ライバルタッグ
「コウ、無理だけはすんじゃねえぞ」
「……自分はさんざん無茶しやがったくせに」
オレとカイは、牛鬼と戦う。カイ達のおかげでかなりダメージを受けてはいるみたいだけど、総合力では三体の中で最も厄介な相手だって言われてる。
……正直、めちゃくちゃ怖え。逃げ出してえ。いざ戦うと思うと……体の震えが止まらなくなってきた。
ルナの能力で、オレの武器は殺傷力を持った。けど、あいつが貫通の力を込めた弾の数には限度がある。銃弾は無駄遣いできない。
つまり、メインは接近戦。攻撃するには、あれに近付かなきゃいけねえ。そして……一発でも当たったら、死ぬ。
「……武者震いだっつーの」
自分にそう言い聞かせて、銃剣を構えた。カイはオレ達のために命をはった。オレだって、やれる……!
――牛の化け物が、けたたましいまでの咆哮を上げた。
「……っ!!」
一気に接近してきたミノタウロスの拳が、オレ目掛けて振り下ろされる。その一撃を、オレはギリギリのところでかわした。
「こん……にゃろうッ!」
狂いそうなほどの恐怖を何とか抑え、奴の腕に刃を叩き付ける。――肉が裂ける感覚が気色悪い。飛び散る血の臭いと化け物の絶叫に、吐きそうになる。これが命懸けの戦いだってのを、イヤでも実感しちまった。
「おらおらおらぁッ!!」
攻撃したオレまで動きが止まっちまったが、その隙をカイがごまかしてくれた。あいつの懐に潜り込むと、その腹に思い切り打撃を加えていく。攻めに転じたカイの攻撃の勢いは、さっきの比じゃない。
カイの拳が牛鬼の身体にめり込む度、奴は苦鳴をもらして、少しずつ後ろに下がっていく。確実に、効いてる。
けど、奴もやられるだけじゃない。受けた分を返すかのように、怒号と共にカイに腕を振り下ろす。
「おっと!」
カイはしっかりとその一撃を回避し、オレの横まで下がってくる。
「ワンパターンだな。いい加減見飽きたぜ」
余裕を見せるように、カイはにやりと笑う。……さっきのダメージだって残ってるだろ、お前。なんでこいつは、こんな状況で笑えるんだ?
「コウ、震えてんぞ。びびってんのか?」
「し、しょうがねえだろ! お前だってさっきは……」
「まあな。けど、お前がいるなら不安はねえ」
「え……」
考えてもなかった言葉に、オレは思わず間抜けな返事をした。
「お前の実力は、俺が一番よく知っているからよ。だから俺は、お前がいりゃ大丈夫だって思ってるだけだ。お前は、俺の力が信頼できねえか?」
「…………!」
場違いなほど軽く言われた言葉は、だけどオレにはすごく重く響いた。
カイの力が信頼できねえかって? そんなもん……考えるまでもねえ。
オレは誰よりも、こいつの強さを信頼してる。こいつはオレのライバルで、同時に……一番の目標なんだから。
……ああ。そうだ、そうだったな。オレの横にはいま、一番頼もしいやつがいる。
こいつとオレが組んでるのに、何をビビる必要があるんだ? オレ達が揃えば……怖いものなんかねえ。あんな牛程度に、負けるはずがねえ!
「やれっか、コウ?」
「……へへ。当たり前だっつーの!」
無理矢理にでも笑ってみると、怖さが和らいでいく。オレはやれる……信じろ。自分を、カイを。信じてしまえば、怖くなんかねえ。こいつと一緒なら、オレは何にだって負けねえ!
オレの決意が固まるのとほぼ同時に、牛鬼がダメージから立ち直り、雄叫びを上げながら突っ込んできた。
「来るぜ、コウ!」
「ああ!」
カイのラッシュのダメージは決して少なくないはずだが、奴の攻撃の手は緩まない。さすがUDBのタフネスってか……!
「奴のスタミナは半端じゃねえが、無限って訳でもねえ!」
「分かってる! 少しずつ切り崩していくぜ!」
今度は焦らず、落ち着いて奴の突進を避けられた。脚を撃ってやると、奴は痛みと怒りに吠えた。
奴の攻撃は、力強いけど直線的。ちゃんと見てりゃ、避けるのは難しくねえ。
攻撃を回避しながら、距離を見て剣と射撃を使い分けて、少しずつ傷を増やした。カイもオレに合わせて、拳や脚を叩き込んでいく。
オレらは、何度も何度も試合してきたんだ。互いのクセは知り尽くしている。カイの行動は全くオレを邪魔しないし、オレもごく自然にカイの動きに合わせる事ができた。
けど、奴もなかなか倒れない。ダメージを受ければ受けるほど奴は怒り狂い、暴れまわる。
「ちっ、この暴れ牛が!」
長期戦になれば、体力の関係でこっちが不利になんだろう。こりゃ、一気に決めるしか……。
「コウ! そろそろ攻めるぜ!」
……ホント、こいつとのコンビは、やりやすくて良いぜ!
オレはカイに笑顔を返し、自分の力を発動させる。……生物にはロクに使えねえオレの能力だが、例外がある。それは、オレ自身だ。
「一気に行くぜ!」
オレは地面を全力で蹴った。オレが発動させた効果は、時間加速。文字通り、オレに流れる時間を加速して、違う時間枠での行動ができるようになる。今のオレにできるのは、だいたい二倍が限界だ。だけどよ……。
一秒の間に、オレだけが二秒分動ける。それがどんだけのアドバンテージか、しっかり喰らいやがれ、この牛野郎!
「うおおおぉッ!!」
オレからするとスローモーションになった世界で、銃剣を容赦なく振るう。脚を切り裂き、脇腹を抉り、腹に弾丸を叩き込んでいく。
奴は苦痛に叫びつつ反撃してくるけど、何しろスローだ。避けるのは苦にならねえ。
……けど、この力は強力な反面、反動もデカい。長く続けると、オレの身体が保たねえ。十分にダメージを与えてから安全圏に下がり、力を解除した。
「ボディが……」
間髪入れず、カイが飛び上がり、怯んだ奴の懐に潜り込んだ。
「がら空きだぜぇッ!!」
気迫の込められた跳び蹴り。それは爆炎を纏いつつ、奴の鳩尾に直撃する。
完璧すぎるほどの急所への一撃……こんだけの体格差があっても、カイの強化された一発は、あいつの分厚い皮膚と筋肉の奥、内臓までしっかり届いたみたいだ。身体を折り曲げた牛鬼は、胃の中身を思い切り吐いた。
ふらつきながら、牛鬼は後ろに下がる。先の戦闘からのダメージが積み重なっているようで、呼吸も喘ぐようなものに変わっていた。間違いなく、弱ってる。
「決め時だな……コウ、一気にやるぜ!」
「おう。オレ達のコンビネーション、見せてやろうぜ!」
リロードしつつ、二人で牛鬼を挟み込む。オレが後ろに、カイが正面に。
「俺が合わせてやるから、有り難く思えよ」
「うるせえっつーの。お前こそミスるんじゃねえぞ!」
本当は、そんな心配はしてない。カイなら間違いなくオレに合わせてくれる。弱った牛鬼とオレ達は、お互いに出方を伺い、じりじりと距離を微調整していく。見極めるんだ。確実に全力をぶつけられるタイミングを……!
そして、しびれを切らしたのか、奴がカイに向かって突っ込んだ……今だ!
オレは手加減無しでトリガーを引いた。奴の動きが止まる。カイはにやりと笑って、奴に突撃する。
「吹っ飛べ!」
両手で奴の腹部に裳底を叩き込むと、そのまま爆炎を放つ。爆発の衝撃でよろめき、奴は後ろに下がる。
「まだだぜ!」
その背中に、オレは渾身の力で突っ込み、銃剣を突き刺した。奴が今までに無いような、甲高い悲鳴を上げる。
さあ……仕上げだ!
「飛ばして……」
「いくぜぇッ!!」
オレは背中に刃を突き刺したまま、トリガーを引きまくる。
そして、奴の腹部には、カイが渾身のラッシュを仕掛けていった。
前後からの連撃。さすがの牛鬼もこれにはなすすべが無い。逃げることも反撃もできず、されるがままに攻撃を浴び続ける巨獣。そして……。
『……ア……グ、ゥ……』
口から胃液と血の混じったものを吐き出すと、巨獣はそんなか細い断末魔を上げ……地響きを立てて、リングに沈んだ。
「あ……」
完全に目を剥いている。ピクリとも動かない。起き上がる気配は、全く無い。
「……は、は」
しばらく呆然としてから、やっと頭が回ってくる……勝った。オレ達、勝ったんだ。
「やった……はは、やったぜ!」
正直言って、無理やり怖いのをごまかしてた。それを塗り替えてくのは、沸々と湧き上がる喜び。オレ達は、魔獣を倒した。まだ、生きてる……!
「言ったろ? 楽勝だってな……ふう」
だけどそんな中、余裕ぶった笑顔を浮かべてたカイの表情が引きつる。彼はそのまま、膝をついてうずくまった。
「お、おい。カイ!?」
「はは……わりぃ。正直、いろいろ、限界だ……少しだけ、こうさせてくれ」
……この馬鹿。やっぱり無理してやがったのか。てか、身体もまだ震えてやがる。
余裕ぶってたのは、怖いのをごまかすためか。だけど、そのおかげでオレも何とかやれた。……いつもオレは、色んな形でこいつに支えられてるんだな。
って、一息つくのはまだ早え。今の今まで、牛鬼のことでいっぱいだったけど……みんなはどうなった、と思い立ち、オレは周囲を見渡した。




