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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
8章 もう一度、自らの足で
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思うがまま、やるべきことを 2

「おれはもう……みんなみたいに、思えない。槍を持つことすら、できない」


 最初はおれも、やれることをやろうとしたんだ。周りに届くために、強くなろうともしたんだ。でも、実際はたかが知れてた。

 おれがやれてたのは、無謀だったからだ。何も知らなかったからだ。何もできないのに、あんなに怖い思いなんて……もう、したくない。


「やればやるほど……自分の弱さが、はっきりと見えた。戦う力の弱さも……それ以上に、心の弱さも」


 何を、しているんだろう。頑張ろうとしてる人たちの前で、こんなこと言うなんて。でも……耐えきれなかった。瑞輝さんから、目標だみたいに言われて。そんな資格、おれにはない。


「おれだって……弱さがひとつもない、完璧なやつになりたいわけじゃ、ないよ。それでも……大事にしたい、目指したい強さは、あったんだ」


 もう、いい。全部、吐き出してしまおう。そうして……いっそ、みんなに嫌われてしまえばいいんだ、こんなやつは。


「友達のために戦える男でいたかった。何よりも、周りを大切にできる男でいたかった。……胸を張って、みんなの仲間だって言える強さが……大事な人に頼られる強さが、欲しかった。それだけ、だったのに」


 実際はどうだ? おれに、何ができた? できなかった、何も。おれに、そんな強さはなかった。それを認められなくて、手を伸ばせば伸ばすほど……駄目なんだって、思い知らされるだけだった。


「大事にしたい強さほど、おれから遠いことが、分かった。強くなりたいって頑張っても……弱い気持ちが、いつまでも消えてくれない」


「………………」


「……なあ。どうして、なんだ? あんなに、心配してくれたみんなに……むかついて、嫉妬して、許せない……どろどろした気持ちが、未だに消えてくれないのは……どうして……」


 コウとカイが、許せない。けっきょく、おれを信じてくれてなかったあいつらが。

 ルナが、許せない。おれの気持ちを、何も分かってくれない彼女が。

 ガルが……許せない。おれには手に入らないものを手に入れていく、あいつが。


 これが……今のおれの心のどこかにある考え。

 あれだけ後悔しても、反省しても……その一方で、おれはまだ、こんな気持ちをみんなに持ってるままなんだ。


「どうして、おれは……こんなに、駄目なやつ、なんだ……?」


 向き合えない。こんなやつが、向き合えるはずがない。……だけど、それが辛くて苦しくてたまらなくて。


「……怖いんだ。戦うのが怖い。死ぬのが怖い。……でも、なによりも……」


 あの戦いで、何もかもが怖くなった。だけど……死にかけたのはもちろんすごく怖いけど……それだけじゃなかった。今のおれが、いちばん怖いのは。


「おれは……おれの事が、自分の弱さが、怖くてたまらない……」


「……蓮」


 誘惑に負けそうになった。みんなの命と自分の安全を、真剣に天秤に乗せてしまった。それができてしまう自分の弱さを、思い知ってしまった。

 死ぬのが……いつか、自分のために、みんなを死なせてしまいそうな自分が。どうしようもなく、怖い。


 自分が泣いてることに、やっと気付いた。泣く資格なんて、ないくせに。

 そのまま、顔も上げられないまま。みんな、どんな顔でおれを見てるだろう。……軽蔑されてしまえと思ってるのに、それを想像して苦しくなる。どこまでも、女々しい。


 気が付くと、親父がすぐ側に来てた。


「自分の弱さとは、難しいもんだよな。ここにいる全員が、それとの向き合い方にずっと悩んでいるのを見てきたが」


「……おれは、みんなとは……違うよ。みんなは、おれと違って……その弱さに、立ち向かおうとしてるんだろう……?」


「お前は、元からそうじゃなかったと思うのか?」


「……最初は、そうだったかも、しれない。でも、駄目なんだ、もう。弱い心、だらけで……それが、消えなくて……もう、自信が、ない。強くなんて、なれないって、分かったんだ」


 最初の気持ちが本当に正しい気持ちだったのかも、分からなくなった。おれは……自分がそうだと思い込んでただけで、ぜんぶ醜い動機で動いてたんじゃないかって。そんな風にまで、感じて。


「そうか。お前は昔っから、頑張りすぎる子だったからな。疲れちまったんだな、色々と」


「……やめて、くれよ。そんなんじゃ、ない……おれは……親父が、思ってるより、どうしようもなくて……」


「本当にどうしようもないやつが、そんなことで悩むもんか」


 きっぱりと、そう言ってくれる親父。……おれの周りの人は、まだおれにそういう言葉をかけてくれる。でも、おれ自身が、どうしたって。


「などと、簡単に思えないからこそ、か。……ごめんな、蓮」


「……なんで、謝るんだよ?」


「今日まで、お前とちゃんと向き合えんかったからだ。時間を置くべきか、とか色々と考えていたが……それは、逃げだったのかもしれん」


「……親父」


「なあ、蓮。先ほど、お前が言っていたことだが……お前はそれを、辛いと思っているように聞こえた。自分が弱いことが。立ち向かう自信を、無くしちまったことが。だからこそ、彼らに憧れたんじゃないか?」


「…………っ」


 はっきりと言われると、胸の辺りが締め付けられるように、息苦しくなった。……そう、だよ。おれは……ここにいるみんなにも、嫉妬した。憧れなんて言い換えられても、そんな綺麗なもんじゃない。

 どうしてみんなは強くいられるんだ。そんな、八つ当たりでしかない、馬鹿みたいな嫉妬。


「けどな。今、お前はそれに、怯えすぎてる。言っただろう? 悪いことを想定しすぎるのは、お前の悪い癖だとな」


「止めて、くれよ……! わざわざ言われなくても、分かってる……分かってるんだ!」


「いいや、分かっていない。お前がそんな自傷を続けるつもりなら、黙って見ていられん。それにな……お前はまだ、一番大切なものを無くしていないのは、見ていれば伝わる」


「なんだよ、それ……おれに、期待なんてしないでくれ!」


 苦しい。聞きたくない。駄目だって分かってる自分に、変な希望を持たせないでほしい。ああ。どれだけ、身勝手だ。期待してほしいって、思ってたくせに。分からない。おれは、どうしてほしいんだ?


「おれは……親父とは、違うんだ。英雄って呼ばれた、親父と違って……こんなに、弱い。みんなの言葉を、素直に受け取ることも、できない」


 分かってるんだ。卑屈になってることぐらい。どうしようもなく、今のおれは馬鹿なことぐらい。みんなの優しさを突っぱねることで、もっと周りを傷付けてること、ぐらい。

 それでも……駄目なんだ。どうしたって、おれ自身が許せない。こんな、最低な心を抱えたまま……周りの優しさに甘えるなんて。


 諦めさせてくれ。もう、こいつは駄目だって思ってくれ。そうすれば、きっと……。


「……親父みたいに……なりたかった。いつだって真っすぐで、力強くて。英雄って呼ばれるような、みんなを守れるような男に。でも……もう、無理なんだよ、おれには」


 ……最後に、それだけは吐き出した。

 憧れてた。英雄だって知る前から、ずっと。おれが知る中で、誰よりも強い男として。……この人の、息子なのにな。どうしておれは、こんな性格に生まれてしまったんだろう。


 少しだけ、誰も何も言わなかった。おれはいたたまれなくなって、そのまま逃げてしまおうかと思った。でも、それよりも先に。


「なあ、蓮。お前は……随分と勘違いしているぞ」


「…………?」


「俺は、お前が思っているよりもずっと、弱いんだ」


 想像もしてなかった言葉に、おれは思わず顔を上げた。

 親父は、ちょっと苦笑しながら、おれの側に座り込んだ。何だろうか、その顔はどこか寂しそうに見えて。

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