決意の意味
彼女の言葉からは、確かに伝わってきた。彼女が、本気で俺について来ると言っているのが。
「だが、それでも俺は……」
お前を危険に巻き込みたくない。そう、言おうとした時だった。
「飛行機は、二人分の席を手配しておこう」
「!」
「お父さん……!」
今までずっと黙っていた慎吾が、突然そう言った。それはつまり……俺に、彼女を連れて行けということだ。
「慎吾……正気か!?」
「瑠奈は、そんなに君を慕ってくれている。君は、そんな瑠奈を残して行くような、薄情な男なのか?」
慎吾の視線に気圧されそうになるが、今回ばかりは俺も引く訳にはいかない。
「俺の過去は、確実に危険だ。彼女が関わるべき世界じゃない……!」
「それを決めるのは瑠奈自身だ。そして、瑠奈は自分の意志で君に関わることを決めた」
「っ……子供が危険に飛び込もうとすれば、止めるのが親じゃないのか!」
「子供が本気で決意したならば、それを受け入れるのもまた親だ」
「死ぬかもしれないんだぞ……!」
「ならば、同じ理由で君を止めても構わないのか?」
まるで、あらかじめ俺の言葉に対する反論が用意されているようだ。俺は、周りのみんなに助けを求める。しかし……誰一人、それに応える者はなかった。
「楓! 瑠奈が心配じゃないのか!?」
「心配よ、もちろん」
「なら、どうして!」
「私達も、そうだったからよ」
「…………!」
……彼女達。英雄達。そして、今の瑠奈。
「瑠奈がいい加減な気持ちで言っていない事ぐらい分かる。今日の事で、瑠奈だって戦いの怖さを知ったんだから。その上で、瑠奈はあなたと一緒に行くと言ったのよ。……その決意を、私達は尊重する。あのときの、私の両親と同じように」
「お母さん……」
「ねえ、ガルフレア。あなたは、死にに行くつもりなのかしら? そうだとしたら、私はあなたも止める。……生きて帰ってくるんでしょう? そのために、瑠奈は力になれるはずよ」
……そうだ。心配していない訳がない。楓も、慎吾も……本当は、引き止めたいんだ。俺はようやく、それに気付いた。
それでも、自分達も若くして過酷な戦いへと挑んだ彼らは、知っている。決意することの意味を。
「俺達にとっても、瑠奈さんは娘同然だ。危険な目に遭ってほしくはない。だが……」
「楓と慎吾が止められねえのに、どうして俺達が止められる?」
「……優樹、当麻」
彼らだって、抱いている感情は俺と同じ。その上で……彼らは瑠奈の意志を尊重した。
「理由はそれだけではないぞ。……あの男は、オレ達の素性を全て知っているんだ。ならば、綾瀬達が再び、それに巻き込まれる可能性は高い。お前に関わらなくてもだ」
「っ……!」
「常にオレ達が護ってやれるとは限らない。だからこそ、どこにいても同じなんだ。……きっと、綾瀬自身が強くなる必要がある。そういう意味では、ウェアルドは最も安心して任せられる男でもあるからな」
そう……か。瑠奈は、みんなは、英雄の子供。あの道化が利用を考える可能性は、決して低くない。
「ガル、もう一度お願いする。瑠奈を、連れて行ってやってくれ」
「………………」
娘の事を誰より想うが故、娘の旅立ちを止めようとはしない。そんな、慎吾の姿を見る。楓の、上村先生の、優樹の、当麻の、遼太郎の。
………………。
「……必ず……」
「え?」
「必ず……二人で帰ってくると誓おう」
「…………!」
俺の言葉の意味が瑠奈に伝わるのには、少し時間がかかった。少女の顔に、じわじわと喜びが広がる。
「じゃあ……連れて行ってくれるの?」
「……もう一度確認する。後悔しないか?」
「当たり前だよ! ……ありがとう、ガル」
「……礼を言うのは、俺の方だ」
危険を理解した上で、その決断をしてくれた事。本音を言えば……それは、本当に嬉しかった。
「学校は、俺が何とかしておこう」
慎吾はふ、と微笑をもらす。その表情がどこか寂しげなのは、気のせいではないだろう。
「ありがとう、慎吾。あなたには、何から何まで世話になった」
「瑠奈の事を任せたぞ、ガルフレア。必ず護り抜いてくれ……意味は分かるな?」
俺ははっきりと頷く。護り抜くには、俺も生きねばならない。初めて出逢った、あの日に言われた言葉だ。
「だが、二人で行くとなれば、準備も必要になるだろう。出発は来週で構わないか、ガル?」
「ああ。問題ない」
俺一人ならば、すぐにでも発てる。だが、瑠奈には色々と準備があるだろう。
「みんなとも、しばらくサヨナラだね」
「そうなるな……」
やはり、少し辛そうだ。
「大丈夫だよ。全部終わったら、みんなとはまた会えるんだからね」
「……そうだな。みんなには、話すのか?」
「ううん。みんなも、話したらついて来ちゃいそうだから……黙って出る」
「……いいのか?」
「うん。暁斗には、話さなきゃいけないと思うけど」
確かに、同じ家の中にいる以上、彼には隠し通せないだろう。
「怒るだろうけどさ……コウとか」
「……確かにな」
しばらくでも、友達と会えないのは、本当に辛いはずだ。それでも彼女は、俺と来ると言った事を取り消そうとはしない。
「先生、おじさん達……みんなの事、お願いします」
「任せておけ。あの馬鹿共は、俺達が何とかしておくよ」
優樹が優しげに笑うと、瑠奈はありがとう、と頭を下げた。
「では……詳しい話は今晩、帰ってからしよう。みんなが目を覚ます前に戻らないとな」
慎吾の言うとおりだ。彼らにバレる訳にはいかない。
「暁斗も、説得しないとね」
「ああ……」
彼はそう簡単には食い下がらないだろう。何しろ、慎吾の息子であり、瑠奈の兄だ。
「その事については、後で考えるしかないだろう。さあ、行こう」
「……ああ」
俺達は、慎吾に促されるまま、部屋を後にした。
「……慎吾」
「分かっているさ。全部、準備しておく」
ガルフレアと瑠奈は、この短い会話も、そこに込められた意味も知る由がなかった。