故郷へ
エルリア国首都、フィガロ空港。
「…………」
去年の、秋の終わり頃。おれ達がここから旅立った日のことを、思い出す。
久しぶりの故郷。大会の後にあった混乱もすっかり元通りみたいで、空港は平和で賑やかだった。テルムでの戦闘はニュースになっているって聞いてたけど……他の国からしたら、まだ遠い話なんだろう。
「……なんだろうな。あれまだ1年も経ってないっての、ヘンな感じするよな」
「そりゃ、な。去年の今頃は普通に学校通ってたんだって、忘れちまいそうだったよ、俺は」
「本当に……そうだよね。……レン、身体は大丈夫?」
「……うん、平気だ。ありがとう」
おれが、目を覚ました後……みんなは、おれが生きていたことに泣いてくれた。泣いて、おれも泣き喚いて。落ち着いてから、みんなはおれに、謝ってきた。あの日の、夜のこと。みんなの方が、先に。
おれも謝れた。二人のことは解決したって聞いて、本当に良かったと思う。
でも……なんだろう。おれは、みんなの顔が、ちゃんと見れなくなった。
向こうはおれに話しかけようとしてくれているのに。おれの側が、ちゃんと答えられない。
あんなに、後悔したはずなのに。心から大切だって、気付けたはずなのに。色々なことが一気にありすぎて……頭の中が整理できない。
……後ろめたくて、たまらない。だって、おれは少しでも、みんなを犠牲に生き延びることを、考えたんだ。
「…………っ」
怖い。生きていて良かったと言ってくれたみんなを、おれは売っていたかもしれなかった。闘技大会の時、逃げたいと思ったのとも違う。限界まで追い込まれて、おれは本気でそれを考えてしまった。
それがすごく、申し訳なくて、苦しい。友達として扱ってくれることに、その資格がないって思ってしまう。
……そう思ってもらいたくて、嫉妬して、暴れたくせに。ちゃんと向き合ってくれようとしたら、これだなんて。本当に、おれは……。
「さ、行こう。待たせてもいけないからな、懐かしむのは後からでもいい」
後ろから、上村先生がおれ達を促す。親父と、優樹おじさん、当麻おじさんも一緒だ。……暁斗とガルはいない。向こうに残ってる。
親父がそっとおれの側についてくれて、歩く。すぐに、見付かった。
「蓮!」
おれを呼ぶ、懐かしい声。それだけじゃなくて、ルナを、コウを、カイを呼ぶみんな。……それぞれの、家族。
みんな、自分の出迎えの方に向かう。兄貴が勢いよく駆けてきて、母さんもすぐ後ろに続く。
「お帰りなさい、蓮」
「母さん、兄貴……おれ……」
なんだろう。久々に会った家族が、こんなにも……懐かしくて。考えてたより大きな気持ちが、奥から湧き上がってきた。
「何シケた顔してんだ! さ、帰ろうぜ。今日はお前の好きなもんばっかり買っといたから楽しみにしとけ!」
そうやって元気に振る舞う兄貴の手が、ちょっと震えてた気がした。おれに何があったかは、聞いてるはずで。だけど、二人は前と同じように。ただ、おれが帰ってきたことを、喜んでるだけのように振る舞ってくれた。
……そうか。おれは、帰ってきたんだ。今さらみたいに、思った。
何もできないまま。あいつを連れ帰ってもこれないまま。
ひどく泣きそうだったのに……何でか、涙は出なかった。
テルムの事後処理もおおよそが済み、俺たちもバストールに戻る支度を始めた頃。
「これから2週間、ギルドの活動は休止することにした」
赤牙のメンバー……蓮を除いた全員を集めて、ウェアルドは告げた。休暇ではなく休止という言い方に少し引っかかりを覚えていると、彼は言葉を続ける。
「そして……この期間は、可能な限りの帰省を、推奨する」
「帰省……ですか?」
「ああ。強制ではないが、できる者はな。残る場合も、一度、ギルドから離れた日常を過ごしてほしい。その中で……これから先、自分が戦い続けるのかを考えるためにな」
「マスター、それは……」
「テルムでの戦いは、今までにない規模となった。多くの者が命を落とし……蓮も、あそこまで傷付いたからな」
目の前で失われた多くの命。己が知る者ですら……あれだけ強かったロウですら、あっという間に消えてしまうのだと、皆に知らしめた。
特に、エルリアのみんなにとってはそうだろう。今まで、俺が一度死にかけたことはあったが……それ以外は、上手くいっていた。犠牲を出さずに済ませられていた。
戦いが奪っていくものを、本当の意味で体験させられたのは、今回が初めてになる。自分たちも、友人も、いつでもその対象になるのだと。
「しかし、これから先……テルムが格段に激しい戦いだった、とは言えなくなるだろう。むしろ、事態はさらに大きくなっていくと、考えるべきだ」
それが事実であることは、俺たち全員が分かっている。敵も味方も、これからはさらに大きな規模となっていくだろう。失われる命の数だって……その中に自分たちが入る確率だって、増えていく。
「かつても同じ問いはした。だが、あの時よりも多くのものを見て……激しい戦いを経た今、いま一度立ち返ってみてほしいんだ。本当にこれからも戦っていくのか。自分が戦うべき理由があるのか」
「………………」
「その結果がどのような答えでも、俺は認めよう。各自……よく考えてくれ」
「そろそろ、みんな家に着いた頃か……」
「……そうだな」
黒狼から返ってきたのは、どこか上の空な返事。……俺も、人のことは言えないか。
今は俺たち二人だけだ。エルリアに戻らなかった、二人。……俺は、行くべきではないと思った。蓮の日常が変化するきっかけになったのは、間違いなく俺だから。今、彼の側にいてはならないだろう、と。
その事実がどうしようもなく悔しくて、思考はなかなか切り替わらない。
エルリアの他、飛鳥もアガルトに戻った。コニィとイリアは実家だが、会おうと思えばすぐ会える距離だ。
アトラは「帰省ったって色々やったばっかだしな」と赤牙で過ごすことを決め、フィーネも特に帰ることはなかった。それでも、ギルドの人数は半数程度になっている。急に静かになってしまったな……色々と、考え込んでしまう。
「本当に良かったのか。お前は戻らなくて」
「……戻れないよ。今はまだ、どんな顔で会っていいか、分からないしな」
「その件もあるだろうが……お前だって、ショックは受けただろう。テルムでの戦いは、今までとは桁が違ったからな」
「……ロウさんが……たくさん人が死んだのは、ショックだよ。蓮が、あんな事になったのも。でも……だから戦いを止めようとは、思わなかったんだ。むしろ、絶対に許せねえって、改めて思った」
「………………」
「そんな、心配そうな顔するなよ。大丈夫だ……それだけで戦うってわけでもないし、それで先走ったりもしない。お前に怒られたこと、今でも覚えてるしな」
旅立つ前の話か。己の感情を先走らせ、自らを疎かにするようなことを言って……そうして、自分を見つめ直すためにとエルリアに一人残った。
「俺だって戦いは怖いし、ちゃんと考える。自分を大事にしてないってわけじゃないから、安心してくれ」
「……そうか」
「なあ、ガル。お前こそ、ちゃんと考えろよ。お前だって……本当は、戦いは嫌なはずだろう? 自分だけ例外にするのは、良くないからな」
暁斗の言葉には、小さく頷いた。そうだな……俺にも、その道はある。それでも戦うことを選んだ身だが、それは思考しない理由にはならない。
こうして対等に指摘してくれる友の存在は、本当に感謝するしかない。
……考えたとして、俺は戦うだろう。過去と向き合うためにも、今を諦めないためにも。それに、父さんは必ず、戦い続けるだろうから。
みんなは……どうするのだろうな。今はただ、答えを待つしかない、か。