姉妹たち
コニィの言葉に、おれは少しの間、何も言えなかった。
理解ができないわけじゃない。流れで言えば、全てが繋がったとまで思える。
だけど……まさか、そんなところが、繋がるなんて。
「あの時……逃げてきた砦の人から、襲ってきた相手の特徴を聞いて、私はそれが彼女だってほとんど確信したわ。エルザなら、一人でも軍を圧倒してしまえる強さがあるって知っていたから」
コニィは語る。エルザは昔から、天才だったんだって。
「団の子供たちは、様々な育成方針の実験をされた。私は、直接の戦闘に暗殺、それ以外にも様々な分野を仕込まれたけれど……彼女は一言で言えば、戦闘特化。信じられる? 5歳でUDBとの戦闘に出されたのよ、彼女は。何のサポートもなく、一人きりで」
「……5歳の子供を、戦いに……そんなの……でも、それなら、彼女は……?」
「ええ……。生き延びたの。何度も、何度も。同じことをされた子の大半が、1回、良くて2回でいなくなっていく中……彼女はいつも、勝ってきた」
「……信じられない。PSも目覚めてないはずの歳だぞ……?」
だけど、事実だってことは認めないといけない。彼女は実際に、生きて傭兵になってるんだから。
「同じようなことをされて生きていたのは私ぐらいだけれど、私だって実戦に出されたのは数回だけよ。でも、彼女はそのうち、毎日のように……戦果を掲げて帰って来るようになった」
「………………」
「それ以外にも……対人の訓練があった。……団が捕まえた敵の傭兵と……生き延びた方だけが、出られる殺し合い。エルザは……二桁も同じことをされて、生きている」
「……狂ってる。何もかも……」
あまりにひどい、って思った。そんな境遇で生きてきた彼女を……正しい言葉か分からないけど、哀れだと思った。
……それと同時に。それでも生き延びた彼女のことが、さらに恐ろしくなった。だって、そんなの……ヒトに、できることじゃない。あまりにも、おれの知るヒトと、離れすぎてる。
「……団が解体された後、あの子も最初は、普通の家庭に引き取られた。あの子も、しばらくはそこで、私と同じように生きていったはずだった。でも……」
「馴染めずに、傭兵に引き取られた……って、言ってたな」
「ええ。その後は、私も知らなかったわ。ただ、引き取った傭兵は、少なくとも私たちの団とは違う、真っ当な傭兵団だった。だから私も、それが彼女の選んだ道なら……って、納得していたんだけれど」
エルザはリグバルドに雇われてた、か。彼女は……容赦なく、砦の軍人を殺してた。傭兵としては正しいことだとしても……少なくとも、コニィの在り方とはぜんぜん違う。
ここまで聞いたら、気になった。エルザはいったい、何を思ってリグバルドに雇われてるのか。そして、コニィはもっとそれを気にしたはずで……。
「……エルザは、何か言ってたのか? あの時、話したんだろう?」
「……そうね。戦いの中だったし、あなたの事もあったから……全部を聞く余裕はなかったけれど」
「改めて、教えてくれるか? あの時、何が起きたのか。君たちが、何を話したのか」
全く想像がつかないわけじゃないけど……ちゃんと、知っておきたかった。コニィは、ちょっと迷う素振りを見せたけど、少ししてから頷いた。
「……あなたとエルザが衝突しそうと聞いて、私は全力で走ったわ。その途中で、遼太郎さんとも偶然合流して……あなたが危険だと伝えたら、一緒に来てくれることになった。それから……」
「なん……だっ、てん、だよ……」
「……貴様たち……よくも、蓮を……!!」
「しっかりして、蓮! 大丈夫、私が助けるから……!」
私と遼太郎さんがその場所に辿り着いたのは、本当にギリギリだった。
エルザが、彼に能力を発動しようとした瞬間。私は……彼女に向かって、懐に隠し持っていた銃を放った。
私の棒術は、みんなには護身術だなんて言っていたけれど、嘘だ。昔に培った白兵戦の技術。それを使いながら、相手の命を奪わずに無力化するために選んだのが、この武器。
私は……子供の頃に仕込まれたものを、忘れてなんかいない。ただ、両親とマスターは教えてくれた。どんな技術であろうと、使い方次第だって。人体の効率が良い壊し方を知る私は、どうすれば壊さずに鎮圧できるかも知っている。どうすれば治せるかも知っている。武術も、医術も……団で仕込まれた知識が、根幹にあった。
殺すための技術は、確かに私の中にあるし……それが、何かを守るために必要になる可能性だって、もちろん分かっている。だから私は、様々なところに、昔のような暗器を仕込んであった。可能な限りは、使わないようにしていたけれど……仲間の命とは、天秤にかけるまでもない。
銃弾は、彼女を捉えはしなかった。狙ったのは腕だったけれど、彼女は尾で持った短剣で、それをはたき落とした。集中は乱せたみたいだけど、能力の発動を完全には止められない。……蓮が、血を吐いて倒れたのが遠目に見えた時は、全身が凍り付くようだった。
遼太郎さんは、傭兵のうち一人を、その圧倒的な槍術でねじ伏せた。相手も数秒は持ち堪えた辺り、実力はあったのだろう。だけど、奇襲に近い形で、しかも格上から攻撃されて、立て直すことはできなかった。
私はすぐに、倒れた蓮に駆け寄った。……危険な状態なのは、見るまでもなかった。脈が弱い。意識もないし、呼吸だって浅い。
だけど。逆に言えば、脈も自発呼吸もある。これなら……まだ間に合う!
「……蓮を、頼んだ。必ず、俺が守る」
「はい……! 心配しないでください。繋ぎ止めてみせます……!」
遼太郎さんは、蓮の前に立って、静かに彼女を見据えていた。彼女がもう一人よりも格段に上なことを判断して、蓮を守ることを優先したようだ。
私も蓮に力を注ぎながら、敵を見る。予想した通りの顔を……数年ぶりに見る、エルザの姿を。
「……あっははは。資料見た時、まさかとは思ってたけど……やっぱりキミなんだね!」
彼女も、こちらにはすぐに気付いたようだ。とても楽しそうに笑いながら、その戦闘態勢には全く隙がない。少なくとも、英雄の遼太郎さんが守りを判断するくらいには。
「久しぶりじゃんか……1号!」
「……その呼び方をしないで、エルザ」
「ああ、ごめんごめん。今はえっと、コニィだっけ?」
蓮への治療を優先しながら、言葉に応える。今は、時間が必要だ。彼女がどう出るかは分からないけれど……話をするつもりなら、付き合った方がこちらも都合がいい。
……彼女は蓮を殺すところだった。それを許せはしないけれど。久々に再会した『姉妹』に、色々な意味で込み上げる気持ちがあるのも事実だった。
「ふふ、さっきのは良い不意打ちだったね? おかげで良い男を殺り損ねちゃったよ。ま、急所外してきたのは甘くなったなーって思うけど」
「……命は、簡単に奪い合っていいものじゃない。それを甘いと言うなら、私はそれで構わないわ」
「戦場で言うことかい? そっか、キミは……本当に変わったんだね。治癒の力なんて、昔のキミからは想像もできなかったけど」
「……どうしてなの、エルザ。あなただって、普通に生きることはできたはずなのに、どうして……まだ、こんなことを続けているの!」
「あははっ。キミとは違ったんだよ。アタシは、馴染まなかった。別に、普通に生きること自体がキライなわけじゃないし、あん時の家族にも感謝はしてるよ? けど……」
楽しそうに、明るく笑いながら。彼女の目は、どこまでも……ぎらついていた。
「足りなかった! 毎日、なーんのスリルもないとか、退屈で死にそうだった! アタシは、戦う刺激がないと、生きてるって思えなくなっちゃってたの」
「……あなたは……」
「ぶっ壊れてる自覚はあるんだけどね? キミのオヤジはまあ最悪だったよねー。お互い、ほんっと苦労したよね」
「…………っ」
「あ、別に責めてるわけじゃないからね? お互い被害者だし。そもそも、今のアタシも負けないくらい最悪だろうからね!」
彼女には、戦いしか与えられなかった。だから、彼女にとっては……生きていることと戦うことは、同じ意味だった。普通を教えられて、自分が狂っていることを自覚しても……それは、彼女を普通の道には戻さなかった。
「そんな顔しないでよ。今のアタシは楽しくてしょうがないんだ。ふふっ、リグバルドのやろうとしてる事は別にどうでもいいけど……おかげで、ゾクゾクする戦いがたくさんできそうなのは感謝しないとね!」
「……エルザ。あなたがその道を選ぶのなら……私が、あなたを止めるわ。あなたを壊した男の、娘として」
「ふふん。できるのかい、過去を捨てて普通になったキミに?」
「やってみせるわ。それに、私は過去から逃げるつもりはない。……それが、命を救うことに繋がるなら……忌まわしい技だって、使ってみせる」
「……あっははは!! 良いね、良いねぇ! キミのその目は、昔より好きになれそうだ! ほんっと、マリクの誘いに乗って良かったぁ!」
本当に、心の底から喜んでいるように、高揚した声で彼女は笑う。だけど、すっとその表情から色を消すと、言葉を続けた。
「さて。あんまり長居するとどっかで槍が飛んできそうだし、おしゃべりはこの辺にして帰ろっかな。あ、トラビスはご愁傷さまだね?」
倒れていた烏の傭兵は、か細い悪態をついた。エルザはそれを気にも留めず、転移の準備を始める。
「待ちなさい、エルザ!」
「今日はちょっと遊びに来ただけ。さすがに英雄さんとかとやり合う準備はしてなかったからね。半端な準備で消化不良は、さすがに趣味じゃないし。……ふふっ、そう怖い顔をしないで。オジサンの息子、かっこよかったよ」
黙って守りに専念していた遼太郎さんの表情は、私からは見えないけれど……拳を、強く握っているのは分かった。蓮の安全を優先するなら、彼女が行くならそのまま行かせるべきだ。
「蓮が起きたら伝えといてよ。キミの槍はまだまだ伸びる。次はもっと楽しく殺り合えるのを期待している、ってさ」
「……断るわ。そもそも、彼をあなたにはこれ以上傷付けさせない。狙うなら、私にしておきなさい」
「あっははは。過保護だねぇ。でも、それを決めるのは蓮でしょ? アタシの勘だけど、その子、何だかんだで立ち上がるよ。そういうの、けっこう当たるんだよね」
惚れた男にはそんぐらい頑張ってほしいし。なんて、とんでもない事を付け加えながら。彼女の姿は、消えていく。
「それじゃね、コニィ。次は蓮も一緒に、思う存分楽しもっか!」
転移の直前、最後に残した言葉は……まるで、友達と約束でもするような気軽な声音だった。
「……そうか。エルザは、そんなことを……」
全て、聞かせてくれた。彼女がおれに残したって言葉も含めて。
「彼女の手前、伝えないとは言ったけれど……あなた自身が、知りたいって言うなら、黙っているのは私の勝手だもの」
「……うん。ありがとう……これは、知っておくべきだったと、思う」
おれが戦いに戻れば、いずれ彼女ともかち合うことになるんだろう。……そう考えると、やっぱり恐ろしくてたまらない。おれは、それを含めて答えを出さなきゃいけない。
……何だかんだで立ち上がる、か……。どういう皮肉だろうな、これは。一度戦っただけのエルザの方が、おれ自身よりもおれを信用してた、なんてさ。