目覚める〈銀月〉
「はあ、はあ……」
「ち……畜生……っ!」
私達は、限りなく絶望的な状況に立たされていた。
男の提案を拒否した後、舞台の上に現れた無数の歪み……そして今、私達を取り囲んでいる、数え切れないUDB達。
一体一体は、Dランク以下。さっきの牛鬼達と比べれば弱い種類ばかりだ。だけど、数が多すぎる。
「キリが……ねえ!」
コウが銃剣を振り回す。どうやら弾は使い果たしてしまったみたいだ。だけど、私にも新しい弾を作る余裕はない。
矢に力を込めて、近くにいた〈飛猫〉、翼の生えた猫型の魔獣を射抜く。獣は悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。
「これだけ違う種類の獣が混じってるのに、どうしてこんな正確に連携しているんだ……!」
「分かんねえ、けど……あいつが、何か仕込んだみてえだな……!」
様子を見る余裕は無いけど、あの男はどんな表情をしているんだろう。それを想像すると、すごく腹が立つ。だけど、そんなことを考えてる暇もなかった。
戦っても戦っても、UDBの数は減らない。少しずつ、PSを発動させるための精神力も削れていく。
「何か……さっきより数が増えてきてねえか。まだ転移してるってのかよ……!」
「くそ……このままじゃ!」
暁斗の銃撃も、瑞輝さんの剣も。みんな、少しずつ動きが鈍っていく。……どうしよう。このまま戦い続けたら、いつか。
「この……!」
コウが、目の前にいた〈巨人〉、岩のような肌を持つ3メートル弱の人型の魔物に突っ込んで、斬りつける。
……でも、彼も体力の限界だった。力の入らない一撃は魔物に大した傷を与えられず、巨人は軽くよろめいただけで、怒りに満ちた視線をコウに向けた。
コウも一旦離脱しようとする。だけど……焦りと疲れのせいか、足を滑らせてその場に倒れてしまって……!
「コウッ!!」
「う、うわぁっ……!?」
コウに向かって、巨人が拳を振り上げる。私は援護しようと矢を構える、けど……駄目、これじゃ間に合わない……!
赤い影が、コウと巨人の間に割り込んだ。
「え……」
「――――かはっ」
そして、巨人の拳を、その影が受け止める。鈍い音が、私にまで届いた。
「……か……い、と?」
割り込んだのは、カイ。彼が身を呈して、コウを攻撃から庇ったんだ。だけど、いくらPSで強化された体でも、その衝撃を受け止めるのは、あまりに無謀だった。地面を派手に転がって、そのまま倒れるカイ。
「海翔おおおおぉッ!!」
「そんな……カイッ!!」
私は巨人にPSを込めた矢を放つ。爆発の衝撃に相手が倒れた隙に、敵の間をかいくぐって二人の下へ走る。コウはフラフラと起き上がると、カイに手を当てる。
「海翔! 海翔ッ!!」
「……く……浩輝……無事、か……? 良、かった……」
「良くねえよ!! どうしてオレを庇って……」
会話が私にも届く。意識はあるみたいだ。だけど、ダメージはどう見ても深刻そうだった。
そして、巨人が緩慢な動きで立ち上がる。それに気付いたコウが、血走った視線を魔物に向けた。
「てめえぇ……よくも、よくも海翔を……」
銃剣を構えるコウの声は、震えていた。これ以上無い程の怒りで。
「許さねえ……殺す。てめえら、一匹残らず殺してやる!!」
完全にキレたコウは、絶叫しながら巨人に銃剣を叩き付けた。その腹を裂かれ、巨人が倒れる。
だけど、コウは止まらない。そのまま、怒りに任せて敵に突撃していく。
「馬、鹿……野郎……!」
「カイ、大丈夫!?」
私は何とかカイの下に辿り着いた。彼は何とか起き上がろうとしているけど、上手く体が動いていない。
「俺は、大丈夫だ……! それより、浩輝を……」
「うあぁっ!!」
「!!」
聞こえた悲鳴に、私達は視線を向ける。そこでは、レンが無数のカラス型魔獣〈狩烏〉に襲われていた。
レンは体力を消耗し過ぎて、PSを使う事もできないみたいだ。今の悲鳴の原因だと思うけど、左腕に深い傷があるのが見えた。
「レン……!」
「蓮、今行く!」
近くにいた暁斗が駆け付け、烏達を撃ち落とす。だけど、彼の息も酷く荒れているのが遠目に分かった。瑞輝さんも暁斗の援護に向かったけど、もう限界が近そうだ。
どうしよう……みんな、もうギリギリだ。誰の援護をすればいいの? いや、とにかく考える暇があったら動かないと。
私は矢を手に取り、PSを発動させる。だけど……力が上手く発動しないのが、自分で分かった。
「…………!」
そんな……まだUDBは一杯残ってるのに。どうして……どうして発動しないの? 限界だなんて……そんなこと、言ってる場合じゃないのに……
「…………」
考えたくない。だけど、もう……本当に、駄目なのかもしれない……。
「みんな……!」
俺は、みんなの戦いを眺めるしかできずにいた。状況は明らかに最悪。あのままでは、時間の問題だ……!
「割と粘るな、面白い。もっとも……止めは刺さないように指示をしているだけだが」
「指示……!?」
「クク。石ころ一つで魔物を操る……それを可能にする頭脳を持つ、恐ろしい男が世の中にはいるんだよ」
奴の手には、おかしな石が握られている。あれが、UDB達に指示を与えているとでも言うのか?
「まったく、少し優しい顔をしてやったらすぐに調子に乗るからガキは好かんのだ! 俺を虚仮にした罰だ。せいぜいいたぶって、後悔させてから殺してやろう」
「貴様……!!」
今すぐにでもこいつを八つ裂きにしてやりたい。だが実際は、俺は捕らわれ、何もできない。俺は、どうして……!
「だが、そろそろ終わりのようだな」
男の言う通り、みんなは明らかに弱っている。このままでは、どれだけ耐えきれるか分からない。怪物たちは、容赦なくみんなに襲いかかっていく。
「……や、めろ……! 止めろ!!」
俺は、光の壁を全力で殴りつけた。壁はビクともしないが、それでも俺は、自分の拳を止められない。
「はは、滑稽だな、銀月! そこから抜け出せると思っているのか? それは重火器にも耐えうるほどの強度を持つ。PSを失った貴様に破れる訳がないだろう!」
男の声さえ無視して、俺は暴れまわる。拳が砕けたって構わない。早くしないと、彼らが……!
「止めろ! 止めろ! 止めろぉ……!!」
「はは、いい様だな! 思い知ったか? 貴様は無力だと。教え子一人守れはしない!」
俺の様子を見る男は、さも愉快そうに笑っている。俺は……俺は……!
ここから出れらないなら……みんなを助けるには……。
「ん……?」
俺は、膝をついた。そして、男に向かって、頭を地べたにつける。
「……何の真似だ?」
「頼む。もう、止めてくれ……」
「…………」
「俺が彼らの代わりにお前達に協力してもいい。だから、止めてくれ……彼らを、助けてくれ……!!」
何があっても、彼らに死んでほしくない。そのためなら、自分のプライドだろうが、俺への信頼だろうが、全部捨ててもいい。だから……。
結界の中で土下座をする俺。男は、しばらく俺のその姿を眺めてから、口を開いた。
「止めないさ。貴様の頼みを聞く義理など、どこにも無い……UDB共。攻撃を強化しろ」
男の手で、石が輝いた。
「……!! 止めろおぉ……ッ!!」
俺の制止も意味を成さず、舞台の上に、確実な変化が訪れた。
UDB達は、男の命令により、一斉に攻撃を激化させる。ただでさえ押されていたみんなが、その攻撃に耐えられる訳が、なかった。
「止めろ。止めてくれ……」
蓮が奴らの猛攻に力尽き、それを援護していた暁斗と、瑠奈の助けた青年も倒れる。
「止めて……くれ……!」
浩輝が攻撃を受け、吹き飛ばされる。海翔がボロボロの体で彼を助けようとするが力及ばず、共に倒れた。
「もう……いいだろう……!」
そして……最後に残った瑠奈も、圧倒的な数の前にはどうしようもなく……。
「お願いだ……お願い、だから……!」
まだみんな生きている。もうここで終わりにしてくれ。彼らは普通の高校生なんだ。平穏な日常を送る、ただの子供たちなんだ。だから……だから……!
「本当に五月蝿い男だ。あんなガキ共の命など、どうなったって構わないだろう?」
男の言葉に――俺の中で、何かがはっきりと切れた。
「クク、しかし思わぬ収穫だな? あの銀月が、俺に土下座するとは! これほど愉快なこともそうそう無いな!」
「………………」
「ならば、あのガキ共に止めを刺した時、貴様はどんな表情をするか……見ものだなぁ? はは、では、さっそく」
「……を……」
「?」
「俺の、教え子を……」
勉強嫌いだがが、真っ直ぐで友達想いの浩輝を。短気だが賢く、いざという時、みんなを支える海翔を。
「狂ったか? 何を言っている……」
「友を……」
真面目で、一途な想いを抱き続ける蓮を。いつでも妹を大切にして、そのために命すら賭ける暁斗を。
「……大切な、家族を……!」
俺を受け入れてくれた。
俺に居場所をくれた。
俺を信じていると言ってくれた少女を……瑠奈を。
俺の……俺の掛け替えのない存在達を……このような連中が、傷付けた。こんなことが、許されるのか?
「な、何だ……!?」
俺は、許さない。
許してなるものか。この外道を。
みんなを傷付ける、全ての者を。
ああ、そうだ。俺は……約束したんだ。俺が、みんなを……!!
「これ以上! 傷付けさせてたまるかあああぁッ!!」