思うがまま、やるべきことを
「………………」
学校を休んで、何もせずに、部屋で寝転がったまま半日が過ぎた。
休むって言ったおれに、親父たちは何も聞かず、学校に連絡をしてくれた。おれのやりたいようにしてもいい、って言ってくれた。……やりたいように……か。
何かをしようって気が、湧いてこない。どうすればいいのか、全く分からない。
何もしてないのに、心も身体も休まった気がしなくて。本当に、無駄に時間が過ぎている感覚がある。
……でも。もう、いいのかも、な。
おれは、何かをしようとしたって、裏目に出てばかりだった。だったら、いっそ最初から、何もしない方が。
笑えてくるよな。何も分かってないくせに、何かができるつもりで旅立ってさ。ルッカに言われたこと、全部、全部正しかった。もう、悔しいって気持ちもどっかに行ってしまった。
この程度だったんだ。もう……止めよう。おれなんかが、関われる話じゃなかったんだ。みんなみたいに、覚悟もなかった。身の程知らずは……これ以上。
――おれは……みんなと同じ場所には、いられない。近くにいる資格もない。どこにも、何にも届かない。
「……う……ぐ、ぅ」
……なんだよ。もう、諦めてるくせに。どうして、踏ん切りをつけようとすると、こんなに苦しくてたまらないんだ。
コウとカイのことも。ルナのことも。……ルッカのことも。おれじゃ、どうにもできない。認めろよ……おれは弱いんだ。身体も、心も。ガルには、とても届かない。あいつみたいに、何かの中心にはなれないんだ。
……喉、渇いたな。飲み物を取ってくるぐらいは、しようか。
何もかも無気力なのに、このまま死にたいとかは思えないらしい。……それはそうか。みんなを裏切って生き延びようと考えるくらいの臆病者なんだから、おれは。
居間の方に行くと、母さんが晩ご飯の準備をしていた。もうそんな時間か……。
「あら、蓮。ちょうどよかったわ。そろそろできるから、少し待っててね」
「……うん」
母さんは、本当に前と変わらずにおれと接してくれる。前はこれを当たり前だと思ってて、今はそれがどれだけ大事だったか分かる。
「親父と……兄貴は?」
「二人は道場よ。随分と身が入ってるみたい」
「道場……」
戦うための技を教える場所。その意識に、少しだけ毛がざわついた。だけど、おれにとっては当たり前に育ってきた場所でもある。だから、あの時みたいなパニックにはならなかった。
そもそも、親父の道場はあくまで武道としての槍術だ。まさか親父が本当に戦いを経験してたなんて、この歳になって初めて知ったくらいだし。
おれが帰ってきてからは、道場も一時的に閉めているって聞いてたけど……試合してるのか?
「ねえ、蓮。二人を呼んできてもらっても、大丈夫?」
母さんの声音はいつも通りだった。でも、何でだろうか、少しだけその言葉が真剣なものに聞こえた。やっぱり、色々と気を遣わせてはいるんだと思う。おれが負い目でそう感じるだけかもしれないけど。
「うん……いいよ」
何もする気にならないから、誰かに言われたことをやる方が気が楽になる。それに、道場にくらい近寄れるようにはならないと。せめて、普通に生きられるように。
……普通にもなれていないよな、今のおれは。
変に考え込む前に家を出る。すぐ近くの道場まで、少し足が重い。槍も持てなくなったおれに対して、真剣に打ち込んでるだろう二人に、引け目がある。
負い目だらけ。引け目だらけ。そのうち、何もできずに閉じこもってしまいそうだ。……それでもいいか。なんて思ってしまう自分すらいて。
「………………」
だから、おれにとって。飛び込んできた光景は、予想してなかったものだった。
何度となく響く金属音。親父の槍が、向けられた全ての攻撃をいなして、逆に押し返してしまう。
親父と兄貴は、確かに試合していた。だけど……それだけじゃ、なくて。
「良い打ち込みだった。だが、勢いだけでは突破できんものもあるぞ」
「……へっ。だったら、突破できるまで……全力だ! だろ、みんな!」
「ええ。修さん、今度はもっと出力を上げますよ!」
兄貴の後ろには、あと四人。俺の、知ってる人が。
「竜二、北村くん、俺たちも合わせるぞ!」
「オッケーだ、兄貴! 今のは良い感じだったろ、次こそやってやろうぜ!」
「みんな好きに行って。僕がいい感じにフォローするよ!」
「ははっ、その意気は良し! ならば、真っ向からお相手しよう!」
親父は笑って……兄貴たち5人を、まとめて迎え撃った。
慧さん。暁斗の同級生の寺島先輩に、北村先輩。そして……瑞輝さん。
みんなが、力を合わせて親父に挑んでいた。それも、普段の道場では試合に使わない、PSまで使って。
5人がかりの連携も、親父は槍ひとつで見事に捌ききる。ある程度を打ち合ったところで親父は大きく後ろに跳んで、こっちを見た。
「入ってきたらどうだ? 蓮」
「あ……? ……蓮。いつから、見てたんだ?」
親父以外のみんなは集中しすぎて気付いてなかったらしい。おれの方を見て、いったん武器を下ろしていく。
「久しぶりだな、蓮。帰ってきたのは知っていたけど、挨拶もできなくて済まなかったな」
修さんとは空港で会ってたけど、他のみんなとは久しぶりだ。そもそも面識も軽いものではあるけど。
「兄貴は、ともかく……慧さんも、先輩たちも、瑞輝さんまで。どうして……ここに?」
確かに親父は前から、コウやカイを何度も勧誘してたり、素質がありそうな相手には積極的に声をかけてはいた。だけど、ここに集まったみんなは、慧さんくらいしか親父と面識がなかったはずだ。
「……浩輝とみんなが、バストールに行った後にな。おじさんに頼んで、稽古をつけてもらっていたんだ」
「……うちの道場で? でも、みんなの武器は……それに、さっきはPSまで」
兄貴は槍だけど、瑞輝さんと寺島先輩は剣、慧さんと北村先輩は銃。うちは元々、槍術の道場だ。この時点で特殊なのに、PSも使っているなら、それはまるで。
「彼らは特別コースだ。武器も不問、PSも自由、その条件で俺と打ち合う。闘技の授業に近い、実戦向けの鍛錬だな」
「実戦向け……」
少し胸がざわついたけど、何とか堪える。おれが、槍を持つわけじゃない。戦うのはおれじゃない。そう考えれば大丈夫だった。
「僕と竜ちゃんは、綾瀬先生にそういう修行ができる場所はありませんかって聞いて、紹介してもらったんだ」
「授業だけじゃ……いろいろ足りねえと思ってさ。兄貴も一足先にだったらしいけど」
「竜二たちまで来るとは思っていなかったけどな、あの時は。……そういうわけで、揃っているのは偶然なんだが、目的が似ていたからみんなで色々とやっていたんだ」
目的。こうやって鍛える目的なんて、だいたいは同じだろう。
「身を守れるようになるため……ですか?」
このメンバーはみんな、あの大会に少なからずいた顔触れだ。平和だったエルリアであんなことが起きたんだ。ああいう時のために強くなろうと思うのは、自然だ。
けど、寺島先輩は、少しだけ微妙な顔をした。
「あー、うん。それもあるけどさ。俺はそれより……悔しかったんだ」
「……悔しかった?」
「大会のとき。綾瀬のこと、助けに行くこともできなかったから。もう、あんな思いしたくねえって……強くなりてえって、思ったんだ」
「………………」
「僕らはそんなに強くないし、守るため、なんて偉そうなことは言えないけどさ。でも、少しでも強ければ、それを選べるかもしれないじゃない?」
あの時、病室で泣いていた先輩たちのことを思い出した。怖くて、悔しくて、叫んでいた二人のこと。……戦えなくて当たり前だって、みんな言った。それでも二人は、そこで折れなかったんだって、分かった。
「……そうだな。悔しかったってのは、ここにいるみんな、同じかもしれねえ。な、慧」
「俺と修さんも、最初はそんな話をしましたからね」
「……兄貴たちも?」
「そりゃそうだ。あんだけお前らがボロボロになってさ。どうしてお前らなんだ、って思ったよ。どうして自分は、何もできなかったんだって……何のために鍛えてたんだってさ」
「それから、バストールに行く浩輝を、君たちを見送って……でも、思った。俺はここで、何もしないままでいいのかって。正直、見送ったことをちょっと後悔までしたり……な」
「俺たちこそ代わりに行くべきだったんじゃ、とか考えたよな。けど、そのへん慎吾おじさんに相談したりして……最後には決めたんだ。何かあった時に助けられるよう、今は強くなるんだって」
思い返す。おれ達は旅立つとき、自分たちのことで手一杯になってた気がする。でも……残される人たちだって、色んなことを悩んだはずで。悩んで、自分たちなりに答えを探してた。そんな当たり前のことを、おれは今まで考えもしていなかった。
「……俺も。あの時、突然のことにパニックになって、最初は何もできなかった。君たちにも助けられて、自分はなんて情けないんだろうって思って……」
だけど、と瑞輝さんは続ける。病院に運ばれた時にこの人が漏らしていた言葉は、よく覚えてる。でも、あれからの時間で、この人は立ち止まらなかったらしい。
「だから、次は同じにしたくないって思ったんだ。君たちのおかげで、俺は勇気を振り絞れた。次は自分もそういう存在になりたい、ってさ。だから、こうして鍛え直してもらっている」
「…………。…………」
みんな、思い思いの理由を語る。
悔しかったから。このままにしたくなかったから。細かい違いはあっても、その気持ちが一致したから、この人たちはここに来た。……そう、か。
「みんな……やれることを、やろうと……しているん、ですね」
眩しかった。眩しすぎて、見てられなかった。みんなと比べたら、今のおれは……どれだけ、ちっぽけだろう。
赤牙のみんなだけじゃない。エルリアのみんなだって、頑張ってた。それなのに。