表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
40/429

信じる心

「ルナ、おれの後ろに。援護を頼むぞ」


「……うん、分かった。レン、無茶はしないでね」


 おれ達の相手は、トロル。授業で習った知識だけど、凶暴で知能は低い……そして、厄介な事に非常に強い再生能力を持つらしい。

 純粋な戦闘能力であれば、牛鬼や影牙獣にはだいぶ劣るはずだけど、その力のために、危険度では同ランクに位置付けされてる。


 奴の目がおれ達を見て、気味の悪い唸り声を上げる。おれ達を、敵だと認識したらしい。


「…………ッ」


 ……怯えるな。おれの後ろにはルナがいる。ここで戦えないなら、おれは何のために武術を習ってきたんだ。

 おれの槍は、護るための技だ。おれは……こいつを護るために、戦えるようになろうって思ったんだ!


「行くぞ……!」


 うちの流派は、実戦用に開発された武術だ。本物の槍を使った命懸けの戦いでこそ、その真価を発揮する。恐怖に惑わされるな。何度となく兄貴や親父と組んできた動き……ここでやれなくてどうする!


「……たああッ!」


 掛け声と共に、おれは奴に突進する。当然、奴も迎え撃つ形で腕を振り上げるが、トロルの動きはかなり鈍い。おれはPSを使うまでもなくその攻撃を回避し、脇腹に槍を突き刺した。

 おぞましい悲鳴を上げる巨人から、一旦距離を置く。焦ったら駄目だ。とにかく、地道に行かないと。


「こっちも受けなさい!」


 そこにすかさず、ルナが矢を撃ち込んだ。肉が裂ける音が連続して響く。

 ルナの放った矢は、正確にトロルに命中していた。巨人の身体に、風穴が空く。


 だけど、次の瞬間には……おれが付けた槍による傷が、蠢き始める。そして、それに気付いた次の瞬間には、その傷が目を見張るようなスピードで塞がっていった。


「…………!」


 さらに奴は、ルナの矢も身体から引き抜く。そして、その傷跡も、ものの数秒で完治した。


「これが再生能力か……!」


「授業で聞いた通りに、厄介だね」


 驚愕するおれ達に、トロルはニタリとした表情をこちらに向ける。まるで嘲笑っているかのようだ。


「それなら、再生スピードを上回る攻撃をするだけだ!」


 再び槍を構え、距離を詰めていく。


 正直に言えば、おれの心臓は狂ったように脈打っている。たまらなく怖い。いくら楽に攻撃を避けられても、死の恐怖はそう簡単に拭えなかった。気を張っていないと、手足が震える。

 もし足を滑らせでもすれば、そこで終わりだ。即死しなかったとしても、一撃喰らって動きを止めれば、奴は死ぬまでおれを叩きのめすだろう。


「……冗談じゃない!」


 自分でした想像に悪態をつきながら、奴の皮膚に槍を突き刺す。ダメージを与えること、そのものは難しくない。

 反撃を受けるリスクを減らすため、虚空の壁で射程外から攻撃するという手もある。だけど、少しずつ傷を増やしたとしても、奴を倒す前におれが反動で力尽きるのは目に見えてる。

 そして、ルナの矢も再生には多分追いつかない。彼女のPSを使えば何とかなるかもしれないけど、強力な効果を使うのは難しく、安定しないと言っていた。


 それに……彼女に無理をさせたくない。おれが、彼女を護らないといけないんだ……!


「うおおおぉッ!!」


 恐怖を無理矢理沈めるために雄叫びを上げながら、おれは槍を突き立てる。

 いくら再生すると言っても痛覚はあるのだろう、奴は耳障りな悲鳴を上げた。悲鳴でも、おれにとってはおぞましかった。


 長期戦になったらこちらが不利になるだけ。一刻も早く安全な位置まで下がりたいという思いを必死に堪え、奴の傷が治癒する前に、何度も槍を突き刺していく。


「……おおぉおああぁ!!」


 そのうち、おれの口から漏れているのは、悲鳴になっていたかもしれない。だけど、それを気にする余裕もなかった。

 ここで退けばこの恐怖から逃れることはできない。自分にそう言い聞かせ、おれはとにかく攻め続けた。何とか、傷の方が再生のペースを上回ってる、みたいだ。


「レン、無茶しないで……!」


 弓で援護しつつ、ルナはおれにそう呼びかける。だけど……無茶しないと、こいつは倒せないんだ。おれがやらないと、誰もやってはくれないんだ……()()()、やらないと……!


「とっとと……倒れろぉ!!」


 それは、無意識に漏れた懇願のようなものだった。おれは渾身の力を込めて、奴の腹に槍を叩き込んだ。



 ――そして、その槍を……奴の左手ががっしりと掴んだ。


「…………!?」


 突然のことに、頭の中が真っ白になった。必死に抜こうと引っ張るが、もちろんトロルと力比べをして叶うわけがない。

 まずい。急いで抜かないと、このまま再生されたら槍が埋まってしまう。だ、だけどその前に逃げないと……どうすればいい? どうすれば……!


「レンッ!!」


 ルナの叫びに、はっと気が付いて上を見る。そこには……今にもおれに向かって振り下ろされそうな拳が――


「ひ……あっ……!」


 これに当たれば、間違いなく死ぬ――嫌だ、死にたく――


「ああああああぁ!!」


 おれは叫び……トロルの拳は、当たらなかった。パニックで動けなかったおれの目の前でトロルの拳が止まり……少し間を置いて、その頭の辺りで爆発が起こった。悲鳴を上げながら、後ろに倒れるトロル。


「はっ……はっ……はぁっ……!」


 ……反射的に、力が発動した、みたいだ。トロルの拳に対して、空間湾曲が何とか間に合って……ルナの矢が爆発して、トロルを吹き飛ばしたらしい。その衝撃で槍も何とか抜けた。

 だけど、制御も何もせずに力を使ったせいで、一気に体力を消耗してしまった。動けないわけじゃないけど、全力疾走した後のように身体が酸素を求めている。……だけど、うまく空気が吸えない。


「レン、大丈夫!?」


「……る、ルナ……」


 おれの声は、自分でも驚くほどに震えてた。いや、声だけじゃない。体中、何かが切れたみたいに震えが止まらなかった。

 ……おれ、もう少しで……死んでた……?


「今のうちに下がって! 時間は稼ぐから、早く!!」


「…………っ!!」


 その言葉に、何とか倒れたトロルから距離をとった。入れ替わるように、ルナの方が前に出て、相手が起き上がる前に矢を放っている。後衛であるはずのルナが、おれを助けるために、前に。


「う……ぐ……くぅ」


 このままじゃ駄目だ、という思いだけがから回る。怖くて、身体がまともに動かない。



 ……おれは、何をしているんだ。


 彼女を護る、だなんて息巻いて……その結果はどうだ? 護られて、ルナを危険にさらしているのは、おれじゃないか。

 ルナの方が、遥かに冷静だった。彼女に合わせてしっかりと動いていれば、彼女にこんな無茶をさせる必要はなかったかもしれないのに。おれは……。


「くっ……!」


 ルナの攻撃よりも、向こうの再生の方が早い。トロルはもうすぐ起き上がるだろう。彼女が爆発のような威力の高い現象を起こすには、それなりの時間が必要だ。


 おれは、馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。どうして、彼女を信じられなかった。どうして彼女の力を頼らず、自分だけでやらないとなんて傲慢なことを考えた。そんな中途半端な信頼で、おれは彼女が好きだと言ってたのか。



 目の前の、トロルを見る。さっきの瞬間がフラッシュバックして、怖さに泣き叫びたくなる。逃げ出したくなる。飛び降りてきたことを、後悔したくなる。



 それでも。……それよりも。


 想像してしまった。あの拳が、ルナに振るわれる瞬間を。おれの大好きな女の子が、あの巨人に殺される瞬間を。

 そんなのは……絶対に、嫌だ。だったら、おれはどうすればいい。


 ……親父と先生の共通の教えだ。呼吸の乱れは、全てを乱す。

 深く、息を吸う。ほんの少しだけ、身体が動いた。


 ……怖い、ああ、死ぬのは怖いさ。だけど、それ以上に嫌なことがあるんだ……だから。覚悟を、決めろ!


「たああぁっ!!」


 試合と同じように、力を発動させて一気に踏み込み、脇腹を刺し貫く。遠く離れていたおれからの攻撃はさすがに予想外だったのか、トロルはよろめいた。その隙に、ルナの横に並ぶ。


「レン……!」


「もう、大丈夫だ。……ごめん、ルナ。一緒に戦おう。お前の力を、貸してくれ」


 そう、口に出す。その意図がちゃんと伝わったかは分からないけど、ルナは少しだけ間を置いてから、大きく頷いた。


「うん。二人で、絶対に勝とう!」


 ああ。今度こそ、おれは彼女を信じる。

 今の一撃は大したダメージにはならなかったようで、トロルはおれ達に突進してきた。緩慢な動作は避けるのこそ苦にはならなかったが、その傷はもう完治しつつある。


「本当に、厄介な力だな……!」


「やっぱり、少しずつ攻撃したって駄目そうだね。……一気に、再生する間もなく倒すしかないかな」


「そういう攻撃、できるか?」


「自信はある。だけど、たぶんチャンスは一度きりだと思う。この弓じゃ、耐えきれずに壊れるぐらいのやつだからね」


 ルナの力は、彼女自身への負荷の代わりに、その対象武器に負荷がかかる。武器が壊れるほどの一撃なら、本当の意味での切り札だろう。それなら……。


「確実に決めるために、おれの仕事は隙を作ること、だな」


「レン……」


「分かってる。もう、無茶はしない」


 信じるんだ、彼女を。おれの背中は、彼女に預けたんだ。振り返る必要は無い。


「時間はかかるか?」


「少しだけね。でも大丈夫。しっかりあなたに合わせるから」


「信じているからな」


 言葉に出したのは、さっきのことを打ち消したいからでもあった。

 おれは、一人で戦ってるんじゃない。信頼できる仲間がいる。そう考えるだけで、体の震えは遥かにましになった。やれる、今なら……!


「……行くぞ、デカブツ!!」


 全身に、今までで最高の力がこもっていた。出し惜しみはしない……ここで一気に決める!

 すり抜けざまに脇腹を薙ぎ払い、そのまま背中に槍を突き出す。奴が振り向いたところで腹へと一撃。奴が痛みに怒りを露わにする。


 だけど、それが狙いだ。奴の注意は完全におれに向いた。その背中の向こうでは……ルナが、精神を集中させている。


 奴は狂ったように殴りかかってくる。だけど、動きの遅さは変わらない。おれは難なくこれを回避していった。

 それは、どれだけの時間だっただろうか。おれがちらりと伺うと、奴の背後にいる少女が、おれに向かってはっきりと頷いた。


「終わりにするぞ!」


 奴のフック気味の拳を避け、おれは十分に距離を空けた。そして、自分の異能を発動させる……対象は、おれの槍と奴の全身。その二つに範囲を絞り、距離を縮める。

 そのまま、中空に向かって槍を構え……力一杯突き出す。槍は圧縮された空間を貫き、奴に深々と突き刺さった。


「やあああぁッ!!」


 状況を理解できない相手に向かって、何度も槍を突き出していく。守りは考えない。容赦なく、奴の全身を串刺しにしていく。フィニッシュで胸に突き立てた槍は、分厚い肉に阻まれて心臓には届かなかったようだ。だけど。

 再生が間に合わず、奴が片膝をついた。それを見届けてから、おれは巻き込まれないよう、右側に大きく跳ぶ。……これだけやれば、お膳立てには十分だろう? ルナ。

 彼女は凛とした出で立ちで弓を構えながら、おれに向かって小さく笑った。その弓は、今や太陽のように眩い光を放っている。


「これで、トドメだよ!」


 彼女が手を離すと、まるで意志を持つみたいに、『光の矢』が分散してトロルの背中から降り注いだ。放ったルナの側も反動で大きくよろめくほどの一撃で、宣言通りに弓が爆発でもしたように無惨な壊れかたをしているのも見えた。

 だけど、その効果は本物だった。無数の光はトロルの肉体を削ぎ落としていき、奴はけたたましいまでの悲鳴を上げている。


「すごい……」


 それはまるで、流星が降り注ぐかの如く、魔獣を貫いていく。そして……もっとも強い光が奴の後頭部に突き刺さり、そのまま額まで貫通する。同時に、悲鳴は途切れた。


 ぐらり、と奴が傾く。次の瞬間には、その巨体が、地響きを立てながら前のめりに崩れ落ちていた。……再生する様子は、全く無い。


「……勝った、のか」


「うん……そうみたい」


 実感が沸くまでには、少し時間がかかった。そうだ……おれ達はあの魔物を倒した。生き延びたんだ。生きている、おれ達は、二人揃って。……おれはその事実に気が抜けて、膝をついた。PSの反動と、戦闘の恐怖で、足に力が入らない。


「……うう……」


「レン、大丈夫……!?」


「……ああ、平気だ。お前を、信じていた、からさ」


 なけなしの勇気の残りを振り絞って、軽口を叩きながら立ってみせる。我ながらかっこつかないな……だけど、暁斗が言ってたみたいに、見栄くらいは張りたい。

 それに、まだ終わりじゃない。もう戦闘の音は聞こえないけど、他のみんなは?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ