相反する心、されど
そこまで話して、ちょっとだけ間が空いた。ガルは……怒っては、いないみたいだった。ただ、俺の言ったことを考え込むように、目を閉じてる。
「……ガル。さっき、言ったよな。おれとまだ、友でいたいって」
「ああ……」
そう言われた時、おれの中のどこかでは腹が立った。でも、間違いなく……嬉しいって気持ちの方が、強かった。
だからこそ、もう隠さない。何でもかんでも言えばいいわけじゃないのは分かってる。でも、今のおれとこいつの間では、隠したらいけないと思った。
「おれは……裏でこんなに、勝手なことばかり、考えてたんだ。それでも、まだ……そう、言えるのか?」
「…………。何も思うところがない、と言えば、嘘になるのだろう。だが、そうだな……それはやはり、怒りではない」
ガルの視線は、少し揺れてた。すごく……不安そうに。
「白状すると、俺は……怖かったんだ。お前に完全に嫌われてしまったのではないか、と。だから、向き合うのにも覚悟が必要だった」
当然、だよな。こいつには、死んでほしいと思った、まで言ってしまったんだ。逆ならおれだって、同じように考えるだろう。
「憧れられていた、などと、考えもしていなかった。俺は自分のことを、それに値する存在だと思っていなかったから」
「そういうところが、余計に腹立ってたんだけどな……」
「それは……済まない。少しは、改めようとしているんだがな」
分かってる。元々の性格なんて、簡単には直らない。こいつの自己評価が低いことも、こいつの過去を考えれば納得はできる。でも、こいつが自分の価値を認めてくれなかったら、それに憧れてる自分にも価値がないように感じてしまうんだ。だから、むかついてた。
「蓮。俺は……お前に嫌われたわけではないと、思って……いいのか?」
その聞き方は、どうしても不器用というか、回りくどい。お互い様だって、分かってるけど。
……流れでそうだって分かっても、自分にとって都合の良い結論を出すのって、ちょっと怖いものだと思う。そうじゃなかったら、余計に傷付くから。だから、悪い方を想定して、自分の心を守ろうとする。
でも、それを言葉にできるようになっただけ……頑張ってる方だって思いたいよな、どっちも。
「うん。あんだけ好き勝手言っといて、何を今さらって感じ、だけどさ。おれ、お前のこと……どうしたって、嫌いにはなれなかったんだ」
憎んだのはほんとだ。妬んだのはほんとだ。だけど、嫌いじゃないんだ。むしろ……大事な相手だから。友達を憎んでしまう自分が、嫌で嫌でしょうがなかったんだ。どこまでも自分本位だけど。
おれの全部は、吐いた。その上で……改めて選ぶ権利は、こいつにある。
「ガル。おれこそ……お前の友達って言える資格、まだあると思って、いいのかな……?」
それを聞くのは、怖かった。……怖いと思えたことに、安心もした。
返事があるまで、どのくらいだっただろうか。妙に長く感じた。
ガルが、小さく溜め息をついた。そして……少しだけ、柔らかい表情になった。
「当たり前だ。それ以前に、言ったはずだぞ。友人でいることに、資格など必要ない、とな」
それは、大喧嘩した夜にも言われたことだった。あれは、コウ達に対してだったけど。
「俺の心は、変わっていない。もし、お前が俺を、まだ友だと思ってくれるのならば……俺はお前と、今度こそしっかり向き合っていきたい」
「……そう、か……」
「…………。確かに、俺たちは似ているのかもしれない。どこか自信が持てずに、遠回りをしがちな辺りは、特にな」
自虐的な苦笑は、おれにも刺さる。そうだな。こいつを通して、自分の悪いところが見えすぎるんだ、色んな意味で。でも……目を背けるのは、終わりにしたい。
少しだけ、お互いに何も言わなかった。色んなことが頭をぐるぐるしてるし、本当に甘えていいのか、みたいな気持ちもあって。考えて、考えて……破裂しそうになって、おれは両手で自分の頬を叩いた。
「ああ、もう! ちくしょう! ガル、やっぱ一発殴ってくれないか!?」
「……今の流れで何でそうなる?」
「いや、こう、このまま何も怒られずに終わるのはさすがにスッキリしないって言うかさ! みんな簡単に許してくれすぎだろ……!」
「罰を受けた方が気が楽、と言うのは分からなくもないがな。意味もなく友を殴るなど、俺は嫌だぞ。逆ならお前も殴らないだろう?」
「それは……そうかもしれない、けどさ」
「お前がそれを辛いと感じてくれるのならば、その辛さも思い出にできる程度に、これからを大事にしてくれればいい。……同類だから知っているが、殴られるよりも痛むことだってあるぞ。強いて言えば、それが罰だと思えばいいさ」
「…………」
ケジメをつけて楽になりたい、なんてのも、おれのワガママで……それよりも、抱えておく方が罰、か。
ウジウジと引きずるんじゃなくて、おれの中で反省を続けていく。そうして、これからどうするかに活かしていかなきゃいけない。……難しいな。
「あー。お前って、たまに手厳しいよな……」
「これでも教師だからな。無論、頼るな、一人で苦しめと言っているわけではないからな。どうしようもなく辛くて、発散もできなくなったならば、吐き出してくれ」
「……うん。お前がほんとに頼りになるのも……たぶん、おれの気持ちをよく分かってくれるのも、知ってる」
そして、本音を言えば……ちょっとむかつく。たぶん、他の誰よりもおれを分かってくれるのが、こいつだってことが。そういう時に頼れるのがこいつだってことが。
おれは、こいつへの嫉妬とかを、完全に捨てることはきっとできない。でも、それも自然な感情だって、言ってくれたから。その逆の信頼が確かにあることを、もう忘れないから。
ふと、思う。今になって、アガルトで戦う前にルッカが言ってたこと、ちょっと分かった気がするって。
反吐が出るほどに疎ましかった。おれは、それがあいつの本心なんだって思ってしまった。実際、嘘じゃないんだろう。でも、その前にあいつは、友達や家族としては好ましく思ってた、とも言った。……それだって本心だった、って思うのは楽観的だろうか?
でも、今のおれと同じなんだとしたら。あいつの心にも、反対のものがあるんだとしたら。
ほんとのことは、あいつに聞かないと分からない。
なら、今は前を向こう。楽観視だって、きっと下を向くよりはいいから。
「ごめん、ガルフレア。それから……ありがとう」
けっきょく最後に出せたのは単純な言葉。でも、それがきっと、何よりも大事な言葉なんだろう。
ガルは、今度こそちゃんと微笑んでくれた。
「俺こそ、済まなかったな。……改めて、今後ともよろしく頼む、蓮」
「……ああ!」
差し出された手を握り返した時……おれの中で最後につかえていたものが、全て取れた気がした。
不思議なくらいだ。いま、あんだけ迷って見えなかった目の前の道が、はっきりしてる。上手くいくかは分からないけど。今度こそ、前に。
「ガル。おれ、決めたよ」
「決めた?」
「これから、どうするか。どうしたいか。お前には、先に教えておきたいんだ。聞いてくれるか?」
おれは、これからやりたいことを二つ、ガルに話した。
正直なとこ、どっちも……特に片方は、止められてもしょうがないって思ってた。でも、ガルは少し驚いてはいたけど……二つとも、認めてくれた。
「それが、お前にとって必要なことならば……俺は、見届けるよ。だからお前は、進みたい道を進め、蓮。俺は全力で、その道を守ってやる」
ああ。ほんとかっこいいやつ。やっぱ敵わないな、こいつには。
次の日。
おれ達は、みんなで……道場に集まった。
そして、そこには、全員の家族も呼んでもらった。上村先生と、赤牙のみんなもだ。
ルナ達とは、先に話し合ってる。みんなの意見を確かめあって、もう一度じっくりと話し合って……みんなで、同じ結論を出した。