それでも、前へと
同日、テルム国。
ようやく……戦いの後始末も進み、日々が静けさを取り戻してきた。
ウィンダリアの援助により、事後処理は滞りなく進んでいった。ウェアルドの……父さんの故郷、か。思わぬ形で知ることになったな。……予想は、全くしていなかったわけではないが。
そして、ヴァン・アクティアス……ウィンダリア軍の指揮官にして、暁斗の父。まだ、遠目に見た程度ではあるが……父さんにはもちろん、本当に、暁斗によく似ていた。同時にあの人は、俺の叔父ということになるはずだ。
機会があれば、話をしてみたいところだがな。今はまだ、それよりも優先すべきことが互いにあるだろう。
そんな中、ジークルード砦では、一連の戦いでの犠牲者たちの、葬儀が執り行われた。
遺体が残っていない者も多く、まとめての形にはなるが……俺たちもそこに参列して、黙祷を捧げてきたところだ。
葬儀とは、送り届ける儀式であると共に、遺された者たちのための儀式でもある。友や仲間を亡くした人々が、別れを告げて前へと進んでいくための。
……俺たちも、とても大きな存在を失ってしまった。付き合いこそこの国に来てからだが……胸の中には、確かに穴が空いていた。
ロウの身体は灰すら残っていなかったから……彼の相棒たる武器を、弔いの場に捧げている。
彼の遺言は、マックスから共有された。きっとそれは、自分にだけ向けられたものではないから、と。
ロウがいなければ……リュートは無数の命を奪ったことだろう。彼はその命をもって、この国を守り抜いたんだ。
……それでも……俺はそれを、美談になどしたくはない。誰かの犠牲の上に成り立った今を……ただの綺麗な話で終わらせては、いけないんだ。必要な犠牲など、本当はどこにもないのだから。
彼は……信じてくれたんだろう。ウェアやランド、マックス、砂海のみんな……そして俺たち若い世代も。俺たちが彼の拓いたものを、後に続けていくのだと。
ロウ。重たいな、あなたに託されたものは。だけど、俺たちは決してそれを手放さない。だから、安心して眠ってくれ。あなたが守り抜いた道を途絶えさせたりなどしない。決して。
「ガルフレアさん」
ふと、声をかけられて振り返る。そこには、フェレットの少女が立っていた。彼女たちは砂海のメンバーとして、残ってロウと別れを告げていたはずだ。
「もう、いいのか?」
尋ねると、ハーメリアは静かに頷いた。涙の痕をぬぐって、彼女は真っ直ぐに前を向いている。
「ロウさんに誓ってきました。私は必ず、あの人のぶんもこの国を守っていくって」
「そうか……」
「いつか、私が向こうに行った時……胸を張りたいんです。私はこんなに成長したんだ、って。そのためには、生きて、進んでいかないといけませんよね」
そうだな。きっと、彼女のこんな姿を見たならば……ロウも、安心できるだろう。できれば、生きてこの勇姿を見てほしかったが、な。
失ったものは数え切れなくて。それでも俺たちは、前へと進むしかない。託された重みを杖に……生きている俺たちが、明日へと。
……みんなは……大丈夫だろうか。俺も、彼のところに向かうとしよう。
レイランド孤児院。
「……そうか。ゴーシュは……」
俺はひとり、孤児院の様子を見に来ていた。
ダンクとヘリオスも、今はここにいる。昇華した浩輝が治療してくれたおかげで、ダンクも何とか動ける程度にはなった。そうなると、二人に大事なのは心のケアだって、ライネス大佐やデナムのジジイ……いや、爺さんが計らってくれたんだ。
ゴーシュは、意識を取り戻して……だけれど、心が死んだみたいな状態になっている、そうだ。罪はあるけれど、それよりも精神の治療を優先させることになったらしい。
……聖女ナターシャは、狂犬の手で死んだ。どこからか、その情報は伝わってきたらしい。誰が流してきたか、予想はつくけど。
アミィ。お前はいつから、ああなったんだ? 辛い生活の中で……自分は正しいんだ、選ばれているんだって、そう思い込まなきゃ、やってられなかったのか?
お前のやったことは、許せねえけど……なんだろうな。やっぱり、色々考えちまうもんだな。
ベルとミントは……あの後、一度も姿を見せていない。そして、フェリオも。きっと、どこかで会うことになるんだろう。俺が、リグバルドと関わっていく限り。
……今回のことで、ガルの説明だけじゃ何となくしか分かってなかった、あいつらの危なさをちゃんと知れた。このままにしちゃいけねえ。だって、あんなの……世界も、あいつらも、良くはならねえだろ。
いま話しているのは、ダンク一人。動けると言ってもまだ弱っているから、基本的には部屋に寝たきりだ。
「俺は……本当に。何も知らないまま、だったんだな。ずっと一緒にいたのに……ひとつも」
「お前のせいじゃねえよ。そんだけ、色々とめちゃくちゃだったんだ。……誰だって、後から考えるほどに、上手くやれねえもんだよ」
少しは踏ん切りもついたヘリオスと違って、ダンクは精神的にも完全に塞ぎ込んでいる。無理もないだろう。元々、弱りきっていたところに……ベルとミントはもちろん、ゴーシュとアミィのことも追い打ちになった。
それに、あいつら以外にだって、軍は何人も死んだ。こいつの部隊も、壊滅しちまってた。俺が思う以上のものが、なくなったんだろう。
「なあ、アトラ……。お前はまだ、あいつらと、戦うつもりなのか?」
「……そうだな。色々と終わったら、バストールに帰って……あいつらが次にどこかを狙うなら、赤牙は止めに行くさ」
「……なんでだよ。良いじゃないか、お前がやらなくても。あんな、危険な奴らを相手に……お前はもう、十分に頑張っただろ? ここに残ったって……」
怯えて震えるダンクは、すっかりと勇猛さを無くしちまっていた。
一度壊れて、二度と繰り返すかって強くなったのに……どうしようもない暴力に、それが踏みにじられて。しかも、守ろうとした奴らは何もかもすり抜けていった。そりゃ、辛くて何も見えなくなるだろう。
でも、俺は首を横に振る。
「やられっぱなしで黙ってるつもりはねえし……俺の仲間は、まだ戦っていくはずだ。一人だけ抜けるとか、格好つかねえだろ?」
「……死ぬかも、しれないんだぞ? 俺は……俺は、もう……誰も……!」
「大丈夫だ、ダンク。アミィは、どうしようもなかったけど……まだ、みんなが終わったわけじゃない。……ベルは、生きてたんだ。隠し事があったくらい、死んだと思ってたのと比べたら大したことねえだろ?」
分かっている。今から言うことはきっと、ものすごく難しい道だ。でも……生きているんだから、まだ終わりじゃない。だよな、美久。
「俺さ、子供の時より諦めが悪くなったんだ。……信じてくれ。俺は、生きて帰って来る。あいつらをひっ捕まえて、な?」
「……アトラ……」
「だから……約束だ、兄ちゃん。いつか、みんなで集まろう。昔と同じ、はもう無理だけど……新しく、これから生きていくためにさ」
そうだ。俺も、諦めない。諦めの悪い、赤牙の仲間たちみたいに。
ダンクは何度か何かを言おうとして……首を横に振ってから、涙を落とした。振り絞るように、口を開く。
「ああ……! 約束、する……! だから、お前も……約、束……ぜったい、に……帰ってっ……」
「……へへ。あったりまえだろ! 俺様があんな奴らに負けるわけねえ。安心してゆっくり休んどけよ!」
最後には、思い切りかっこつけて。涙を流すダンクを、しばらく見守る。そのうち、消耗のせいかダンクは眠ってしまった。……約束だぞ、兄ちゃん。いつか……元気を、取り戻してくれ。
そのまま部屋を出る。孤児院の外まで行くと、ヘリオスがいた。模擬刀を振るっているあいつを、小さいやつらが遠目で興味深そうに見てる。




