幕間 動き始めた世界
どこかの、ひどく殺風景な部屋の中。
今、この中には三人の男が集まっていた。
一人は虎人の青年。年齢は20歳程度であろうか、美しい青色の毛並みは、見る者の目を引き付けるには十分だろう。屈強な体格が、彼がよく鍛えられた戦士であることを示している。
次に豹人の青年。年齢は虎人と同じ程度で、毛並みは漆黒。細身だが、筋肉は引き締まっており軟弱な雰囲気はない。眼光は鋭く、冷徹に感じられる程の落ち着いた雰囲気を持っている。
そして最後の一人は、犬人の少年。垂れ型の耳に、毛並みは薄茶色で、身体は男性にしては非常に小柄。大きな瞳に少し短めの鼻先など、顔付きも童顔で、少女と見間違えられそうな外見だ。
「……はあ。いい加減、退屈になってきたんですが。他の皆さんはまだなんですか?」
そうぼやいたのは犬人の少年。彼らがここに集まってから、何もないままに30分程度が経過していた。その愚痴に、青虎が応える。
「各々、忙しい立場だからな。調整に手間取っている可能性はある」
「分かっていますよ。でも、本ぐらい置いといてほしいですよね。こう……何もしないでじっとしておくのって、苦手なんですよ」
「気持ちは分からないでもないが」
「はあ、これなら学校の教材でも持ってきとけば良かったかな。何日か休む事になったから、自習しないと授業に遅れちゃうんですよね」
「お前も、そちらとの両立は苦労しているようだな」
「昔と違って、抜け出すのは楽になりましたけどね。父さんとかに無理を言って、一人暮らしを認めてもらいましたから……まあ、あんまり頻繁に休んでいると不自然ですし、招集は程々にしてもらいたいのが本音ですよ」
犬人がそう言って溜め息をつくと、続いて、今まで黙っていた豹人が口を開く。
「お前には悪いが、近いうちにそうも言っていられなくなるだろう」
「近いうちに、ですか。では、そろそろ僕達も本格的に動く事になるのですか?」
「だから今回の召集がかけられたのだろう。今後、おれ達がどう動くべきなのか、な」
「全員が集まるのは久しぶりですからね。しかし、他のお二人はともかく、銀月はここに待機していたと聞いていましたが、それにしては遅いですね?」
「上に少し話しておきたいことがあると言っていたから、長引いているのかもしれないな」
「話しておきたいこと? わざわざ直談判をしに行くなんて珍しいですね。お二人も聞いていないんですか?」
「ああ。どうせ集まるのならば知らせるのはその時でいいだろう、と言っていたが」
二人の説明に、犬人は納得半分、疑問半分の表情を見せる。
「お二人にも相談しないなんて、それだけ大事な話なんでしょうか。まさか降りるなんて言い出さないとは思いますけど」
「だが、それを考える局面であるのは事実だろうさ。特にあいつの場合は、割り切れていないのは元から分かっていたことだ」
「……あの人は少し優しすぎるんですよ。相手がどんな悪人でも、その裏を考えてしまう。その上で殺せてしまう覚悟はあるからこそ、苦しいんでしょうけどね」
「そうだな……」
そんな会話に、少しだけ沈黙が広がった直後。
部屋の扉が、凄まじい勢いで開いた。
「み、皆さん……大変です、蒼天様!!」
「む……?」
入ってきた男のひどく動転した様子に、蒼天ことシグルドは顔をしかめる。
この男はシグルドの部下で、腹心とまではいかずともかなり上の立場にいる。だからこそ、普段は冷静で有能な配下である事は、ここにいる三人共が知っていた。その彼がここまで慌てているのだ、よほどの事があったのだろう。
「落ち着け。何があった?」
男は軽く呼吸を整えると、未だに信じられないと言った様子で、言う。
「ぎ、銀月様が……謀反を……!!」
「…………!?」
予想を遥かに超えた内容に、さすがのシグルド達も言葉を失った。銀月、それはここに待機している筈の、彼らの同胞の呼称であるからだ。
「そんな、まさか。間違いないんですか!?」
「わ、私もまだ詳しい事は確認できていません。しかし、既に外へと逃亡しているそうです! そのため、至急あなた達へ報告するように、と司令が……」
「馬鹿な。いくら思い詰めていたと言え、あいつがそんな事を……!?」
「少なくとも、捕獲しようとした者が何人も倒されているのは事実です……! 命に別状のあるものはいないようですが、あの方がやったのは間違いありません!」
「――――ッ!!」
「シグルドさん!?」
シグルドは傍らにあった自分の斧槍を手にすると、一人で駆け出す。
「待て、シグ!!」
「フェル、お前は後続を指揮しろ! 俺は、先に行く!!」
制止する豹人の言葉を振り切って、シグルドは駆けた。
あいつが、裏切った?
自分の目で、確かめなければ……信じられない。
だが……もしも真実ならば?
その時は……俺は――
この日。
運命はひっそりと、しかし確実に動き始めた。