トモダチ 2
「さて、まずは……これを言わなきゃな。……すまねえ、レン。あの時からってか、帰ってきてから……俺たち、お前とちゃんと話せてなかった」
最初に、カイはそう言って頭を下げてきた。それに続いて、ルナとコウも。……先に謝られて、おれも言葉に詰まる。
「……なんで、そっちが、謝るんだよ。それは、おれが距離取ってた、からで……」
「それはそうかもしれねえけど、俺らだって距離取ってた。間違いなくな」
「…………!」
「……レンが色々なことに傷付いて。私たちも、その理由のひとつになってて。分からなかったんだ。何から話せばいいのか……どうやって、話せばいいのか」
それは……おれも感じてた。気を遣われて、言葉を選ばれて。でも、選ばせてたのはおれだから、申し訳なくて……。だから、おれからも話すことなんか、できなくて。
――どこかでは、そんなみんなに腹が立って。
「特に私は、正直……あなたがあの時言った言葉の意味、まだちゃんと分かってない。そんな状態で話したって、あなたを余計に傷付けるんじゃないか、なんて思って」
「…………。あれは……」
おれの我儘な感情。彼女にとって、おれがそういう存在でない以上、気付けって思う方が自分勝手だってことは、分かってる。
――どこまでもおれを分かってくれない彼女に、やっぱり腹が立って。
「でも……それも結局、逃げてたんだと、思う。あなたを傷付けたくないから……そう思ったのも、本当だけど。きっと、自分が傷付きたく、なかったから」
「…………っ」
「オレらはお前を怒らせちまって……嫌われたんじゃねえかって、思った。……それが、めちゃくちゃ……きつかった。だから、これ以上嫌われたくねえ、って……さ」
これ以上、嫌われたくない。……それは、おれも思ってたことだった。そのくせ、嫌われるべきだなんて思い込もうとしてたけど。だから、みんなの気持ちも理解できた。
――これ以上って何だよ、って、改めてすごく腹が立った。
……ああ。そうか。浮かんでくる、逆の感情……ずっと、否定しようとしてたもの。それは、どうしようもないくらいに、おれの中にある。やっと、しっかりと自覚できた。
「でも。それって……あの時、お前を怒らせたのと同じこと、してるんだって……みんなで話して、気付いた。お前がオレ達を嫌いになったって、嫌いになるって、決め付けたこと……」
「………………」
「……もし、本当にそうだったとしても。それをお前の口から聞かねえで、勝手にやるのも違うって思って。だから……その」
三人の言葉を聞きながら……少しだけ、笑ってしまいそうだった。だって、それはついさっき、おれが思い知ったことだったから。お互いに、同じような理由で壁を作ってたんだって、分かって。
「……聞かせてくれ、レン。お前の本音を。俺たちのことが、嫌になったとか……だったと、しても」
「…………は……」
本当は、こっちから謝るつもりで、ここに来た。まさか、先にこんなことを言われるとは、思ってなかったけど。
分かってる。みんなをここまで悩ませてるのは、おれのせいだ。おれがみんなを散々に傷付けて、苦しめて、だからみんなはこんなことを言ってる。
こんなに言葉を詰まらせて、それでもおれのために言ってくれた。それは本当に申し訳ないとは、思う。
でも。いま、みんなの言葉を聞いて。
おれの中に浮かんできたのは……そういう気持ちだけじゃなくて。
いま、胸の中にあるこれを、無視したらいけない気がした。だから、おれは……息を、大きく吸い込んで。
「そんな、わけ、ないだろ!!」
思い切り。大声で吐き出した。
「黙って聞いてたらさ! そもそも先にそっちが謝るなよ! お前らこそ、もっとおれに怒るとかしていいだろ! なに盗み聞きしてんだとか、なに勝手に怒ってんだとか!」
みんな、一度だっておれを責めなかった。今だってこうやって、おれに歩み寄ろうとしてる。――だけどそれが、余計に辛かったんだ。
「普通に考えて、おれのが悪かっただろ!? なんだよ、みんなして大人の対応しやがってさ! そういうとこがさ、比べてみじめになるんだよ! おれだけが子供みたいで、それを見せ付けられてるみたいで!」
実際におれが一番、子供だったんだろう。――なんてのは、理由にならないんだ。単純に、きついだろ。友達に、あやされてるみたいな扱いされるの。
「言いたいこと言ってくれ、じゃないんだよ! だったらそっちも言ってくれよ! おれだけ好き勝手に言っていいってなんだ? おれ達の関係って、そんなのだったかよ! 違うだろ!?」
まるで、あの夜と同じ。おれが喚き散らして、みんなはぽかんとそれを聞くしかできないみたいで。
でも、あの夜とは違う。言いたいことが、はっきりとある。いや、整理はたぶん、できてないけど。まあ、いいや。どうせ、我儘放題の吐き出しだ。だったら、勢いくらいがちょうどいいだろ、きっと。
「みんなで馬鹿やって、言いたいこと言い合って……そうしてきただろ? それなのに、腫れ物扱うみたいに気を遣ってさ! だから余計にしんどかったんだよ!!」
偉そうに。自分で言ってて、そう思う。ブーメランどころじゃないなこれ。でも、今は許してほしい。後から、好きなだけ殴り返される覚悟はできてるからさ。
「……嫌になんて、なってるわけないだろ。大事だから! 友達でいたいから! みんなと離れたくないから、ずっと悩んでたんだ! だって、どんな顔して話せばいいか分からなかった! 自分勝手にみんなに酷いこと言ったおれが! 死にかけて、仲間を売れなんて言われて、少しでも考えてしまったおれが!!」
「……レン……」
「……みんなの側にいる資格なんてないって、色んな意味で思って。だけど、それが苦しくて……どう謝ったらいいかも分からなくて。色んなものが、全部きつくなって……いっそぶん投げて、逃げようとした、けど」
おれは結局、おれが思ってたよりずっと、弱くて情けない、馬鹿野郎だ。作ってしまった壁を、乗り越える勇気なんてなかった。おれにやれるのは、勢いに任せて、ぶち壊してしまうことだけらしい。
「それも、嫌だったんだ。みんなと友達でいられなくなるなんて……考えるだけで、そんなの……」
おれを動かしてくれたのは、嫌だって感情。我儘で、子供の癇癪そのもの。おれが改めたいって思ってた、幼くて弱い感情。でも、それだけが……前に進む力を、くれた。
……おれは所詮、この程度のちっぽけな男で……理想とは程遠い自分を、認めることもできずにいて。でも、そんなの本当は、どうでもいいことだったんだ。おれにとって、大事だったのは。
「……腹が立つことはあったよ。理由があったとしても、話してほしかった。信じてほしかった。おれを、選んでほしかった。あの時言ったことも、本音だよ。だけど……だけどさ……!」
『………………』
「嫌えないよ。……嫌われたく、ないよ。離れたくないよ。ひとりになりたくないよ。……おれは、みんなと友達で、いたい……!」
そうだ。全部、それだけだった。今までやってきたことの根っこ、全部が。そのくせ、おれ自身がそれを分からずに、から回って。暴れて。
そこまで言ってから、少し間が空いた。みんなはまだ、何も言わない。
「…………。あー……我ながら、どんだけ自分勝手でめんどくさいんだよ……こんな事になったのは、おれのせいなのにな……」
あらかた吐き出して、少し落ち着いて、今度はちょっと泣けてきた。みんなにも、今度こそ呆れられたんじゃないか? 全部ちゃんと話そうとは思ってたけど、こういう意味じゃなかったはずだ。人付き合い下手くそすぎだろ。
そもそも……最初に言うべきことをまだ言えてないことに、ようやく気付いた。馬鹿すぎる。
「……ごめん。本当に、ごめん、みんな……」
今度こそ、気持ちを込められた。目が覚めた時には、何から謝ったらいいのかも分からずに、言葉だけになってたと思うから。
「勝手に秘密を聞いてごめん。そのくせ勝手ばっか言ってごめん。その後も悩ませてばかりでごめん。……みんなのこと、少しでも裏切りそうになって……ごめん……」
許されたい。でも、許されるためじゃない。大事なみんなを傷付けた、それをただ、謝るしかできないんだ。
頭を下げたまま、また、少し間が空いて。勢いだったけど、全部晒してしまったんだな。……ああ。今さらだけど、怖いな。……そう、思ったけど。
「……良かった……」
気の抜けたようなコウの言葉に、下げたままだった顔を上げた。3人は……どうしてか、どこか。嬉しそうで。
「……いまおれが言ったことに、その感想になる要素、あったか?」
「いや、だって、よ……オレたち。ちゃんと友達ってことで、いいんだよな……?」
「……はは。友達、だろ。だって……な?」
「うん。私たち全員が、思ってるってことだもん。友達でいたいって、さ!」
それって。確かに、おれの言ったことをまとめると、そうなる、けど。みんなは――なんて、考える間もなく。おれは、全員に取り囲まれて、何かバシバシ叩かれ始めた。
「ああ、もう! いろいろ不安になってたのが馬鹿みたい! だったらこっちも勢いで行くよ!」
「うわっと!? ちょっと、みんな待てって、いや微妙に痛い! 特にカイ!」
「微妙に痛くしてんだよ! そっちのお望み通り、言いたいこと言ってやるから覚悟しやがれ!」
「つーか、裏切りそうになったじゃねえっての! オレたちみんな知ってんだぞ! お前、それでやばいことになったのに、そんなことできないって突っぱねたって!」
「……え、え? 何で知ってるんだ?」
「遼太郎おじさんとコニィが、敵だった傭兵の子から聞いたって、教えてくれたの。あの時、レンを助けたのは二人だから」
そういえば、そこはちゃんと聞けてなかった。あの時のこと思い出したくなかったし、みんなも気遣ってくれてたんだろう。何となく、コニィがすぐに来てくれたから助かったんだろうって予想はできてたけど。……話したのか、エルザと。どこまで、何を?
「むしろ誇れよ馬鹿がよ! 自分がどうなっても裏切らなかったんだろうが! 無駄にネガティブ方向に行ってんじゃねえ!」
「いや、それは、次に起きたときに跳ね除けられる自信が、なくなったからで……」
「まだ起きてないことで落ち込まれるのタチ悪すぎでしょ! 何で私の周りはそういう人が多いのかなぁ!」
「そうだそうだ、一人で勝手にグルグルしやがってよ! そんなだから肝心なとこでヘタれるんだよヘタレライオンがよぉ! 縮めてヘタレン!」
「ヘタレン!? いま関係あるかそれ!?」
「関係しかねえだろ、俺たちがどんだけ色々に気ぃ揉んでたと思ってんだよ! そもそもお前は昔から――」
「なにを、それならお前たちだって――」
――それから。何か揉み合いみたいになって、色々と言い合った気がする。遠慮して言えなかった話題とか、諸々の本音とか、色々。大小色々すぎて、全部思い出すのが大変なくらいに。
その結果、いまは四人で地面に寝転がっている。……色々言われること自体は覚悟してたけど、こんな意味じゃなかった気がする。そもそも、もっと真剣に話し合うべきだった気が、すごくするんだけど。何か、こう。
「……あー。何かもう、全部馬鹿らしくなったな……」
「ふふ、私も。でも、いいんじゃない?」
「オレたち、こういう勢い任せでバカやる仲だったろ、元からさ」
「なに言ってんだ、バカはお前だけだったろ?」
「ああ!? 少なくともてめえは同類だろうがバカトカゲがよぉ〜!!」
「はいはい、延長戦はややこしくなるからまた今度ね?」
でも、そうだ。何かを言うにも、難しいことを考えて話すような仲じゃなかったのは、間違いなくて……ぶつかり合っても元に戻れる、誰よりも気楽な友達だった。どうして、そんな事も忘れてたのかな。
……当然。今回のことは、それだけ重かったってのは分かってる。でも……資格だとか対等だとか、必要なのはそんなんじゃなかった。きっと大事なのは、みんな一緒にいたいって気持ち。負い目とか色々あったとしても、それでも友達だって言える、その気持ちが。