証明の戦い 3
「やっぱ強えな、修さん……!」
レンが戦う姿を、私たちは見守っていた。
状況は一進一退。レンは強くなったけど、修さんの強さは私たちも知ってる。それに……修さんだって強くなってるはずだ。遼太郎おじさんの下で、ずっと鍛えてたことは聞いてるから。
私たち以外のみんなも、それぞれの思いでやれることをやろうとしてる。こうして反対してるのだって、修さんにとって大事なことなんだろう。
修さんは、レンの言葉を分かってないわけじゃないと思う。相手の思いを認めたとしても、それでも譲れないものだってあるってだけ。だから、戦ってるんだ。
「……けど、あいつ……ちゃんと、吹っ切れたみてえだな」
カイの言う通り。何日か前には、槍を握るだけで倒れてしまったはずのレンは……いま、元々の技を取り戻してた。無理をしてるようにも見えない。
私たちと思い切りぶつかったのがほんの数日前。その時には、だいぶ元気にはなってたけど、まだ色々と考えてたのは分かってた。
昨日、コニィとかガルと話したのは聞いてる。その後、彼の提案でこうやって集まって……彼がいつもの調子に戻ってきて、良い方向に進もうとしてるのは、分かる。それでも、私は。
「……ふう。駄目だね、私」
「どうしたんだ?」
「さっき、レンが修さんと戦うって決まった時……無理しないで、って言いかけたんだ」
そうじゃない、って気付いて言い直した。信じてる、なんて言ったのも、その罪悪感がちょっとあった。
レンだって……戦おうとしてる。心配をしすぎるのは、彼を信じてないのと同じことだから。
「あんま考えすぎんなよな。色々あったんだし、心配になるのは当然だろ。俺たちはまあ、こういうノリに慣れてるからよ」
「そうそう。ルナはそれでいいんだよ。オレらはバカで突っ込んでばっかなんだから、そういうポジのお前がいて安心っての?」
「勝手にお前と同類にすんなよバーカ」
「ああ!? ……っとと、今はさすがにそれどころじゃねえっつーの」
レンの攻撃を捌き切った修さんが、鋭く槍を突き出した。レンは舌打ちしながら下がる。状況は、どちらかと言えば押されてるんだろう。
でも、分かる。レンは、諦めてない。ううん、何だか、それよりももっと……彼は、何かを見てるみたいに感じた。
「あいつはやれる。オレらは知ってんだろ? あいつがどんだけ頑張ってきたかをよ」
「だな。あいつ自身がどれだけ迷ったって……俺たちは見てきた。あいつがすげえやつだってこと、ずっとな。それ伝えてなかったのは反省点だけどよ」
「……うん。そうだね。しっかり見て……私たちも、レンの気持ちを受け取らなきゃね」
私の頭の中にも残ってる。ひどい怪我で倒れて、今にも死んでしまいそうなレンを見た時の苦しさが。目を覚ました彼が、戦いたくないって泣き叫んだ時の苦しさが。
でも、私がそれに囚われちゃ駄目だ。だから、見届けよう。立ち上がって戦ってる、私の大切な友達を……ちゃんと、信じるために。
「………………」
橘 慧は、時村兄弟の戦いを、複雑な面持ちで見守っていた。
彼は、弟と友人たちがバストールに旅立ってから、修と共に鍛錬を繰り広げていた。だから、修の気持ちは痛いほどに分かっている。
彼自身にも、思うところはある。だが、慧は浩輝の前に立ち塞がることを選ばなかった。それでも、その選択は頭をよぎってはいた。だから、ああして全力をぶつける修に、羨望に近い感情もある。
「慧くん、ちょっといい?」
声をかけられて、そちらを向く。海翔の姉、詩織だった。
お互いの伯父と伯母が夫婦だったので、昔は親戚の集いでたまに顔を合わせていた相手。少し歳上の彼女のことを、海翔と一緒にお姉ちゃんと呼んで慕っていた。ある程度成長してからは会う機会も少なくなり、慧は気恥ずかしくなって普通に詩織さんと呼ぶようになったが。
慧が頷くと、詩織は隣に座った。二人で、兄弟のぶつかり合いを眺める。
「ほんっと、男の子ってああいうの好きよね。うちのバカも喜んでやりそうだわ」
「……詩織さんは。止めないんですか?」
「そりゃ、止めたわよ。あいつが帰ってきてから、話をする機会はあったからさ。ほんとに気持ちが固まったのは、何日か前っぽいけど」
それは、蓮との和解を果たした日。浩輝も、海翔も、瑠奈も、誰よりも早くに家族へとその決心を伝えていた。いま衝突している蓮と同じことを、一足先にやっている。
「叔母さんたちの仇とかの話は聞いたし、私だって許したくはない。けど、そんな危ないやつに自分で関わる必要ないでしょって。でも……分かっちゃったのよね」
ほんの少しだけ、辛そうに。それでも、答えはもう、彼女の中で出ているらしい。
「ああ。止まらないんだ、って。きっと、どんな手を使ったって、海翔は……絶対に行くんだなって」
「………………」
「浩輝くんも、そんな感じじゃないの?」
「……はい。あいつを止める言葉は、俺には思い付かなかった。……弟がどんな性格かぐらい、よく分かってますから」
浩輝の覚悟を聞いて、最初は止めた。それでも、浩輝を理解しているからこそ、弟がどれだけ本気なのかも分かってしまった。そうして、慧もその結論に至った。
親たちが止めないのは、それを理解しているからなのだろう。英雄と、それを見守ってきた存在なのだから。その内心で、どれだけ止めることを望んでいたとしても。
「もちろん、まだ止めたいですよ。でも、さっき瑠奈さんが言った通り、俺たちだってとっくに部外者じゃない。止めるとか止めないとか、きっとそういうのは今さらなんです」
慧たちもまた英雄の血筋だ。自分たちだって狙われてもおかしくない。そうでなくとも、闘技大会のような事件が世界中で起こりはじめている。
慧はリュートに殺された二人のことが大好きだった。弟と友人がずっと苦しんできたのも見てきた。その仇がいると言われて、無関係などと言いたくもなかった。彼らもまた、とっくに当事者なのだ。
「だから……俺も、決めたんです。俺にできる形で、あいつらの戦いを支えようって。きっと俺にも、できることはあるはずだから」
エルリアで戦いが起きるかもしれない。その時に、彼らが帰ってくる場所を守ることも、共に戦うことになるはずだ。慎吾たちが何かをしているのも知っている。
待っているだけでは受け止められない、それは変わらない。ならばこそ、当事者として共に戦う覚悟を。それが慧の出した答えで、詩織もまた同じだった。
「……うん。やっぱ立派よね、慧くんは。あいつに爪の垢でも飲ませてやりたいわ」
「俺はともかく……あいつは昔から立派なやつですよ。詩織さんの方が分かってるでしょう?」
「あは……あのバカ褒めると調子に乗るから、程々にしといてね?」
明るく冗談めかして。何もかも納得できたといえば、嘘になる。それでも、弟たちの成長を嬉しく思う気持ちだってある。
「修さんも、それは分かっているはずです。……ただ、それで黙っていることに、納得できないだけなんだと思います」
「そうね……」
傷心の蓮を気遣って、時村家はその話題に触れないように過ごしていた。対話の機会は他の家族よりも少なかっただろう。だからこそ、今ここでぶつかっている。
頭で分かっていても、心が受け入れられないことはある。全力を出して、ぶつかって、それで何かが変わるかは分からない。ただ、意味がなかったとしても、彼らには必要なことなのだ。
ある意味で、修は彼らの代表だ。ならば後は、見届ける。自分たちに残る迷いも、彼の槍に託す。
二人はそれ以上は語らず、戦いを見届けることに静かに集中するのだった。
「どうした! それで終わりかよ!」
「…………!」
兄貴を崩せないまま、何度目かの衝突。
おれの槍は、どうやったって届かない。……予想していた通りの結果。きっとこのままだと、何回やったって同じことだ。