もし酩酊の中で逢えるならば
ギルドの休止を俺が宣言してから数日後の、夜の酒場。
当たり前だが、こちらも閉店中だ。誰もいない酒場の静けさは、どことなく物悲しくも思える。
俺はひとり、久しぶりに酒を飲んでいた。誠司が来てからは彼と飲むことが多かったから、一人きりは本当に久々かもしれない。
やるべきことはいくらでもあるし、長酒をするつもりはないがな。俺とて、常に走り続けることができないのは分かっている。どんなときでも、休息は必要だ。
……ジンから指摘を受けた、というのが正しいがな。己の性格は理解しているので、指摘された時は素直に休むと決めている。
テルムでの戦いは、多くの傷をみんなに残した。ロウの事はもちろん、蓮のことも。上手くいったにしても、浩輝と海翔だって危険な状態になったんだ。
遼太郎たちは、俺を責めはしなかったがな……むしろ、背負いこまないでくれと気遣われた。それでも、俺が守りきれなかったという事実に変わりはない。どうあろうと、このままにはできない。
あの時にああすれば良かった、などと今さらだ。俺が考えねばならない事は、起きたことに対してどうすべきか。
元々、エルリアのみんなをギルドに受け入れた理由のひとつが……彼らには戦う力が必要だと、俺たちの意見が一致したことだ。英雄の子供という立場は、いつ狙われてもおかしくはなかった。もちろん、彼ら自身の意志もあって、これが最適だと判断した。
事実、彼らは若さを補えるほど才能があった。経験を積み、今では間違いなく優秀な戦士となった。それこそ、闇の門にみんなが参戦した時を思い出す程度に。
だが、前線に立つようになるならば、そうも言っていられない。事態は、一気に加速した。ここから先は、それこそ……かつてに劣らない規模の戦いが、訪れることになるだろう。そこに、みんなを連れていくのか? エルリアのみんなだけではない、他の奴らも。
……本当はどれだけ望まれようと戦わせたくない、と願うのは大人のエゴだろうか。それとも、子供に戦わせるなど大人の無責任だ、と責められるのが正しいか。
ならば、大人になれば戦わせてもいいのか。強ければ戦わせてもいいのか。……望んで戦いに挑むならばいいのか。だが、その望みは、そうせざるを得ない理由があるからではないのか。
かつて、俺たちが戦うことを認めてくれた両親。だが、母上の泣きそうな顔も、父上の重苦しい顔も、未だに記憶に残っている。
自分がこちらの立場になって、ようやく分かる。誰だって、死の危険に大切な存在を、それも自分の子供を送り出すなど……絶対に。
俺に、一人で全てを終わらせる力が、あれば良かったのにな。……などと言えば、君はまた怒るのかな。
辛いんだ、本当は。みんなが戦わねばならないことが……俺たちの子供が、こんな道を歩んでいることが。
教えてほしい。聞いてほしい。この歳になっても、分からないことだらけだ。心からの弱音など、君にしか言えなかった。あの時からずっと、封じ込めてきた。……ああ。今、どうしようもなく……君の笑顔が、見たい。
酒が見せる幻であろうと、逢いたい。逢いたいよ、クリア。
誰かが降りてくる気配に、思考を一度振り払った。
「や、マスター」
「……フィオか」
「久しぶりに飲みたくてさ。邪魔してもいい?」
断る理由はもちろんない。このまま一人で飲んでいても……溺れてしまいそうだったから。
手早く、いつものカクテルを用意する。とびっきりきつめで、というオーダーが入ったため、UDBであろうと酔えるような強さに。
一口運んで、フィオは深々と息を吐いた。
「うーん、効くねえ。まあ、僕は酔ってもすぐ回復しちゃうんだけど。記憶飛ばしちゃうみたいなの、どんな感覚なのかな?」
「あまり良い飲み方ではないがな、それは。そうしてみたいのか?」
「興味があるってだけ。体験できないものだからこそ、気になるのさ。嫌なことを酒で吹き飛ばす、全部忘れる、だなんて言うじゃない?」
「………………」
彼はSランクのUDB。成体でないというのは、あくまでも彼らが成長を続ける生物だからにすぎない。その肉体は、生まれた直後であろうと、ヒトより強靭なほどだという。
代謝機能も毒素への耐性も桁違い。だから、どれだけ強烈な酒であろうと、彼はほろ酔いになる程度で、ヒトのように酩酊することはできない。
……ヒトと同じように酔いたい、か。
「フィアラディオ」
そう呼ぶと……フィオは、動きを止めた。
俺たちの間には、ひとつの約束があった。かつて、彼をギルドに迎え入れた時に交わして、この数年は果たすことはなかった約束。
彼はフィオ・ラインゼーレとして生きるために、本来の自分を封じ込めた。外見通りの少年的な人格として振る舞うことを決めた。
だが、自分を偽って生き続けるというのは、俺にはどうしたって心配になった。だから、その決め事を彼と合意した。
本当の名を呼んだその時には、本来の彼として話をしてくれ、と。
「……見透かされるほど、私は表に出していたか。ウェアルドよ」
「付き合いも長いからな。酒で忘れたい程度に参っている、というのは分かったさ」
「そうか……」
これが、彼の本来の口調。200年近くを生き、すでに老成した思考。俺ですら、何年も見ていなかった姿だ。普段の彼は、完璧に演じきれているから。
「テルムでの事か?」
「様々な意味でな。仲間を失い、友が傷付き……私だけではなかろうが、何度味わおうと辛いものだ」
言いつつ、グラスを口に運ぶ。姿形は同じでも、雰囲気はまるで異なった。俺はそのまま、彼の言葉に耳を傾ける。
「そして……そこに至るまでの状況に、私の存在が利用されたことも、な」
「……聖女の一派に街を追われた時、か。だが、お前とノックスがいなくても、相手はギルドを追放する流れを別の要素で作っていただろう」
「理解はしている。だが、利用された要素のひとつなのは事実だ。……存在しているだけで、私は友の不利益になってしまう可能性があるのだと、気付いてしまった」
「お前……」
「だから離れるなどと言うつもりはない、心配するな。ただ、思い知らされたというだけだ。私は……どこまで行こうと魔獣なのだとな」
「………………」
「UDBはヒトにとっては恐怖の象徴であり、一瞬で命を奪えてしまう。そのことを……私自身も、忘れかけていたのかもしれない。赤牙の皆が私を受け入れてくれることに、慣れすぎてしまっていたのだろう」
言って、グラスを一気にあおる。……まずは全て、吐き出してもらった方が良さそうだ。カクテルを注いでやると、彼はそのまま言葉を続ける。
「私が得たヒトの似姿は、少年の身体だった。私はそれを利用して、少年の人格を持つ振りをしてきた。……その方が、油断させやすいから。敵意を持たれにくいから。そんな打算で、周囲を騙すことから始めた」
「騙す、とは違うだろう。それはお前の努力、自分を分かってもらうための工夫だ。元々、自分の全てを周囲にさらけ出す人などそういないんだ」
「だが、私は……仲間にすら、この本性をさらけ出していない。彼らならば、今さら私の口調ひとつで排斥することがないのは分かっている。それでも、フィオという少年として築いた関係は、居心地が良いから……失いたくは、ないのだ」
フィオとしての在り方。フィアラディオとしての在り方。信頼はそのまま残ろうと、きっと形は変わる。そして今の彼には、フィオという在り方も大事なものになっている、か。




