舞い降りる刃
私達はガルを残して、無事だった方の控え室から非常口を通り、会場から脱出しようとしていた。
それほど長い通路ではないけど、みんなさっきの戦闘のせいで、まともに動く体力が残ってない。ちょっと回復した力を使ってコウが傷を治してくれたから、少しはマシだけど。
「つぅ……」
「……カイ、大丈夫か」
「大丈夫じゃねえが、生きてるだけ御の字だろ……くっ。わりぃな、コウ。ひとりじゃうまく歩けなくてよ」
一番深刻なのはカイのはずだ。身体を強化していたと言っても、巨人の攻撃をまともに受けたんだから。身体を貸しながら、コウはうつむいてる。責任を感じてるのは、間違いない。
「謝るのは、オレの方だ。すまねえ……オレが、もっとうまくやってたら」
「……どっちにしろ全滅だったことに変わりはなかったろ。それに、庇ったのは俺の勝手だ、お前のせいじゃねえ」
「……でも」
「今は逃げることに集中しようぜ。……それにな、まずかったのかもしれねえが、嬉しかったんだぜ。俺のために、キレてくれたのはよ」
「…………」
不器用ながらも、カイの言葉は優しかった。コウは小さく頷いて、真っ直ぐに歩き出す。
「ま、慌てなくてもちゃんと逃げられそうだけどな」
そう呟いたカイの視線の先には、ルッカ君がいる。たまに振り返ってこっちの様子を確認しながら、先頭を突き進む男の子。だけど、その雰囲気はいつもと違ってた。
目の前で、新しい歪み。そこから現れた獣……暁斗が戦った影爪獣が、ルッカ君に襲いかかった。だけど。
「……ふっ!」
全く慌てることもなく、拳をUDBに叩き込むルッカ君。お腹に、喉に、頭に……目にも止まらない早さで撃ち抜いた彼の拳に、UDBはあっという間に伸びてしまった。
容赦なく、倒れたUDBの首に踵を落としてへし折る。……圧倒的だ。強いことは知ってたけど、そんなものじゃない。すごく、戦い慣れてる。
「悪く思わないでくださいね。生かして後ろから襲われるわけにもいきませんから」
「お前、その威力は……」
「PSの応用です。重さの操作を自分に使って、攻撃の重さにも反映させているんですよ。僕はどうしても軽いので、それで威力を補っているんです」
「か、簡単に言ってるけど、そんなことできたんだな」
「見ての通り殺傷力も高いので、授業で使えるものではありませんからね。それに割と繊細なので、下手をすれば僕の手足が潰れます」
「手足が、って、マジか!? それ、めっちゃ危ねえんじゃ……」
「心配しないでください、そんなヘマは今さらしませんよ。……みんなは、絶対に護ります。僕の大事な友達は……」
「……ルッカ」
どことなく辛そうな顔で、ルッカ君はそう言った。……ルッカ君はきっと、何かを知ってる。だけど、今はそれを考えない。だって、友達って言ってくれた。私たちを、こんなに心配してくれてる。私たちのために、こんなに怒ってくれてる。
そして、さらに新しい歪みが3つ。それを見たルッカ君は、深々とため息をついた。
「この挑発するような転移の仕方。本当に……どういうつもりなんですかね、あなたは。言っておきますが、今の僕は少々機嫌が悪いんですよ――潰れて死ね、クソ野郎共が!!」
小柄な男の子が吠えたのと同時に、現れたUDB達は、まとめて地面に縫い付けられた。苦悶の表情を浮かべ、さほど時間もかからずに血を吐いて動かなくなっていく。
「すごいな、彼は。どこで、あれだけの力を」
瑞輝さんの疑問も当然だ。私たちだって、そう思う。だけど、その強さは今は単純にすごく頼もしくて……生きてここを出られるんだって、そう安心できる。……だけど。
「ガルのこと、心配か?」
私は、周りに分かるほど不安そうな顔をしてたみたいだ。頷いた私の頭を、暁斗の手が撫でた。小さい頃、私が落ち込んだり悩んだりした時には、いつもこうしてくれてたのを思い出す。
「大丈夫だ。あいつは俺達の先生で、兄貴なんだ。あいつが負けたとこなんて、一度も見たことないだろ?」
「お兄ちゃん……」
「信じて進もう。あいつは、絶対に大丈夫だ」
「……そうだね。信じるよ、私も」
私も、信じてる。信じてるから……絶対に帰ってきて、ガルフレア。私はまだ、あなたと話したいことがいっぱいあるんだから。だから……どうか、無事で。
「失せろ!」
俺はガルの指示通り、周囲の敵を相手にしていた。
一体一体は対して苦労する相手でもない。あの牙帝狼を除き、全ての獣が俺に集中しているため、ガルに敵を近づけないことを気にする必要も無かった。しかし、状況はあまり良くない。
「……次から次へと」
倒した奴らは回収されていき、代わって新たなUDBが現れる。倒しても復活する、まるでイタチごっこだ。観客席も同様らしく、こちらよりも敵の数が多い。いくら彼らでも、武器もなく、ブランクも大きい状態では、こちらへの援護は期待するだけ無駄か。
ガルは明らかに苦戦している。最大の原因は、攻撃力不足。いくらガルでも、素手であの魔獣を倒す事は至難の業だろう。月の守護者の出力も、本来のあいつとは比べ物にもならない。
……いっそ、俺が奴もまとめて凍り付けにするか。いや、この位置関係でそれだけの冷気を発すれば、確実にガルも巻き込む。外の雑魚を凍らせた時のように加減しては倒しきれない。即座にガルの氷だけ溶かしたとしても無事には済まないし、何より、あれは俺が1対1で戦ったとしても苦戦するだろう相手だ。言うほど簡単にできるなら、最初から俺が戦っている。
「………………」
俺はちらりと自分の腰に携えた、ある物を見る。……少しだけ、葛藤した。もしもそうしてしまえば、あいつはいずれ俺たちにとっても大きな障害となるかもしれない。
だが、そうしなければ? このまま救援に向かえなければ、ガルは死ぬだろう。それを、俺は良しとするのか? ……いや。
何を迷っているんだ、俺は。預かり物を返す、それだけの話だ……!
「ち……!」
攻防の応酬を繰り返すうち、俺は次第に押され始めていた。決定打不足はここに来て致命的なものとなり、出血によりじわじわと体力が奪われていく。相手の一撃が当たるのも、恐らく時間の問題だ。
「ここまでやるとは思わなかったぞ、銀色の。貴様のことは、好敵手のひとりとして死ぬまで忘れぬだろうよ!」
「誰が……勝手に記憶だけの存在にするな!」
「吠えたな。ならば、覆してみせるがいい!」
一方で、あいつにはまだ余裕がある。こちらの攻撃は確かにダメージを与えているはずだが、元々のスタミナが桁違いだ。致命傷を与えるには、何もかもが足りない。
……俺の力では、これが限界なのか? 俺は、ここで敗れてしまうのか? いや、まだだ! まだ、諦めるわけにはいかない。何か、あと一手があれば……。
「ガル、飛べ!」
「な……?」
突如聞こえてきたのは、シグルドの声。攻撃を回避しながら、隙を見て彼の言うとおりに翼で飛び上がると、シグルドは獣達をなぎ倒しながら確かにこちらを見ていた。そして俺にも、彼の手に何かがあるのが見えた。
「受け取れ。これはやはり、お前の手に在るべき物だ!」
俺が尋ねる間もなく――シグルドがそれを放り投げる。
宙を舞う何か。1メートル程度の、やや反り身の物体。あれは、剣……いや、刀か?
……刀? 俺の手にあるべき……刀。
「…………!」
強く、心臓が脈打った。
……俺は、覚えている。柄に刻まれた翼の紋章。そして、淡く白銀に光る刀身……細部の装飾がどのようなものかまで、全て。
覚えている? 何故? それは、あれが……俺の。
――頭の中で、霧が晴れる感覚。
そうだ、俺は……あれと共に生き延びた。
あれは、俺の刀……。
俺の武器……俺の相棒――!!
「……〈月光〉!」
寸分違わず、俺の手に舞い降りる刃。――そして、その瞬間。俺の頭の中で、様々なものが溢れ出した。




