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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
8章 もう一度、自らの足で
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私の戦い

 私が言ったことに、ガルは……少しだけ、目線を下に落とした。でも、何も言わない。私の言葉の続きを、静かに待ってくれた。


「私だって、本当は戦いたくなんてないよ。傷付けるのだって、傷付けられるのだって、嫌いだし」


 前に、大会を襲ってきたティグルって人に、私はそう答えた。今だって、心からそう思う。だったら戦わなきゃいい、って気持ちだって、やっぱりある。


「でも、みんなの、あなたの力になりたくて……バストールについていく事を決めた」


「………………」


「今だって、それは変わってない。ううん、あなたがもっと大事になって……前より、その気持ちは強くなってる」


 力になりたい。お兄ちゃんの。友達の。赤牙のみんなの。大好きな、この人の。それは私の、大きな理由のひとつ。


「だけどさ。今はもう……理由は、それだけじゃないんだ」


 言葉にする。私の中でぼんやりしてたものを、形にしていく。そしてそれを、この人にも知っててほしいと思う。だから今日、ここで話したかった。


「最初はね。正直、ちゃんと分かってはいなかったと思う。ただ、あなたを放っておきたくないって気持ちだけで、その背中を支えてあげたいって思ってた」


 大会で襲われて、危険があるってことは分かってたつもりだった。でも、ほんとは、どこかで……どんなことも最後には何とかなるんじゃないか、って思ってた気がする。


「……それでも、色々なことが上手くいかなくて。自分の力の無さだって思い知った。この前のテルムでは、特にね」


 目の前にあったって、届かないことがあるのを知った。

 どれだけ力を尽くしても、何も変えられない辛さを知った。

 ……どんなに強い人だって、終わってしまうことを知った。


「だから、余計なことをしない方がいいんじゃないかって、悩んでた。私、赤牙じゃ一番弱いだろうし。戦う方が、周りに迷惑をかけるんじゃないかって」


「瑠奈……」


「……でもさ。それをゆっくり考えて……何か違う、って感じたの」


 考えてた。この前、お父さん達と話した後も、ずっと。

 みんなとの平和な時間を取り戻したい。それが、お父さん達に伝えた、私の理由。一番の芯だって言えるもの。それは間違いないものだ。

 だから、みんなの力になりたいし、みんなで立ち向かいたい。でも……もう少しだけ先を、考えた。


「だってそれじゃ、私の理由を……周りに押し付けてるだけで。それって何だか、他人事じゃない?」


 誰かを思うことを理由にするのもひとつ。お父さんはそう言ってたし、私の動機は間違いなくそれが大きい。でも、全部が誰かのため? じゃあ……私は、どうなの?


「……レンのことが片付いて、みんなで話して、ガルとこうやってデートして。当たり前だった時間を、久しぶりにちゃんと過ごしてさ」


 振り返って、ようやく見えた。これが、私にとって大事なもの。このままだと、奪われてしまいそうなもの。リグバルドを止めないと、いつかこれは、本当に無くなってしまうんだろう。

 私がやらなくたっていい、向いてないんだから。その気持ちは、やっぱりある。……それでも。


「やっと分かったよ。これを無くしたくないのは……私なんだ。これを奪われそうになってるのは、私なんだ」


 誰かのためって言ったら、聞こえはいいよね。でも、そうじゃない。当事者のくせして、みんなで、だけなんて……本当は、おかしな話。


「ちゃんと、自分の目で見た。リグバルドは、世界中の色んなものを壊そうとしてる。それは、遠いどこかの世界じゃない。私の生きてる、この世界」


「………………」


「無関係なんかじゃない。巻き込まれてでもない。私は、私の世界を、守りたい。今起きている戦いは、とっくに……私の戦いだったんだ」


 私に足りなかったのは、その気持ち。自分が決まってないのに、みんなでどうこうばかり言ってたから、ぶれてたんだと思う。

 最初に、私の理由がある。それでようやく、同じ思いを持った仲間とみんなで立ち向かうって、胸を張って言えるんだ。


「だから、戦うよ。私の取り戻したいものを、誰かに背負わせるだけにはしたくないから」


 もし私が放り出したら、きっと、あなたは背負ってくれるんだろうね。でも、約束したよ。あなたの背中を守るために、強くなるって。

 私にどこまでやれるかは分からない。悩んだり後悔しないって言い切れる強さもない。……それでもいい。大事なものは、分かったから。


 静かに聞いてくれていたガルは……少しして、息を吐き出した。そこにちょっとだけ、苦さみたいなのがあったのは、気のせいじゃないんだと思う。


「君は……やはり、強くなったな」


「そうだとしたら、みんなのおかげかな。もちろん、あなたもね」


 ガルの境遇を、少しだけ知って、追体験までした。それで、分かったんだ。あんな目に遭って、それでも立ち上がれた彼は、本当に強いって。私はその強さに、少しでも近付きたいって思ったんだ。……寄り添いたいって、願うんだ。


「ねえ、ガルフレア。私もね、あなたには戦ってほしくなんてないよ」


「……そうか」


「あなたは、戦うのが強いだけ。本当は戦うのが嫌いなことくらい、知ってるから。あなたがこれ以上武器を振るうのなんて、私は見たくないの」


 これも、伝えないと不平等だ。ガルが戦いから離れてくれるのを願ってる私がいること。これを聞いて、彼が意見を変えてくれるのを、期待してはみたけれど。


「それでも……俺は、戦う。……戦って何かを失うのは、もう嫌だ。それでも、戦わないと、護れないものもあるから。そして……取り戻せないものも、あるから」


「……うん」


 分かってた。あなたは、戦えてしまうって。その答えがすごく辛くて、だけど、何よりも心強く感じちゃって。

 きっとこの苦い気持ちは、お互い様。それを伝え合えたことには、たぶん意味がある。


 少しの間、黙って空を見上げた。星も、月も、すごく綺麗だ。あの日した約束を果たして、だけど私たちはまだ、これから先に進んでいくんだろう。


「瑠奈」


「なに?」


「この場所は……俺にとっても、大事な思い出の地だ。君にこの気持ちを決定的に抱いたのは、あの時だったから」


 ガルはそっと、淡く煌めくムーンストーンの首飾りに触れた。私たちの思い出。私が、無くしたくないと願うもののうちでも、大きなもの。


「だからこそ、ここで改めて誓わせてくれ」


 彼の静かな金の瞳が、真っ直ぐに私を捕まえる。彼から目が離せなくなった瞬間は……私もたぶん、あの時だ。


「君は、俺が護る。何があろうと、必ず……護り抜いてみせる。だから……」


 ギルドに入ったあの日と同じように。だけど、あの時と違うものが、いくつもある。だから、彼は続けた。


「共に戦おう、瑠奈。また、この日常に帰って来るために」


 ガルは、柔らかく微笑んだ。それは、ただ彼に護られるだけじゃない……私も、彼と一緒に戦える。


「……うん! 私だって、あなたを護るから。一緒に行こう、ガル!」


 ああ。自分でも笑っちゃうくらいに、単純だ。だって今、こんなにも嬉しい。こんなにも、不安が綺麗に無くなっちゃった。

 きっと、これから大変だ。だけど、私は信じる。彼と一緒なら……どんなことがあっても、またここに帰ってこれるんだって!


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