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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
8章 もう一度、自らの足で
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己が内の答え

「いただきます」


 お父さんとお母さん、家族3人での晩ご飯。

 私が帰ってきてから、お父さんは早めに家に戻って来るようになった。上村先生がかなりフォローしてくれているらしくて、今度お礼を言わないとなって思う。


「学校はどうだ、瑠奈」


「懐かしいよ。何だか、ずっと昔に戻ったみたいで……あれからけっこう経ったんだなって、改めて思うっていうか」


 友達と一緒に学校に行って、勉強して、遊んで、帰る。たったそれだけの、だけど充実した毎日。私にとって、ずっと当たり前だった生活。まだ1年も経っていないはずの、日常。

 そこに久々に帰ってきてはじめて、私はこの何でもない生活がどれだけ大事だったかを噛み締めてる。


「ただ……全部が元通りじゃないから。レンの事とか、さ」


「それについては……気にするなとは言わん。ただ、お前が思い詰めすぎない方がいい。今は時間が必要だ、見守ってやるしかないだろう」


「うん……分かってる」


 この前の保健室で話したことは、コウには少し相談した。私は、たぶん……レンが何に傷付いているか、分かってないんだと思う。喧嘩した夜に、私に言った言葉の意味も。

 コウは、ちょっと言葉を濁してた気がする。もしかして、彼は気付いてるんだろうか。でも、だったら……コウが教えてくれなかった理由は何だろう。あのコウが言わなかったってことは、そうするとまずいって思ったからなんだろうけど……。

 お父さんの言う通り、時間は必要だ。でも、私は考えないといけないんだと思う。このままなんて嫌だから……どうすれば、彼が元気になってくれるか。私は、何に気付かないといけないか。


 気持ちを切り替えて、ご飯を食べる。お母さんのお味噌汁……やっぱり私は、この味が一番好きだ。帰ってきた日に食べたとき、何だか泣きそうになって、自分が思ってた以上に溜まってたものがあるんだって気付いた。


「………………」


 私の家。私の日常。私たちのエルリア。

 この場所が懐かしくて、安心できてるのは本当。だけど……改めて思う。何だか、静かだって。


 暁斗がいないのもある。それに……この国を出る前には、ガルも一緒だった。私にとって、とても大事な二人が、今はいない。

 だから、家にいてもどこか物足りなくて。何か……ぽっかり空いちゃったみたいで。それが、思ったよりも……。


「瑠奈」


「……どうしたの?」


「この際だ、少し話をしよう。あまり、俺たちの前で強がる必要はない」


 そう言われて、何のことだなんて返すことはできなかった。そもそも、ごまかす意味もない。


「ずっと悩んでいるだろう。蓮のこともだろうが……お前自身のことも、色々と」


「…………。うん。そう、だね」


 答えながら、私はテーブルに突っ伏した。ずっと張っていたものを外すと、何だか身体に力が入らない。


 頭の中が、ずっとぐるぐるしている。本当に、色々とありすぎて……どれから悩めばいいのかって思うくらいで。

 でも、一言にすると……これからどうすればいいか分からない、になると思う。


「私さ、力になりたいんだ。みんなの。お兄ちゃんの。……ガルの」


 その思いは、変わってない。それは私が、頑張る理由だった。この気持ちがあれば、ずっと頑張れるって思ってた。


「だけどさ。私の力は、たかが知れてて。思ってたより、上手くできなくて」


 ガルと喧嘩をして、心の中にまで入ったとき、私は誓った。仲間として、彼を隣で支えるんだって。届かないなら、もっと強くなるって。そうして、私の大切なものを、ちゃんと守るんだって。

 でも。強くなることを、状況は待ってくれなかった。今の私じゃぜんぜん足りないことを、テルムでは思い知らされちゃった。


「気持ちだけじゃ、どうにもならないなら。私は……」


 何もしない方がいいんじゃないか。そんな考えが、浮かんじゃう。だって、心配をかけてることは分かるから。私はきっと、今の赤牙の中で、いちばん弱いから。


「お父さんとお母さんは……私が戦わないって言ったら、安心する?」


 気になっていたことを、聞いてみた。きっと二人には、いっぱい心配をかけてきてる。たぶん、バストールに行くって決めた時からずっと。

 そんな二人が、戦わないでほしいって思うなら……私は。


「安心は、するでしょうね。やっぱり、前にいない方が安全なのは間違いないもの」


「子供たちに戦ってほしいとは思わない。叶うならば、全て自分が代わってやりたい。……窮地に向かえなかった俺が言っても、説得力はないかもしれないが」


「……お父さん。テルムのこと、気にしてるの? でも、それは……仕方なかったんだよね?」


 優樹おじさん達は、言ってた。お父さんとお母さんも、私たちを助けに来たがってたって。でも、今のエルリアから英雄がいなくなった時、相手はどんな動きをしてくるか分からない。

 リグバルドは英雄の存在をすごく大きく見てる。英雄が動けば自分たちも動くって牽制してきたり、挑発のためだけに街を襲うようなことだってあるかもしれない。本当は、何人かが動くだけでもリスクがあったって。

 あの時、特に大変だったのはコウとカイ、それからレンだった。だからおじさん達に託したんだって聞かされていた。

 私も暁斗も、それには納得したし疑ってないのに。


「どんな理由があろうと、仕方なかったで済ませたくはないこともある。全てをかなぐり捨てておけばよかったと……そんな思いもあるさ、俺にだってな」


「そうね……あなた達が無事だったから、という話ではないもの。じゃあ、次に行けなかった時に無事じゃなかったら……私たちはその時に、仕方なかったなんて、言いたくはない」


 それが最善だって分かってても、大事な人を助けにも行けないってこと……二人の顔を見たら、それがどれだけ辛かったかってのは、よく分かった。私が同じ立場なら、きっと仕方ないなんて思えない。お父さんとお母さんでも……そんな風に、迷うんだ。


「話が逸れたな。今回は間に合わなかったが、同じことはもう繰り返さないように対策を立てていく。今はまず、お前からの問いだ。聞いての通り、俺も楓も安心はするというのが答えになる。……だが」


「私たちはね。私たちが心配だということを、あなたの理由にしてほしいわけではないの」


 お父さんとお母さんは、意見を確認し合うこともなくそう言った。もしかしたら、この話をとっくに二人でしていたのかもしれない。


「もちろん、誰かのためを思うことは、立派な理由のひとつだ。その結果として、お前がそれを望むならば、その答えでもいい。しかし、今の問いは、仕方ないと納得するため、ではないか?」


「…………!」


 何も言えなかったのは、図星だったからだ。もし、お父さん達が望まないなら……仕方ないと思えるかもって、私は考えた。


「瑠奈。あなたも暁斗も、頭が良くて、どうすべきかを考えられる子だった。だけどね……二人にはそれより、どうしたいかを選んでほしい。たとえそれで間違えることがあっても」


「……でも。それが、取り返しのつかない間違いかもしれなかったら……?」


「望んだ選択が間違えないように助けること、間違えたとしてどうにかすることは大人の仕事だ。お前はもう少し、子供の特権を利用すべきだろうさ」


 それは無責任とは違う、とお父さんは続けた。選んで、責任は自分で取って……だけど、それを一人で背負う必要はないって。……あの時、私がガルに言ったことと、ちょっと似てるって気付く。


「だから、瑠奈。望みをごまかさないようにしろ。迷うならば、他人に問うのもいいだろう。だが、最後の答えは必ず、自分の中にあるもの……己が望むものであるべきだと、俺は思う。できるできないを考えるのは、その次だ」


 ……自分の中で、出すべき答え。どうすべきかじゃなくて……私は、どうしたいのか。


「さっき、言ったわよね? みんなの力になりたいって。少なくともそれは、あなたが望むことでしょう?」


「……うん。だけど、それが上手くいかないから……かえって嫌な結果になるなら、それはやりたくないって、思って……」


「じゃあ、何もかもやめたい? 瑠奈は、そう願うの?」


「それは……ううん。逃げ出したくは、ない」


 思ったよりもすぐに、その答えは私の中から出てきた。

 もちろん怖いし、何もしなくていいならそうしたい気持ちもある。エルリアに帰ってきて、ただ平和に生きていたいってやっぱり思った。だけど……それは。


「それはどうして?」


「だって、私ひとりでここにいても……足りない。いいや、もし、みんなで全部を放り出したとしても、きっと何かが欠けたまんまになっちゃう。それじゃ、駄目なんだ」


 そうだ。みんなの支えになっていきたいって思ったのは、もちろん友達としてとか色々あるけど……そうしないと、ちゃんとエルリアに帰ってこれないって思ったから。なら、私がその先に、願うものは。


「私は、みんなとの平和な時間を……本当の意味で、取り戻したいから」


 全部を終わらせて、今度こそみんなで、この時間を。……これが、私の願い。いちばん、選びたい道。


「くく。お前はやはり、道は分かっているのさ、瑠奈。ただ、その途中に転がるものが多すぎて、少し見失っていただけだ」


「……お父さん」


「どの問題も簡単には行かんだろう。お前にとっても辛い選択になるかもしれん。それでも、お前がそれを望むならば……諦めさせない。そのために何でもしてやるのが、親というものだ」


 ……懐かしい、何でもできてしまいそうなあの不敵な顔で、お父さんは笑った。

 今では、お父さんが思ってたより凄い立場だって知って……だけど、思ってたほど完璧な人じゃないんだって分かった。それでも、この顔を見ると、何だってやってくれそうに思えるのは変わらなくて。


「まずは落ち着いて、向き合っていきましょう。あなたには、友達も兄弟も、大事な人も……私たちもいるでしょう? それを忘れないで、瑠奈」


「……うん。そうだね。ありがとう……お父さん、お母さん」


 何かが解決したわけじゃない。だけど……見えた。目指したいもの、辿り着きたいもの。だったら、私は……そこから、目をそらしたくない。

 考えよう。どうすればいいのかじゃなくて……どうすれば、そこに行けるのかを。……あの人の隣に、恥じない私であるために。




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