それは、とてもありきたりな時間で 2
お昼を食べた後。デートの定番ってことで、映画館に行った。私もガルも物語は好きだし、彼の感想とか聞くのも楽しそうだなって思って。
問題はジャンルだけど、ここはガルの好みと直感に任せてみることにした。彼は少し考えてから、最新の話題作だというアクション系アニメ映画をチョイスした。
「ガルって割とこういうのも好きだよね」
「どんな話でも興味はあるが、今は盛り上がれる物語が見たい気分でな」
なるほど、それはちょっと分かるかも。私も今は明るめのお話で楽しみたい。……もしかしたら、私のことも考えてくれたのかな。
定番のポップコーンを買って、隣に並んで座る。こうして見ると、周りにもけっこうカップルっぽい人たちがいるものだね。映画デートって言ったらしっとりした恋愛作品とかをイメージするけど、そうとも限らないのかも?
そうしているうちに、すぐ映画は始まった。静かに、物語に集中する。
隣り合って、同じ物語を観る。直接話したりするわけじゃなくても、彼と感覚を共有しているんだと思うと、何だかドキドキしちゃうから不思議だ。
映画は、とても良いお話だった。テーマはけっこう重めだけど、主人公たちが明るく前向きで、暗くなる前に盛り上げてくれる。たくさんの困難があって、挫けそうになっても、最後には立ち上がって打ち勝っていく。そうして仲間と一緒に、平和を目指して進んでいく。
今の私は、何だか自分の身に置き換えてしまう。本当に戦う立場を、知ってしまったから。そこにある苦しみを、体験してしまったから。
でも。映画だから上手くいくんだ、なんて風に思うわけじゃなくて……むしろ、登場人物の目指すものが、すごく……私には。
「………………!」
ちらりと見たガルは……少し前のめりになって、物語に見入ってた。
なんて考えたのも少しだけで、私もまた、クライマックスシーンにすっかり熱中してしまった。
「良いものが観れたな……。アクションの出来も素晴らしかったが、短い時間にしっかりと起承転結があり、最後に今までの全てが実を結ぶ流れ……物語としての構成には舌を巻くしかなかったよ」
「ふふ。よっぽど楽しかったんだ?」
「む……す、済まない。勝手に盛り上がってしまったな」
「謝ることじゃないって、私だって楽しかったし。特に決戦の前にみんなが集まって生きて帰るのを誓うとこ、すごく良かったよね!」
私の感想を聞いて、ガルは表情をふわりとさせた。きっと、同じ感想を持ってくれてたんだろう。
「実は……映画を、こういう施設でしっかり観たことはなかったんだ。だが、映像と音を最大限に活かした、映画館だからこその表現があるものだと理解したよ」
「新しい世界が拓いたって感じ?」
「そうだな。こうやって、己の新たな趣味を見つけられる……それも、君たちのおかげだな」
考えてみたら、彼を誘って色んなことをしてきた。一緒にゲームしたりなんかもね。それはもしかしたら、ガルにはとても大きなことだったのかもしれない。
「ねえ、ガル。また、時間がある時に一緒に観ようよ。バストールにも映画館はあるしさ!」
「……ああ。必ず、な」
ガルは、ずっと大変だった。そんな彼が、少しずつでも、自分のために生きる事に慣れていってくれている……それが何だか嬉しいなって、改めて思った。
そうやって、街を色々と巡っていたら、あっという間に時間は午後の7時になってた。
季節もあって、まだ空はぼんやり明るいけど、そろそろ帰ってもいい時間。だけど、私とガルは、そのままの足でとある場所に向かう。
昨日も来た場所。私たちの秘密基地。
一応、コウに連絡してみた感じ、みんなはここに来る予定はなさそうだったので、ちゃんと2人きりだ。さすがに今日は、彼と最後まで過ごしたいからね。いきなりレンと鉢合わせるのも、よくないだろうし。
「今日はほんと楽しかったね。……ちょっと心臓保たなくなりそうだったけど。いくらなんでも、積極的になりすぎでしょ……」
「ふ。たまには、思い切り羽目でも外すかと思ったんだ。少しは、以前の俺が味わっていた気持ちを思い知ってくれたか?」
「そ……それはごめんって」
今さらなんだけど、前に自分がやってたことを思い出すと、私の方が恥ずかしくなるくらいだ。……冗談にしないと本気にしちゃいそうだから、だったんだけどさ。ガルには悪いことしてたと思う、ほんとに。
「……でも今のガルがやってくる事は、それはそれだと思うんだけど!」
「はは……少しやりすぎだったか、許してくれ。だが、別に冗談でやっていたわけではないぞ?」
「だからタチが悪いんだって! ほんとにもう……どこかの王子様じゃないんだからさ、甘い言葉は適量にしといて!」
そう言うと、ガルは微妙な顔で苦笑いした。でも、英雄の子供って考えたら、王子様もそんなに遠くないのかもしれない。いや、それ言うと私もになっちゃうんだけど。
ウェアさんはともかく……未だに、お父さん達が英雄ってことは、あんまり実感がないのが本音だ。これから、どれだけすごいところを見せられたとしても、それはきっと変わらないんだと思う。
「実のところ……俺は、普通のデートというものには縁遠かったからな。君が思っている以上に、はしゃいでいたと思う」
「……ん。もちろん、ガルが楽しんでくれたなら、私はそれも嬉しいよ」
ミーアさんとの関係については、前に聞いた。恋人ではあったけど、それは合間に慰め合うようなものだったって。
買い物して、ご飯食べて、遊んで……当たり前に、恋人として過ごす。そういう関係とは、ちょっと違ったらしい。
ギルドに入って、特に最近は大きなことばかりだった。だから、彼と過ごせる当たり前の時間が、私にとってはすごく大事な時間に思えた。きっと、彼にとってもそうだったって、そのくらいの自信はある。
少しだけ、2人で空を見上げた。夏の空もいよいよ暗くなって、星が光り始めている。あの時と違って満月じゃないけど、どんな月でもその良さがあるよね。そっと、自分のイヤリングに触れてみた。
「……ね、ガル」
「なんだ?」
「ガルは……私に、戦ってほしくない?」
この前、お父さん達に聞いたのと同じ。だけど、聞いた理由は、ちょっと違う。彼の気持ちを、知っておきたいだけ。
「そうだな。本当のことを言えば、その通りだ。君のことを、仲間として信頼しているが、それでも……危険な目になど、遭わせたくはない」
ガルは、ため息混じりにそう言った。彼はきっと、この話でずっと、ずっと悩んできてるはずだ。
「みんな……俺の知る誰もが、平穏に生きてほしい。守り抜くと誓いはしたが、戦いの残酷さも俺は知っている。やはり、本当はいつだって怖い。強さがどうか、というだけで決まる話でもないからな」
それを、私たちは実感してしまった。あんなに強かったロウさんだって……ああなるんだ。マスターは強いから安心、とか、そんな風には思えない。
私だって。ガルだって。いつ、どうなるか分からない。それは怖いし、嫌だ。
でも。
「それでも。私は、戦うよ」
はっきりと、言えた。彼の答えがどっちだったとしても、それは変わらなかった。
ずっと、迷ってた。どうしたらいいのか、考えてた。だけど、今日を彼と過ごして……戦いとは遠い穏やかな時間で、私の気持ちは固まった。