証明の戦い
「みんな……集まってくれて、ありがとうございます」
一歩前に出る。おれが最初に話すことは、ルナ達とも話してある。みんなに一番折れてるって思われてるのはおれだろうし。
「……何の話かは、みんな分かってると思います。だから、前置きはしません」
この期に及んで。おれの中のどこかで、言うのを止めろって気持ちがある。今ならまだ間に合う、って。
……それでいいって、思えるようになった。おれは、臆病さを忘れないまま……この言葉を言える。
「おれ達、みんな……これからも、戦い続けることを決めました」
その言葉への反応は、色々あった。
驚いたような反応の人。予想してたんだろうって人。どこか辛そうな人。
ただ、じっとおれ達の言葉を見極めるように、静かに待ってる人。
それから……他の反応もあるのには気付いたけど、まずは伝えるのが先だ。
「……俺たちみんな、本気で考えました。本当に自分たちが戦うべきか。戦いが嫌だ、とはもちろん思います。でも、それ以上に……このままにしたくない、って思ったんです」
おれに続けて、他のみんなも前に出る。みんな、決め手になった理由はそれぞれだと思う。だけど、それはきっと、同じ方向を向いてる。
「そりゃもちろん、オレ一人にできることは、大したことないかもしれねえっすけど……でも、目の前の友達ひとり救うくらいなら、きっとできる」
「遠い世界の話なんかじゃない。脅かされているのは私たち自身の明日だって気付きました。だから、自分の未来の責任を、誰かに押し付けたりはしたくないと思うんです」
「……今回のことで、自分のちっぽけさを知りました。おれは、無敵のヒーローなんかじゃない。だけど、それで良いんだってみんなが教えてくれた。みんなとなら……弱くても、進んでいける」
みんなで頷く。すれ違いも、遠回りもしたけど……こんなおれをみんなが受け入れてくれたことを、おれはもう忘れない。
「だから、戦います。おれ達にだって……少しでも、良い明日にしたいって気持ちがあるから」
それは、胸を張って言える、おれの理由。どれだけ怖くても、迷っても……おれは、みんなと過ごす明日を守りたい。あんな奴らの好きにさせたくない。
「そして……その明日を一緒に過ごす兄弟を、取り戻したいから!」
なあ、ルッカ。今度こそ、おれはお前に届けに行くよ。
お前の本音がどこにあって、過去に何があって、本当のお前がどんなやつだって構わない。おれには、お前が必要だ。お前がいないと、おれの明日は物足りない。
だから……話そう。どんな言葉だっていい。次こそおれは、お前にちゃんと向き合ってみせるから。
少しだけ、誰も何も言わなかった。
おれ達の言うべきことは、言えたと思う。後は……。
「俺は反対だ」
その声は、おれの思っていた通りの人から出てきた。
その人は……兄貴は険しい顔のまま、ゆっくりと立ち上がる。
「お前らの気持ちはすげえ立派だと思うよ。大人と同じくらい戦えるのも知ってる。でもよ……ただの高校生がやることじゃねえだろ、それ」
どうしようもないほどに正論。おれ達は、社会的にもまだ子供で……きっと大人からしたら、馬鹿なこと言ってる。
「お前らがバストールに言ってから、色々とやばい戦いに巻き込まれてるって知って……蓮が、ボロボロで帰ってきて。俺もずっと考えた。もう、お前らに……弟に、こんな目に遭ってほしくないって」
「兄貴……」
「お前らが危険な目に遭う必要も、無理をする必要も、ねえ。誰かがやらなきゃいけねえなら……お前らの代わりに、俺がやる」
兄貴の顔は、ほんとに真剣だった。いつもお調子者で明るい兄貴が、こんなにも鋭い目をしてる。
……そうだな。もしも、おれが逆の立場だったら、止めたいと思うだろう。どっちが歳下とか関係なく、大事な家族が戦うなら……たとえ行くのが親父だったとしても、やってほしくない。
そんな気持ちを家族に与えてる。それは、すごく申し訳ない。母さんもどこか辛そうな顔をしてるし……親父だって、認めてはくれても苦しくないわけじゃないって知ってる。
話す前から、誰か反対するだろってことは分かってた。兄貴がたぶん反対してるってことも。
「どうすれば、認めてくれる?」
だから、話し合うんだ。お互いに納得できるまで……綺麗さっぱりは無理でも、ちゃんと腹の中を吐き出して、少しでも後悔のないように。
分かってもらう前提の話し合いなんて、傲慢かもしれないけどさ。そのぐらい押し通せなかったら、またあいつにも言い負かされる。
真っ直ぐ問いかけたら、兄貴は驚いたような顔をして。少しして、ほんの僅かに緩めて……そして、また鋭い顔になった。
「折れる気ねえ、って顔してんな」
「ああ。もう、逃げ出すのは終わりにしたいからさ」
「……そうかよ。だったら……シンプルにケリつけるとすっかよ。丁度良く、ここは道場だしな」
兄貴の言ってる意味は、おれにもすぐに分かった。兄貴は、先に準備してたらしい2本の槍を手に取った。
「言葉で白黒つかねえのは分かった。なら、こいつで止めてやるよ。お前がどんだけ強くなっても……俺も強くなった。まだ、兄貴の威厳を捨てる気はねえぜ」
「……証明しろってことか。おれに、生き残る強さがあるって」
「ああ。俺からすら一本取れねえようなやつが、戦いで生き残れるはずがねえだろ?」
どこか挑発的な言い方をしながら、兄貴が槍を放り投げてきた。模擬戦用の槍を手に取ると……戦いの感覚が、指先から巡る。死にかけたあの瞬間の恐怖まで、一気に脳裏に浮かんだ。
……ああ、分かってた。怖くなくなるはずがない。決意表明したとこで、おれはおれのまま。いま、兄貴の言う通りに全部任せちまえって気持ち、それかみんなで逃げちまえって気持ち、消えてはない。
だから、おれは心の中で唱える。それが、どうした。おれは弱い。でも、弱くたって……貫けるものはある。
震えそうになる手に、力を込めた。おれは、この怯えを否定しない。ただ、この気持ちを抱えて……それでも、と進めるようになりたいんだ。おれの憧れたあいつのように!
……震えが、鎮まる。ひとつだけ深呼吸をした。ああ、おれはまだ……折れてない。やれる。
軽く振る。銀嶺ほどとはいかないけど、この槍だって昔から鍛錬で世話になってきた。手には馴染む。
「それでいいんだな、二人とも?」
「ああ。親父、審判を頼む。……みんな。うちの兄弟のことで悪いけど、ちょっとだけ時間をくれ」
「へっ。大事なことだろ? 納得できるまで、全力出せよ」
「ファイトだぜ、レン! オレらも強くなったんだぜって見せてやれ!」
「レン。……ううん。私、レンを信じてるから!」
みんなの言葉を背中に受けながら、おれは立つ。他の人も、十分に距離を取った。
「PSも有りだ。……見せてみろよ、蓮。お前の全部を!」
「ああ。……見せてやる。証明してやる! おれは、必ず……全部を取り戻してここに帰ってこれるんだって!」
試合前の静けさ。……おれは、兄貴に勝ったことはない。おれにとって兄貴は目標であると同時に……ひとつの壁だった。何度も試合を繰り返しながら、この人には勝てないって、どこかで納得してしまってる自分がいた。
これは、おれ自身への証明でもある。おれだって……壁を超えられるって。だから、負けない。負けられない!
「……それでは。両者、構え。……開始!」
その声と同時に、おれ達の槍は正面から衝突した。