表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
385/429

天翔けるは風の王

 ――友が陥った状態を知らぬまま。

 残る少年たちもまた、戦い続けていた。



「ったく、飽きもせずによくやるぜ……! そんなに、熱いのがお好みかよ!」


「ぐぬっ……! 臆するな! 攻め続けて弱らせるぞ!」


 カイの炎が、UDBたちへと迫る。余裕を装ってはいるけど、その息はだいぶ荒くなっている。向こうだって一方的にやられるだけじゃない。隊列を組んでの波状攻撃を、前衛の俺たちが何とか押し止める。


「あなた達だって、痛いのは嫌でしょ! いい加減に、諦めてよ!」


『ガ、ギィッ……!! ク、ソ……!』


『チィ、オ前ハ下ガレ!』


 瑠奈が放った電撃の矢に苦しむ黒殺獣を、鉄獅子が庇う。こいつら、戦うたびにチームワークが良くなっている気がする。本当に厄介だ。


 あのデカいやつ……メルヴィディウスを倒したおじさん達には、他への援護に行ってもらうよう頼んだ。

 俺たちのところは、まだ安定している。苦戦している場所にこそ援軍に回ってほしいって俺たちの意志に、ふたりはこの場を託してくれた。俺たちを信じてくれたことは、誇らしい。


 俺たちも、余裕ってわけじゃない。

 幻影神速は、どうしたって消費が激しい力だ。ロディとの戦いで飛ばしたこともあって、正直、かなりきつくなってきた。


「暁兄! しんどいなら……一度休めよ!」


「まだ……平気だ! お前こそ、病み上がりで無茶するなよ!」


「みんな、あたしから離れすぎないように注意して! 無理だって思ったらすぐに下がってね!」


 あとどれだけ戦えばいいか……ぜんぜん見えない。リグバルドが本気なら、いくらだって増援は来るだろう。マリクが試練とか言っていたらしいけど、そんなの当てにはできない。

 それでも……まだ、挫けてたまるか。俺たちがやられっぱなしじゃないってことを、見せ付けてやる。


『チッ、粘ッテクレルナ……!』


「だが、徐々に崩れてはきている。いかに英雄やギルドマスターが強かろうと、全てを守れはせん! このまま……ん……?」



 ……そんな戦いの流れを、一気に変えたのは。

 どこからともなく聞こえてきた、何かの駆動するような音。



「……なんだ、この音は……?」


『……ハ……? オ、オイ! オ前タチ!』


『……ナ、ナ……ナンダ、アリャ!?』


 UDB達が、俺たちから距離を取りながら、空を見上げた。

 いや、UDBだけじゃない。俺たちも、軍のみんなも……誰もが思わず戦いを止め、空を見上げる。その先に……。



 ――巨大な船が、浮いていた。



「な、な……なんだ、ありゃあ!?」


 UDBと同じ驚き方をした浩輝を、誰も責められないだろう。カイですら、呆気にとられて口をぱくぱくさせている。


「ひ……飛行、戦艦……!?」


 白銀の船体は、飛行機なんかのそれとは違う。よくSFで見るような、空飛ぶ戦艦って言えばいいだろうか。翼のような部位はあるけど、重量感のある船体。どうやって飛んでいるか全く分からないそれは、確かに空に浮かび、砦の上で滞空している。

 大きさは……遠目でも相当なものだって分かる。乗れる人数は相当なものだろう。


 そして、戦艦の脇に大きく刻まれたのは……『翼持つ獣』の紋章。四足獣の背に、大きな翼がついた……そんな姿を象った、とある国の象徴。

 それに気付いて、俺はあれが何なのか……いや、誰が来たのかを、理解した。


「……来て、くれたんだな……」


 マスターはこの窮地に、いくつかの場所から援軍を呼んでいた。

 ひとつは、バストールのギルド。ひとつは、エルリアの英雄たち。

 そして、もう一つが……()()()()()()()。それこそが――


『――聞くがよい、侵略者たち。我らは……ウィンダリア王国軍である!』


 空飛ぶ船から、威風堂々とした声が聞こえてくる。拡大された音声は、もはや戦いを止めて、誰もの視線を集めていた。


 この、声。間違いない……あれに、乗っているのは。


『諸君の行為は、世界平和の均衡を打ち崩す侵略である。罪なき民へと犠牲を出したその所業、我らは決して認めることはない』


 ただのUDBの攻撃ではなく、侵略行為だ、と。その奥にいる相手へと向けるように、その声は続ける。


『退くならば、この場は刃を収めよう。しかし、このまま蛮行を続けるならば、ルドルフ陛下の命の下……我らは諸君の敵となるだろう!』


 勧告。それと同時に、この場はという言葉が示すのは、確かな抵抗の意志。宣戦布告と呼べるかもしれない。UDB達は、命令に忠実だからこそ不測の事態に弱いのか、かなり混乱しているようだ。

 ……そうだな。あの人が、こんなことを許すはずがない。マスターの呼びかけだってことを抜きにしたって……正義感の強い、あの人なら。


「…………父さん」


「……え? 暁斗、いま……」


 見上げたまま、思わず漏れた言葉。それを、周りに説明するよりも先に。


「クク……ハハハ! 本当に、楽しませてくれますね、あなた達の一族は」


「…………!!」


 突然、辺りに響いた笑い声に、俺たちはそちらを見た。

 いつの間にか……全身を黒衣に覆った怪人が、宙に浮いていた。実物を見るのは初めてだけど、その外見で、何者かはすぐに分かった。


「ふ……突然で恐縮ですが、全体に声を届けさせていただきますよ。テルム、そしてウィンダリアの皆様方。しばし、不作法をお許しください」


『貴様がマリクか。ようやく、表に出てくる気になったか?』


「ええ。はじめまして、と言うべきでしょうか? ヴァン・アクティアス」


「……って、その名前……!」


 みんなが俺の方を見た。さすがにみんな、どういうことかは気付いたみたいだ。でも、それを説明するのは終わってからだろう。


「まずは、勧告に答えましょうか。この地での戦いは、紛れもなく我々の敗北です。聖女も破れ、私の傑作も破れ……他にも勝手に暴れた者もいましたが、一段落はつきましたからね」


「聖女が……やったんだね、マスター達」


「……勝手にってのは、リュートのことか……?」


「ゆえに、ええ。この戦いはここまでです。敗者は潔く去るといたしましょう」


 あっさりと、道化は言ってのけた。……いっそ不気味なくらいに、はっきり負けを認める。リグバルドとして、本気を出してなんかいないはずなのに。


『思っていたよりも簡単に言うのだな。貴様の望むものは、手に入ってはいないはずだが?』


「遺跡のグランニウムですか。確かに、あれは惜しいですが……だからこそ、あなた達にとっても、勝利の報酬に相応しいでしょう? それに、私個人としては、十分に満足しましたからね。クク、やはり英雄の血筋は良いものです」


 仮面の視線が、少しだけこちらを向いた。……浩輝とカイを見た? まさか、あいつらの昇華のことを言っているのか?


『遊戯でも遊んでいるような言葉だ。貴様にとってその程度だった、と言うならば……その戯れに、どれだけの命が奪われたと思っている?』


「おや、これは失敬。ですが、誤解なきよう。あなたが戯れと言ったそこにこそ、私は最も価値を見出しているのですよ」


 こいつの考えは全く理解できないけど……今までのことで、知ってはいる。こいつは勝ち負けよりも、自分の探究心を優先している。結果が得られなくても、過程さえ良ければそれでいいってことか?


「クク。ですが、さすがにしてやられたと言うべきでしょうか。まさか、そのような船を用意してくるとはね。さて、いったい()()()()()()()が使われているのでしょうか?」


『答えるつもりはないが……ひとつ言うならば、貴様ひとりが世界の叡智を独占しているとは考えないことだな』


「無論、存じていますとも。私は神ではありませんからね。技術とは普遍的であるべきもの……()()()()()()()は、他者にできてしかるべきです」


 随分と含みのある言い方をして、マリクは笑った。そうしてから、砦を見下ろす。


「長話をする場でもありませんね。ヴィントールの治療も必要です。それでは皆さん、改めておめでとうございます。勝者は、あなた方です。……称賛しますよ、皮肉抜きにね」


 最後に、もう一つだけ小さく笑ってから……道化の姿は、かき消えた。

 それと同時に、周りにいたUDBたちも。戦っていたことが信じられなくなるような静けさが、広がっていく。


「終わった……のか?」


「……ああ。それに、聖女も討ち取ったって言ってた……」


 こんな形で、呆気なく。しかも、敵から伝えられるなんて。実感なんて何もなくて、俺たちもしばらく動けなかった。


『……これより支援活動のための降下を行います。テルムの皆さん、疑問だらけだとは思いますが……戦いが終わったのは、事実でしょう。まずは、負傷者への対応など、やるべきことを始めるとしましょう』


 これも、父さんの声だ。敵がいなくなったからか、さっきと違って柔らかい……本来の声音に近い声での呼びかけ。そして、それに続けて、電子音みたいなのが聞こえた。


『皆、聞こえるね? あの空の船の言う通り……戦いは終わった。そして、彼らは信用できる。皆、大変だろうがもうひと踏ん張りだ。速やかな行動をよろしく頼むよ』


「って、こりゃ元首かよ……ほんと、かっさらっていく人だぜ」


 突然の通信だけど、今さら驚くことじゃない。聖女を倒したなら、向こうも無事に終わったんだろう。

 元首の言葉で、ようやく我に返った人たちが、怪我人を助けたり連絡を始めたり、思い思いに動き始める。どれだけ釈然としなくても、やらなきゃいけないことが目の前にある。


 ……きっと、たくさんの人が死んだ。勝てて良かったなんて、思うことはできない。そんな中、手をぱしんと叩く音が聞こえた。


「おら、なんて顔してんだよ、お前ら」


「カイ……」


「俺たちは、勝ったんだ。やばい連中から、間違いなく守れたんだ。それなのに、辛気臭え空気で止まってる場合じゃねえ。……だろ?」


「……へへっ、そうだな、兄貴。オレも、みんなを治しに行ってくるぜ!」


 いつもみたいに、不敵に笑って。それに合わせるように、浩輝も笑った。きっとこいつらも、俺と同じものを感じてるはずで……だけど、帰ってきた二人は、ひと回り大きくなったように見えた。

 失くなったものと、手に入ったもの。それは、絶対に釣り合わない。だけど、生き残った俺たちは……立ち止まってはいられない。そうだな。


「……ああ。俺たちの……勝ちだ!」


 だから俺も、敢えて空気を読まず、そう声を出した。何も得られなくたって……確かに守れたんだって、自分にも言い聞かせるように。






 ――俺たちが、蓮のことを。

 そして……遺跡で起きたことを知ったのは、この少し後だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ