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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
8章 もう一度、自らの足で
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故郷へ

 エルリア国首都、フィガロ空港。






「…………」


 去年の、秋の終わり頃。おれ達がここから旅立った日のことを、思い出す。

 久しぶりの故郷。大会の後にあった混乱もすっかり元通りみたいで、空港は平和で賑やかだった。テルムでの戦闘はニュースになっているって聞いてたけど……他の国からしたら、まだ遠い話なんだろう。


「……なんだろうな。あれまだ1年も経ってないっての、ヘンな感じするよな」


「そりゃ、な。去年の今頃は普通に学校通ってたんだって、忘れちまいそうだったよ、俺は」


「本当に……そうだよね。……レン、身体は大丈夫?」


「……うん、平気だ。ありがとう」


 おれが、目を覚ました後……みんなは、おれが生きていたことに泣いてくれた。泣いて、おれも泣き喚いて。落ち着いてから、みんなはおれに、謝ってきた。あの日の、夜のこと。みんなの方が、先に。

 おれも謝れた(何でみんなが謝るんだ)。二人のことは解決したって聞いて、本当に良かったと思う(おれは何もできずに)


 でも……なんだろう。おれは、みんなの顔が、ちゃんと見れなくなった。


 向こうはおれに話しかけようとしてくれているのに。おれの側が、ちゃんと答えられない。

 あんなに、後悔したはずなのに。心から大切だって、気付けたはずなのに。色々なことが一気にありすぎて……頭の中が整理できない(どろどろが残っている)

 ……後ろめたくて、たまらない。だって、おれは少しでも、みんなを犠牲に生き延びることを、考えたんだ。


「…………っ」


 怖い。生きていて良かったと言ってくれたみんなを、おれは売っていたかもしれなかった。闘技大会の時、逃げたいと思ったのとも違う。限界まで追い込まれて、おれは本気でそれを考えてしまった。

 それがすごく、申し訳なくて、苦しい。友達として扱ってくれることに、その資格がないって思ってしまう。

 ……そう思ってもらいたくて、嫉妬して、暴れたくせに。ちゃんと向き合ってくれようとしたら、これだなんて。本当に、おれは……。


「さ、行こう。待たせてもいけないからな、懐かしむのは後からでもいい」


 後ろから、上村先生がおれ達を促す。親父と、優樹おじさん、当麻おじさんも一緒だ。……暁斗とガルはいない。向こうに残ってる。

 親父がそっとおれの側についてくれて、歩く。すぐに、見付かった。


「蓮!」


 おれを呼ぶ、懐かしい声。それだけじゃなくて、ルナを、コウを、カイを呼ぶみんな。……それぞれの、家族。

 みんな、自分の出迎えの方に向かう。兄貴が勢いよく駆けてきて、母さんもすぐ後ろに続く。


「お帰りなさい、蓮」


「母さん、兄貴……おれ……」


 なんだろう。久々に会った家族が、こんなにも……懐かしくて。考えてたより大きな気持ちが、奥から湧き上がってきた。


「何シケた顔してんだ! さ、帰ろうぜ。今日はお前の好きなもんばっかり買っといたから楽しみにしとけ!」


 そうやって元気に振る舞う兄貴の手が、ちょっと震えてた気がした。おれに何があったかは、聞いてるはずで。だけど、二人は前と同じように。ただ、おれが帰ってきたことを、喜んでるだけのように振る舞ってくれた。


 ……そうか。おれは、帰ってきたんだ。今さらみたいに、思った。

 何もできないまま。あいつを連れ帰ってもこれないまま。

 ひどく泣きそうだったのに……何でか、涙は出なかった。







 テルムの事後処理もおおよそが済み、俺たちもバストールに戻る支度を始めた頃。


「これから2週間、ギルドの活動は休止することにした」


 赤牙のメンバー……蓮を除いた全員を集めて、ウェアルドは告げた。休暇ではなく休止という言い方に少し引っかかりを覚えていると、彼は言葉を続ける。


「そして……この期間は、可能な限りの帰省を、推奨する」


「帰省……ですか?」


「ああ。強制ではないが、できる者はな。残る場合も、一度、ギルドから離れた日常を過ごしてほしい。その中で……これから先、自分が戦い続けるのかを考えるためにな」


「マスター、それは……」


「テルムでの戦いは、今までにない規模となった。多くの者が命を落とし……蓮も、あそこまで傷付いたからな」


 目の前で失われた多くの命。己が知る者ですら……あれだけ強かったロウですら、あっという間に消えてしまうのだと、皆に知らしめた。

 特に、エルリアのみんなにとってはそうだろう。今まで、俺が一度死にかけたことはあったが……それ以外は、上手くいっていた。犠牲を出さずに済ませられていた。

 戦いが奪っていくものを、本当の意味で体験させられたのは、今回が初めてになる。自分たちも、友人も、いつでもその対象になるのだと。


「しかし、これから先……テルムが格段に激しい戦いだった、とは言えなくなるだろう。むしろ、事態はさらに大きくなっていくと、考えるべきだ」


 それが事実であることは、俺たち全員が分かっている。敵も味方も、これからはさらに大きな規模となっていくだろう。失われる命の数だって……その中に自分たちが入る確率だって、増えていく。


「かつても同じ問いはした。だが、あの時よりも多くのものを見て……激しい戦いを経た今、いま一度立ち返ってみてほしいんだ。本当にこれからも戦っていくのか。()()()()()()()()()があるのか」


「………………」


「その結果がどのような答えでも、俺は認めよう。各自……よく考えてくれ」














「そろそろ、みんな家に着いた頃か……」


「……そうだな」


 黒狼から返ってきたのは、どこか上の空な返事。……俺も、人のことは言えないか。

 今は俺たち二人だけだ。エルリアに戻らなかった、二人。……俺は、行くべきではないと思った。蓮の日常が変化するきっかけになったのは、間違いなく俺だから。今、彼の側にいてはならないだろう、と。

 その事実がどうしようもなく悔しくて、思考はなかなか切り替わらない。


 エルリアの他、飛鳥もアガルトに戻った。コニィとイリアは実家だが、会おうと思えばすぐ会える距離だ。

 アトラは「帰省ったって色々やったばっかだしな」と赤牙で過ごすことを決め、フィーネも特に帰ることはなかった。それでも、ギルドの人数は半数程度になっている。急に静かになってしまったな……色々と、考え込んでしまう。


「本当に良かったのか。お前は戻らなくて」


「……戻れないよ。今はまだ、どんな顔で会っていいか、分からないしな」


「その件もあるだろうが……お前だって、ショックは受けただろう。テルムでの戦いは、今までとは桁が違ったからな」


「……ロウさんが……たくさん人が死んだのは、ショックだよ。蓮が、あんな事になったのも。でも……だから戦いを止めようとは、思わなかったんだ。むしろ、絶対に許せねえって、改めて思った」


「………………」


「そんな、心配そうな顔するなよ。大丈夫だ……それだけで戦うってわけでもないし、それで先走ったりもしない。お前に怒られたこと、今でも覚えてるしな」


 旅立つ前の話か。己の感情を先走らせ、自らを疎かにするようなことを言って……そうして、自分を見つめ直すためにとエルリアに一人残った。


「俺だって戦いは怖いし、ちゃんと考える。自分を大事にしてないってわけじゃないから、安心してくれ」


「……そうか」


「なあ、ガル。お前こそ、ちゃんと考えろよ。お前だって……本当は、戦いは嫌なはずだろう? 自分だけ例外にするのは、良くないからな」


 暁斗の言葉には、小さく頷いた。そうだな……俺にも、その道はある。それでも戦うことを選んだ身だが、それは思考しない理由にはならない。

 こうして対等に指摘してくれる友の存在は、本当に感謝するしかない。


 ……考えたとして、俺は戦うだろう。過去と向き合うためにも、今を諦めないためにも。それに、父さんは必ず、戦い続けるだろうから。

 みんなは……どうするのだろうな。今はただ、答えを待つしかない、か。

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