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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
8章 もう一度、自らの足で
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日常はどこか遠く

 ――学校。

 ほんの半年くらい前まで、おれ達が当たり前に過ごしていたはずの場所。


「お! 時村、久しぶりー!」


「……ああ。みんな、久しぶり」


 なんてことないような、当たり前の雰囲気で。クラスのみんなは、おれを出迎えてくれた。

 自分のいないうちに学年も変わって、だけどみんなの姿は、最後に見た日とほとんど変わらない。当たり前なんだろうけど、不思議な感覚だった。……そう感じるのは、おれの側が変わってるってことなのかな。




 帰ってきてから今日で三日目。今日は火曜日で、ルナ達は昨日から学校に来てたそうだ。おれは、状態が状態だったから、最初はただ家で療養していたんだけど。


 自分の部屋で、昔のように過ごしてみても……何かがずれたみたいに、心がざわつく。帰ってきたのに、何かが、遠く感じて。何をすればいいのかが、分からなくて。ただ、部屋でゆっくりするってこと、そのものが……上手くいかなかった。


 ……正直、あの日からずっと、ちゃんと寝れてない。

 目を閉じると、二度と開かなくなるんじゃないか。そんな風に考えてしまって、どうにもならない。優樹おじさんからもらった薬で何とかしてるって感じだ。


 だから、ってわけじゃないけど……このまま閉じこもるよりは、その方がいいって思われたんだろう。学校に行ってみるかって聞かれて、おれも頷いた。

 きっと頭は回ってないんだけど、今のままじゃどうにもならない、ってことだけは分かるから。




 授業を受けて。みんなで昼飯を食べて。休み時間に、適当な雑談をして。久しぶりの学校は、本当に何もなくて、ゆるやかな時間だった。

 ルナとコウ、カイも他のやつらに囲まれてるから、直接はあまり話してない。けど、みんなも前と同じ感じで過ごしてるように見えた。

 ……そうだな。おれはずっと、こんな風に平凡に生きてきたんだった。それが懐かしくて、気が休まる感じがして。



 ――それと同じくらいに、やっぱり遠いと思ってしまった。



 バストールでの暮らしについて、軽い話くらいはした。でも、誰も、深入りするようなことは聞いてこない。たぶん、事前に簡単な話はされてる……よな。なんで戻ってきたのかとか。どんな戦いをしてたのかとか。

 気を遣われてる。それを実感してしまうと、何だか壁が見えてしまって。

 家にいるときも、同じだった。親父も、母さんも、兄貴も、前と同じで過ごせるようにしてくれた……だけど、おれにも分かってるんだ。もう、同じになるはずがないって。


 ……分かってる、ワガママだ。じゃあどうすればいいんだって話だ。

 でも、なんというか……そうしないと成り立たないってことが、胸の奥に針が何本も刺さったみたいな、どうしようもない気持ちになった。


 それに。本当に元通りだとしたら、ここには……あいつも、いるはずで。

 おれはこの場所に、本当に帰ってきたって気持ちになれていない。それを、実感してしまう。


 そんな気持ちを、表面に出さずにいられてるかは分からない。けど、何とかそれらしく一日を過ごして、明日からどうするかを考えつつ、今日の最後の授業を受けようとしていた。


「次なんだっけ? 闘技?」


「あー、じゃ久々の上村先生じゃん」


 闘技……闘技、か。そういえば、何もかもが動いていったのは、あの闘技大会からだったな。

 あの時は、まさか自分が本当に戦いに関わると思って闘技なんかしていなかった、けど。




 ……戦、い。

 闘技。これから、おれは、戦い、を。


「……うぅっ……!」


 急に、力が入らなくなった。


「と、時村?」


「はぁっ、はぁっ……あ、うぁ……!」


 鼓動が早くなる。汗が出てくる。息がうまく吸えない。そんなはずないのに、心臓の辺りが、あの時みたいに痛くなる。

 戦う。戦う。戦う。嫌だ。おれはもう。あんなの。あんなの……!


「レン!」


「はっ……」


 大きな声で呼ばれて、強引に手を握られて、我に返る。……ルナの、手。


「大丈夫……大丈夫だよ、レン。ここには怖いものは、何もないから」


 ルナの声は、ちょっと泣きそうに聞こえた。

 身体が、震えてる。止まらない。こんな、ちょっとしたことで。今から槍を持たないとって、そう思っただけで。


「……ごめん、みんな。保健室に連れて行くから、先生には言っといてもらっていい?」


「……おう」


「任せたぜ……ルナ」


 おれの手を引いて、起こしてくれるルナ。おれは何とか起き上がって、言われるまま彼女と保健室に向かう。

 背中に感じるみんなの心配する目が……今は、すごく痛かった。









「ごめん……」


「謝らなくていいよ。……水、飲める?」


「……うん」


 一口だけ飲んで、息を吐く。もう震えは止まっているけど、埋まってしまいたい気分だった。


「情けない、よな。迷惑かけて、ごめん」


 こんなにも。普通の生活を送るだけでも、こんなことになるなんて。みんなに迷惑ばっかりかけて、おれは。


「あれから、まだたった何日かだよ。当たり前じゃない。私たち、だって……」


 ルナは、少し身体を震わせた。……みんなだって、怖いのに耐えている。それは、そうだろう。前線で戦って、知ってる人が死んで……カイだって死にかけて。いくら最後に良い方向に転がったって、それが全部じゃない。

 だからこそ、耐えられてない自分が、みじめで。


 少しだけ間を置いて。おれは、我慢できなくなって、それを聞いた。


「ルナは、戻るのか? バストールに……」


 今のこの期間は、ギルドの休止でしかない。戻ることを選べば、また戦いの中。……嫌だ。おれはもう、戦いたくない。でも……みんなは?


「……考えてる。私はいったい、どうしたらいいのか」


 彼女は、滅多にないほどに弱気な表情をしていた。


「私はあの戦いで、大したことができなかった。強くなったと思ってたけど、それは本当にひどい戦いを知らなかったんだって、思い知った」


 その言葉は、きっとおれ達全員に当てはまる。おれは、知らなかったんだ。戦場に出るってことの、本当の意味を。


「……今までも、分かってたつもりだったよ。きっといつか、そういう戦いが起きるんだって。でも……本当に、つもりだけだったのかもしれない」


 何なら……テルムは小さな国で。あれだけの戦いであっても、きっとリグバルドからしたら、大したことをしていない。

 ちっぽけだ。おれなんか、世界からしたら。そんなことも分からないで……自分たちが英雄の子供ってだけで、何か特別なつもりになって。


「だから……本当に戦い続けていいのか、正直、分からないよ。すごく、怖い。自分のことも、みんなのことも。……敵だって、殺してしまう時が来るだろうってことも」


 重すぎる、何もかも。こんなもの、おれ達が……ただの高校生が背負う意味なんて、どこにもない。そのはずだ。


 だけど、ルナは。考えてるって、言った。


「……でも。それでも。私の大切な人たちが、まだ戦うって言うなら。それを支えたいって、私は思う」


「………………」


「お兄ちゃんも……ガルも。赤牙のみんなだって。私は、力になりたい。私にできることが、ほんの少しだとしても……どんな形だとしても。だから、できることを、考えてる」


 ……そう。そうだよな。分かってた。ここが、おれと彼女の、決定的な違いだって。


「ルナには……戦う理由が、見えてるんだな……」


 理由があって。だけど、怖くて迷ってる。前を向こうとしてるからこその、痛み。おれは……そうじゃない。


「おれはもう、分からないんだ。おれにできる事は、たかが知れてて。友達の助けにもなれない。足を引っ張るだけ」


 強くなればいいとか、もう考えられない。だって、世界はそれを待ってなんかくれないんだから。


「……ルッカだって、おれを拒絶した。おれの独りよがりは、全部突っぱねられた。求められてないのに、無理をして戦っても……何の意味も、ないんだって」


 おれの旅立った理由が、そもそも間違っていた。それに気付かされて、どうすればいいのか悩んで。無理して、進もうとして……だけど。


「……何を目指したらいいのかすら、分からないのに。これ以上、進んだりできないよ……」


「……レン……」


「おれ……本当に、弱くて、情けないやつだよな。はは……自分がこんなやつだなんて、おれも知らなかったけど」


 ……何を、しているんだろうな。何周か回って、笑えてきた。


「……ルナがガルを一番に選んだのも、当然だよ」


 ああ。当然だ。この期に及んで、彼女が戦える理由になれるあいつに嫉妬している、おれなんかじゃ。


「……私とガルの関係のこと、言ってるの?」


 そして、彼女自身にそれを吐いて、こんな悲しそうな顔をさせている、おれなんかじゃ。


「確かに、私はガルと恋人になったよ。あの人を選んだのは、その通りだよ」


 あの夜にも、おれはそれをわめき散らした。誰もおれを選んでくれないって、自分勝手に暴れて。彼女にも、同じことを言った。


「でも、それは……あの人だけが一番って意味じゃないんだよ、みんな、誰かの代わりになんかなれない。あなたのことだって、私はずっと、大事な友達だって思ってるんだよ……!」


 彼女は、おれが言った意味を全部は分かってないんだろう。その上で、この言葉は心からなんだろう。そうだ。おれは、そういう分け隔てない彼女の姿に、惹かれて。


「……それでも……」


「え?」


 それでも、おれは。

 その意味での一番に、なりたかったんだ。


 ……言えるわけが、ない。こんな、どうしようもない不様さで。


「ごめん、ルナ。少しだけ……ひとりに、させてくれ」


「……レン……」


 何かを言おうとしていたけど、おれがベッドに身を伏せると、少ししてルナの足音は離れていった。いま、これ以上を彼女と話したら……もっと、惨めになりそうだったから。



 ああ。

 おれはいったい……どこに行けば、いいんだろう。



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