それぞれの理由 3
オレと飛鳥は、買い物の休憩がてら、モールの中のカフェに入ってた。
この店、人気だってルナから聞いたことはあったんだけど、自分で入ったことはなかったんだよな。甘いもんは好きだけど、こう……ちょいとオレが入るにはオシャレすぎってか?
けど、今は飛鳥も一緒だし、せっかくの機会ってことでチャレンジしてみた。人気らしいフレンチトーストを頼んで、二人でシェアする。
「んん~っ、あまくてふわふわだな〜!」
「ほんとに……人気なのも分かるね」
ハチミツ、ミルク、バターって感じで……こんなの、ウマくないわけねえよな!
カイ兄とかめっちゃ目をキラキラさせそう。……みんなと一緒だとかっこつけやがるからオレも黙ってるけど、あいつは昔っからドがつく甘党だ。逆に辛いもんが苦手。なんだけどイメージとは逆なもんだから、ヘンなとこ意地張って好きに食えず、後でしょげてたりするのもよくある。オレの兄貴ながら、自分だってじゅーぶん子供っぽいよなあ……。
オレは好きなもんは素直に好きって言っていくぜ。めんどくせえことは考えたくないしな。あまくてしあわせ。
ちら、と飛鳥を見ると、あの子も笑顔になってた。え、なんだこのかわいさ。天使?
……てか、よくよく考えたら、好きな子と二人でカフェって……完全に、デートってか……。
って、バババババカ! そういうこと考えちまったら、何かこう、すげえ緊張してくんだろ……!
「浩輝くん」
「ふぁい!?」
「わ。……だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫! ちょっと虫に目が入っただけで……」
「……逆だよ、ね?」
「あう……」
お、オレのバカ野郎! 最近だいぶマシになってたはずなのに、ちょっと気にしただけでコレはねえだろ! 深呼吸だ深呼吸……。
……なんてっか。改まって話そうとすると、いろいろ考えちまうっての? どう話し始めようかな、なんて思ってたら、ヘンなとこばっかに考えが行っちまうってか……。
「……ふふ」
「う、ううっ。笑ってくれるのはいいけど何かこう……情けねえ〜〜……!」
「あ、ご、ごめんね。今のがおかしかったからってわけじゃなくて……」
頭を抱えたオレに、飛鳥はちょっと慌ててそう言いながら……ちょっと、真面目な顔をした。
「浩輝くんが……すっかり元気になって、良かったなって思ったの」
「……そいつは……なんてっか、その」
テルムでオレはぶっ倒れて、でかい戦いになって……何とか目を覚ましてからも、何か色々あって。そのまんま、こうやってエルリアに帰った。
もちろん、起きてから話はしたし、電話とかも何回はしたんだけど。オレもレンのことやらでいっぱいいっぱいになってたし、まあ……元気はなかったかもしれねえな。
飛鳥が、オレが倒れてる時にどんだけ心配してくれてたかってのは、周りのみんなから聞いてるし。
「心配かけちまったよな、マジで……ごめんな、色々と」
「ううん。謝ることじゃないよ。……わたし、浩輝くんにはいつも元気をもらっているから。君が元気だと安心するんだ」
「……そう、なのか?」
「うん。たぶん、君が思ってるより、ずっとね。アガルトで助けてくれた時から……浩輝くんはいつも、力を貸してくれてたよね」
飛鳥は、そこでちょっと言葉を止めた。色々と、何を言うか悩んでるように見えて……その中にはちょっと、辛そうな表情もあった気がする。だけど最後には、彼女はふわっと笑った。
「一度、ちゃんと言っておきたかったの。……ありがとう。君がいつも、わたしを友達として見ててくれるから……わたしは、友達のために頑張れるようになってきたと思うんだ」
「……そっか。……へへ。けど、お互い様だぜ。ありがとな、飛鳥。オレの友達でいてくれて!」
オレから見ても……飛鳥は、ちょっと変わってきたって思う。
初めて会った時のこの子は、色々と後ろ向きでさ。決めたことをやる強さはあったけど、そのくせぜんぜん自信がなさそうだったってか。
でも、そういうの、少しずつだけど減ってる気がする。オレが、その助けに少しでもなれてるってんなら……嬉しいな。
……うん。オレも、ヘンなとこで迷ってる場合じゃねえよな。話さなきゃいけねえことは、分かってる。
「な、飛鳥は……アガルトに、帰ってたんだよな。でも、みんなと一緒に来たってことは、バストールにもう戻ってたってことだよな?」
「うん。お父さん達とは、しっかり話せたから……少し前に、赤牙に戻ってたの」
「……残るんだな、飛鳥は」
「……そうだね。わたしは、これからも戦うよ」
それには、あんま驚かなかった。この子は、気弱なだけじゃなくて……すごく強い正義感と、しっかりした気持ちを持ってるの、知ってたから。
「本当は、怖いし、嫌だとも思うよ。でも……ギルドに入ったときに、決めてたから。何かを守るために戦うこと。そこにある色々なものから……目を逸らさないって。わたしは……わたしの守りたいもののために、戦うんだって」
「そっか……」
すげえよ、この子は。オレよりよっぽど勇敢だ。テルムのことがあってもブレないくらいに、最初からきっちり決めてたんだから。
考えてみりゃ……オレたちは、しっかりと戦うって決めて赤牙に入ったわけじゃなかったんだよな。今さら、思い知っちまったけどさ。
遊びでやってたわけじゃねえ。けど、戦う気持ちの強さってとこを聞かれたら、足りてなかったのかもしれない。他のみんなよりも、な。
だから、改めて……悩んだ。悩んで、悩んで、悩みまくった。オレが戦う理由……戦わなきゃいけねえ理由。それを考えて、考えて、考えまくって……。
でも。それで、分かったのは。
「……オレが、やっぱりバカだって事だけなんだよな」
「え?」
「飛鳥、オレさ。最初にバストールに行った時って、友達の力になりてえ、ぐらいしか考えてなかったんだ」
ルナとガル。それから共犯だったカイにレン。大事な友達が行くってんなら、その手伝いしないなんてあり得ねえ、くらいに思ってた。カイと二人で、オレ達はそんぐらいシンプルなのが似合ってる、なんて笑ってたな。
「そんままギルドに入って、みんなと一緒にやってきて……その場その場で、色んな理由は出てきたけどな。強くなりてえとか、相手が許せねえとか……」
それでも、一番でけえのはずっと、友達が一緒にいるってことだった。オレ一人なら、強さがどうこう以前に同じことやろうともできなかったってのは、間違いねえ。
「で、さ。今回、マスターに言われて、もういっぺん考えてみたけど……やっぱ、おんなじだったんだ。難しい理由とか、オレにはなーんも思い付かねえ!」
しょうがねえだろ? オレには向かねえんだ、そういうの。オレが一番よく分かってる。ここまで来たら開き直らせてくれよな。
「みんなも悩んでたし、それじゃいけねえのかなって、うんうん唸っちまってたけど。そうじゃねえんだよな。マスターは別に、理由をちゃんと言葉にできなきゃダメって言ったわけじゃねえ」
自分が戦うべき理由があるか。マスターがそう言ったのは、そんな難しい意味じゃねえはずだ。だってあの人、謎掛けするタイプじゃねえってか……割といつも、根っこはシンプルだし。
「大事なのは、きっと……オレが、ちゃんと胸を張ってやれるかだ。胸を張って、自分の選択だって……何度やったってこれを選ぶって、言えることだ」
そりゃ、何も考えなかったわけじゃねえよ。テルムのことで、怖いとか辛いとか逃げ出したいとか、思わねえっつったら嘘になるよ。
でも……それだけじゃねえんだ。だって、ギルドに入ったあの時より……オレには、頼れる友達が増えたから。
昔からの友達はもちろん、ガルとはもっと仲良くなったし。赤牙のみんなも、大事になった。……もっと仲良くなりたい娘だっている。大事なものはすげえたくさんで、大きくて……。
それに。オレ自身だって、やっと前を向けたから。自分の中にある力と一緒に時計を進めるって、思えるようになったから。
「オレは……みんなで勝ちてえ。みんなを助けて、みんなで進んで、みんなであいつらぶっ飛ばして……そんで、みんなで未来に進みてえ。それが、オレのやりてえことだ!」
「……浩輝くん」
「だから、オレは戦うぜ。……言い切ってやるぜ、オレたちが一緒なら……怖いものなんてねえってな!」
レンとの事でモヤモヤしてたのもあって、カイ兄に相談した時はマジで迷ってた。今だって、全く迷ってねえとは言えねえ。そもそもみんなの答えも聞いてねえし。
だけど、気付いたから。みんなの気持ちが一緒だってこと。だから、もし、みんなが戦うことを選ばなかったとしても……願ってるもんは同じ。だったら、みんなで一緒に進んでるってことだろ?
そんだけで何が悪い。オレの理由なんざ、シンプルでいいんだよ。それでやれるのが、オレだからな! 難しいこと考えるのは、兄貴とかに任せるぜ。
「……それから、もうひとつ言っとくとな」
たぶん、みんなに心配かけてるだろうこと。それは今、ちゃんと話しといた方がいいと思ったから、付け加える。
「リュートのことは……ま、許せねえし、あいつに関してはぶん殴るで済ますつもりもねえ、けど。それを理由にする気はねえよ。もう、あんなことはしねえ」
「あ……」
「そんなの、父さんも母さんも、願ってないだろうからさ。オレはちゃんと、復讐なんかのためじゃなくて……オレが進むために、戦うって約束する」
あんなクソ野郎がオレの一生を決めるとか、ぜったい嫌がるだろ。オレも嫌だ。あいつのことは、ついでだ。ぶっ飛ばす奴らの中にあいつがいる。未来に行くための障害物。あいつにゃその程度がお似合いってな!
しばらく黙ってた飛鳥は、ちょっとしてから……少しだけ、笑った。
「……心配は、いらなかったのかもね……」
「いんや。心配してくれるみんながいるから、オレはこんなオレでいられるんだ。昔も今も、な。だから……これからも、よろしくな?」
「……うん!」
大事なものが、たくさん増えた。だから、オレはもう、それを壊させない。明日を、もっと良いものにするために、前を見る。過去にしがみつくのは、もう止めだ。
「あー! ガラにもなくマジな話しちまったから疲れた! なあ飛鳥、甘いもん追加しようぜ!」
「そうだね。じゃあ次はこれとか気になるかな……?」
「おっ、いいな! デカいパフェ! カイ兄に写真送って悔しがらせてやろ!」
「ふふ。…………。ねえ、浩輝くん」
「ん、なんだ?」
「……また、いつか……二人で、こうやって。甘いもの、食べたり、しようね……?」
言い切ってから。飛鳥は、表情を隠すように、下を向い、て……え? いま、二人で、って……。
「そ、そそそ、それって……」
「あ、そ、その、あまり深い意味はなくって! でも、浩輝くんは、わ、わたしにとって、大事な……大事な、友達、だから。もっと、色んなこと、一緒に……してみたくて」
勇気を、振り絞るみたいに。友達……そう、友達。勘違いしちゃいけねえ。でも、それでも。飛鳥が、オレと二人で、もっと仲良くなりてえ、って……?
「駄目、かな?」
「だ、駄目なわけねえだろ! オレだって飛鳥がす、ゲッホゴッホ! …………飛鳥ともっと仲良くなりてえし!!」
……その時の飛鳥の顔は。半分くらい、照れまくってたけど。それでも、今までで一番ってくらい、笑顔がキラキラしてて。
……こんなの。こんなの。
期待すんなって方が、無理だろおおおおおおぉ……!?
その後。ドキドキが、全く収まんなくて。
届いたパフェの甘さが、全く頭に入ってこなくなったのでした。