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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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第一級危険種

「これは……!」


 耳鳴り、何かが歪んでいるような感覚。間違いなく、それは転移反応だった。だが。


「お、おい。これって……!」


「ああ。めちゃくちゃデカい……!」


 みんなも感じているようだ。歪みの規模が、先ほどまでの比ではない。それが意味することは。


「なら、出てくるのはさっき以上の大群か、それとも……」


「さらに大物ってか!? 勘弁してくれよ!」


『クク、その通りだ! これは切り札の転送合図だよ』


『切り札、だと?』


『そうだ。これの合図により、預かった最大戦力の転移を行うことになっている。俺ではコントロールできんのが欠点だがな』


 あの男にコントロールできない……つまり、無差別に会場を攻撃するための戦力か。観客の避難は何とか間に合ったようだが、俺達が逃げる時間はない。


『貴様、心中するつもりか?』


『ふん。死ぬのは貴様らだけだ!』


 そう言い放った瞬間、ティグルと部下の全身が歪み始めた。あれは……空間転移だと!?


「馬鹿が、それは……!」


『ふはは、残念だな蒼天!! これは貴様が使った不完全な転移装置ではない、完成品だ! 記憶が消える副作用などありはしない!』


「…………!」


「な……」


 記憶が消える副作用……? 空間転移で、記憶が消える。それをシグルドが使った。そして、奴は俺とシグルドを両方知っている……いや、それを考えるのは後だ。

 転移を阻止すべく慎吾が攻撃を続けているが、やはり先程の防壁に阻まれる。俺を捉えていた結界のようなものか……だが、強度は段違いなようだ。慎吾は舌打ちし、一際大きな閃光を放つ。それは結界を貫き、破壊したが、一歩遅かった。すでにティグルは空間の歪みの向こう側で……直後、歪みはティグルごと完全に消え去った。


「畜生がッ!!」


 ルッカが悔しげに吠える。くそ、ここまで来て……あの男に逃げられるなんて。慎吾が今までに見たことがないほどに表情を歪めている。拡声器の役目を果たしていた男が消えたため、何を言っているのかまでは聞こえないが。しかし、彼を責めることはできないだろう。転移も結界も、想定外の事態だ。


「あのクソ仮面が。俺達には不良品よこしたくせに、あんな三下に完成品だ? ふざけんのも大概にしやがれ……!」


「今はそれについて考えている場合ではない。もう、転移の完了までに時間はないぞ」


 シグルドが冷静に周囲を諭す。この気配は、さすがに危険か。だが、もしも逃げた場合、会場からUDBが溢れ、町を侵略することになるだろう。……ならば。


「ルッカ、シグルド。みんなを連れて先に逃げてくれ」


「ガル!?」


「お前達が逃げる時間は、俺が稼ぐ」


 どうせ、会場のUDBを放置はできない。ならば……その役目は、俺が負う。


「無茶だよ! いくらあなたが強くても、この感覚、普通じゃないよ!」


「そうだぜガル! 戦うにしても、みんなで協力して……」


「分かっている。だが、お前達はもう戦えないだろう?」


 みんなの負っているダメージは決して軽くはない。……仮に戦えたとしても、俺は彼らをこれ以上危険な目に合わせたくない。シグルド達も、だ。


「護りながら戦うのは難しくなる。お前たちは、逃げるんだ」


 もしも彼らのうち、誰か一人でも死ねば……俺は、自分で自分を許せない。

 暁斗がギリ、と歯を噛み締めている。悔しげな表情のまま、彼は小さく頭を下げた。


「ごめん……!」


「なに、心配はいらないさ。早く行くんだ、転移が始まる前にな。 二人とも、みんなを……」


「それはできない」


 シグルドは俺の言葉を遮り、斧槍を構えた。


「ルッカ、護衛はお前に任せるぞ」


「シグルド……?」


「心配するな、ルッカは一人でも護衛を果たせる。二人いたほうが、時間稼ぎとしても確実だ」


 俺の隣に並んだ彼を、止める言葉は思い付かなかった。やろうとしていることは、俺も同じなのだから。


「お二人が残るならば、十分ですね。みんな、行きましょう。動けますか?」


「……ああ。急ごう」


「ガル、無事で……!」


 みんながふらつきながら、振り返りながら逃げていく。……これでいい。懸念せずに戦える。シグルドに関しては、純粋に有難い。彼は、少なくとも今の俺よりは強いだろう。

 そうしているうちにも、歪みはさらに拡大する。中心に巨大なものが一つ。そして、その周囲に……いや、会場の至るところに。規模が大きいからか、時間は先程よりもかかってはいるが、中央のアレは飛び抜けて危険だと俺の本能が告げている。


「ここまで大規模な転移を……」


「やはり、あの男は完全な空間転移を成功させているようだな」


 観客席にまで歪みは発生していた。その数も数え切れないぐらいだ。慎吾達も、どうやらこの中で迎え撃つことを決めたらしい。俺と視線を交わし、お互いに頷く。……任せてくれ、慎吾。今こそ、あなたへの恩を返す時だ。この国を、こんな身勝手な理由で荒らさせてたまるものか。


「……ガルフレア」


「どうした?」


「何も聞かないのか。俺がどこまで知っているのかを」


「それを聞かせてもらうのは後だ。少なくとも、今この瞬間は、味方として助けてくれた。信じるにはそれで十分だろう?」


「……そうか」


 それ以上は、何も言わなかった。お互いに目の前の現象に意識を集中させる。

 そして、その時はそれほど待たずに訪れた。中央の歪みが一際大きくなり、その後に収束を始める。……来る!



 ――まず、はっきりと現れたのはその剛腕。それは、先の〈牛鬼〉以上の太さを持ち、手の先端には〈影牙獣〉以上に鋭い爪が並んでいる。


 次に脚。巨大である事はもちろんのこと、洗練されたそれは二足歩行であるが故に、かえって獣の力強さを示している。


 そして胴体。引き締まった体躯は、まさしく筋肉の鎧と言うべきだろう。背中まで伸びた鬣をはじめ、褐色の獣毛が全身を被っているが、あれもまた衝撃を防ぐ強靭な防具だ。


 狼を思わせる頭部には、どんな剣以上に研ぎ澄まされた牙が備えられている。少し前傾姿勢ではあるが、身長は目算で6メートルほど……俺のような狼人をひたすらに巨大にした姿、とも呼べるかもしれないが、より野性的で、荒々しい。


「これは……」


「まさか、これほどの奴が来るとはな」



 現れた獣の名は、〈牙帝狼ベルセルクヴォルフ〉。

 そのランクはA……通称『第一級危険種』だった。


 出て来たのは、その巨獣ばかりでは無い。そいつの周りに、ぞろぞろと取り巻きが現れる。全てランクCか。


「マリクは何を考えている。これほどの戦力を、あの程度の小物に与えるとは」


 マリク、か。先程も出ていた名だが、そいつが今回の黒幕か。UDBや空間転移を操るとは……そいつはいったい、何者なんだ。

 ふと気が付くと、俺達が先ほど倒したUDBたちが、少しずつ消えている。どうやら、転移しているらしい。回収されているようだな……気絶している奴はともかく、明らかに絶命している個体もだ。


「死体まで回収しているのか?」


「大方、実験にでも使うつもりなんだろう。あのペテン師の事だ」


 シグルドは舌打ちしている。あまり良い感情を持ってはいないらしい。


「それよりも、奴だ」


「……ああ」


 俺達の前にいるのは、牛鬼よりもさらに一回り巨大な体躯を持ち、比較にならないパワーとスピードを兼ね備えた強大な魔獣だ。そして、俺の記憶……いや、知識が正しければ、奴は。


「ふむ。貴様らが、今回の獲物か」


「!」


 その言葉を発したのは、俺でなければ当然シグルドでも、上のみんなでもない。紛れもなく、あの魔獣が喋ったのだ。

 奴の瞳には、他の獣とは明らかに違う理性の光があった。上位ランクの獣の中には知能が高い者も多く、中には人語を解する種類もいる。牙帝狼は、そんな種族の一つだ。


「そうだと言ったら?」


 シグルドの言葉に、魔獣はその重量感のある声で答える。


「知れたこと。獲物とは、狩るために存在するものであろう?」


 魔獣の視線が、俺とシグルドを真っ直ぐに捉える。他のUDB達はと言うと、本能でリーダーを選び出したようで、勝手な動きを見せようとはしない。そして、もうひとつ……この獣は、空間転移に動じた様子もない。つまり、こいつにとってこれは、突然の現象ではない。


「どうやらお前は、野生から無理やり喚ばれたわけではないようだな」


「その通りだ。我は周りの有象無象とは違い、あのお方に仕えている。そして、我が喚ばれるということは、下される命令はひとつ。目の前の獲物を、殲滅せよというものだ」


「…………!」


 ……言葉は通じる。だが、話し合いに応じてくれる気配でもない、か。シグルドは、静かに斧槍の切っ先をUDBに向けた。


「なるほど。確かに獲物は狩られるものだ。だが、そちらが獲物にならないとは限らない」


「何だと?」


 青虎のその言葉には、強がりも恐怖も無い。敗北するとは微塵も思っていない男の目だ。


「貴様がどれだけの強者であろうと、実力を知らない相手に対する慢心は、己の身を滅ぼすぞ」


「………………」


 魔獣はその言葉に小さく唸った。いや……笑っているのか?


「確かにその通りであるな。ふむ、確かに貴様達は、今までの雑魚とは違うようだ。だが、それでこそ我が喚ばれる価値がある」


 巨獣の口元が歪んでいる。やはり笑っているようだ。心底、愉快そうに。


「抵抗しない獲物などつまらん。簡単に狩れてしまえば、達成感も何もないのでな。今回は楽しめるだろうとマリク殿もおっしゃっていたが……くははっ! これは期待しても良さそうだな!」


 ……己の楽しみを、戦いに求めるとはな。この魔獣の感性には、どこかヒトに近いものを感じる。天敵のいない強大な存在である故か。

 上の様子を伺うと、観客席もまた、大量の獣が覆い尽くしている。慎吾達ならば大丈夫だろうが……瑠奈達は、無事に逃げられるだろうか?


「さあ、狩りの時間だ。あまり失望させてくれるなよ?」


 そう言って動き始めた牙帝狼。……こいつは、周囲に気を配りながら勝てる相手ではない。戦いに専念するため、取るべき手は……。


「シグルド。お前は周りの奴らを相手してくれ」


「なに?」


「あの大群を相手にしながら奴と戦うのは難しい。なら、役割を分けるべきだ」


「……お前一人で、奴と戦うと?」


 シグルドだけでなく、魔獣の眉間が寄った。


「お前の力のほうが、広域を相手にするのに適している」


 先程の戦いで、お互いに特色は分かっているはずだ。俺のPSでは直線的な攻撃がほとんどだ。だが、シグルドの冷気なら全周囲を攻撃出来る。


「俺を……信じろ、シグルド」


「………………」


 シグルドが深く溜め息をついた。


「……死ぬなよ、ガル」


「お前こそな」


 その短いやりとりに、心のどこかが再び懐かしさを感じる。だが、今は感傷にひたっている時間などない。


「話し合いは終わったか?」


「……ああ」


 魔獣の問いかけに頷く。わざわざ待っていたのか。


「我と戦うのは、貴様でいいのだな? 銀色のほう」


「……そうだ」


「ならば……」


 魔獣は大きく息を吸い込むと……会場中に轟く強烈な咆哮を上げた。途端、びくんと他の獣が反応する。


「……何を?」


「我らの戦いの邪魔をしないように命令を出した。これで、集中して戦えるだろう」


 ……妙に律儀な魔獣だな。ある種、親近感も覚える。万全の状態で相手と戦いたいという事か。


「一つだけ聞く。会場の他の部分にも、UDBは転送されたか? 外にまで出してはいないだろうな」


「転移先は内部だけだ。もっとも、奴らは好き勝手に行動しているからな。放っておけばここを飛び出していくだろう」


 ならば、俺達が食い止めている限り、外まで逃げればひとまずは安全ということだ。……頼むぞ、ルッカ。みんなを護ってくれ。


「では、我らも始めるとするか」


「……ああ」


 みんなのことは、無事を信じる。俺は、俺が生きて帰るために戦う。この馬鹿げた戦いも……これで最後だ。


「さあ、我を楽しませろッ!!」


 魔獣の咆哮をゴング代わりに、最後にして最大の死闘が始まった。





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