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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
8章 もう一度、自らの足で
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憧れの先にあるもの

「悪いな。せっかく、ルナと一緒だったのに」


「……いや。彼女も、俺がお前と話すことは望んでいたからな。快く、送り出してくれたよ」


 ルナの名前を出すと、ガルはちょっと言い淀んだ。少し前に大暴れしたんだから、当然の反応だろうけど、な。


「先に言っとくけど……気遣うなよ。自分から振っといて怒るとか、そんなみっともない事はさすがにしないからさ」


「……そうか。済まない。俺はどうにも、そういう機微が苦手でな」


「それは、おれも一緒だけどな……。今回、ほんとに思い知ったよ」


 やっぱりおれ達は、どこかで似た者同士なのかもしれない。……少しだけ、言葉が途切れた。お互いに、こうやって喋るのはそこまで得意じゃない。


「さて。……話さなきゃいけないことは色々ある、けど」


 この前みたいに勢い任せで全部ぶちまける……のは、やろうと思ってやるのは難しい。こいつにそれやったら、全部真に受けそうな気もするし。

 でも……まず、最初に言わなきゃいけないことは、はっきりしてる。


「ごめん、ガルフレア。お前には、本当に……ひどいこと、したよな」


 一方的に色々とぶつけて、恨んで、暴れて……しかも最後は勝手に納得してるんだから、こいつからしたら本当にいい迷惑だろう。……でも、それを聞いたガルは、ちょっと下を向いた。


「……俺だって、お前には謝らないといけない。もっと早く、お前との問題に向き合っていれば良かったと……本当に、済まなかった」


 逆に、頭を下げられる。……みんなして、こんなのばっかだ。


「そっちが謝らないでくれよ……。そもそも、全部がおれのワガママのせいだ。どこからどれだけ謝って良いか、分からないぐらいなのに」


「お前がそう思うのと、同じように……俺も、後悔しているんだ。お前だけが悪かったはずはない。俺は確かに、お前に甘えていたのだから」


「……お前って、ほんとに……」


 あれだけ、勝手なことしでかして、とんでもないこと言ったおれに……出てくるのが、それかよ。


「文句のひとつも、ないのかよ? お前には、何を言われてもしょうがない、のに」


「そうだな……。俺自身に対する事で言えば、特にない。みんなと揉めた事については、しっかりと考えてほしかったが……そちらは、お前たちの中でちゃんと話したようだから、俺はいい」


「…………。それじゃ、おれが……一方的になっちゃう、じゃないか」


「悪いが、怒った振りをしてやれるほど、俺は腹芸ができない。……お前の言うことが分からないわけではない。だが、演技で怒って楽になったところで、それはお前が求めるものとは違うだろう?」


 それは……その通りだ。こっちが怒ったから怒ってくれ、なんてのも、ある意味で甘えなのかもしれない。コウ達の時みたいに気を遣って……ってわけじゃなくて、きっとこいつは本心からこう言ってる。

 ……ああ。こいつが、そういうやつなのは知ってたけど……こうなると、余計にしんどいな。怒られるよりよっぽど効く。おれは、こんなやつに、あんな気持ちを持って。……でも、それは。


「お互い様……という言葉で、済ませていいかは分からない。ただ、そこに怒りはないというだけだ」


「……それで、いいのか? お前は……」


「良いかどうかを決めるのは、これからだと思う。俺はまだ、お前に……ちゃんと向き合えてはいなかったから。全ては、腹を割って話し合ってからでないと、考えられないだろう」


 ガルは、真っすぐにおれを見てきた。やっぱりその中に、不安そうな雰囲気がちょっとだけあった。


「蓮。俺は器用ではないから、こんなやり方しかできないが……改めて、お前の本心を聞かせてほしい。俺はまだ……お前と、友でありたいから」


「………………」


 言われたことを、一度飲み込む。友でありたい……か。友って言ってくれるのか、こいつは。……おれはそれを、どう感じる? それを……自分の中に、何度か問いかけた。

 深呼吸する。一方的になるのは嫌だし、本当にいいのかって気持ちはやっぱりある。でも……おれだって器用じゃない、から。


 こいつは……踏み込むことを、選んでくれた。誰も見てくれないって喚いたのはおれで、だからこいつは今、おれを見ようとしてくれてる。だったら……おれは。


「……お前は本当にいいやつだな、ガル。お前のそういうところに……おれは、何度も助けられてきた。先生として信頼もしてるし、友達として大事にも思ってる」


 これは、紛れもないおれの本心だ。……だけど。


「でも、ほんとのこと言うとさ。そういうところに、ずっとむかついてたんだ」


 ああ。これも、おれの本心だ。それを聞いたガルが、明らかに落ち込んだ目になったことに、半分以上は申し訳なく思う。でも、ちょっとだけすかっとした自分もいて。我ながらほんとにひどいなと思うけど。


「……覚えてるだろ? あの時に喚き散らした内容も。その時に、お前が言ってくれたことも。矛盾した気持ちがあるのは、自然なことだって」


「……ああ」


「あの時は、認められなかったけどさ。やっと、飲み込めたんだ。どっちも……おれの中にあるものだって」


 あの時、勢いで吐き出してしまったもの。それをぶつけてしまったことを謝りたいとは思った。だけど、その気持ちがおれの中にあることは、もう認めるしかなかった。


「おれ、ずっとお前に嫉妬してたんだ。お前は、いつだって……おれの欲しいものを、持ってたから」


「……俺が? それは……」


「ルナのこと、だけじゃない。おれは……誰かを守れる強さが欲しかった。自分を貫ける強さが欲しかった。……誰かに頼られる強さが、欲しかった」


 覚えてる。大会のとき、おれ達を助けてくれたこいつの姿を。本当に、もう駄目だって思ったのを、全てひっくり返したこいつを……格好いいと、思った。まるで英雄みたいだって、思った。


「最初はさ……普通に、憧れの範囲だったんだ。お前みたいな男になりたいって、純粋に思ってた。お前と一緒に戦う中で、少しでもお前に近付いていきたいってさ」


「……お前には、そう見えていたのか? 俺はずっと、ただ目の前のことに必死で、何度となく間違えそうになっていたのに」


「知ってる。悩んでたのも、迷ってたのも。だけどお前は、()()()()()()()()()()()。それは、本当にすごいことなんだよ」


 こうして言葉にできるようになったのは、最近だけど。無意識のうちでも、おれはそういう、進む強さにずっと憧れてたんだと思う。


「でも……おれは、上手くいかなかった。お前みたいにできなかった。だから、少しずつ、嫌な気持ちが浮かんできた」


 それが自覚できるくらいになったのは、ルッカに負けた頃。おれの中の焦りとか劣等感が一気に膨らんで、ごまかすことができなくなっていった。


「ルッカに、言われたんだ。ガルの真似をするには、おれは弱すぎるって。それは、相手を無力化だけする戦い方に向けたものだったけど……実際に、おれはお前と比べたらどこまでも弱くて、お前にできることが何もできない」


 ガルは、黙って聞いてくれている。まずはおれが、全部を伝えるのを受け止めてくれてる。尻尾は、少し垂れてた。


「……ルナの事も。大会の後には、お前の方が相応しいんだって諦めようとした。諦めたくて、背中を押してるつもりだった。自分でも……分かってなかった。それはただ、嫉妬をひどくするだけだって」


 おれはちゃんと諦められてるって言い聞かせるだけの自傷行為。そのくせやるたび勝手に傷付いて、爆発するまで目もそらして。


「それなのに……自分は周りに迷惑かけてばかり、みたいな顔で、お前は距離を置いてたから。そういうとこに、ずっと……腹が立ってた。おれが欲しいものを持ってるくせに、って。手を伸ばせば届くくせに何もしないとか、おれから見たらとんでもなく我儘だった」


 それこそ理不尽で我儘なのにな。……自覚はある。その自覚で、おれは今まで抑えつけてきた。それで抑えられなくなったんだから、世話ないけど。


「おれ、お前のこと、けっこう自分に似てるって思ってるんだ。だけど……似てるって思ったからこそ、違うとこが見えてしまった。……どうして、おれじゃないんだって。どうしておれは、ああなれないんだって」


「………………」


「……そのうち、自分の居場所が、奪われてる気がした。そこには、おれがいたかったのにって。だから……消えてほしいとまで、思った」


 ルナとこいつが結ばれたのは、きっかけだった。変な言い方だけど、それだけだったら多分耐えられてはいたんだ。でも、とにかく全部が積み重なって、おれは自分でも嫉妬がごまかせなくなってしまった。


 ……そうだ。ごまかしたかったんだ、おれは。


「……ほんとは、分かってなかったわけじゃないんだ。お前がいなくなったって、おれが代われることはない。だって、おれは……お前じゃないから」


 その場所を手に入れたのは、こいつ自身だ。こいつが自分の足で抗って、立ち続けて、だからみんなはこいつについていくんだ。


「目を、そらしたかった。自分の弱さを、認めたくなかった。だから、それを直視させてくる相手を……おれの理想の姿を、見たくなかったんだ」


「……蓮……」


「……ああ、ほんと……なっさけないよな。笑えるだろ?」


 言ってて、自分で馬鹿馬鹿しくなってきた。強くなりたいとか、そういう段階じゃないだろ。なんだこれ。


「おれはただ……自分の見たくないものの責任を、お前に押し付けてただけなんだ。……面倒くさいやつだよな、我ながら」


 言葉にしてしまったら、もう目はそらせない。おれは、どうしようもなく弱いんだ。弱いから、憧れたんだ。誰かの前に立って守りながら進む……ヒーローみたいな男に。

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