弱さがくれた理由
ひととおりの話が終わったところで……おれは、残ったもうひとつの質問を、彼女に投げかけた。
「コニィ。今の話からして、君は……残って戦う、のか?」
「……ええ。エルザのこともあるし、赤牙のみんなの力にもなりたい。それに、リグバルドとの戦いは……放置すれば、どれだけの命が奪われるか分からないもの。だったら、私は逃げられない。ううん……逃げたくないの」
「そう、か……」
話の流れを考えれば、分かりきった答えだったかもしれない。それでも、その答えを聞いたとき、胸の中に針が刺さったような感覚もあった。そんなことをしないでほしいって、彼女がこれ以上を背負う必要はないって、そう感じるおれがいる。
……どの立場で? おれは、自分が戦うかどうかすら、決めきれていない。おれより強くて、おれより覚悟を決めてる彼女に、同情なんてできる立場か?
いや。違う。どんな立場かと、この気持ちは……関係ないだろ。
逆だ。この気持ちで、おれは……何をする? 何を、選ぶんだ? 彼女やみんなを止めるのだって、選択肢のひとつだ。それがどんな意味かを選ぶのは、おれじゃない。
いま、おれが考えなきゃいけないのは、どんな結果が待ってるかとか、自分に何ができるとかじゃなくて……まず、どの道を進むかじゃないのか? おれはまだ、それすら選んでいなかったんじゃないのか?
……おれの、選ぶもの。選びたいもの。
友達の力になりたいって気持ち。戦うのが怖くてたまらないって気持ち。大切な兄弟を連れ戻したいって気持ち。おれに何ができるのか自信がないって気持ち。
色々なものが、浮かんでは消えてく。でも。何となく……彼女と話す前には何も見えなかったところに、何かがぼんやりと浮かんでた。
おれの、おれだけの、理由。どれだけ小さくて、ありふれたものだったとしても……はじまりに、あったはずのもの。それは……。
おれの反応をどう受け取ったんだろう。コニィは、言葉を続けた。
「蓮。あなたは……戦いたく、ないんでしょう?」
「……そうだな」
「だったら、その気持ちを大事にして。嫌だって気持ちを無視して、自分を傷付ける必要はないの」
いろいろ爆発して、泣き叫んだ。その時に、みんなだっていた。みんな、それがおれの本心だって思ってるだろうし……実際、今だって嫌でたまらない。
だからコニィは、おれを戦いから遠ざけるための、優しい言葉をくれているんだろう。そもそも、おれが戦うかどうかなんて、きっと大きなものは何も変えないだろう。自分で枷をつけて、頑張ってるフリをしたところで、ただ自分が苦しいだけ。
「エルザの言葉だって、深く考えなくていいわ。あなたが背負う必要は、どこにもないのよ」
「……分かってる」
……でも、その言葉に思うんだ。
それを、君が言うんだなって。何もかも受け止めて、背負って、立ち向かってる君が。
考える。何度も、考える。おれは、何をしたいのか。何を……したくないのか。
そうしていくうちに……ぼやけていたものが。今、言うべき言葉が。少しずつ、形になっていく。
「……それでも、さ」
「え?」
「ここで、逃げるのを選ぶのだって……嫌だと、思うんだ」
コニィは、少し驚いた顔をした。今までのことを考えたら、当然だろうけど。
「まだ、考えてる途中……だけど。逃げたいって思う自分は、確かにいて……だけど、逃げたくないって思うおれも、いるんだ」
逆さまでも、どっちだって自分の気持ち。……馬鹿だよな。一度俯瞰してみるまで、そんな当たり前のことも忘れてたんだ、おれは。
0か100かなんて事の方が珍しくて、だからこそみんな迷って、選んでいくんだ。なのに、少しでも思ったら駄目だ、なんてさ。
「後悔しない自信なんてない。おれは、弱いから。君みたいな信念を、おれが持ってないのは、分かってるし」
いつか、逃げておけばよかったって感じる瞬間は来るんだろう。きっと、何回だって。
「でも、それはきっと……逆でも同じだろ?」
もし、逃げ出して……みんなに、何かあったら? おれの周りに、大会みたいなことが起きたら? その時におれは……関係なかった、仕方ないって言うのか?
……思えない。おれは、そうは思わないだろう。きっと一生、グダグダとその事を抱え続けるんだ。自分から降りたくせに、いつまでも気にして。……そうは、なりたくない。
「おれには、君と同じ強さはない。でも、おれにも……嫌なことを少しでも減らすために、頑張りたいって気持ちぐらいは持てる」
「……蓮」
「はは。言葉にすると、だいぶ情けないな。……おれは、弱いから。でも、弱いなりの理由くらいは、見えてきた気がするんだ」
前におれは、弱い自分を正したいって言った。だけど、それは弱い自分を認めたくないって逃げでしかなかった。
……弱さを認めて、それでも強くありたいって願う。それが、親父の大事にしてる強さ。今はおれも……その気持ちを持ちたいって感じる。
「戦うのは、嫌だ。怖い。ものすごく……逃げたい。こんなこと言ってるけど、まだおれは槍を持てるのか、自信はない」
ただ意識するだけで震えそうだ。覚悟したからもう大丈夫、なんてかっこよくはなれない。
「だけど、このまま逃げるのも、嫌だ。みんなにだけ任せるのは嫌だ。兄弟同然のやつを諦めるのは嫌だ。……弱い自分のままでいるのは、嫌だ。おれは……」
嫌だばかりで、やっぱり情けない。でも、この気持ちがおれに進む力をくれるのなら、おれは……この情けない自分から、目をそらしたくない。それに。
「おれは、今度こそ。強くなろうと思った最初の理由を、大事にしたい……!」
思い出したんだ、それを。嫌だから、だけじゃない、確かな気持ちを。その理由は、どちらの選択肢と重なるか……その答えが、揺れてたおれの選択の、最後の後押しをしてくれた。
言ってしまってから、後悔だって胸に湧き上がる。とことんかっこ悪いなって、おれ自身が思うけど。それでもいい。その反対の気持ちの方が、今は強いから。
コニィは……黙って聞いてくれてた。おれの意志を確認するみたいに、じっと。おれが最後まで言い切ってから少しして……少しだけ、目線を落とした。
「それが……あなたの、答えなのね」
「正直、まだ揺れてばっかりだよ。でも、そうだな。今のおれは……そう思うんだ」
未来のおれが別の答えを出したとしても、それは別の話だ。これは、おれがおれの意思で、ちゃんと考えた答えだ。
もちろん、それをみんながどう思うかが別なのは分かってる。おれには実力が足りない。覚悟も足りない。たくさんの迷惑をかけた。だから、おれは……自分の気持ちを伝えていかないといけない。
「コニィは、反対か?」
「……反対、しようとしていたわ、正直に言えばね。もし立ち上がろうとしたなら、また無理をするんじゃないかと思って……。……悔しいわね」
「悔しい?」
「私より、エルザの方が、よっぽどあなたを分かっていたみたい」
コニィは……小さく、微笑んでくれた。ちょっと力のない笑みは、どこか諦めたみたいにも見えたけど。
その言葉を、ゆっくり飲み込む。それはつまり、おれが立ち上がることを、認めてくれるってことだと……思って、いいんだろうか? こんなに情けないおれが、もう一度、みんなと一緒に戦うことを。
「……ありがとう。今まで、ごめん。ずっとずっと、心配をかけて。もしかしたら、これからも、かもしれないけれど」
「謝ることではないわ。だって、私たちは……家族でしょう? 心配し合って、助け合って……信じ合う。あそこはそういう場所だって、私は思ってる」
「そうか……そう、だったな」
ギルドもまた家族だって、マスターはいつも言ってる。本当の家族にも負けないくらいの、大切な仲間たち。
本当の家族に恵まれなかったコニィにとって、ラッセルさんの家庭も、赤牙も、本当に大切な場所なんだってことを改めて知れた。おれも、その一員として認められることが……嬉しい。
「ねえ、蓮。ひとつだけ、聞かせて。さっき言っていた……あなたが強くなろうと思った最初の理由って、何なのかしら?」
「それは……。そんな、大層なものではないんだ。子供が考える、ありきたりな理由って言うかさ」
「でも、大事な理由だってこと、思い出したんでしょう?」
「……うん。はは……期待しないで、聞いてくれよ?」
……ああ。そうだ。それが、おれが槍を握った、一番の理由。いつのまにか、見失ってしまったもの。
それを、おれ自身にも、みんなにも、はっきりと示すために……まだ、やらなきゃいけないことが、いくつか残ってる。……だから。
「もう、後回しにはできない、よな?」
夕食後。
おれは、道場にある相手を呼んだ。
「遅い時間なのに来てくれてありがとう。……ガルフレア」
「構わないさ。さして距離があるわけでもないからな」
ガルは、おれが電話で呼び出すと、すぐに駆け付けてくれた。道場に入ってきたあいつは、少しだけ……不安そうな顔をしてるようにも見えたけど。