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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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裁きの黒影、愚か者の末路

「くそ……何なのだ、これは! 一度で壊れたうえに、会場は目と鼻の先だと? 使えないものを!」


 転移したティグルと狐人の側近は、会場から少し離れた、人通りのない路地裏へと転移していた。窮地こそ脱したものの、下手をすれば即座に捕まってしまいかねない。騒ぎを起こさないように潜みながら、待機させていたメンバーに連絡を取り、その到着を待っていた。


「だが、俺はまだ終わらんぞ……俺さえ無事ならば、いくらでも再起は可能だ! 俺には、力があるのだからな!」


「………………」


「撤退を見越して待機メンバーを残す、この用意周到さこそが俺の先見の明と言うものだ。到着にはどの程度かかる?」


「予定では、あと五分ほどです」


「そうか。くく、見ていろ、銀月……そして、蒼天に金剛! 俺の邪魔をした報いは、払ってもらうぞ!」


 彼は陰険ながらも、激しやすかった。潜んでいるというのに、立ち上がり声を発する。もっとも、声は狐がPSで遮っていたが。――配下すら冷えた視線を向けていることには、気付いていない。


「後悔させてやる……俺は絶対に、この国を戦乱に巻き込み、力を蓄え、最後には奴らを殺す!」




 そう、意気込んだ瞬間だった。

 ティグルの首から――鮮血が迸ったのは。



「……う……あ……?」


 自分の身に何が起こったのか、彼には理解できなかった。そして、次の瞬間には、何一つ理解する前に、あっけなくその瞳が光を失った。


「う、うわあぁ!?」


 突然、主から発せられた血の噴水に、狐は叫び、その場にへたり込んだ。

 呼びかけてみるが、反応は無い。出血量を見れば、彼にも一目で分かった。頸動脈を断たれている。つまり、生きているはずが無い。かろうじて息があっても、確実に助からない。


「与えられた力に溺れて、思い上がった愚か者。貴様にこの国の平和を乱す資格など無い」


「!?」


 突如として響いた声に、部下は慌てて振り返る。何も無かったはずの空間。そこにうっすらと現れ始める、人の姿。


「貴様はこの世界に不要だ……後悔なら、あの世に行ってからにするんだな」


 まるで霊が実体を持つかのように、存在しなかったはずの人物が、少しずつ狐の視界で形を成していく。その両手に双刃を携えた、黒い豹人の姿。

 狐には、その姿に見覚えがあった。直接の面識はないが、マリクから聞いた情報の中に、彼のことが記されていたのだ。


「あんたは、まさか。六牙の……!?」


 ティグルを葬った〈黒影〉の通り名を持つ男、フェリオ・エクシアは、何も答えはせず、そのまま狐にも刃を向けた。


「ま、待ってくれ……!」


「分かるだろう? 貴様も、同罪だ」


 首筋に刃を当てられ、ひっという声を上げる男。冷たい刃が、体が震えるたびに切れる寸前まで食い込む。

 彼は情けを知らない。それが男の聞かされたフェリオという人物の情報であり、それは真実でもあった。


「一つだけ聞こうか。なぜ、こいつに協力した?」


「……ちくしょう。どうしてお前たちは、いつも俺の邪魔をするんだ!?」


 恐怖が限界を通り越したのだろうか、男は叫んだ。その言葉は、どうやら今回の件を指しているわけではないようだ。震えながらも睨みつけてくる姿に、フェリオは確かな自分への憎悪を感じ取った。


「なんの話をしている? 貴様と面識がある覚えはないが」


「ああ、そうだろうな! お前たちからしたら、潰した虫の一匹程度だろうさ! だが、それでも……! 俺からすれば、お前たちこそ仇に他ならない!!!」


「………………」


「あと一歩だった……あと一歩だったんだ! もう少しで、俺達の理念を広められたのに……支配者に、鉄槌を下せたのに! 俺の仲間は、お前達に皆殺しにされた! 偵察に出ていた何人かだけが、みじめに生き残った……!」


 その言い種に、フェリオの脳裏に浮かぶひとつの名称。つい先日、ガルフレアも含めて壊滅させた、とあるテロ組織。


「ネメシスの生き残りか」


「その通りだ……!」


「……なるほどな。悪趣味な道化め。行き場を失った連中を拾い集め、手駒にしたか」


 フェリオは吐き捨てた。その上でこのような作戦に投入し、捨て駒としていると考えると、嫌悪も増した。恐らくは構成員の中には他のメンバーもいるのだろう。


「ならばなおさら、理解できないな。ネメシスの理念は支配者の殲滅だろう? お前が従っているのは、あらゆる支配者の権化とも言える相手だぞ」


「……理想を叶えられなかった俺達には、力が必要だった。再び力を蓄えるためには、支配者に従うという屈辱も、必要だった」


「なるほどな。協力して成功すれば、ネメシスの復活に助力する、とでも言われたのだな」


「ああ、そうだよ! そんな小物の手前勝手な主張なんてどうでもよかったが、義理立てするには従う必要があった。まさかここまで馬鹿だとは思わなかったがな。くそ……その野郎が調子にさえ乗らなければ、上手くいっていたかもしれないのに」


 そうして行き着いたのが、成功させるつもりもない、マリクからすれば悪ふざけでしかないこの一件だ。


「こうなったのも、全てはお前たちのせいだ! お前たちがいなければ、今頃は……!」


「おれ達が介入しようとするまいと、ネメシスの作戦は失敗していた。あの程度の規模で世界に仕掛けて、無事に済むとでも思っていたのか?」


「思ってはいない! 生きて帰れなくても良かったんだ。それだけの覚悟をしていたのに、実行する前から潰された……その無念が、お前に……!」


「仮に上手くいっていたとして。貧民の待遇は、より悪化していただろう。お前達には、力が無かった。ただ、多くの命を奪って終わるだけの、暴徒でしかなかった」


「…………っ!」


「そもそもが、お前たちは、自分の都合で罪もない人々を傷付けて、虐げた。お前たちが憎む支配者と同じ事を、より力ない人々にやっていた。……理想に酔っただけの、愚か者。だからこそ、おれ達に裁かれた」


 男の表情が歪んだ。そう言われて堪える部分がある程度には、彼にも良心の呵責があったらしい。


「生き延びたのならば、省みれば良かったんだ。それなのにお前は、踏み外したまま、さらに進もうとした。その結果、理想すら曖昧な愚か者に成り果てた。……救いようがないな」


 容赦のない指摘にも、反論はない。しばし、沈黙が続いた。フェリオがその首を切り裂くこともなかった。



 男が、俯きながら口を開く。


「それでも俺たちは、理想にすがるしかなかった。俺の、家族のようなことを……もう、起こしたくなかった。すがるものが壊されても……その破片に、しがみつくしかなかった」


「………………」


「分かっているさ……矛盾しているよ。そう言いながら、何よりも強大な支配者の庇護を求めて、このような意味のない争いを起こす奴に荷担した。打算と……嫉妬でな。何もせず幸福に生きていられる……そんな姿に、俺は確かに、ぶっ壊してやりたいと、思った」


 不公平への怒り。それはティグルからすれば単なる名分であったが、配下である彼には思うところもあったようだ。


「……いや。矛盾していたのは、ネメシスの時から……同じか。俺はただ、行き場のない感情で暴れているだけではないかと、どこかでは気付いていた。だけど……何もせずに生きていくことも、耐えられなくて……」


 自嘲するように、あるいは諦観したように、男は小さく笑った。彼は、自分達の愚かさを理解はしていたのだろう。それでも、諦められなかったのだ。理不尽に抗いたかったのだ。そこまで強く思い立った理由を、フェリオは言葉の節々から想像するしかない。


「殺すなら殺せよ。俺はもう……疲れた。だが、忘れるな。お前たちだって、根本は俺たちと同じだってな」


「……例え、そうだとしても。おれ達は、お前のように道を踏み外したりはしない。必ず……世界平和を成し遂げてみせる」


「はっ、そうかよ……なら、精々、俺たちの目指したものよりも素晴らしい世界を作ってほしいものだな」


 皮肉を吐き捨て、男は目を閉じた。小さく震えてはいるが、腹はくくれたらしい。フェリオは静かに息を吐き、ゆっくりと剣を引く。



 ――痛みがいつまでも来ない違和感に、男が気付くのには時間がかかった。


「…………なに……?」


「おれの受けた命令は、その愚か者の処分だ。それ以上は、知ったことではない」


 目を見開いた男に背を向けると、フェリオは剣を仕舞い、力を発動させる。その姿が、徐々に薄れていく。


「あんたは……」


「……諦めて捕まるも、投げ捨てて自害するも、ここから逃げるも勝手にするといい。せいぜい、足掻いてみるんだな」


 その一言を残し、フェリオの姿は宙に消えた。こうなれば、男には知覚することは不可能だ。


「………………」


 しばらく呆然としていた男だが、やがてゆっくりと立ち上がり、街中に向かって消えていく。そうして、そこにはただ、愚か者の末路だけが残された。



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