表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
46/429

月の守護者

「……ふふふ」


 一部始終を見届けていた仮面の道化は、楽しそうに笑っていた。


 目に映るのは、光の翼を具現化させたガルフレア。そして、その姿にあからさまにうろたえている、滑稽な男の醜態。


「せっかく眠っていた天空の児を、再び目覚めさせるとは。まったく、限りなく最悪に近い手を選んでくれることには、一種の尊敬すらしますよ。余計なことをしなければ、この場では勝者になれた可能性もあったと言うのに」


 言葉の内容とは裏腹に、道化は笑いを消さない。まるで、それこそが望んだ展開だとでも言うように。


「しかし、完全ではないようですね。その力も……何よりも、重大なものが欠けている」


 ふむ、とわざとらしく声を出しつつ、道化はただ眺める。愚かな手駒とは言え、彼に貸し与えた力は本物だ。ならばこそ、どこまで使えるのかには興味もあった。――馬鹿でもどこまでやれるか見物だ、という意味で。


「さて、果たしてティグルに()を使いこなせるか。そして、不完全な銀月と彼では、どちらに軍配が上がるのでしょうね。それに、盤面に必要な駒も集いつつある……最後まで、存分に観戦させていただきましょう」


 傍観者の存在に誰もが気付かないまま、事態はさらに加速していく。









 UDB達は、仲間がいとも簡単にねじ伏せられた事にたじろいでいた。そして、上で会場を制圧している連中も、また。


『光牢結界を破壊しただと……それに、あの翼は何だ! 貴様は力を失ったのではなかったのか!?』


「……この際、貴様が俺を知っていた事や、俺を捕らえた理由などはどうでもいい。俺は、貴様を許さない」


 体中に、力が溢れている。……そうだ。はっきりと思い出した。これが、俺のPSだ。


「今の俺を、止められると思うな」


 俺が睨みつけると、男は明らかに狼狽えた。だが、歪んだプライドの塊のような男は、声を張り上げる。


『PSを取り戻したから、何だと言うのだ! 貴様一人で何が出来る!』


「護ってみせるさ、全て。俺のこの力……〈月の守護者(ムーンセイヴァー)〉でな」


 俺の返答に、男は忌々しげに歯ぎしりすると、手に持った石を掲げた。


『攻撃をあの化け物に……銀月に集中させろ!』


 男の命令に、俺を取り囲むUDB達が、びくりと反応する。本能は俺を警戒していたのだろうが、その命令が下ると、連中は俺に向かって殺気を放ち始めた。


「……哀れだな、お前達も」


 あの石が何なのかは知らないが、素直に本能に従っておけば良かったものを。


「ガル……」


「心配するな。できるだけ、俺から離れていろ」


 男は、また判断を間違えた。俺に攻撃を集中させた以上……俺は、自分の戦いに専念出来る。


「さあ、来い!」


 四方から、大量の獣が押し寄せてくる。だが、俺の中には、恐怖や不安など微塵も無かった。

 先ほどまで失っていたこの力。だが、俺の身体は、どのように戦えば良いのか、しっかりと覚えている。そして、自信がある。この程度の相手、取るに足りない!


「はあっ!」


 俺が拳を振るえば、それに合わせて渦巻く波動が放出される。この光は俺の動きに従い、物理的な破壊力を持った力の奔流となる。

 獣達は、自らの射程に入る前に吹き飛んでいく。数に任せて特攻してきた所で、迸る光は奴らをまとめて薙ぎ払う。


「お前達も、被害者なのかもしれないな。だが……」


 翼を広げ、一気に跳躍すると、巨人の頭部めがけて回し蹴りを放つ。その巨体が、数メートルほど吹き飛ぶ。

 この力の発現中、俺の身体能力は限界まで強化される。筋力も、反射神経も、普段と比較して格段に向上していた。


「手加減はしない。俺の仲間に手を出した、報いを受けろ!」


 俺は跳躍すると、そのまま翼を羽ばたかせて空中に留まる。そして、両腕に力を収束させ、一気に振り下ろした。

 放出された波動が、雨の如く奴らの群れに降り注いだ。けたたましい獣達の悲鳴が上がる。光に撃たれたUDBは、残らず地面に倒れ伏した。


「すげえ……」


『……ぐ……!』


 暁斗の感嘆と、男の歯ぎしりが聞こえてくる。UDB達も、あっという間に仲間が倒されていったことに、さすがに動きを鈍らせていた。


「命令は無視出来なくとも、恐怖はあるのか」


『おのれ……ならば! Cランクの奴らを、全て転送しろ!』


 UDBは、その危険性からS~Fでランクを区分されている。Sが最も危険で、Fはほぼ害の無いレベルだ。

 今ここにいるのは、だいたいEからDまで。Cに区分されるのは……先ほどの牛鬼など。


『いけません、ティグル様……! Cランク以上のUDB達は完全には制御しきれていなかった! 奴らを全て転送すれば、下手をすれば暴走を……』


『黙れ! 貴様らは俺の命令に従っていればいいのだ……!』


 側に控えていた狐の部下がたしなめるが、激昂した男……ティグルと言う名らしい男には、その進言も意味をなさなかった。男は、何かの装置を起動していく。そして、その数秒後には……舞台の上に、新たな歪みが現れた。


「が、ガル……!」


「……心配ない。何が来ても、俺は負けない」


 俺はみんなを安心させるように微笑む。……今現れている連中も、徐々に近付いてくる。命令の強制力はかなり強いようだな。


「数だけの相手など!」


 彼らに罪があるわけではない。できる限り気絶程度に留めてはいるが、これ以上の乱戦になればそうも言っていられないか。

 ……もちろん、命を奪う覚悟が無いわけではない。だが、こんな戦いはさすがにやりきれなかった。彼らだって、あの男のエゴに巻き込まれただけなのだから。


 そして、最初の群れが四割を切った頃……転移が完了した。


「うわ……!?」


「なんて数だよ……!」


 現れたのは、先程の三種類に、新たに二種類……全長3メートル程度の巨大な黒い怪鳥〈死翼鷲ブラックイーグル〉と、発火性の非常に高い体液を分泌して炎を発生させる特性を持つ、4メートルほどの爬虫類〈大火蜥蜴サラマンダー〉も加えた、各種数体ずつ。


「少しばかり、厄介ではあるか」


 俺は気付いていた。PSを発動できるようにはなったが……何かが違う。未だ記憶が欠けているせいなのか、どうやらこの力は、完全には回復していないようなのだ。


 それに……もう一つ、決定的に足りないものがある。それは、武器だ。


 ぼんやりとだが、身体が覚えている。かつての俺は、格闘術のみで戦っていたわけではないと。俺のこの手にあったはずの武器……それが、今は無い。そのため、決め手に欠けてしまっているのだ。


 怪鳥が吼え猛り、飛び上がる。飛ばれるのは厄介だな。もし観客席が巻き込まれでもすれば……。

 俺は跳躍して、巨鳥の背中に飛び乗り、そのまま全力の一撃を叩き込む。そいつはあえなくバランスを崩し、地上に落ちていく。だが、倒したそばから新たな一体が俺に迫る。

 ……キリがないな。だが、やるしかない。俺は落ちていく鳥の背中から飛び降りて、そいつに対応しようとする。



 ――その時、巨鳥の翼が凍りついた。


「!」


 翼を凍らされた巨鳥は、なす術なく墜落。突然のことに俺も状況を理解できなかったが、ひとまずはそのまま着地する。


 これは……冷気系のPSか? だとすれば……まさか。


「間に合ったようだな」


「みんな、大丈夫かよ!?」


 聞こえてきた声に振り返ると、舞台に向かって二人の見知った顔が飛び込んできていた。


「シグルド!」


「ルッカ君……!?」


 二人はUDBの群れの中を一気に駆け抜けてくる。シグルドの手には、蒼い装飾の斧槍が握られている。


「お前達、どうして。入口は塞がれているはずだろう」


「所詮は下級のUDBが数体だ。あの程度、障害のうちにも入らないな」


「操ってた野郎も潰しときましたよ。ま、この人数でこの会場を襲おうなんてのがお粗末すぎなんですがね」


 シグルドもルッカも、この状況に動じた様子は全くない。二人とも、戦い慣れた戦士の顔だ。


「力を貸そう。……ここで出会ったのも、何かの縁だろう?」


「もちろん、俺も助太刀しますよ。……どうやら、あの連中にはきっちり礼をしなきゃいけねえみたいだしな」


 言いつつ、二人は構える。ルッカも倒れたみんなの様子を見てか、完全に激昂していた。……少なくともこの少年のことは、護る対象と認識する必要はない、ということは理解できた。


 ……冷気系能力。それに、あの蒼い斧槍。シグルド……彼は。何だ、この感覚は? 彼と出会った時は気のせいだと思ったが……何故、()()()()と感じるんだ。

 遡れば、ルッカも。授業で初めて出会った時、本当はどこかで見覚えがあった気がした。向こうも反応を見せなかったから、そんなはずはないと思っていたが、彼らは……いや、それを考えるのは後だ。今は純粋に有り難い。


「……頼りにするぞ」


「ああ、任せろ」


「一気に片付けちまいましょう!」


 UDB達は雄叫びを上げ、暴れ回る。あの男が制御しきれていないのか。これでは戦いだけを考えてはいられないな。


「みんなの護衛は俺がやります。お二人で殲滅しちまって下さい!」


「……分かった。任せたぞ!」


 ルッカは一目散にみんなの下へ駆け出した。みんな、まだまともに動けないはずだ。彼らに危害が加わらないうちに終わらせなければ。


「ガルフレア、合わせられるか?」


「当然だ、シグルド。こいつらを蹴散らすぞ」


「ああ……分かった」


 シグルドは小さな笑いを漏らすと、奴らの群れの中に飛び込んだ。当然、彼にUDBが群がる。

 だが、無数の獣に囲まれたシグルドを見ても、俺には絶対に大丈夫だという確かな感覚があった。何故かは分からないが、俺は彼を心から信頼していた。彼は……負けない。


「……容赦はしない」


 シグルドはその場で斧槍を振り上げ……。


「凍り付け……!」


 地面に突き立てた。――途端に、シグルドの周辺が、急速に凍結を始めた。

 獣達が慌てふためくが、時既に遅し。シグルドに群がっていた連中は、一匹残らず氷の像となる。それは時間にして数秒のことだった。


「すげえ……」


「ひゅう、さすが。じゃ、俺も……」


 ルッカがそう呟くと共に、彼の周囲のUDBが、纏めて宙に投げ出された。重力を逆転させたようだ。元から飛行していた者も、バランスが取れず暴れている。


「ぶっ潰れちまいな!!」


 そして、少年は容赦なく重力を増加させた。直後――肉が潰れ骨が砕ける音が複数回、連続で響いた。完全に容赦の無い一撃。文字通り潰された獣達は、ピクリとも動かない。


「う、うわ……」


 その光景にみんなが困惑した様子を見せるが、ルッカはそれを鼻で笑う。


「みんなを傷付けた報いだ。千回死んでこい、愚図どもが」


 まさか、あそこまで力を使いこなしているとはな。やはり、彼も心配はいらないだろう。ならば。


「俺は、俺の戦いに専念する!」


 勝敗は、ほぼ決していた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ