思うがまま、やるべきことを 4
「何か、気付いたって顔だな」
「……親父。おれ……」
何を、してるんだ。反省すら、ちゃんとできてなかった。おれは、おれは……ただ、逃げる方法を探してただけ、で。
自分が駄目なやつだって、決めつけてしまえば……駄目なものを、責め続けていれば。ある意味で、楽だった。それだけ、なんだって。
「言っただろ? お前は、一番大事なものを無くしていないように見える、と。……本当に立ち向かう意志が無くなったのならば、立ち向かえないことを辛くなど思わない。だろ?」
「…………。そう、なのかな」
「そうさ。ただ、問題が一気に降り掛かってきすぎて、どうすれば良いか分からなくなってるだけだ」
みんなのこと。ルッカのこと。……実力が足りないこと。死ぬのが怖いこと。全部どうにもできなくて、だから諦めようとしてた。
……自信は、ない。今、この瞬間だって……都合の良い言い訳に甘えるな、お前は最悪なんだ、って責め続けてくる自分がいる。周りが優しくしてくれるのは、そういう人たちだから当たり前だろうって。
「色々と言ってきたがな。お前はいま、自分で思っている以上に疲れているんだ。そんな時に、何もかも決めろなんて言わん。ただ……これだけ、聞かせてほしい」
親父は、優しい目で俺を見ていた。きっと、何を答えたとしても受け入れてくれるって、そう思えた。そして。
「お前は、このままでいいと、思うか?」
「――――――」
シンプルな、問いかけ。
……この、まま。このままで、いい、か?
「できるとかできないとか、方法があるとかないとか、そういうのは抜きだ。ただ、まずは自分がどうしたいか、を決めてほしいんだ」
「……どう……したい、か……?」
「全て投げ出したい、でもいい。少なくとも父さんは、何があろうとお前の味方をしてやる。……蓮が望むのは、何だ?」
望み。おれが、望むもの。
でも、おれに望む権利なんて――そうじゃ、ない。おれは、このままで、いいのか? このままが、おれの望むこと、か?
怯え続けて。後悔し続けて。
ただ、自分を蔑み続けて。
何もできない、自分のままで。
大事な兄弟を……放っておいて。
……みんなとも、このままで。おれは、それで、
「や、だ」
……そんなの。おれだって、本当は……!
「嫌、だよ……嫌に、決まってるじゃ、ないか……!!」
考える資格がないと、言う資格がないと、思ってた。だけど、本当は……このままだなんて、耐えられない。
「だって、このままじゃ、おれ……みんなの友達で、いられない! ルッカの兄弟でも、無くなる……! そんなの、嫌だ……嫌だっ、絶対に、嫌だ……!!」
我慢できない。色んなことが、浮かんで飛んで、自分でも何を言いたいのか分からない。でも、抑えられない。
「戦いたくなんてないっ……でも、嫌なんだ……みんなと、一緒に、いたいんだ……!」
そうだ。弱い自分が、こんなにも嫌だったのは。
それだと、みんなと一緒にいられないって、いる資格がないって、思ったから、で。
嫌われたくなかった。ひとりになりたくなかった。ただ、おれの事を少しだけでも、大事な存在だと、思って欲しかった。
それなのに。大切なのは、そっちだったのに。おれは、自分の弱さにばかり気を取られて、何のために強くなりたかったのかも、忘れてた。
「だけど……! おれが、色々とやらかしたのも、本当で……何も、届かなくて……もう、どうしたらいいか、分からなくてっ……」
分からない。何も、分からない。いったい、どうすればいいのか。
また、おれは泣いてるらしい。前がよく見えない。……何かが、触れた。親父の、腕? 抱きしめられてるのか、おれは。
「じゃあ、今のお前は、一番に何をしたい?」
背中を、優しく撫でられる。耳元の優しい声は、不思議なくらいに、おれを落ち着かせてくれた。
……色々とぐちゃぐちゃで。考えて、決めないといけないことだらけで。でも、改めて聞かれたその言葉には、はっきりと答えが浮かんできた。
「……みんなと……ちゃんと、話したい……」
自分も見えてなかったけど、みんなのことだって、見れてなかった。ずっと、目をそらして、逃げ続けてた。
ばか、みたいだ。嫌われたくないからって、嫌われたことにして終わらせようと、するなんて。
本当に、言いたいことを。ちゃんと伝えたい。ちゃんと、聞きたい。
その結果がどうなるかは、怖くてたまらないけど。このままになんて、したくない。だから……。
そのまま、しばらく泣いて。ようやく顔を上げられたおれを、親父はずっと抱きしめてくれていた。守ってくれてるって、思えた。
「やっと、本音を言ってくれたな。我が息子ながら、考えすぎるのは悪い癖だぞ?」
「……おれ……まだ、できる事が、あるのかな……?」
「まずは、どうにかしたいと思えたならばそれでいい。お前がこれからどうするのか、みんながどう思っているのか。それは、お前ひとりで出す答えじゃないだろう?」
……そうだ。その通りだ。みんなから見捨てられるべきだ、なんて。それは、おれが勝手に喚くことじゃ、ない。
「それに、お前は知っているはずだろ。彼らは、お前の話も聞かずに見捨てるような子たちじゃないって」
「……だから、余計に嫌だったんだ。みんな、あんなにいい奴らなのに、どうしておれは、って……」
導かれるように言葉にして、ようやく自分の気持ちが形になってく。自分だけが相応しくない悪者に思えたのが、辛くてたまらなかった。許されたとして、いたたまれなかった。でも……それは結局、自分本位でしかなくて。
「だったら、腹を割って話すといいさ。案外、みっともないところまで晒した方がいいこともあるもんだ。ちょうどいい例も出たばかりだしな?」
「……うん」
最後に、親父はおれの頭を撫でた。……なんだろう。こんなに、落ち着くんだな。
「上手くいかなかったら、その時はまた考えよう。繰り返すが、お前が何を選んでも、父さんはお前を必ず助けてやる」
……助けてくれる。助けを求めても、いいのか。……そうか。そう思えただけで、少しだけ楽になった。
「ありがとう……親父。それに兄貴も、他の皆さんも。鍛錬の邪魔をしてしまって、すみませんでした」
「……ははっ。気にすんなって! 良い話も聞けたし……お前がちょっとでも元気になったなら、それ以上はねえさ」
「浩輝たちも、絶対に君と話したいはずだ。身構えすぎずに、な」
見守ってくれていたみんな、笑って頷いてくれる。兄貴の目がちょっと赤くなってたのは、気付かないフリをした。
「考えて、みる。……上手くやれるか、わからないけど」
「それでいいさ。……さ、今日はここらでお開きとしようか! 母さんが料理と一緒に待ってる頃だしな!」
そう言えば、母さんに呼んできてって頼まれたからここに来たんだった。……たぶん母さんは、おれに見せたかったんだろう。みんなが頑張ってる姿を。
色んな形で、おれのために何とかしようとしてくれてた。そこから目を背けることは……終わりにしたいって、思えた。まだ、自分の中にあるものへの嫌悪感が、消えてくれたわけじゃないけど。
進まないと、いけない。確かめよう、ちゃんと。
それが、どれだけ怖くても、みっともなくても。それより大事なものがあるって……思い出したから。
……そして。晩飯を食べて少し経った、午後8時。
「レン! みんなで遊び行くぜ! 今から!」
「…………………………え?」
――いや。さすがにそれは、心の準備ってものが……?