もう一度、手を取るために
「おはよ、コウ」
朝。迎えに来たコウは、ちょっとだけ驚いたみたいな顔をした。昨日、彼と別れた時には、正直へこんでたから……たぶん、どう慰めようかとか考えててくれたんだと思う。
「ちょっとは元気になったっぽいな?」
「うん。……心配かけてごめんね。けど、今は私が落ち込んでる場合じゃないからさ」
「……無理してねえよな?」
「大丈夫。ちゃんと、頑張りたいって思えてるからさ。そうしたいって思う通りにやってみるのが大事なこともある……でしょ?」
私は、誰かに優しくするのが当たり前って、胸を張って言えるようになりたいと思っていた。だから、自分でもちょっと甘いなって思うくらいに、そうやろうとしてきた。どこまでできたかは分からないけど……少なくとも、ちゃんと届いたことはあったと思う。
正直、不安はいっぱいだ。昨日の話だけで、吹っ切れたなんて言えない。だけど、考えないといけない向き先くらいは見えてきたから。
「……そっか。お前、何てっか……強くなったよな、ほんとに」
「それ、コウに言われるのは何か不覚だなぁ……」
「どういう意味だっつーの! ったくよぉ。……そんじゃ、行こうぜ」
……うん。まずは、私にとって一番大事なことを考えよう。4人揃って、ちゃんと話せるようになること。レンのこと……彼が私の何に怒ったのか。それを知って、今度こそちゃんと向き合いたい。
――でも、そんな意気込みとは裏腹。この日、レンは学校に来なかった。
「ま、無理してんのは分かってたからな……」
話の内容が内容だから、休憩時間に誰もいない自習室に3人で集まった。
カイの言う通り、家にいても辛いならって気晴らしを試した結果があれだったら、来なくなるのも当たり前なのかも 。
「……どうするよ。このままじゃ、何か余計にズルズルいきそうじゃねえか? 先生に頼んで、オレらも休んで見舞いに行くか?」
「つっても、な。レンが休むって決めたの、俺たちを避けてたのも理由だろ。勢いで押しかけたら、余計に追い詰めちまうかもしれねえ」
「……そう、だね。いま、慌ててこのまま行っても、どうにもできない気はする」
本人がいないなら、ふたりと話し合うこともできる。こういう時こそ落ち着いて、みんなで考えるしかない。
「コウとカイは、どう思う? このまま、しばらくゆっくり休ませた方が良かったりするのかな……?」
「……俺たちは、このまま放っておいちゃいけねえとは思ってる。だってあいつ……一人にしたら、考えすぎてどんどん沈んでくやつだろ」
一人で抱え込んで、ぐるぐると沈んじゃうところ……あの時のガルもそうだったね。考えてみたら、ガルとレンはけっこう似てるのかもしれない。真面目だからってのもあるだろうけど。
「そっとしといてやった方がいいのかなとか、昨日は色々あに……じゃなくって、カイと話したんだけどさ」
学校だからか、言い直す。さすがに、カイとコウの関係はみんなに言ってない。いつかは、って二人は言ってたけど、それは全部終わらせてからにしたいって。
「考えてみりゃ、オレとカイの時だって、一人で考えてたら絶対に立ち直れなかったんだ。……一人にしたくねえよ。一人だと、思ってほしくねえ。オレらのせいでもあるし、なおさらな」
大会のとき、私たちは一度みんな死にそうになった。それでも立ち直れたのは、みんなのこととか色々あったからだ。レンだってきっとそうで……今回は、もっと酷い目に遭ったのはもちろんだけど、私たちの誰も彼の支えになれなかったんだと思う。
「私も、そう思う。……考えよう、思い付くまで。このまま離れていくなんて、私は絶対に嫌だから」
「……おう。俺らだって、諦めるつもりはねえよ」
まずは何をすればいいか。色々なことを考えなきゃいけないけど、ひとつひとつ片付けなきゃいけない。少なくとも、レンに元気になってもらいたいって気持ちは、みんな一緒だってのは分かる。
この何日か、慰めたり話してみたりはした。けど、それで足りないなら、次はどうしよう?
そうやって、話し込んでいたとき。もうひとり、部屋に入ってきた。
「3人とも、ここだったか」
「……上村先生」
先生は帰ってきてから、みんなの前だと昔と同じようにしてる。けど、ずっと仲間として戦ってきた私たちには、先生もすごく疲れてるのは分かってた。
「時村のことか?」
「はい……。色々と話してはみたんですけど、やっぱり上手くいかなくて」
「そうか……。オレも話はしたんだがな。とにかく、誰かの言葉を受け止める余裕すらなさそうだった」
レンと向き合おうとしてるのは、私たちだけじゃない。先生も、お父さん達も、レンの家族だってもちろん。それでも、今はまだレンには届かない。
「あんな目に遭わせて、手も上手く伸ばせない。……本当に不甲斐ない教師だな、オレは」
「……そんなことないっすよ! 先生がいてくれて、オレらはほんとに心強かったんすから!」
「そうですよ。俺たちはみんな、先生に感謝してます。あなたのおかげで生きているって言ってもいいんです」
「…………。すまん。オレが泣き言を言っている場合ではないな。ましてやお前たちの前で、など」
「いいんですよ。私たちは先生の生徒ですけど……赤牙としては、仲間ですから」
「……そうだな。支えるだけの関係ではない、か……」
先生はひとつため息をこぼしてから、少しだけ力の戻った目で私たちを見た。
「お前たち自身も、色々と大変だったからな。言いに来たのは、抱えすぎるなという話だ。あいつに特に近いのはお前たちだろうが……他の者も無関係ではないんだ。オレだってな」
「……はい。ありがとうございます、先生」
「やれるだけやってみるっす。何か手伝ってほしいときは声かけるっすよ!」
私たちだけの問題じゃない。言われるまで私は、3人でどうにかしないとって考えかけてたのに気付いた。そうじゃないんだ。私たちだけで、行き詰まってるなら――。
「む……すまん、着信だ。少し出る……ん?」
――そうしてこの日、私たちは知った。ううん、思い出した。とても大切で……当たり前なことを。