ルーフという男
「………………」
「気になっているのでしょう?」
「それは、な。だが、この中では、俺だけが事情を知らない。あの三人だけでないとやりづらい話もあるだろうさ」
「やれやれ。あなたのそういうところは、大人と言うべきか、遠慮しすぎと言うべきか、ですねぇ」
ジンの言葉にはため息をつく。そうだな……俺にはやはり、踏み込むという心構えが不足しているのだろう。
「それに、事情を知らないと言いましたが……あなたの予想は恐らく、大きく外れてはいませんよ」
「……だとすれば、お前もよく止めなかったものだ」
「あの方がやると言った以上、そこには必ず意味がありますからね。まさか本当に、遊び心だけで仕込んだと思いましたか?」
「ウェアに教えなかったのは遊び心もあるだろう?」
「ははは。割合はご想像にお任せしますよ」
愉快そうに笑うジン。本当に、食えない男だ。思えば、彼についてもまた、ウェアと同じくらいに過去を知る機会はなかった。フィーネの事ぐらいか。
「ジンには、はっきりと聞いていなかったな。お前は、これからも戦うのか?」
「ええ、もちろん。マスターが戦い続ける以上、私が抜けるはずもありませんよ」
いつも茶化し続けながら、たまに垣間見える忠義。ウェアの背景が見え始めたいま、彼の事も自ずと予想はできるようになってきたが。
「それは……ちゃんとお前の意思だ、と思っていいんだな?」
「おや。まさか、心配してくれているのですか?」
「お前はいつも感情を見せないからな。仲間として、心配くらいしては駄目か?」
「いえ。……感謝しますよ。あなた達親子は、そういうところがやはり似ています」
珍しく、本当に柔らかな顔でジンは微笑んだ。その感謝が本心だ、と伝えるように。
「ですが、心配は無用です。あの方と共に戦う、それ自体が私の意思であり……それを後悔させない人なのは、あなたも知っているでしょう?」
「……そうだな。それでも、命のかかった戦いだ。聞いておきたかった」
「ふふ。当然、私にも恐れがないわけではありませんよ? ですが、あの剣が味方だと思えば、これほど心強いこともありませんからね」
俺が知る中で、最も強い剣。遺跡の地下で見せた、圧倒的な実力。
……だが。それと同時に、思い出す。荒い呼吸と共に地面にうずくまる、父さんの姿。
「……ジン。ひとつ、聞いてもいいか」
「なんでしょうか?」
「ウェアのPS……あれはなぜ、あのような反動を――」
言いかけて、言葉を止める。上の階で扉が開いた音がする。途中までを聞いたジンは、ふう、と息を吐いた。
「気になるならば本人に聞きなさい。見られた以上は白状するでしょう。……ひとつ言うならば、だからこそ私は、彼の負担を肩代わりしたいのです」
「……ジン」
「やれやれ、ガラにもなく話しすぎましたかね? まあ、せっかくの機会です。遠慮などせず、混ざってくるといいでしょう」
そう言い残すと、彼はそのまま外に出ていった。それと入れ替わるように、上からウェアと暁斗が降りてくる。
「ジンも出かけたのか?」
「ああ。……話は終わったのか?」
「一旦はな。で、爺ちゃんがお前とふたりで話したいってさ」
「……俺と……」
こちらが呼ばれてしまったか。……ほんの少し、妙な緊張もあった。だが、その誘いを断る理由もない。
「心配するな。あの通りに気さくな人だからな、父上は。自然に、思うままのことを話せばいいさ」
「……そうだな。それに俺だって、色々と話はしたいと思っていた」
俺は呼ばれたままに、部屋へと向かう。ルーフさんは俺の姿を認めると、表情を崩した。扉を閉め、向かい合う。
「来てくれたか」
「ルーフさん。……いや」
今さらだ。この対面で、こう呼び続けること自体が無粋だろう。それに、俺だって……本当は、そう呼びたいから。
「お祖父さん……」
「……ふふ。君からそう言われるのは、何とも感慨深いな。赤子だった君を抱き上げたのが、とても懐かしく思える」
お祖父さんの眼差しは、とても優しく、俺までどこか懐かしく思えた。彼は立ち上がると、そのまま俺を抱きしめた。どこか、その腕に熱を感じる。
「……生きていてくれて、良かった。すまなかったな……何も、力になれず」
「……いいや。父さんにも言ったが、俺は今ここにいる自分の道を、大事に思いたいんだ。だから……」
少し感じていた緊張は、すぐに霧散した。この人もやはり、父さんにどこか似ていて……繋がりというものを、感じた。
「俺に言えるのは、会えて嬉しい、だ。それでいいだろう?」
「……そうか。ありがとう……ガルフレア」
しばし抱擁を重ねてから、離れる。お祖父さんはどこか感慨にふけるように、少しの間だけ目を閉じていた。
「ふふ。この歳になって、孫とふたりも会えるとは、人生とは分からんものだな」
「暁斗とは、あいつがヴァンさんの元を訪れた時に?」
「ああ、ヴァンが会わせてくれてな。あの時はまさか、エルリアで生死不明の扱いになっているとは知らなかったが」
慎吾くん達には悪いことをしたものだ、と語るお祖父さん。彼にもそれは伏せていたんだな。
「ともあれ、君もいずれ妻にも会わせたいものだ。話だけは聞いていても、やはり顔を見れば格別なものだ」
「お祖母さん、か……。どんな人なんだ?」
「おおらかで、よく笑う女性だよ。きっと君が来たら、喜び勇んで豪勢なお祝いを開くだろうな。暁斗のときもそうだったよ」
その話をするとき、彼の表情は一段と優しくなった気がする。いま話している人のことを、大切に思っているのだと分かる。
「愛妻家なんだな、あなたも」
「ふ。それを言うならば、君も中々と聞いたが? 将来は暁斗の義理の弟になりそうなんだろう?」
「……間違ってはいないが、初対面で知られているのは少し気恥ずかしいな……」
それから、しばし様々なことを語らった。俺が今まで歩んできたもの。俺から見た父さんのこと。お祖父さんの知る、昔の父さん。中には重い話もありはしたが、お祖父さんの人柄のためだろうか。不思議なほど和やかにその時間は過ぎていった。