す。パスポート……つまり、オレが海外に行くためのもので。みんな、うっすらと笑ってて……。


「……行くんだろう?」


「………………」


 親父が言ってる意味……もちろん分かる。……バレてた、って事かよ……。


「慣れないくせに置き手紙まで残して……どこの家出少年だよ、お前は」


 慧兄の手でひらひらしているのは、机の上に置いてあったはずの手紙。こっちがこの一週間必死に唸って考えたってのに……仕事が早いこった。


「いつから気付いてたんだよ?」


「お前達が、盗み聞きをしてた時からだな」


「……要するに、最初から、かよ」


 あの日、ルナと同じで、オレ達も大人達の話を聞いてた。ただ、オレ達はあいつと違って、疲れで最初はマジで寝てたけど。

 で、ルナが抜け出した後に、唯一寝てなかったカイが起こしてくれたんだ。


 ルナにも気付かれないように隠したのは……あいつは多分、今回みたいなことするだろうと思ったから。要するに、一人で何でもしようとする性格。そろそろ、注意してやりてえんだ。


「止めねえのか?」


「浩輝が真剣に考えて決めた事なんだよね? なら、止めても無駄なのは分かっているよ……あなたは、父親似だからさ」


 父親似、か。そうだな……そうかもしれねえ。オレは親父に似て、頑固だからな。決めちまったことは、なかなか変えられねえ。


「だが、黙って行こうとするのは感心しないな」


「そうだね……全くだよ」


 言いつつ、親父達はつかつかとオレの前まで歩いてくる。……あれ、これもしかして、怒られるパターンか。いや、確かにオレがしでかそうとしてたのは、考えてみりゃ説教じゃ済まねえほどなんだけど。


「し、しょうがねえだろ……絶対止められると思っ――!?」


 止められると思った、なんて言い訳は、最後まで言えなかった。


 なぜなら……オレは今、二人に抱きしめられ、サンドイッチにされているから。


「お、おい、二人とも!? く、苦し……」


 体勢的にもキツいが、何しろ二人とも思いっきりやってるらしいので、オレの体はかなり圧迫されている。特に親父は、医者のくせにかなり体格が良く力が強いので、たまったもんじゃない。ベアハッグを喰らったようなもんだ(虎だけど)。


 そんなくだらない思考は、二人の声を聞いたら消えていった。


「出かける時は……行ってきます、だろう?」


「こっそり出て行こうとするなんて……本当に馬鹿息子だよ、お前は……」


「親父……母さん?」


 何で……何で二人とも、こんな辛そうな声なんだよ。……オレがいなくなる事を……そんなに悲しんでくれてるってのか?


「どうせ、隠そうとしても隠せない事を自覚しろ! お前は馬鹿だし……俺の息子なんだから!」


 俺の息子。その言葉には、力がこもっていた。


「浩輝、俺達は家族だ。家族の中に隠し事なんて、出来ないんだぞ?」


 慧兄までが俺を取り囲み、オレの頭を撫でる。けどオレも、もう抵抗しなかった。……やっと、気付いた。オレがしようとしてたことは……。


「……ごめん、親父、母さん、兄貴……」


 オレは、全く気付いてなかったみたいだ。みんなが、オレの事をどれだけ大切にしてくれていたか。ああ、オレって……本当に、バカなんだな。あやうく、そんな家族を、裏切るとこだったんだ。


「なら、きちんと行ってきます、と言え。そして……ただいま、と言う事を約束しろ」


 親父と母さんは静かにオレを離した。みんな、オレの言葉を待ってる。


 思わず、小さく笑った。きっと、この言葉にここまで気持ちを込めるのは始めてだ。けど……。


「行ってきます。そして……必ずみんなで帰って来ます!」


 オレは笑顔でその言葉を言った。いつか、笑顔で『ただいま』を言うためにも。


「ああ、行っておいで!」


「行ってらっしゃい……こっちのことは任せておけ」


「ふ……行ってこい、馬鹿息子!」


 三人も、笑顔を返してくれた。……いつか、その笑顔でオレに『お帰り』と言ってくれるんだろう。


「では、俺からもう一つ餞別だ」


「え?」


 親父はそう言いながら、すぐ近くに準備してあった大きな包みを手に取った。そして、そのままオレに手渡す。


「これも持っていけ」


「これは?」


「〈鋼鉄の葬送曲(アイゼンレクイエム)〉……兄さんの、銃剣だ」


「!」


 親父の、兄さん……なら……。


「整備はしてある。お前の手に馴染む筈だ……お前の戦闘スタイルは、兄さんに良く似ているからな」


「どうして、オレに?」


「今のお前には、戦う力も必要だろう? それに……兄さんも、お前が使ったほうが喜ぶ筈だ」


「………………」


 親父……ありがとう。そして、ごめん。こんな馬鹿息子で。帰って来たら、その時は……あなたに、みんなに、素直に言えるようになっていたい。『大好き』だと。


「さあ、みんなを待たせたら悪いだろう? 行ってこい。そして、友達を助けてやれ!」


「……おうっ!」


 オレは大きな返事をして家を出た。……目が少し潤んでる事がバレないよう、顔を見せないようにしながら。




 ――もう一度、心の中で唱える。行ってきます、みんな。オレは……きっと、強くなってみせます。だから、心配しないでください。オレと……オレの友達がそろえば、怖いものなんてねえんだからな!





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