これからのこと
「ま、なんだ。マジで色々あったけど……みんな、いま言いたいことは言えたって思っていいか?」
「……そうだな。おれは、言えたつもりだよ」
「それじゃ……ここまでにしようぜ。ズルズル行くのも俺ららしくねえ、だろ?」
そう言いながら、カイは身体を起こした。
まだ、罪悪感が残ってはいる。だけど、大事なものは確かめられた。これ以上を蒸し返すのは、さすがに馬鹿なんだろう。
こんなことしてしまった後悔とか、色々なものの欠片が残るとしても……それでも、友達でいいんだって、思えた。きっと、少し苦いものが残るのは、お互い様だ。
「改めて、思い返すとさ」
「ん?」
「カイって昔から、すぐコウと喧嘩する割に、何かあった時には纏めてくれてたよな。……兄貴らしい振る舞いって分かって、何か納得したよ」
「……あー。ま、元々ずっと面倒見てたしな。ルナも友達の妹だったわけだし、その感覚はあっただろうな」
「そうか。……聞かせてくれよ、今度ゆっくりと。昔のみんなのこと。おれが知らなかった、みんなのことを、さ」
「……おう! 今度はちゃんと、な!」
この大喧嘩の、きっかけになった話。これも、色々と考えてしまうけど……だからこそ、気軽に話せるようにしたい。聞けてなかったこと、知らなかった二人のこと、今度こそ知っていきたい。
当たり前のことだって、受け入れて……その結果、何もかもが同じじゃなくなるかもしれない。それでも、おれ達は今まで通りにやれる。変わることも、変わらないことも……良いことも悪いことも。全部ひっくるめて、おれ達は友達なんだから。
きっと……お前のことも同じなんだろうな、ルッカ。今度、お前に会う時には……ちゃんと、言える気がする。それがお前に響かなかったとしても、何度だって。
「なんだろ。話せるようになったら、話したいこといっぱいあったはずなんだけど……今日は、これでいいかなって感じ」
「オレも。なんてっか、気合い入れてたぶん抜けちまったってか……」
すっきりした……って言い方も変かもしれないけど。みんなとちゃんと話したいって、一番の願いは叶った。だったら、今日だけで全部を話しきる必要はないはずだ。明日もまた……みんなとは話せるんだから。
実際のところ、おれ達が「赤牙として」考えないといけない問題は、何ひとつ進んでいないんだろう。今日じゃなくてよくても、猶予がそんなにあるわけでもないのは分かってる。
……戦いのことを考えると、また震えそうだ。おれが、これからどうするのか。おれは、戦えるのか。戦う理由があるのか。今度はちゃんと、それと向き合わないといけない。
それでも。今は、少しだけ前向きになれた。みんなと一緒なら……答えを出すことは、きっとできるんじゃないかって気がした。それがどんなものだったとしても、納得できる答えが。
「……そういえば」
そうやって、気持ちを切り替えられたからか。さっき気になっていたことがあるのを、思い出した。
「みんなは今日……何かあったのか? あの勢いでうちに突っ込んできたのは、さ」
おれが休んだから……ってのもあるかもしれないけど。その勢いだけで動くなら、もっと早くにこうしてた気がする。だから、もっと直接きっかけになる事があったんじゃないかと思った。
おれが親父と話した直後だったのもタイミングが良いし、もしかしたら親たちが指し示してきっかけを作ったのかな……なんてのも考えたけど。
「えっと、何か大きなことがあったわけじゃないよ。でも、そうだね。きっかけはあったよ。……簡単なこと、見落としてたってだけなんだけど」
「…………?」
「電話があったの。バストールからさ」
バストールの……赤牙の誰かから? でも、それはたぶん昨日までもしてたはずだろう。おれにも、何度か連絡は来てたし。……あまり出れなかった、けどな。特に、ガルフレアからのは……一度かかってきたけど、受けられなかった。
……ガル、か。おれが特に向き合わないといけない、もう一人。それと同時に……正直、まだどう向き合うかを考えきれていない相手。
嫌いなんかじゃない。それはもう、はっきりと言える。
じゃあ、憎くない? 腹が立たない? そうじゃないことも、分かってる。
……友達としてじゃない、ルナへの気持ちが拭えたか。そんなはずもなくて。ガルへのどうしようもない嫉妬は、ずっと残りっぱなしだ。
めちゃくちゃな感情をぶつけてしまった、罪悪感もある。あいつは、それも受け止めてくれているんだろうけど……それだって、何だか。
今日は、みんなのことでいっぱいいっぱいだった。だから、あいつの事は少し考える時間が欲しい。……ほんとに、考えることだらけだ。でも、考えることすら止めてたのより、ずっといいんだろう。
少し考えが飛んでた。とにかく、みんなにバストールから電話があって……そこで話したことで、気持ちが固まったってことか。
「どんなことを、話したんだ?」
「ん……とりあえず、結論から言うとだな――」
「――なんだって?」
どうやら。
あまり先延ばしには、できないみたいだ。
それから2日後の土曜日。学校もお休みなので、私はいつもより少しゆっくりと起きてリビングに降りた。
昨日は、レンも一緒に学校に行った。レンは、クラスのみんなにも頭を下げて……もちくちゃにされてた。そのうち私たちも巻き込まれて……みんなも本当に心配してくれてたんだってこと、思い知らされた。
実は、ちょっと不安だった。みんなが、私たちのことをどう思ってるのか。大会のことがあって、何ヶ月もいなくなって、戻ってきたと思ったら変な感じで。みんなを困らせてるんじゃないか、鬱陶しく思われてないかって。勝手に、壁を感じてた。
そんなのは、全部こっちが勝手に作ってただけだったみたい。……昔の嫌な思い出に、引っ張られてたのかもしれないね。
そして、それはクラスのみんなだけじゃなかった。
先生はもちろん、お父さんにお母さん、おじさん達。そして……赤牙のみんな。
恥ずかしい話だけど、私たちはそれを忘れてたんだと思う。気付かせてくれたのは、あの時の電話。それをかけてきたのは。
リビングにいるのは、昨日まではいなかった人。だけど、前はこの場所で、確かに一緒に暮らしていた人。
彼は、私が近付くと、読んでいた本をそっと置いて、こちらを向いた。
「おはよう……瑠奈」
なんだろう。まだ2週間も経ってないし、電話だって毎日してたのに、彼の声がすごく懐かしく感じて、胸の辺りが暖かくなる。この場所だから、かな?
「うん。……おはよ、ガル!」
『エルリアに来る?』
『ああ。こちらでも話し合ってな。俺も含めた何人かで、向かえればと思っている』
先生にかかってきた電話をスピーカーにしてもらってから、ガルはそう言った。やっぱり向こうでも、私たちのことは気にされてたらしい。でも……そこにガルが混ざるのは、ちょっと予想外だった。
『けど、お前……いいのか? 考えて、残るって決めたんだろ?』
『……そうだな。あの時は、それがいいと思った。俺がいると、蓮を余計に悩ませてしまうのではないか……今は距離を置くべきではないか、とな』
ガルの声は少し辛そうで、彼がどんな顔をしているのか想像がついた。ため息混じりに、彼の言葉は続く。
『だが、この数日……後悔が、どんどん強くなった。俺は、理由をつけて……あいつと向き合うことから、逃げたのではないかと』
『…………!』
『分かっていたはずなんだ。俺がその場にいなかろうと、俺と出会う前に戻るわけではないのだと。……距離を置きたかったのは、きっと俺のほうだった』
その言葉は、私たちにも突き刺さった。理由をつけて、距離を置いた……同じだって、みんな気付かされた。
『君たちが教えてくれたことだ。間違いだと気付いたならば、改めればいいと。……当然、簡単な話ではないがな。俺はあいつと、改めて向き合いたい。もう、逃げたくないから』
『……ガル』
『そんな時に、飛鳥から提案が上がったんだ。エルリアに行かないか、と。悩んでいるならば、手を伸ばすのが家族というもの、だからな』
ちょうど、先生からも言われてたとこだった。周りだって無関係じゃないって。私たちも、それは分かってるつもりだった。でも、やっぱり……私たちで解決すべきだ、って思ってたとこはあった。
私たちに足りなかったのは、周りを見ることだった。レンを傷付けたのは私たちなんだから、私たちが何とかしなきゃいけないんだって。私たちの問題だから、なんてさ。
私たちだけじゃない、みんながいる。みんながレンのことを、私たちのことを考えてくれている。だったら、足踏みしてる場合じゃない。みんなだって頑張ろうとしているなら……もう、逃げてる場合じゃない。
それが、踏ん切りがついた理由。それにしても勢いが強すぎた気はするけど。レン相手なら思い切り行った方がいい、ってみんなで真面目に考えた結果なんだけどね。
そうして、私たちとレンの問題は、何とかなったって言ってもいいんだろう。だけど、分かってる。まだ、考えなきゃいけないことは残ってるって。
私たちが、戦い続けるかどうか。これからどうしていくのか。やっと本当の問題に立ち向かえるようになった、って言ってもいいかもしれない。
ガル達もこうして、予定を変えずにエルリアに来た。みんなで、これからのことを話すためにも。