互いの信念を懸けて
戦いの開始と同時に、シグルドは群れに向かって突撃する。彼に心配は無用だろう。ならば、俺は……自分の戦いに専念するだけだ!
「はあっ!」
翼を広げて飛び上がり、そのままPSによる先制攻撃を放つ。波動の一撃は、確実に奴の胴体を捉えた。
「む……!」
衝撃に奴が一瞬だけ怯む。だが、それは文字通りに一瞬の事で、奴はすぐに体勢を立て直した。
魔獣は俺に向かって一気に突撃すると、爪を振るう。俺はそれをすんでの所で避ける。だが、速い……!
「く……!」
俺は後ろに下がりながらも拳を突き出し、波撃を飛ばす。狙いは正確につけたものの、不意打ちに近かった初撃と違い、こちらの手は知られている。
俺が放った五発の攻撃のうち、三発は避けられ、二発はガードされた。奴の強靭な筋力が生み出す瞬発力はかなりのものだ。
いずれにせよ、先程の様子を見るに、波動では大したダメージにはなっていない。これでは、何回当てても決定打にはならないか……!
「どうした、その程度か!」
魔獣は攻撃の手を緩めず、ラッシュを仕掛けてくる。一瞬でも気を抜けば、俺の身体は八つ裂きになるだろう。
いくら身体能力が高まっているとは言え、奴の攻撃を避け続ける自信はない。このままではいずれ押し負けるのは目に見えている。
……ならば、リスクを気にしている場合ではない。俺は地面を強く蹴ると、奴の懐を目掛けて駆け出す。
「!」
ダメージを与えるには、直接攻撃で弱点を狙うしかない。奴の爪牙をかいくぐり、その脇腹に、波動を纏って威力を向上させた蹴りを叩き込む。
「ぐっ!」
獣がうめく。少しはダメージも通ったようだが、それだけでどうにかなる相手でもない。すぐさまカウンターの爪を振り下ろしてきた。
「…………!」
再びターンを奪ったベルセルクヴォルフは、休む間もなく攻撃を繰り出してくる。無尽蔵のスタミナに、息切れを期待するだけ無駄だろう。
俺も負けてはいられない。隙を見て、反撃を加えていく。体格差があるぶん、潜り込む隙は多くあったが、向こうもそれに対応してくる。一進一退の攻防が、しばらく続いた。
「前言撤回だ。やるではないか!」
どこか嬉しそうな獣の発言。こいつは、純粋に戦いを楽しんでいるのか。真っ向から挑んでくる実直な性格には共感すら覚える。
だが……だからこそ、腑に落ちない。攻防を繰り広げつつ、俺は奴に問いかけた。
「お前はどうしてあんな奴らの味方をする? 誇り高い種族であるはずの牙帝狼が!」
「あんな奴ら? ここを襲っていた者のことなら、我は知らぬ。我はただ、マリク殿からの命令に従っているだけだからな」
「ならば、そのマリクという男に従う理由は何だ? その男が、お前を戦わせてくれるからか?」
その問いかけに、奴は少し不服げに唸った。
「確かに戦うことは好いている。強者と戦わせてもらえることにも感謝している。だが、それだけで忠誠を誓う程、戦闘狂でも無いつもりだ」
「それならば、なぜだ?」
「……かつて、我は同族の中でも強い力を持っていた。戦いにおいて無敗を誇っていた我は、自らの強さを絶対的に信じ、これからも敗れはしないと疑わなかった。ヒトはこれを、井の中の蛙と言うのだったか?」
獣は、まるで過去の失態を思い出して恥ずかしがるヒトと同じように、苦笑を浮かべた。
「そしてある日、我の領域にひとりの人間が入り込んだ。我は当然のごとく、その者を狩ろうとした。しかし……我は敗れたのだ。それも、圧倒的な力の差でな」
「……それが、マリクという男だったのか?」
「そうだ。それは我にとって凄まじい衝撃であった。より強力な種に敗れるのならばともかく、ちっぽけで脆弱だと思っていたヒトに敗れたのだからな。混乱と恐怖で惨めに震えた我の姿は、さぞや滑稽であっただろう」
魔獣のプライドが凄まじく傷つけられたことは想像に難くない。同時に、それは初めて体験する死の恐怖だったはずだ。
「我は己の死を覚悟した。だが、マリク殿は我に止めを刺さなかった。代わりに、我に力を貸すことを求めたのだ」
「……お前は、それに大人しく従ったのか?」
「我も、最初は逆らった。死への恐怖は我にもあるが、生かされ傀儡にされるぐらいならば死を選ぶ、と拒んだ。しかしマリク殿は、それを一笑に伏してこう告げたのだ」
――逃げるのですか? 私に敗北したままで。何も知らぬまま、小さな世界の王者であった己を守るために。
泥水をすすってでもこの敗北を覆す機会をうかがうだけの気概はないのですね。ならばそれも良いでしょう。そのような臆病者は、従わせる価値もありませんからね。
……ですが、もしもそうでないと言うのならば、私はあなたに世界を見せましょう。あなたと言う剣を振るわせていただく代わりに、私はあなたを研き上げましょう。
なに、これは単純な取引ですよ。あなたは、高みを目指したくはありませんか――
相手のプライドを的確に煽る挑発だ。死ぬことが臆病者の証明であるように言われれば、傾いていた気持ちも逆転するだろう。
「ならば、報復の機会をうかがうために?」
「報復? ……誤解しているようだが、怒りなど最初から存在しておらぬ。敗者が勝者に憤るなど、それこそ惨めな振る舞いではないか? マリク殿の言葉も、全くの事実である。当時の我にとって屈辱ではあったがな」
意外にも、獣はそう答えた。その言葉に裏は見えない。
「冷静に考えてみれば、我としても拒む理由があったわけではない。反抗したのは、ただの意地だ。だが……同時にこうも思ったのだ。我よりも遥かにちっぽけであるヒトが、我よりも高みに至った。……素晴らしいと感じた。敬うに値すると考えた。それと比べて、己より上が存在しないなどと考え、生まれもった力のみに頼っていた我は、何と矮小なことか」
「お前は……」
「それと同時に、欲求が沸き上がってきた。ヒトでも強くなれたのならば……マリク殿の言葉通りに、我もさらなる高みを目指せるのではないか、と。それなのに、下らない意地を優先してその機会を放棄するなど、愚の骨頂だと思ったのだ」
牙帝狼はそこで、少しだけ間を置いた。巨体から放たれた回し蹴りが、突風を巻き起こしつつ俺に襲いかかる。それを回避した俺に、獣はますます楽しそうな声を上げた。
「我を惨めだと思うか? それも当然だ。情けをかけられた挙げ句、その男に従っているのだからな。マリク殿と出逢う前の我ならば、弱者と断じていた」
「…………」
「だが、それももはや些細なことだ。あの方は、確かに我に世界を見せてくれた。ならばこそ、あの方に与えられたこの命、その全てを捧げると決めた!」
振り下ろされる魔獣の剛腕、その一撃を何とか避ける。……与えられた命、か。確かに、そのような発想もできるのかもしれない。しかし、納得はできなかった。
「考えてみろ! その男は、最初からお前を利用するために、わざとお前のテリトリーに入ったんじゃないのか!?」
「無論、その程度は理解しているとも。だが、我があの方に救われたのも、また事実!」
「駒として利用されることを、認めると言うのか!」
「上等ではないか! 我は満足しているのだ。敗北したからこそ、我は世界を知った。そうでなければ、貴様のような強者と巡り会うことも無かったのだからな!」
巨獣が咆哮を上げる。その中に、強固な意志を持って。
「望まれる限り、我は戦おう。それが我の望みでもあるのだからな。ならばこそ……我は主のために、全ての敵を滅ぼすのみ!」
「…………!」
この獣に……いや、彼の中にある信念は本物だ。始まりが歪なものであったとしても、もはや彼に過程は関係ないのだろう。己を打ち負かし、命を救った相手への、恐れではなく、確かな忠誠心。俺は思わず、戦士として敬意すら抱いた。……だが、それは同時に、彼と俺が相容れないことの証明でもある。
「俺にだって譲れないものがある。お前に倒されてやるわけにはいかない!」
「ならば、言葉は不要。互いの牙で、雌雄を決するとしよう!」
奴の振るった爪を、屈んで避ける。いくら身体が強化されていようが、直撃を喰らえば即死は免れない。だが……!
「俺は負けられない! 俺の大切な友人達を護るために……!」
俺は一気に奴の懐へと飛び込む。ここで負ければ、会場の外にもUDBが溢れるだろう。そうなれば、みんなも危険にさらされる。それだけではなく……あの時、慎吾に言われた。護るためには、俺も生きなければならないと。
「それに、約束した! また一緒に、星空を見ると! だから俺は……お前を、倒す!!」
みんなが窮地に陥って、改めて気付いた。俺にとって、彼らがどれだけ大切な存在か。……彼女に対して、俺が抱く感情は何か。そうだ、今ならはっきりと分かる。俺にとって、彼女は。
義務感でも、恩義でもない。これは、俺自身の望みだ。
俺は、彼女と共にいたい!!
「……む!」
奴の攻撃に合わせて、懐に潜り込む。翼をはためかせ、一気に突撃した。
……体格差は、攻撃の重さの差でもある。普通に殴り付けたところで、効くはずもない。だが、この力は俺の身体能力を高めつつ、波動は巨体を吹き飛ばすほどに強烈な衝撃を生み出す。それを収束させた一撃を……急所に!
「はぁっ!!」
俺の全力を込めた回し蹴り。それは吸い込まれるように、奴の鳩尾へ深々と突き刺さった。
「うぐっ……!?」
奴が低くうめいた。……人型の生物である以上、身体の構造はほぼ共通しているはずだ。ならば、狙うべき箇所も同じ。
「うおおおおぉッ!!」
「…………ッ!!」
腹部へのラッシュ。いくら強靭な肉体を持っていても、急所、つまり筋肉の隙間を縫って攻撃すれば内臓にまで衝撃を与える事は可能だ。そして、そのダメージは軽くはないだろう。その証拠に、魔獣の表情が苦痛に歪んでいく。確実に効いている!
「ぐ……ガアアアァ!!」
だが、だからといって、好き放題にさせてくれる相手でも無かった。力を込めて踏みとどまった奴が、横薙ぎに爪を振るう。
「ッ……が……!!」
攻撃に全力を尽くしていた俺は、それへの反応が一瞬だけ遅れる。だが、その一瞬のために、俺の脇腹を奴の爪が掠め、焼け付くような痛みが走った。掠めたと言っても、元が即死級の一撃だ。咄嗟に衝撃をそらし、致命傷は避けたが……まずい、軽くない出血がある。
たまらず俺は後ろに下がる。奴も今のダメージのためか、一旦距離を取る事を選んだようだ。
「ぐ、う……は、は。その小さな身で、ここまで重い拳を振るうとは思わなかったぞ。さすがに、今のはかなり効いた」
「く……!」
「……だが、それだけだ。我が倒れるまで、叩き込めるならばやってみせよ!」
今のは全力の攻撃だった。だが、奴を倒せるダメージには程遠い。さらに、俺も手傷を負ってしまった。動けないほどではないが、長期戦は困難だろう。時間をかければかけるだけこちらが不利になる。
……やはり、素手では……!