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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
8章 もう一度、自らの足で
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この枷が消えることはなくとも 2

「……本当に馬鹿よね。マスターをちゃんと知っていれば、手を出すのが愚かなことぐらいは分かるのに。でも、闇の門から数年で、英雄の伝説は落ち着いていた。だから傭兵団は、破格の報酬に目が眩み、子供を向かわせたの。失敗のリスクは道具ひとつを失う程度だ、と思ってね」


「マスターを殺す依頼を……いったい、誰がそんなこと……?」


「ヴァンさん……マスターの弟のことは聞いたでしょう? 同じような話よ。どうしても、マスターの存在を消したい人がいた。当時、もうマスターは立場を捨ててギルドを開いていたけれど……それでも、その存在を怖れた人がね」


 情報が一気に流れてきて、整理しきれない。それに、今の言い方だと……もしかして、コニィは知ってるのか? マスターが、元々どういう立場だったのかを。


「その人物も最後には破滅したけれど。……話を戻すわ。その子供は、投入されてから1年ほどで、多くの相手を殺めていた。直接の戦闘すら経験して、その上で生き延びていた。潜入のため、子供らしさを芝居で身に着けてはいたけれど……中身は何の情緒も育たず、機械のようなものだったわ」


「…………ッ」


 これをもし、どこかの誰かの話として聞いていたら、まだ気持ちは違っていたのかもしれない。胸糞悪い話ではあっても……それに憤るだけで、済んでいたんだろう。でも、今は……胸の奥に、ものすごく気持ち悪い感覚が湧き上がってくる。コニィが静かに語ってることが、余計に。


「だから、いつものように……その人を、殺そうとした。人混みに紛れて、すれ違いざまに、毒を仕込んだ針を刺す。それだけで、終わらせるつもりだった」


 だけど、そうはならなかったことを、おれは聞くまでもなく知っている。


「通じなかった。子供が動くよりも前に、マスターはその手を掴んだ。彼は油断しているように見えて……最初から、その子供に気を配っていたから」


「最初から……?」


「不自然だった、そうよ。明らかに自分に向けられた子供の視線は、何かを狙うものだったから、って。その芝居も、違和感を持った相手を騙し通せるものではなかった」


 コニィはきっと、最初から……その子供が誰なのか、伏せるつもりなんてないんだろう。彼女がこれを喋り始める前に、おれが何を聞いたかを思えば。


「失敗を悟って、子供は次の手段を選ぼうとした。仕込んでいた爆薬で、ターゲットや周囲もろとも自爆しようとしたの」


「自爆……!? そんなの、いくらなんでも……! 何で、大人しく従ったんだ……!?」


「……その時の子供に、反発なんて発想はなかったの。ただ、そうすべきと教えられたから、そうしていただけ」


「……死んでも良かった、って言うのか……?」


「そういうことを考えてすらいなかった。自分も、他人も……命に思い入れなんてなかった。いつだって、当たり前のように失われていくものだから」


 命を何とも思わない。だから、自分が死んでも、無関係な人が死んでも……人を、殺しても……何も、心を動かさない?

 信じられない。繋がった事実を、頭のどこかが拒否してるみたいだ。おれの生きてきた世界と違いすぎて。おれの知ってるその子と……違いすぎて。


「でも、結論としては失敗した。子供は動く前に意識を無くして、次に目を覚ました時には……全ての装備を取り外されて、ベッドに寝かされていたわ」


「……マスターが、止めてくれたのか……」


「何が起きたか分からないくらいの早さでね。特殊な訓練を積んでいようと……子供が、英雄に太刀打ちできるはずもなかったのよ」


 良かった、なんて言えない。それでも、胸を撫で下ろす気分だった。結果は分かってるから、とかそういう問題じゃない。


「マスターは、子供が突然倒れたことにしたみたい。だから、ギルドに連れて帰って、お父さんを呼んだ。それを誰にも疑われない辺りが、人徳よね」


「じゃあ、周りの人は、その子が何をしようとしたかは知らないのか……」


「ええ。そうじゃなかったら……きっと、今とは何か形が違っていたでしょうね」


「…………。コニィ、君は……」


「もう、分かっているわよね? その子供が、誰なのか」


 正直……聞きたくない、と思ってしまうおれがいる。そんな残酷なことを、おれの知る子が体験してるだなんて考えたくなかった。何かの間違いであってほしかった。


 だけど……駄目だ。目を背けるのだけは、絶対にしたらいけない。

 おれが聞いた。彼女は、それに応えてくれた。それなのに、受け入れないのは……いくらなんでも、情けなさすぎる。だから。


「君……なんだな……?」


 おれから、言った。それでも、外れててほしいなんて気持ちも、消せはしなかったけど。

 ……ああ。答えが返ってくる前から、その表情で……分かった。


「そうよ。それが私。当時はまだ、名前すらなかった……傭兵団の道具。強いて言えば、タグの1号が呼び名だったけれど」


「1号……。どこまで、そいつらは……」


「本当に……馬鹿な、話よね。みんなが、間違えてばかり。……私も、ね」


「…………。最後まで、聞かせてくれるか?」


 どう受け止めるにしても、中途半端じゃ駄目だ。知らないといけない。何かを言えるとしたら、その後じゃないといけないって思った。コニィも頷いて、続きを話し始める。


「目を覚まして……マスターは最初に、咄嗟とは言え乱暴をしてすまなかった、って言ってきたわ。私は命を狙った相手なのにね」


「……あの人らしいな。昔から、変わってないんだな」


「でも、当時の私は……それに何も反応しなかった。ううん、できなかったの。疑問を持つこともなく……ただ、彼の言葉の意味が分からなかった。私は、考えるということを許されていなかったから」


 ただ言われたことをこなす毎日だったって言う。疑問は許されず、勝手は認められず、指示から外れたことをすれば罰を受けたって。そんなことを続けられれば……心が、育つはずない。他のことを思いつくはずもない。


「目的を仕留めろ。失敗したら自爆してでも成功させろ。……その先のことなんて、教えられなかったから。相手も生きている。自分も生きている。そんな状況で何をすべきか、知らなかったから」


「……そんなの……」


「めちゃくちゃだと思うでしょう? 私自身が……今でも、思うもの。あの時の私は、本当に人として生きていたと言えるのかって」


 人として生きてたか。……命があるだけで生きてると言えるのか。さっきから彼女は、機械とか、道具とか、自分の過去を表現している。おれも……そう、感じてしまった。


「マスターも、私がそういう存在であることは、すぐに気付いた。……凄まじい怒り方をしていたわ。あの時の私でも、それが尋常でないことは理解できるくらいに」


 ……当たり前だよな。今、こうやって語り聞いてるおれでも、冷静に聞いてられないくらいだ。当事者になって、ましてやあの人が、そんなことを許すわけがない。


「そこからの動きは本当に早かった。マスターの全ての人脈を使って、調査が始まり……傭兵団へと辿り着いた。マスターにランドさん……ギルドや協力者から集まった精鋭が、団の制圧と解体を実行したの」


 英雄を侮った。その実力も、人脈も……正義感も。絶対に手を出しちゃいけないものがあるんだって、そいつらは欲で見落とした。……そうなってなかったら彼女は、なんて嫌な想像は振り払う。


「裏社会で怖れられた団も、最後はあっけないものだったそうよ。父だった男は、個人の強さも本物ではあったけれど……その強さは、立ち回りも含めたもの。真っ向勝負でマスターに勝てるはずもなかった」


 ましてや、本気で怒っていただろうマスターだ。思い切り叩きのめされただろうって想像できた。もちろん、同情は全く湧かないけど。


「団は解体され……主要なメンバーはそれぞれの罪に応じて、国際的な裁きを受けた。やむを得ず協力させられていた者、道具にされていた者には酌量もあったけれど、団長はあまりの罪状の多さに、終身刑になったわ」


「……そうか……」


「ひとつ、言っておくけれど……私は、本当の父には、もう何の情も持っていない。私の両親は、今の家族だもの。だから、気にしなくても大丈夫よ」


 仕打ちを考えれば、当然だろう。でも、どれだけ外道でも、それが彼女の本当の父親だ。だから、余計なことは言わないでおいた。


「そして、特に処遇で揉めたのは……私をはじめとした、子供たち。犯した罪は大きかったけれど、背景事情や幼かったことから、意見は大きく割れていたらしいわ」


「……子供、たち? 君みたいな子が、他にも……?」


「ええ。私が最初ではあるけれど……同じように、色んな境遇の子供が集められていたわ。捨て子、奴隷、誘拐……子供を優秀な道具にするための実験が様々に行われていて、生き延びた子は数人だったけれど」


 目眩がする。どうして、そんなことができたんだ? ただ、金のために? いったい、どういう道を辿れば……そこまで、腐れるんだ。

 許せないを通り越して、怖いと思った。どんな理由があっても認めるわけにはいかない、外道の所業。でも、そんなものを生み出してしまうどす黒い世界に、もし自分が生まれていたら……おれなら、どうなってたんだろう。そんなことまで、考えてしまう。

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