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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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月光

「俺は……!」


 追憶が終わり、意識が現実へと引き戻される。

 俺は、迫っていた攻撃を身をよじって回避しつつ、地上へと降りた。


「ガル、悪いが援護は難しい! 後は自分で何とかしろ!」


 大量の獣を蹴散らしながら、シグが叫ぶ。彼を取り巻くUDBの数は増え続けている。


「……ああ。預け物は、確かに返してもらったぞ、シグ」


「…………!」


 俺の言葉に、シグは一瞬だけ狼狽える。が、今は戦いが優先だと判断したのか、それに対しての返事は無かった。


 ……そうだ。俺はあの時、彼らを裏切り、そして……転移装置の副作用で記憶と力を失った。そうして、この国にたどり着いたんだ。


「余所見とは、随分と余裕だな!」


 牙帝狼が苛立ったように拳を振りかざす。戦いの途中に他のことへ気をとられていたのが気に食わなかったようだ。


「済まないな。先客はお前だった……。ならば、すぐに終わらせよう」


 俺は鞘から静かに刃を抜いた。鋭い音と共に、その刀身が露わになった。……俺の窮地を幾度となく救ってくれた業物。俺の相棒……月光。


「……ひと月しか経っていないはずだが、懐かしい感覚だな」


 光を受け、その白銀の刃が輝く。まるで、無くしていた腕を取り戻したような気分だ。


「すぐに終わらせる、だと?」


「そうだ。この馬鹿げた戦いを、な」


「……小癪な!」


 牙帝狼はプライドを傷付けられたのか、怒号と共に凄まじい勢いで俺に襲いかかってきた。直撃を喰らえば、無事には済まないだろう。


「そのちっぽけな刃を手にしただけで、勝利したつもりか! ならば、その慢心の報い、受けるがよい!!」


 魔獣の動きは、衰えを見せていない。ダメージはあるだろうが、何しろ元の体力が桁違いだ。対する俺は、傷からの出血で確実に体力を奪われており、まともに動けるのは恐らくあと数分。……出し惜しみをしている暇はない。


「……行くぞ」


 俺は月光の柄を強く握り締める。

 ……記憶の全てが戻ったわけではない。先ほど視えた場面と、それに関係あることが、少しだけ。

 そのためか、月の守護者は完全に覚醒していない。記憶にある翼とは、形状がまるで違うのがその証だ。


 だが、俺の本来の戦い方は、刀の振るい方は、しっかり記憶している。……忘れるわけなどない。こいつは、俺の一部なのだから。力が衰えていようが、どう戦えば良いかは全身が理解している。


 イメージするのは、循環。心臓が送り出した血液が身体を巡るように、月の守護者の力が全身を駆け巡るイメージ。そして、体の延長として、月光も循環の経路に加える。その刃に、俺の力を行き渡らせる。



 ――刀身に力が注がれる感覚と共に、刃が燐光を纏った。まさしく、その銘である月光のように。


「俺の相棒が、ただのちっぽけな刃かどうか……」


 怒濤の攻撃を回避しながら、翼を一気に広げて奴と距離を取るように飛翔する。おおよそ10メートルほど、奴ならば一瞬で詰められる距離だ。


「お前のその身で確かめろ!」


 一閃、中空で月光を振るう。その刃そのものはもちろん、魔獣に届くはずもない。



 だが。その軌跡に合わせて、波動が光の刃となり、奴に向かって射出された。


「なに!?」


 今にも突撃しようとしていた牙帝狼は、慌ててガードに入る。その分厚い毛皮と筋肉は、生半可な刃ならば弾いてしまうのであろう。しかし、攻撃を防ごうとしたその腕を、波動の刃は深々と切り裂いた。


「グオォッ!!」


 奴が獣じみた悲鳴を上げ、傷口から鮮血が飛び散った。


 月の守護者の波動は純粋に攻撃力を持った衝撃波だが、何かを媒介にすることで、その特性を強化すると同時に、射出する波動も媒介と同質の特性を得る。月光ほどの業物を媒介とすれば、その切れ味は見ての通りだ。それに、月光に使われた()()()()は、俺の力にしっかりと馴染み、余すことなく性能を引き出してくれる。


「続けて行くぞ!」


 二撃、三撃。連続して刀を振るう。一撃目で動きを止めてしまった魔獣は、回避に移ることもできずに、もう片方の腕と脇腹にも深い傷を作った。


「グ……ッ!」


 痛みに呻き、よろめく巨獣。さすがに素手とはダメージの質が違う。決定打にするのは難しいが、足を止めさせることには成功した。そのまま、駆け抜ける。


「慢心の報い、と言ったな。その言葉、そのまま返させてもらおう!!」


「…………!!」


 生涯でただ1度の敗北。それは確かにこいつの考えを改めさせたのだろうが、それは『自分よりも強いものがいる』という点だけだ。こいつはまだどこかで、ヒトを見下している。だからこそ、狩りと、獲物と言った。俺の実力を認める発言をしながら、決着が着くより先に余裕を見せた。……払ってもらうぞ、俺を、俺の相棒を甘く見た代償を。


「ぬぉ……!」


 奴が動揺しているうちに足元を駆け抜け、刀を振るう。それは脚の筋を絶ち切るには至らなかったが、一瞬だけバランスを崩させた。だが、一瞬の隙とは、戦闘においては致命的なものだ……!


「はあああぁッ!!」


 俺は体勢を崩した牙帝狼に向かい、全力で飛び上がり、そのまま突撃する。


 そして――その腹に、深々と刃を突き立てた。


「……が……!!」


 肉が裂ける感触と共に、刀身が埋まる。奴が大きく目を見開いた。


「う……おおおぉ!!」


 俺はそのまま、渾身の力を込めて刃を振り抜く。奴の身体に埋まった刃が、体内を抉るようにゆっくりとその巨体を切り裂いていく。


「グォオオオオォッ!?」


 体内を抉られる激痛に絶叫を上げる魔獣は、俺を引き剥がそうと腕を振り下ろす。だが――もう遅い!


「はぁッ!!」


 奴の腹部が、大きく切り裂かれる。大量の鮮血が宙を舞った。


「――――――か」


 瞬間、牙帝狼は大きく口を開いた状態で固まった。とてつもない痛みからか、全身が大きく1度だけ痙攣したが、度を過ぎた苦悶は声すら出させない。その両手が傷口を庇うように腹を抱え込む。それでもなお、震える足で何とか倒れまいと抵抗し――しかし、開かれた口から一気に吐血すると、膝をつく。


「ガ……ア、ア……ァッ……」


 その巨体が出したにしてはあまりにもか細い苦悶の声。それを最後に、強大な魔獣は、ついに地面に崩れ落ちた。




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