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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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魔獣軍将アンセル 2

「だけど、みんな生きて帰ってきて何よりだよ。本格的な戦いはこれが初めてだったから、やっぱり心配だったんだよ?」


「案ずることはない。僕たちはそう安々と、ヒトなどに敗れはしないからな」


「ま、一人ヤバかった奴はいるみてえだがな?」


「……その批評は甘んじて受け入れるさ。ならばこそ、次に勝利するためにも全員で情報を共有しておこう」


 ヴィントール以外の2体も、何かしらの戦いに赴いていたようだ。

 ジーナの言った通り、彼らにとっては今回の出陣が初めての本格的な戦闘だった。それも当然で、彼らはまだ、生み出されてからほんの数ヶ月しか経っていない。

 彼らは、現状のマリクが生み出した最高傑作。量産型とは異なり、多大なリソースを注ぎ込んで誕生した上位個体。


 輝獅子(プラチナレオ)、ヴィントール。

 刃翼獣(ブレイドワイバーン)、デアスレイヴ。

 夜殺獣(ナイトマーダー)、ギルディオ。

 そして、この場にはいないフラメリアと呼ばれた個体。他と一線を画す能力を持つ彼らを知るものは、いつしか彼らを四魔獣と呼ぶようになった。


「ガルフレア……話には聞いていたが、あの男はさらに力を取り戻したか」


「あんたがやられた相手のひとりだっけか? くくっ、どうすんだよ。さらに離されちまったんじゃねえの?」


「無論……追い掛けるしかあるまいよ。目標が遠いからこそ、甲斐もあると思えばよい」


「なんだよ、面白くねえやつ。機嫌のひとつ悪くしてみせろってんだ」


「以前の我ならばともかく、事実に怒るような無駄なプライドはもう捨てたさ。敗北を認めてこそ、踏み出せる一歩もあろう」


 マリクに敗れ、ガルフレアに敗れ、フィオともほぼ相討ち。ウェアルドに至っては、勝負にもならなかった。何度となく屈辱を味わってきた。しかし、それ故に彼の心から慢心は消え、戦士として研ぎ澄まされた落ち着きを得ていた。

 ギルディオはまた鼻を鳴らし、ヴィントールはそれに渋い顔をしている。デアスレイヴは我関せずの態度だ。ほぼ同一の性格を持って生まれている配下たちと異なり、彼ら四魔獣はそれぞれ別の方向に我が強い。


「ヴィントールを破ったのは赤牙とは別とのことだが……いずれにせよ、僕たちの当面の標的は件のギルドになると考えていいのか?」


「うむ。ギルディオ、デアスレイヴ……次回はそなた達に、彼らの相手を任せることとなろう」


「はっ、ようやく狩りがいのある獲物を相手にできるってこったな? 地味な雑魚狩りは飽きてたんだよ」


「……油断はするなよ、ギルディオ、デアスレイヴ」


「おーおー、お優しいこって。ま、てめえの仇を取って笑ってやるから、せいぜい待ってな、負けて帰ってきたリーダー?」


「………………」


「まったく。貴様が無駄な対抗心を燃やすのは勝手だが、僕の策をかき乱すなよ?」


「ああ? てめえの指図に従う義理はねえぞ、頭でっかち。一丁前に軍師気取りしてんじゃねえ」


「はいはい。じゃれ合いは程々にしな。そんじゃ、具体的な次の動きを伝えるからしっかり聞いときなよ。いいね、アンセル?」


 全くもって協調性がない。それを強引に取りまとめたジーナに続きながら、アンセルは内心で深々と息を吐いた。








 それからしばらく後。今後の予定を詰め、四魔獣は解散した。部屋の中で、残ったアンセルは今度こそ本当に溜め息をついた。傍らにはジーナもいる。


「全く。誰かの上に立つのは、かくも困難なものなのか。改めて他の将たちを尊敬せざるを得ないな……」


 天を仰ぎ、アンセルは呟く。屈強で生命力に溢れたUDBとて、頭脳労働から来る疲労はまた話が違う。


「なに、あんたは上手くやってるよ、あの子たちのアクが強すぎるだけでさ。ヒトの兵士だって、あんたに反感を持ってるやつは減ってきてるだろう?」


「うむ……そちらに関しては、多少は良い流れになってきたのだがな」


 そこは、マリクの目論見通りであった。もちろん、最初から上手く行ったわけではなかったが、彼の武人気質な性格が周囲に知れ渡ると共に、彼に友好的な意見が次第に増えている。

 だが、根本的に彼はマリクの子飼いであり、同時に古い兵士たちはマリクに敵意を抱いているものだらけだ。その配下である自分への反感が完全に消え去る日は来ないだろうと、アンセルは理解している。


「四魔獣のみんなだってそうだよ。何だかんだでギルもあんたの命令には従ってるじゃないか」


「それはそうなのだがな。少し命令の出し方を間違えると、あやつはすぐに穴を縫って独断行動を始めるのだ。言い付けを破らぬ限りは問題ない、と言わんばかりにな」


「ああ、いかにもやりそうだねぇ、あの子は」


「結果的に戦果を上げてくるのは良いのだがな。あれではいずれ、あやつ自身が危険な目に遭おう。いっそ完全に命令を無視するならば、咎めもできるのだが」


「その辺りは、上手い付き合い方を考えていくしかないのかもね。ギルは特に難しいからさ」


「それから、不安なのはデアスレイヴもだな。知識量は確かだが、理論を過信しすぎる面がある。理屈が通じない局面が存在することを理解させねば危うかろう」


 UDBでありながら、まるで部下の指導に悩む上司の如くだ。渋い顔で唸りながら、アンセルは椅子にもたれかかった。


「配下とは言うものの……彼らの実力は、我とそう変わらん。いや、リアクターを含めれば、今の我を上回ると言ってもいいだろう。ギルディオの態度は、威厳を示せていない我にも問題があるのは確かだ」


「マリクが傑作と言うだけはあるものね、あの子たちは。……それでもあんたは、実戦でリアクターを装備するつもりはないのかい?」


 スキルリアクターは、単純に言えば、外部からの補助で擬似的なPSを発動させる装置。

 四魔獣は、方向性の差こそあれ、特にヒトに近い思考を与えられた。ゆえに能力との親和性が高いのだが、決して彼ら専用の技術ではない。ヒトの思考を理解できる、という条件を満たせば能力は発現できる。

 つまり、アンセルも。実際に彼専用のリアクターはすでに用意されている。だが。


「……そなたには、申し訳ないとは思うのだがな。我は……あくまでも、我の力で戦いたい。あれは、武器と呼ぶには大きすぎる力だからな。下らないプライドなのは、百も承知なのだが。我が、あの力を振るうとすれば……」


 リアクターの力など借りず、己のみで発動できるようになってからだ。そう締めくくったアンセルに、ジーナは苦笑した。


「ま、いいさ。あたしはどっちにしろ、あんたのリアクターを調整しておくだけだ。訓練に使うも良し、気が向いたら実戦に持ち出すも良し、あんたの好きにしな」


「承知した。済まんな、ジーナ。そなたには、本当に苦労をかける」


「いいさ、別に。こっちは好きでやってるんだからね。あんたらの専属にされた時はどうなるかと思ったが……ま、あんたが紳士なおかげもあって、思いのほか楽しませてもらってるよ」


「か……からかうでない。我がヒトの礼儀作法など知らぬのは、自分が一番分かっている。どこを指せば紳士などという言葉が出る?」


「強いて言うなら、そういうところ、かねえ? ふふっ、無自覚だからってもんでもあるだろうけど……。さて、それじゃ、あたしは研究室に引っ込むよ。あんたも、鍛練はいいけど休息を忘れるんじゃないよ」


 ひらひらと手を振ってから、ジーナも去っていった。人間でありながら物怖じせず、上手く場を動かしてくれる。そんな彼女の存在は、四魔獣にも悪く思われていないようだ。アンセルも、彼女の前では弱音も吐いてしまうほどに、気を許してもいる。


「………………」


 一人になったところで、考える。配下のことではなく、己のことを。

 自分の思考は日に日に変わっていると、アンセルは自覚している。特に、ここ最近ではヒトと接する機会が格段に増えた。ヒトの中に溶け込むことで、彼も様々なことを考えるようになった。

 ここ数日でよく思い返すのは、あの時のフィオの言葉だった。マリクの行動に疑問を抱かないのか、という問いかけ。


(今の我らは、我が主は、紛れもない悪だ。だが我も、善悪に拘るつもりなど最初からなく、他者の生死などどうでもいいと、そう考えていた。……そのはず、だった)


 だが。少しずつ、どうでもいいと思えなくなっている自分がいた。

 己と関わりを持った命が終わりを迎えるということを、可能な限り避けたいと感じるようになった。平穏な日々というものが素晴らしく思えて、それを壊す行為に痛みを覚えるようになった。

 そして、気付いた。自分たちの行いで、誰かが悲しむという事実。それに、少しでも心が動いている自分に。主が生み出す混沌を、悲劇を、どこかで不快に感じている自分に。


「……ふ。善の真似事とは、我ながら滑稽な。我らは元々、災厄を冠したケモノに過ぎぬ」


 UDB。規格外災害獣。それが、ヒトが彼らを指す言葉だ。同じ獣の外見でも、あくまでヒトの秩序の中にある獣人とは話が違う。ヒトにとって彼らは、自分たちの命を刈り取る害獣なのだ。分かりあおうなどと、普通は考えもしないだろう。


(それに……)


 アンセルは再び天を仰いだ。そのような思考に行き着いてもなお、主から離反するという考えは浮かばなかった。それは行きすぎた盲信のせいでも、プライドのない隷属のせいでもない。ただ、直感的に思うからだ。


(我は……あのお方に、感じるのだ。道化じみた振る舞いの奥にある、確かな芯を。もしかするとそれは、世界を滅ぼすようなものなのかもしれないが……)


 それでも、何故かマリク本人への嫌悪感は湧かなかった。そして、その覚悟を彼が貫く限り、力になりたいとすら思えた。本当に、感覚でしかない話ではあるが。

 だからこそ、彼はこの役目を全うすることに力を尽くす。魔獣兵団の将アンセルとして、主に勝利を。そのためには、さらなる力が必要だ。


「……頭だけ働かせていてもいかんな。あやつらに勝利するためには……この身をより、研ぎ澄ませねばならん。我はまだ……高みに行けるはずだ」


 ただ強くなること。それを目指すうちは、余計な雑念は捨てられた。

 我ながら根の単純さは変わらんな、と苦笑をこぼしつつ、アンセルもまた立ち上がり、部屋を後にするのだった。

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