表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
42/429

英雄達の楽園

「逃げるったって、俺ら注目浴びてるみたいだぜ……?」


「……ま、当然だな」


「ど、どうしよう?」


「こういう時は、人質でいる方が意外と安全ってもんだが。向こうがどう動くか……」


『素晴らしいな、君たちは』


「!」


 俺達の話し合いに割り込むように、男の声が響いた。これだけの距離があるのに声が届いた?


『なかなか良い余興だったよ。楽しませてもらった』


「余興……!?」


 人を命懸けで戦わせといて、最初に言うことがそれかよ。その一言だけで、こいつがろくでもないことははっきり分かった。


「どいつだ……どいつが喋ってる?」


「あいつだ。一番前の、金髪の人間……」


 遠くてよく見えないが、確かにガルの隣、先頭にいるのは人間の男だ。他には、それに仕えるように一歩後ろに立つ狐獣人の男と、そのさらに後ろには6人、色んな種族の男がいる。


「横にいるやつが音波か何かの力なんだろうよ。拡声器替わりってのも不遇だけどな」


『その通りだ。ああ、君達の声もこちらに届くようにさせてある』


 カイの言う通りだったらしい。あの男が、この集団のリーダーだろう。


「あなた達は、何者なの?」


『何者、ときたか。そうだな……裁きを下す者、とでも言っておこうか?』


「……ふざけないで」


『ふざけてなどいない。我々は、このエルリアという愚かな国に制裁を加えに来たのだからな』


 エルリアが愚かな国……?


「どういう意味だ?」


『そうだな。君達は何も知らない……いや、考えてはいないだろう。それ自体が罪と知らずに』


「だから、何が言いてえんだよ!?」


 芝居がかった言い回しがいちいち鼻についた。しびれを切らして浩輝が叫ぶ。

 男はそれに対して、面白がっているような、蔑んでいるような笑いを返した。


『君達は、今の世界が、不公平だとは思わないか?』


「不公平、だって?」


『そうだ。人は生まれを選べない。それでありながら、生まれだけでその運命は大きく変わってしまう』


 男の口調が、さらに詩人めいたものになる。


「貧しい家か、豊かな家か、って話か?」


『視点を狭めればそうだが、もう少し大きなレベルで構わない。例えば、先進国に生まれたとしよう。国民の生活は豊かで、子供は愛をもって育てられるだろう。街の中は安全で、何に怯えることもなく大手を振って出歩ける』


「………………」


『だが、もしも貧しい国であればどうだ? 人々は自らが生きるだけで精一杯で、子供を捨てる者すら珍しくはない。犯罪にも溢れ、常に警戒していなければ生き残れない。人里がUDBに襲われ、喰われるという事態すら平然と起こっている』


 それは本当のことだと思う。ガルもそうだったみたいだけど、孤児だったり生活に困る人は少なくはないし、UDB関連の国際ニュースを調べれば、犠牲者が出た話は無数にあるだろう。だけど、こいつは何を言いたい?


『それに、そうだな。強大な軍事国家は? 力を持つ以上、外敵からの脅威は少なく、市民は恩恵に預かれるだろう。だが、健康な若者は徴兵され、望まぬ戦いに駆り出されるかもしれない。そのせいで命を落とすかもしれない。逆に、侵略された側ならばどうなる。突然、何者かの思惑により全てが焼かれ、人々は理不尽に逃げ惑うしかない。……おかしいとは思わないか。幸福な生まれ、不幸な生まれ。彼らの差はどこにある?』


「それが、何の関係があるってんだよ!」


『分からないか? エルリアという国は、まさにの極地にある。人々は、獣にも戦乱にも怯えることなど無く、日々を本当に幸せそうに暮らしている。文字通り、この国は理想郷だ。争いから遠ざけられた、地上の楽園だ』


 楽園……この国が? ここが平和な事はもちろん自覚している。けど、そんな風に考えたことなんて、今まで無かった。


『さて、君たちに聞きたい。君たちは、自分が暮らすこの国について、どれだけ知っている?』


「この国についてって……どういう意味でだ?」


『この国の裏に隠された真実、とでも言うべきか。この国がどれだけ特殊な場所なのか理解しているのか、と言う意味だ』


「特殊な場所?」


『そうだ。クク……やはり知らないのだろうな、君達は。そのように仕組まれているとは言え、滑稽なものだ』


 男の口調の、見下したような響きが強くなる。そして、再び俺達に問いかけてくる。


『質問を変えようか。君達は、〈闇の門〉のことをどれくらい知っている?』


 闇の門……?

 それは俺たちにとって、常識に近い言葉だ。何せ、俺たちが生まれる数年前の出来事だから。父さん達からも、聞いたことがある。


「二十年前くらいに起こったUDBの大発生、だろ? さすがにオレだってそんぐらいは知ってる」


「付け加えとけば、それが鎮圧されるまでのUDB討伐戦線の総称だな」


 浩輝とカイの返答に、男は満足げに『その通りだ』と言った。


『では、旧世紀の世界大戦以降、大量破壊兵器を廃棄した人類が、圧倒的な力を持つ怪物どもに勝てたのは何故だ?』


「一般常識テストでもしてんのかよ。戦乱を終結できたのは、〈英雄〉たちの力、だろ?」


『そうだ。戦いの最前線に立っていた、圧倒的な力を持つ戦士たち……彼等は、絶望に包まれていた人々の希望だった。その実力はもちろん、存在自体が人々を鼓舞し、人の軍が勢いをつけ、勝利する理由になったとされる』


 英雄の話は、小さい頃からよく聞かされてきた。学校でも当たり前のように授業で習っている。

 だけど、英雄たちに関する詳しい情報はほとんど残っていないんだ。英雄達は、自分達が英雄ではなく、普通の人として平凡に暮らす事を望み、自らの記録を抹消した……そう伝えられている。「情報がないから余計に神格化されている面もあるがな」と言うのは父さんの言葉だ。


「それがいったい何だって言うんだよ?」


 俺は苛立ちを隠せなかった。人を小馬鹿にした奴の態度が、癪でしょうがなかった。


『分からないか?』


「もったいぶらずに答えろよ!」


『……いいだろう』


 男の嘲笑混じりの問いかけに我慢出来ず、叫ぶ。男の声から、笑いが消える。


『簡潔に言おうか。このエルリアは、英雄達の作り上げた楽園なのだ』


「英雄達の、作り上げた……楽園?」


 俺は、男の言った言葉をそのまま反芻してみる。その反応に、あいつは満足そうに嘲笑してきた。


『英雄の多くは、この国出身の友人同士だったそうだ。平和のために立志した彼らは、戦いが終結した後に、自らが生まれ育ったこの国に帰り、静かに生きることを決めた』


「この国に、英雄が……?」


『その通り。全員ではないがな』


 自信なさげな蓮の言葉を肯定して。男はまた笑う。


『英雄の中には、元々高貴な身分にあった者がいた。その者は、共に戦った友人たちの願いを叶えるため、様々な手助けをしたそうだ。彼らについての情報操作や、この国への政治的支援などでな』


「………………」


『この援助によって、元から治安の良い国だったエルリアは、より国力を高めていった』


 俺達は、食い入るように男の話を聞いた。自分達の知らなかった、この国の真実を。

 英雄たちが戦ったのは平和のため。その戦果で地位を得る事もできただろうけど、それよりも……それまでと変わりない暮らしを、その人たちは望んだのか。


『それと同時に、この国に帰った英雄の一人は、大きな権限を受け取る事になった。彼は非常に賢い男でな。公には立たず、その豊富な知識を以て、この国の政治基盤をより強固なものに変えた。それこそ、楽園と呼べる程までに。そして、彼は今でもその権限と情報網を使い、この国を楽園として保っている』


「……そいつの力で、今の平和があるってのかよ。一人にそこまでの事が出来るってのか?」


『それが可能な知略を持つからこそ、権限を託されたとも言えるな』


 信じられないような内容だ。だけど、もし本当なら……英雄達が、影ながら作り出した平和。命懸けの戦いで勝ち取ったもの。今この国に生きている俺達は、知らず知らずのうちにその恩恵を受けていたのか。



 そんな事を考えていると、男の次の言葉が聞こえた。


『実に、くだらない。馬鹿げた話だと思わないか?』


「…………!?」


 男の声は、明確に敵意を帯びていた。


『自分たちが作り出した偽りの平和の中で、世界の争いを無視して過ごしているだけの存在。それのどこが英雄だ? 能力を持っていながら使わないのは、ただの臆病者だ。完全な平和など決して訪れないからこそ、人には争いの中で自らの力を尽くす義務があるというのに、それを無視しているのだ。見下げ果てた連中ではないか?』


 ……こいつは……何を言っているんだ。


「それで……結局、お前達の目的は何だ?」


『ここまで聞いて分からないか? この国に住む者たち……そして、かつての英雄達に、思い知らせてやることだ。不当な幸福に浸り続けることなど、許されないと。世界は平等であるべきだとな』


 ここに来て、ようやく理解した。こいつがなぜ、不平等について語ったのか。理解してしまった内容について、嘘だろとも思ったけど。


「まさか、そんなことのために? この国が平和で、幸せだから……その幸せを奪ってやろうって、そういうことなのか!?」


『そうだ。この闘技大会とやらは、国を挙げての行事、娯楽なのだろう? それが襲われたとなれば、嫌でもこのことは全国に広がるだろう。平和などいつでも崩れると言う事実と共にな』


 つまり、男達がこの大会を襲った理由は、目立つため。そのためだけに、こんなことを。


『むしろ感謝してもらいたいほどだがな。間もなく、世界は()()に呑まれる。それよりも前に楽園の夢から覚ましてやっているのだ、私は』


「混沌って、何の話だよ……!」


『クク、どうせ嫌でもいずれ知ることになる。エルリアもまた、その混沌から逃げられはしないのだからな』


 あいつの言っていることは、やっぱり分からない。俺たちの知らない、何か大きなものを知っているのかもしれないけど……それ以上に、俺たちに分からないように言っているんだろう。無知に見える俺たちを馬鹿にするために。


『世界を救った英雄がいたから、というだけで幸福を享受していた愚かな民。本当ならば、今までの不当な幸福に釣り合いを取るには、まとめて裁いてしまうべきだろうが……私は寛大なのでな。事が済むまで我らに大人しく従うのならば、危害は加えないと約束しよう』


「会場のみんな、まとめて人質ってことかよ……俺たちを殺そうとしといて!」


『クク、人聞きの悪い。窮地に飛び込んだのは君たちの意志だろう? ……だが、そうだな。君たちの力は、単に監視するだけには捨てがたい。どうだ? 私に協力する気はないか?』


「なんだと……?」


 何と言われたか理解するのに時間がかかり、理解してからは怒りが湧き上がってくる。協力だと? 当然、ふざけるな、と叫ぼうとした。だけど。


『一度協力してくれれば、君たちを無事に解放しよう』


『!』


 解放。この状況から……その言葉に、俺の中にいろんなものが込み上げてきた。

 もう戦うのは嫌だ。帰りたい、みんなと。一度……一度だけで、この恐怖から、苦しみから解放されるなら。


 様々な誘惑が俺の頭をかすめる。俺だけじゃなく、みんなも揺らいでいるみたいだった。まるで、一度だけならとドラッグに誘惑されるみたいに。


 だけど……。


「……他の」


 呟いたのは、瑞輝さんだ。


「会場にいる、他の人は?」


『当然、解放するのは君たちだけだ。人質を全員解放する馬鹿はいないだろう?』


「……そう、か」


 ああ。分かっていたけど、こいつは馬鹿だ。その返答のせいで……()()()()()()


「……みんな」


「分かってる。答えは一緒だぜ、オレも」


「だな。これじゃ、考えるまでもねえ」


「そうだな……おれもそう思う」


「代表をお願いしていい? お兄ちゃん」


 全員の意志がひとつだという確信があるからこそ、俺は頷いた。そして……俺達が乗ると思っているらしい野郎に向かって、全力で叫んだ。


「お断りだ、このド外道が!!」


 俺の宣言が会場に響く。遠すぎて男の表情ははっきり見えないけど、どんな顔をしているだろうか。それを考えると、少し気分が良くなった。


『ほう……何故だ?』


「分からねえのか? だったらあんたは、本当に馬鹿だな!」


 さっきまでの仕返しに、嫌味ったらしく笑ってやる。


「オレ達があんたに協力して、本当に逃がしてくれる保証がどこにあるんだっての?」


「第一、その一回で取り返しのつかない事態になるだろうが。馬鹿にするんじゃねえぞ」


「みんなも解放する、と言われれば、もう少しは悩んだかもしれないけどな……おれ達は、お前の下らない考えに賛同する気はない」


「そうだ。弟を置いて逃げろなんて、取引として悩む価値もない!」


 浩輝も、カイも、蓮も、瑞樹さんも。考えていることは俺と一緒。もちろん、瑠奈だって。


「エルリアのみんなが不幸になって、それからどうするんだ? それで何になるんだ? 馬鹿すぎんだろ、お前」


「今まで平和に暮らしていたみんなが苦しむようになって、それで満足? あなたの計画に、先ってものはないの?」


 男は何も答えない。


「あなたの言葉は支離滅裂すぎる。この国を支配するため、とか言われたほうがまだ理解できるよ。ただ不幸にするだけ? それに何の意味があるの」


『……平等であることが、世界の在るべき姿だからだ』


「ふざけないでよ! だったら、どうして逆を考えなかったの? 良いものを悪くして悪い方に合わせる方が、確かに簡単だよ。だけどそれじゃ、いつまで経っても何も良くならないじゃない!!」


 瑠奈が叫んだ。俺達はもう、抑える気はない。


「滑ってるんだよ、お前。小難しい話でごまかそうとしてるだけで、中身がなさすぎる。適当な理由なんざでっちあげてないで、正直に言えばどうだ? 単に他人を見下して優越感に浸りたかっただけですってよ!」


『………………』


 言葉の端々から感じる。この野郎は、自分に酔っている。たぶん、こんなことができるだけの力を手に入れて、それを誇示したくなったってだけだ。中身なんて無くてもいいからこその、こんな無意味な理由だ。


「英雄達は戦いが嫌だった、って言ったね。当たり前だよ。傷つけることも、傷つけられることも、私は嫌」


 この下らない計画のために死んだ三体のUDB。彼らだって、生きるために戦っただけだろう。その権利を奪ったのは俺たちだ。戦いは命の奪い合い……こんなものを広めるのが、正しいわけがない。


「私には、あなたが理解できない。協力なんて、できるはずがない」


 瑠奈の言葉が終わる。俺たちの言いたいことは、みんなで全部言えただろう。少し経って、男が口を開く。


『そうか。それが君たちの選択か』


「ああ、今のはみんなの意見だ。捕虜にでも何でもしやがれ」


 全員、腹はくくれている。こいつらに協力するぐらいなら、その方が遥かにマシだ。


『……君達を捕虜にはしない』


「え?」


『いい話を聞かせてもらったよ。礼をくれてやろう』


 冷たい声で男が言い放ったかと思うと――途端に、嫌な感覚が俺の中を駆け巡った。


 この感じ……間違えようがなかった。何故なら、ついさっき体験したものだったから。でも、これは。


「あ……」


 後ろを振り返った瑠奈が、そんな声をもらした。


「これは……」


「……そんな」


 みんなの声が絶望に染まっていく中、俺は周囲を見ることができなかった。見なきゃいけない。けど、見てしまえば今度こそ心が折れてしまいそうで……。


「………………」


 さっきの数倍は酷い()()()がする中。俺は意を決して、視線を向けて――


「何だよ、これ……」



 ――俺達は、大量の歪みに包囲されていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ