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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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解放、そして

『き、貴様ら……!』


 男の引きちぎるような声が聞こえてきたのは、俺達が敵を全て倒した直後だった。

 倒れていたみんなも、何とか起き上がっている。まだ動くのも辛そうな様子だが、浩輝が一人ずつ手を当てて傷を治している。


『蒼天、金剛!貴様たちは何故、その男の味方をする!? 我らに逆らうという行為の意味を理解しているのか!?』


「マリクの使い走りが何を言う。お前こそどうやら、根本的な部分を勘違いしているようだ」


『何だと!?』


「自分が代弁者にでもなったつもりかもしれないがな。お前など、マリクからすればどうでもいい捨て駒にすぎん。だからこそ、この会場を攻めるという無謀な行いをさせられている。その意味すら理解できないのだろうがな」


『……言わせておけば!』


 蔑むようなシグルドの言葉に、男が歯を噛み締める。……彼は、やはり何かを知っている。恐らく、この会場を攻めた黒幕について。


『お前達、何を呆けている! 奴らを捕らえろ!!』


『し、しかし……我らでは、あの三人は……!』


 怒りにとらわれたティグルの命令に対して、部下達はただうろたえるばかりだ。先の戦いを見ていれば、当然の反応だろう


「はっ、下っ端のがよっぽど状況を分かってるみたいだな?」


『ぐ、ぬうう……』


 男はうめき、体中を震わせる。……しかし、しばらくすると、その表情が一転した。


『ふふ……はははは! 状況が分かってないのは貴様等だ!』


 狂ったのかと思ったが、その視線の先に気付き、奴の意図を理解する。


『抵抗するな! 抵抗すれば、観客を殺す!』


「な……! 貴様、どこまで……!


「典型的な小悪党だな」


『何とでも言うがいい!』


 再び勝ち誇ったような声になったティグル。それに対して……ルッカは、大きな溜め息をもらした。


「ふう。馬鹿もここまで来ると清々しいな」


『……何だと?』


「シグルドさんも言ったはずだぜ。こんな規模の人質作戦なんざ成功するとも思えねえ、って意味でも無謀だが……それ以前の問題だ。テメェらは、敵にしちゃいけねえ相手に喧嘩を売ったんだよ」


『何を、状況が分かっているのか!』


「そっくりそのままお返しするぜ? ――そんなんだから、背中に死神がいるのにも気付かねえんだよ」


 ティグルが次の言葉を紡ぐ前に。男たちの背後から、複数の閃光が走った。


『なっ……がぁ!?』


『がふっ!!』


 放たれた閃光は武装したメンバーを正確に捉え、打ち倒していく。その威力は凄まじく、一発当たっただけで大きく弾き飛ばされ、さらに容赦なく倒れたところに追撃が降り注げばひとたまりもない。あっという間に、ティグルと狐を除いた全員が、戦闘不能に陥った。


『な、何事だ!?』


「こういうことだ。エルリア、という国を舐めた時点で、お前たちに勝ち目は存在していなかった」


「あれは……」


 シグルドの視線の先……つまり、閃光が放たれた場所。そこにいたのは、俺もよく知る男だった。


『トラブルは、起こってほしくない時に限って起こるものだな。俺達の留守に、こんなことになるとは』


「……慎吾!」


「父さん!?」


 その静かな口調に、俺の背筋までぞくりとした。

 彼は、いつも不敵な笑みを浮かべて、飄々としている男だ。だが、今はその表情にも声にも色はなく、だからこそ普段の彼を知っている俺には理解できた。……今、彼がどれほどに憤怒しているのかを。そして……。


『貴様達が……オレの生徒を。あんなにも、傷付けたのか』


『随分と好き勝手してくれたな、てめえら……?』


『舐められたものだ。病院送りなど生ぬるい……!』


『当然だ。蓮達を殺そうとした馬鹿者に、温情などかける必要はない』


『あなた達……覚悟は、できているんでしょうね?』


「お、親父……!」


「お母さんも……」


 慎吾と共に会場の外に出ていた年長者たち。それが全員で、男たちを包囲していた。


『な、何だ、貴様たちは……!? う、動くな! 動けば、他の配下が観客を……!』


『他の? それは、俺たちがとっくに制圧した連中のことか?』


『…………!?』


『感謝するぞ、シグルドたち。お前たちのおかげで、余裕を持って全員を叩き出せた』


 ティグルが慌てて周囲への通信機と思われるものに叫んでいるが、どうやら返答は何一つなかったようだ。敵を前にしてその無防備さも愚かだが……なるほどな。


「彼らが動く間の陽動として、ここで戦ったのか」


「へっ、そういうことですよ。もちろん、みんなを確実に助けるためでもありますがね」


「お前ならば、その状態でも一人で問題なかっただろうがな。この程度の陽動に簡単に目を奪われる連中が、彼らを相手取ろうとするなどと……愚かすぎて笑う気にもなれん」


 ……先の一撃だけで、悟った。慎吾は強い。恐らくは、今の俺よりも。上村先生も含めて、闘技の教員としての腕は見ていたが……本当に手を抜いていたということが、はっきりと分かる。そしてあの様子ならば、他のみんなもだろう。

 ルッカは言った。敵に回してはいけない相手だと。しかし、あれは確実に、一般人が持つ力ではない。何より、慎吾の性格を抜きにしても、場馴れしすぎている。


 目まぐるしい状況の変化に、観客席にも動揺が広がっている。慎吾はそれを一瞥しつつ、声を上げた。


『みなさん、後は我々が片付けます。慌てずに会場を出てください。入口と外の安全は確保してありますので』


 その落ち着き払った声は、混沌としていた会場の空気にもよく響いた。突如として乱入した、圧倒的な力を持つ救世主の言葉だ。混乱も騒ぎも、何とか押さえ込める範囲にまで静まっている。……これならば、大丈夫か。


「……で、人質がどうしたって?」


 ルッカが皮肉をたっぷりと込めて言う。そうだ。考えるのは後……今はこちらにケリをつけないとな。

 今度こそ、本当になす術が無くなったのだろう。直前まで喚いていたティグルは下を向き、口を開かない。


『ティグル様、これは……』


『貴様達だけを残した理由は分かるな? 色々と聞かせてもらうぞ』


「ただで済むと思うなよ? てめえらは、絶対に許されねえことをした」


「命までは取らない……観念しろ」


 俺も含めて、全員が怒りを滲ませている。みんなを傷つけ、命を弄んだこいつを許す気にはならない。本音を言えばすぐにでも引き裂き殺してやりたいほどだが、私情で殺してしまえばこのような下衆と同等になってしまう。


『……ふふふ。全く、滑稽だな。これで……終わりだ』


 ぽつりと、ティグルが呟く。気が付くと、慎吾と誠司がティグルの目の前まで歩みを進めていた。他のみんなは観客を誘導しつつ、倒れた集団の無力化を確認している。


『そうだ、貴様は終わった。覚悟しておけ……ガルの言った通りに命は取らん。だが、子供達の味わった痛みと恐怖、何万倍にして返しても足らない』


『終わり……終わり、か……』


『抵抗しようなどと思うなよ。はっきり言って、オレは今にでも八つ裂きにしたいのを我慢しているんだ』


『フフ……そう。終わり……だが、何か勘違いをしていないか?』


 ……様子がおかしい。あいつの声音は、絶望した者のそれとは何かが異なっている。まさか、まだ手があるのか――それに思い当たったのは、少し遅かった。


『終わるのは……俺ではない。貴様らだ!』


 ティグルは突如、自らの服に手を突っ込む。そして、それを取り出した時、その手には何かの端末らしき物があった。


「あれは……!」


 間違いない、先ほどUDBの転移に使っていた装置だ。部下の男が、表情を驚愕に染めている。また魔獣を転移させるつもりなのか? だが、ティグルのあの勝ち誇ったような笑いは何だ。


『させん!』


 慎吾が光の矢を放ち、ティグルを止めようとする――しかし、彼のPSは、ティグルに命中する直前に、何かに阻まれるように四散してしまった。


『何……!』


 また何かおかしな道具を使ったのか? さすがに慎吾も少しだけ驚愕を見せたが、すぐさま我に返り、直接の拘束を試みる。……だが。


『クク……俺の邪魔をした事、後悔するがいい!!』


 制止は間に合わず、ティグルの手が、その端末を起動する。途端――辺りの空気が、一変した。




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