この枷が消えることはなくとも
「今日は楽しかったよ。ありがとうな、付き合ってくれて」
「いいえ、私こそありがとう。こういう時間を過ごすのは新鮮だったから」
おれとコニィは、買い物を終えて、一足先にモールを後にした。
他の二組は、それぞれ二人きりにしてやった方がいいだろうし、このまま解散することにしたんだ。
そして、コニィは今日、うちで夕食をとる流れになった。元々、親父から言われてたんだ。彼女には家族でしっかり恩返しがしたい、って。もちろん、おれもそれには同意だ。
「だけれど、思い切り遊ぶというのには慣れていなくて……私、変なことしなかったかしら?」
「真面目だな。遊ぶ時ぐらい、そういうのは気にしなくていいんだぞ?」
「……そ、そうよね。ふう……それこそ、慣れていないわよね」
ましてや相手はコウ達だからな。だけど、本人の言う通りに、慣れてないんだなってのは色んなところで見えてた。彼女の性格からして、騒ぐのが苦手そうなのは分かってたけど。
でも……今のおれには、少しだけ引っかかるってのが本音だ。その話は、今からだけど。
「コニィ。少し、ゆっくり話したいことがあるんだ。少し、寄り道していいか?」
「……ええ、大丈夫よ」
人の多いモールで話す気にはならなかった。おれ達は、家に向かう前に、その離れ……うちの道場に向かった。
親父に頼んで、今日は貸し切ってもらってる。ここなら何を話したって、身内以外に聞かれることはない。
中に入って、念のために鍵を閉める。広い道場で二人きりだと、何だかすごく静かに感じる。
「あの時におれを助けてくれたのは、君だって聞いてる。遅くなってしまったけど……本当に、ありがとう」
「いいえ、気にしないで。家族を助けるのは、当然のことよ。……あなたが元気になって、本当に良かった」
「コニィにはいつも助けられてばかりだよな。……それから、ごめん。おれが突っ走ったせいで、君まで危険な目に遭わせるところだった。あの傭兵……エルザと、顔を合わせたんだろう?」
「…………。ええ、そうね。でも、遼太郎さんとも一緒だったから、彼女もすぐに撤退したの。だから、私は問題なかったわ」
「……そうか」
親父とコニィが、エルザの言葉を聞いてたってのは聞いてた。だから、その話に矛盾はない。
でも……いま、エルザの名前を出した時に、コニィはちょっと言葉を詰まらせた。まるで、どう言うべきか迷ったみたいに。
……話したいことは、いくつかある。エルザの件も、そのひとつだけど……先に、確かめておかないといけない。それが、色々なものを繋ぐって予感があったから。
「あのさ、コニィ。色々と起きすぎて、ちゃんと話せてなかったけど……聖女と始めて会った日、言いかけてた事があったよな」
「………………」
「言いづらそうにしてたのは分かってる。だけど、ごめん。おれは……それを、知りたいって思う」
あの時、コニィは言った。自分がバストールに来る前の話、って。そして、本当は、って言いかけたところで、聖女の騒動が起こった。
いま、時間ができて、落ち着いて……あの時は全く意味が分からなかったけど、何個かの想像を巡らせるくらいはできた。でも、あくまで想像だ。
「おれは、何にだって踏み込めなくて、機会を逃してきた。そのせいで、何も知らないままに悪くなって、何もできなかった。そういうのは……できるだけ、繰り返したくないからさ」
「……蓮……」
「ワガママなのは分かってる。だから、無理にとは言わない。でも、教えてもいいって思うなら……聞かせてくれないか?」
コニィの過去。あの時、彼女は言ったんだ。取り返しのつかない間違いを、数え切れないぐらいにしたんだって。それは、おれの知る彼女の境遇とは、全く繋がらないものだ。
それこそ……今日みたいに普通に遊ぶことに、慣れてないってのも。彼女が真面目でずっと医者の勉強をしてた、とか、そういう話じゃないって予感があった。
だから……知りたい。おれを何度も助けてくれたコニィの、本当のことを。いつか、この恩を彼女にちゃんと返すためにも。
少しして、コニィは小さくため息をついた。
「話す前に、聞かせて。蓮は……傭兵というものについて、どこまで知っているかしら?」
「傭兵……?」
突然の質問に、考える。傭兵って言えばおれにとって、リグバルドとの戦いで何度か出会った相手だ。それこそ、エルザもそうだってのは知ってる。
だけど、どこまで知ってるか、って言われると……何となく、しか理解してないかもしれない。
「国に雇われて戦う職業……ってぐらい、かな。エルリアじゃ馴染みはなかったし……」
「そうね。元々は、戦争のときに雇われる存在だったそうだけど……現代だと、在り方は大きく変わってきたの。人と人との戦いじゃなくて、UDBとの戦いがメインになっているわ」
なんで急にその話を始めたかは分からない。でも、彼女が意味もなく言うとは思わないので、そのまま話に耳を傾ける。
「ギルドが民間に寄って何でもする組織なら、傭兵は国家に雇われる戦力、と言えばいいかしら。全盛期ほどの規模はないけれど、国際的なライセンスもあって、大規模なUDB掃討などに傭兵団が雇われるのも珍しくはないわ」
「アガルトやテルムみたいにギルドが国に雇われるのは、相当なレアケースだろうしな……」
「でも、元々の在り方……人と人との争いに駆り出されることも、無くなったわけじゃない。シューラさんなんかは、全て断っていたと聞くけれど……稼ぎのために、それを引き受ける傭兵だっている」
それが珍しくないのは、リグバルドのことを考えれば分かる。生きるために、稼げれば何でもする……そもそも、傭兵って職業を選んだ時点で、そういう人が多いのかもしれない。望んでか、仕方なくかは別としても。
「そして。この場合の争いは、戦場でぶつかるだけじゃない。策謀、工作、暗殺……そういう、表に出せない仕事を引き受けて稼ぐ傭兵たちも、存在する」
アガルトで雇われた傭兵がアポストルをばら撒いてたみたいに、か。
「それこそ……それを専門にする傭兵も、ね。その多くは傭兵とは名ばかりで、ライセンスも保持していない集団よ。犯罪組織と大差ないわ」
「そんなのが、今でもいるんだな……裁かれたりしないのか?」
「度が過ぎればね。でも、役に立つ場合は黙認されることもある。正規の軍ではやれない行為を、金でさせられるのだから。その辺りは、国際的な問題にもなっていて、傭兵って存在そのものへの批判もされているわ」
聞きながら、思う。コニィは随分と、傭兵に詳しい。それも、戦う相手だから調べたとか、じゃなくて……何だか、実態を知ってるって感じで。
「……その子供は、そうした傭兵団の中でも特に悪名高い集団……その団長の元に産まれたの」
話の流れが、変わった。どうやら……ここからが、本題らしい。
「物心ついた時には、玩具の代わりに武器を持たされ、人形を使って人体の壊し方を学んだ。どうすれば効率良く命を奪えるかを、叩き込まれた。団長は下衆だったけど、その汚い技術は本物だった。そして、その子供も、間違いなく才能を受け継いでいた」
「…………っ」
「訓練はいつ死んでもおかしくないほど厳しいものだった。自分の子供にも、情はなかった。適当な相手に手を出して産ませた子だったから。ちょうど使えそうな道具が手に入った、くらいの感覚だったんでしょうね」
聞くに堪えない、胸糞悪い話。コニィは敢えて感情を殺したみたいに、淡々とそれを語っていく。
「6歳になるころには、子供は完成していた。幼いからこそ持つ長所。敵を油断させ、容易く懐に潜り込めるという武器。それを活かして、その子供は……親から受け継いだ技で、多くの人を殺す道具になった」
「……そんなこと……」
「それは、子供にとって当たり前だった。だって、それしか教えてもらえなかったから。それ以外の生き方なんて、何も知らなかった。逃げられない、どころか……逃げるとか逆らうって発想すら、全く無かった」
その言い方に……コニィがなぜこの話をしてるのか、さすがにおれにも分かり始めていた。だけど、それは……想定はできても、信じられないって気持ちの方がまだ強い。
「そんなある日、子供は命じられたの。ある人を、殺してこいって」
「ある人……?」
「……闇の門での英雄。ウェアルド・アクティアス」
「…………!!」
全部が、繋がり始めた。おれはほとんど何も言えずに、彼女の話を受け止めるしかなかった。