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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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魔獣軍将アンセル

 ジークルード砦と遺跡での決戦が終わって、数日後。

 リグバルド帝国・白陽宮。



「良いザマじゃねえか、優等生?」


 予定の部屋を訪れた白獅子は、開口一番に投げ掛けられたそんな言葉に目を細めた。

 一時は瀕死の重体に陥っていたヴィントールだが、マリクの施術で一命はとりとめた。腹に空けられた風穴は完全には塞がっておらず、包帯が巻かれたままだ。

 あと少しずれていたら心臓が潰れて即死していただろう、と言われ、勇敢な彼もさすがに小さく身震いした。


 そして、ようやく動けるようになったある日。傷口に包帯を巻いたまま姿を見せたヴィントールに、漆黒の虎はそんな事を口にした。

 見た目だけならば、黒殺獣を大型化したようなその獣。違いがあるとすれば、その縞模様は血のように暗い紅色で、原種よりもさらに闇に溶け込む効果は高そうだ。そして、その尾の先には、短剣のような金属の刃が装着されている。

 また、不明瞭な発音の彼らと違い、その言葉はヴィントールと同じく流暢であった。乱暴さの見える、成人男性の声だ。


「煽りたいだけならば黙ってくれないか、ギルディオ。私もさすがに、まだ君と口論する体力は戻っていない」


「おいおい、つれねえ野郎だな。アンセルがマークしてるギルドとやらとの初陣を飾っといて、瀕死の状態で敗走した気分はどうだよって聞いてるだけだぜ?」


「……彼らは、アンセル様が仰っていた通りの強者だった。君も、油断していると足元をすくわれると思うがな?」


「強者、ねえ。つっても、てめえが負けたのは別のやつなんだろ? ま、あの狂犬と一緒にけっこうな数を殺ったみてえだし、てめえにしちゃ十分だったんじゃねえか?」


「………………」


 ヴィントールの表情が露骨に歪んだのを、黒虎、ギルディオは見逃さなかった。そう反応することを予想して吐いた言葉でもあったが。


「どうした? 今のは褒めたつもりだぜ、俺は?」


「……本来は、巻き込むべきでない命も奪った。住む場所を失い、間接的に死んだ者もいるだろう。ましてや、あのような下衆に多くの命が喰われ……それを誇るほど、私は悪趣味にはなれない」


「ふん。所詮はヒトなんざ、俺たちにとっては敵でしかねえ。敵がどんな死に方しようが、どんな殺し方しようが、関係ねえだろ? ま、さすがに俺もあの狂犬のやり方にはドン引くがよ」


 一瞬だけこの場にいない男への嫌悪感を露にしながら、ギルディオは笑った。人々の死に感傷を抱くヴィントールを、心底見下すかのように。


「敵は殺してなんぼ……それに肩入れするとはなぁ? お前もアンセルも、牙が抜けて代わりに花でも咲いちまってんじゃねえか? くくっ、ちょっと口を開いてみせろよ」


「私への非難はともかく、不敬が過ぎるぞ、ギルディオ。いくらアンセル様が構わないと言ったとしても……あのお方は我らの上官なんだ」


「だから命令には従ってやってんだろ、俺も? が、生憎、どっかの優等生みたいに盲従する気はさらさらねえ。不満がありゃ、はっきり口にさせてもらうぜ」


 ぴり、と、刺すような空気が辺りを満たす。ヴィントールは穏やかな精神の持ち主だが、だからと言って怒りの感情を持たないわけではない。さすがに気に障った様子の白獅子を鼻で笑いながら、ギルディオは振り返った。


「おい、頭でっかち。そういや、フラメリアはどうしたよ?」


「彼女ならば今日は別件で来れないそうだ。……それと、その呼び方はやめろと言っているだろう、失敬な」


 問われて返答したのは、床に伏せた体勢で器用に本をめくっていた、巨大な爬虫類だ。刃鱗獣とほぼ同等の特徴を持ちながら、全身を金色の鱗で纏い、さらに背中に巨大な翼を備えている。まさに竜と呼ぶべき出で立ちの獣だ。

 そして、本来の翼と並ぶように、金属製の翼が取り付けられている。生身と金属、二対の翼を持った風貌である。

 唯一、その右目には、まるで人のようにモノクルを装着しており、それとなく知的な印象を周囲に与えた。その声も、物静かな男性といったところである。


「第一、いつも騒がしいんだ、貴様は。せっかくの集会だと言うのに、貴様のせいで無駄な揉め事が起きる。僕はそういう無意味な時間は大嫌いなのだがな」


「へっ、ゴツい見た目のくせして繊細なお小言かよ」


「貴様が大雑把すぎるんだ。ヴィントール、こいつの挑発など真に受けるものではないぞ」


「……分かっているさ。騒がしくして済まないな、デアスレイヴ」


 ため息をひとつこぼして、ヴィントールは落ち着きを取り戻す。そうしているうちに、部屋にひとりの男が入ってきた。

 褐色の毛並みを持つ、巨躯の獣人。――人化したアンセルだ。白陽宮の中を動き回るには、本来の姿では都合が悪い。


「皆、待たせて済まぬな」


「いえ。アンセル様がお忙しいのは承知していますので」


「……しかし、ヴィントール。貴様は休めと言ったであろう。命に関わるほどの傷だったのだ。傷口が開けば治りも遅くなり、次の作戦にも障るであろうが」


「は……申し訳ありません。ですが、赤牙と直接まみえた私は、その認識を早急に共有すべきだと思ったのです」


「……まったく、生真面目なやつだ。言ったはずだろう? 貴様を失えば我が困る。まだ編成されたばかりの我が隊……その中核たる四魔獣のリーダーなのだからな、貴様は」


「ふん。確かにそいつの総合スペックは、俺たちの中じゃ最良だがよ。性格が向いてなさすぎて、リーダーが務まってるとは思えねえな?」


「そう言うな、ギルディオ。……貴様が我に不満を抱いているのは理解しているが、我の決め事には従ってもらうぞ。無論、意見は受け付けるがな」


「はっ。別に、てめえらの力を疑ってるわけじゃねえよ、戦闘に関してはな。甘すぎて虫酸が走るってだけだ」


「ギルディオ、君は……!」


「いつも同じ事を言わせんなよ? 優等生のお小言なんざ、鬱陶しいだけだぜ」


「貴様こそ、何度同じような揉め事を起こせば気が済むんだ? 少しは口を閉じることを覚えるがいい」


 そんなやり取りに、やれやれとアンセルは肩をすくめる。そして、彼の後ろからもう一人、別の人物が姿を見せた。


「あいも変わらず賑やかだね、あんた達は」


 人間の女性だ。やや眠たげな瞳ながら、顔立ちそのものは整っており、長身でスタイルも悪くない。しかし、身の回りには無頓着なのか、長い黒髪はあまり手入れされておらず、無造作に跳ねている。服も作業着のようなもので、全体的に飾り気は感じられない。

 そして、UDBたちを前にしても、彼女には臆する様子は微塵もなかった。どころか、ヴィントールはアンセル相手と同じく身を低くした。


「ジーナ様。お疲れ様です」


「いつも言ってるが、そんな畏まらなくていいよ、ヴィル。あたしは、ただの技師だからね。と言うか、傷は大丈夫なのかい、あんた」


「ご心配をかけて申し訳ありません。激しい動きさえしなければ問題ない、程度には回復しております」


「けど、療養しろってマリクに言われているんだろう? 今回は大目に見るけど、次に無茶するなら……そうだね、ベッドに縛る装備でも作ろうかい?」


「……それはご勘弁願いたいですね。分かりました、今回は私が判断を誤ったようです。今後、無理はしないようにします」


「くくっ、怒られてやがる」


「ギルもいちいち煽るんじゃないよ、まったく。喧嘩するほど何とやらとは言うけどね」


 その言葉に、ギルディオは鼻を鳴らした。とは言え、目に見えて反抗するつもりもなさそうだ。

 まるで母親のようだな、とアンセルはひっそり思う。立場としては、あながち間違ってもいないのだが。


「で、みんな。〈スキルリアクター〉の調子はどうだい?」


「はい。〈白夜〉は問題なく稼働、出力も実戦の中で安定しました。同時に課題も見えましたので、後ほど纏めて報告します」


「僕の〈四元(しげん)〉も良好だ。単純な機能は全て問題ないので、後は僕がどう応用するかになるだろう」


「〈日蝕(にっしょく)〉も問題ねえよ。ま、こいつをくれたあんたには感謝してるぜ。俺好みの、狩りが捗る力だ」


「よしよし。で、フラムも〈蓮華(れんげ)〉は好調って連絡あり……と。じゃ、各自記録デバイスを後で渡しておくれ。実際の稼働データは解析しとかないとね」


 スキルリアクター。それは、ヴィントールが胴に纏う鎧であり、ギルディオの尾に装着した刃であり、デアスレイヴの背にある義翼でもある。――彼らの扱う能力の根源、動力炉たる装備。それを開発しているのが彼女、ジーナである。

 技術そのものはマリクよりもたらされたものだが、彼女はそれを元に彼ら専用の能力を編み出し、装備として形にしてみせた。紛れもなく、世界でも有数の天才である。

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