もう一度、自らの足で
いくつも手札を試して、身に沁みた。兄貴の槍が、本当に堅実で洗練されてるってこと。
ただ型に嵌ってるってわけじゃない。型破りな動きにだって、的確に反応してくる。強くなった今だからこそ……兄貴はここまで親父に近付いてるんだって、知れた。
そうして何度もぶつかる中で生じた、距離を離して向かい合った小休止。そこで、兄貴は口を開いた。
「……俺より強い奴なんて、世界中にいるんだぜ。それに、一対一で戦えるのだって、ほんとは滅多にないだろう」
「…………」
「それでも戦うってのか? 俺ひとりに、こんだけ苦戦してんのにか?」
「……ああ」
「……なあ、蓮。どうして、そんなに頑張ろうとするんだ? はっきり言うぜ。強いとか弱いとかじゃなくて……お前は、戦いなんかに向いてねえ。そんなお前が戦わなくたって、いいんだ」
戦いなんかに向いてない……か。
「そうだなあ……本当に、そう思うよ」
分かってる。言われなくたって、おれが一番。
兄貴は止めるために言ったのかもしれないけど、否定なんてできるわけない。
「おれ、臆病だしへたれてるし予想外のことに弱いし。そのせいで、何度も失敗した。向いてないのなんて、誰が見ても分かるだろ。……けどさ」
それはどうしようもない事実。でも、今は思うんだ。
「みんな、戦いに向いてるから戦ってるわけじゃないんだ。英雄だって、そうだったみたいに」
「…………!」
親父の話を聞いた。英雄って言葉の裏に隠れた姿は、とても戦いに向いてたわけじゃなかった。
「きっと、向いてない人の方が大半で……それでも、戦わなきゃいけないから、戦う理由があるから、みんな戦ってるんだ。なのに、向いてる奴らでやっといてくれ、なんて言うのは……情けないだろ?」
「っ……けど、それは……お前が戦わなきゃいけねえ理由でもないだろ!」
「うん、そうだな。だから、おれは……探したんだ、理由を。でも、その必要はなかった」
深く息を吸う。視界の奥に、ガルが映った。
……感謝しないとな。これを言うこと、許してくれて。
「思い出したんだ。そもそも、おれは何で戦おうと思ったのか、ほんとのほんとに最初の理由を」
これは、人からしたら大したことのない話。でも、それがおれには大事だってこと、分かったから。
「兄貴は覚えてるだろ? おれ、昔はそんな真面目に道場にも通ってなかった。身体を動かす程度で、積極的に強くなろうとは思ってなかった」
強い男へのぼんやりとした憧れも少しはあったけど、そんなに強くなる必要性は感じてなかったし。だから、小学生までは週一の運動くらいで済ませてた。
「そんな時さ。ひとりの女の子と、知り合ったんだ」
「……レン?」
後ろで、コウとカイがちょっとざわついたのが聞こえた。分かってるよ。でも、だからこそガルのいる今なんだ。どうせ、本人以外は知ってるしな。
本人に少し話した時は、全く気付かれなかった。それは、ぼかしたおれのせいでもある。だから、今度はそんな逃げ道は無しだ。
「友達と一緒に転校してきた3人組。おれは何となく興味を持って近付いて、割とすぐ仲良くなって……特に、その女の子のこと、何だか可愛いなって思ったんだ」
明るくて、勝ち気で、周りを引っ張って。今は色々知ってるから、意識してそう振る舞ってたのかもな、なんて思うけど。当時のおれは、ただ純粋に、彼女に目を惹かれた。
「……気付いたら、もう少し強くなりたいなって思い始めてた。強い男って思われたいなって。何かあったときに……こいつを守れるくらい、強くなりたいなって」
さすがに、ここまで言ったらあいつにも分かるよな。ほんと、我ながら情けないことしてる。でも、恥なんてもう、とっくに容量オーバーだ。少し溢れさせるくらい、なんてことない。
「だから、槍を握った。あいつに相応しい男になれるように。あいつに、相応しい男って思ってもらえるように」
「………………」
「はは。笑っちゃうよな。強い男でありたいって、まるで立派な人を目指してるみたいに言ってたけど……その始まりはそんなもんだ。おれは、ただ……好きな子に、かっこいいと思ってほしかっただけなんだよ」
大層な言葉でごまかした根っこ。ぜんぜん立派でも、大人でもない……だけれど、宝物みたいな気持ち。それを、おれは無理に飾り立てようとしてた。そんな必要なかったのにさ。
「……それが、戦う理由だってのかよ。だったら、なおさらだ。それはもう、理由にならねえだろ。お前だって分かってるはずだ」
「分かってる。この気持ちはもう、おれの思い出にしなきゃいけない。でも……」
破れた恋。それにしがみつくのは、もう止めだ。だけど、だったら全部捨てなきゃいけないって事もないはずだ。
「この気持ちが叶わなくなって……おれが、あいつを守りたいと思って槍を取ったことは、無くしたくないんだ。これは、おれにとって大事な気持ちだから。だから、おれはまだ……この理由で、槍を持てる!」
「お前……」
「おれは……守りたい。あいつのことも、友達のことも。おれにとって大事なものを、守れる強さが欲しい! それがおれの最初の気持ちで、どれだけ形を変えてもそれだけは嘘じゃない!」
もう、あいつの特別な一人になることは叶わないけれど。おれにとって、あいつが守りたい存在なのは変わらないから。
それに、始まりがあいつだっただけで、守りたいものはとっくに一つじゃなくなってる。おれの理由は、これからも形を変えていくだろう。でも、根っこだけは、きっといつまでも同じ。その程度で、きっと良い。
「迷ったし、間違えたし、これからもきっと同じようなことをするんだろう。でも、おれはもう、見失わない! おれの槍は、守るための槍だ。だから……みんなを守り抜くために、おれは戦う!!」
思い切り、腹の底から叫ぶ。胸の中に少しだけ残っていたもやを、吐き出すみたいに。
気持ちが、視界が、クリアになってく。ああ、なんだ。自分の内側を晒すのって、怖かったけど……思ってたより、何かすっきりするな。
兄貴が槍を構え直す。おれも、それを迎え撃つために、構えた。
「……もう一度言うぜ。だったら、証明してみせろ。お前に守る力があるってこと、俺に見せてみろ!!」
「ああ。見せてやるよ、兄貴。……弱くて、情けなくて、倒れちまったおれだけど……おれはもう、逃げない。自分の弱さからも、目を背けない!」
この弱さもおれだ。それを認めて、やっと前に進める。
倒れることは、恥じゃない。でも、倒れっぱなしではいたくない。踏みしめた足に、力を込める。
「今度こそ、しっかりと立ってみせる。あいつらと一緒に、もう一度歩いていくために! おれ自身の足で!!」
虚空の壁。それが、おれの力。相手との距離を、ねじ曲げる力。ああ、何と言うか……納得してしまえば、おれらしい。
おれは、苦手だから。どんな距離で、どう付き合うべきか。だから、都合の良いように距離を置く。自分の思うようにできて、始めて安心できるから。
だけど、結局おれは……おれ自身との距離すら、間違えた。どれだけ距離を離したところで、無くなるわけじゃないから。
それにも気付かず、ずっと逃げ続けてたんだ、都合の悪いものから。ほんとに、とことん情けないやつ。
だけど、自虐はやめだ。おれはやっと、自覚できた。だったら、次はどうする。自分の中に問いかける。おれは、どうしたい?
ああ、そうだ。
今度こそ、ちゃんと全てに向き合いたい。隔てるんじゃなく、繋がりたい。
おれは、行きたい。この壁の、向こうへ。だから……!
「おおおおおおぉ!!」
吠える。解き放つ。沸き上がる感覚を。奥底の願いを。
――開け。
お前は、隔てるための壁じゃない。繋ぐための……扉だ!!
「……なに!?」
兄貴が、狼狽えたみたいな声を出した。
おれが、兄貴の正面から突き出した槍は……兄貴の背後から、襲いかかっていた。防がれはしたけど、この戦いで初めて体勢が少し乱れた。




