ルーフという男 2
「では、昔から父さんはあんな感じだったんだな」
「ああ。あれでも相当に落ち着いた方だろう。全てを自分が救わないと気が済まないような勢いだったからな」
「想像できるな……。それができる実力もあってこそ、だろうが」
「それでも人ひとりでは限度があるものだ。自分を大切にせねば周りが悲しむ、ということを言って聞かせたりもしたよ」
その話は、前に聞いたことがあるな。あの時に伝えられた言葉は、俺も心に刻んでいる。
「『お前が仲間の死を恐れるように、お前の死を恐れる者がいる。お前が死ねば、それを悲しむ者がいることを忘れるな』……あなたの言葉として、父さんから聞かされたよ。俺も似たようなことをしていたからな」
「そうか……血は争えんものだな?」
自分ならば構わない、という一種の傲慢さ。父親として、きっと見るのは辛かったのだろう……と、今の俺でも想像くらいはできる。
「そんな話もして、あいつも多少は省みるようにはなったが。本当の意味で周囲を見れるようになったのは、君の母、クリアと出逢ってからだろう」
「母さん……か」
「素敵な娘だったよ。優しいが芯が強く、何とでも真っ直ぐ向き合っていた。ウェアルドは何度かを共に戦って……ある日こっぴどく説教されたんだ。もっと周囲を頼れとな」
それも聞いたことがあるな。そしてやはり、ここも血は争えない。
「それからのあいつは、見事に虜になっていた。元々好感を持っていたようだが、向き合ってくれた彼女にすっかり落とされたようでな。それはもう、周りから見ても分かりやすかったよ」
「……はは。本当に、今の父さんからは想像できないような面が、たくさんあるんだな」
己をなぞっていると思えるほどに、俺はあの人にそっくりなのだと思い知る。もちろん、比較して俺が未熟なのは分かっているがな。……俺は、辿り着けるだろうか。あの人の境地に。誰もが英雄だと認めるような、偉大な存在に。
そして、思う。そんな偉大な存在であっても、最も大切な存在と生きる未来を、掴み取ることはできなかったのだと。……人々の幸せを切り拓き、今なお戦い続ける英雄に対して、あまりにも残酷な仕打ち。
……俺にとっても。俺たちは……家族揃っての思い出ひとつ、共有することはもうできない。
もうこれ以上、あの人に失わせたくはない。俺も、失いたくはない。そのためにも、戦いは……終わらせないといけない。終わらせるための力になりたいと、改めて心に刻む。
そう。戦いを終わらせる。だがそれは、いかに英雄が集まろうと、一介のギルドだけで成し遂げられるものではない。もっと形の違う力もまた、必要だ。そして、それは……。
「……お祖父さん」
「どうした?」
「あなたは……いや、あなた達は、リグバルドに立ち向かうつもりなのか?」
「無論だ。息子や孫たちが戦い続けるこの状況で、私だけが隠居するわけにもいかんからな」
「……だが、あなたの立場で、その言葉が意味することは……」
立場。俺がそれを言うと、お祖父さんは目を細めた。
「なるほど。ウェアルドはまだ話していないと言っていたが……君は、自力で勘付いたようだな」
「……確証はなかったがな。父さんの反応や、様々な情報を合わせれば、予想することはできた」
「そうか。その解答は、近いうちにウェアルドの口から語られるだろうが……」
僅かに表情を崩したお祖父さんは、しかしその次には、威風堂々と言い放った。
「――それでも、だ。この判断にどれだけの重みがあろうとも……立たねばならない時はある」
強い決意、そして覚悟。彼本来の立場を思わせる、威厳。
その言葉だけで、この人の積み重ねてきた道の偉大さを……肌で感じられるようだった。
「当然、犠牲をよしとするつもりもない。戦いを速やかに終わらせるため、あらゆる手は尽くすつもりだ」
「あの空飛ぶ戦艦もそのひとつ、ということか」
「あちらはヴァンの主導ではあるがな。守り抜くために必要な力もある。当然、それを手にする責務も忘れてはならないが」
「ならば今回……この国に来たことも?」
「鋭いな。……まったく、久々の再会だというのにな。本当に遊びにだけ来れたならば、どれだけ良かったものか」
ただ一人の父親、そして祖父としての本音を覗かせて、お祖父さんは息を吐いた。
「本当は……息子たちの世代に、重いものを託したくはなかった。ウェアルドにも、ヴァンにも、ことさらに大きな役目を押し付けてしまった。そしてそれは、孫の時代にまで尾を引いている」
「……お祖父さん」
「ならばこそ……この時代の礎を築いた一人として、最後まで責務を果たす。私のような老人でも、役割はまだあるのだから」
世界を背負う立場にある人々。だが、俺はもう知っている。それができてしまう偉大な彼らであっても、その内側はきっと、どこにでもいる一人と変わらないことを。
「ガルフレア。君もまた戦うというのならば、私は止めはしない。だが、忘れないでくれ。君たち若い世代は、必ず生き残り、新たな時代を勝ち取らねばならないのだと。その命は、燃やし尽くすべきものではないのだとな」
「……ああ。俺は生きるし、みんなも守る。そして、忘れないでくれ。俺たちの望む未来のために、あなたや父さん達も生き残らねばならないのだと」
「………………」
「俺が望むのは、みんなが揃った未来だ。あなたには、俺と瑠奈の子供を抱き上げてもらわなければならない。頼むぞ、お祖父さん?」
「……ふ。そうか……肝に銘じよう。そして、楽しみにしておくよ。その未来を、共に見ることをな」
そうだ。それが俺の望み。甘かろうと、理想論だろうと、俺はもうその甘さを貫く困難さから逃げない。この願いを忘れない限り、俺は……何が相手でも、戦ってみせる。
俺はガルが爺ちゃんのとこに行ったのと入れ替わりで、外に出ていた。元々、今日は午後には出かける予定だったんだ。
……いやほんと。見た時には心臓飛び出るかと思った。俺でもこうだから、マスターは飛び出てたかもしれない。だって、まさか爺ちゃんが一人で来る、なんて。
テルムで父さんが来たことも考えると、本当に……色んなもんが動いてるのかな。俺は……。っと、いけねえ。ここで俺が変に考えても、どうしようもないよな。
「暁斗!」
声が聞こえて、そちらを向く。イリアが手を振りながら、駆け足でこっちに来ていた。