天翔けるは風の王
――友が陥った状態を知らぬまま。
残る少年たちもまた、戦い続けていた。
「ったく、飽きもせずによくやるぜ……! そんなに、熱いのがお好みかよ!」
「ぐぬっ……! 臆するな! 攻め続けて弱らせるぞ!」
カイの炎が、UDBたちへと迫る。余裕を装ってはいるけど、その息はだいぶ荒くなっている。向こうだって一方的にやられるだけじゃない。隊列を組んでの波状攻撃を、前衛の俺たちが何とか押し止める。
「あなた達だって、痛いのは嫌でしょ! いい加減に、諦めてよ!」
『ガ、ギィッ……!! ク、ソ……!』
『チィ、オ前ハ下ガレ!』
瑠奈が放った電撃の矢に苦しむ黒殺獣を、鉄獅子が庇う。こいつら、戦うたびにチームワークが良くなっている気がする。本当に厄介だ。
あのデカいやつ……メルヴィディウスを倒したおじさん達には、他への援護に行ってもらうよう頼んだ。
俺たちのところは、まだ安定している。苦戦している場所にこそ援軍に回ってほしいって俺たちの意志に、ふたりはこの場を託してくれた。俺たちを信じてくれたことは、誇らしい。
俺たちも、余裕ってわけじゃない。
幻影神速は、どうしたって消費が激しい力だ。ロディとの戦いで飛ばしたこともあって、正直、かなりきつくなってきた。
「暁兄! しんどいなら……一度休めよ!」
「まだ……平気だ! お前こそ、病み上がりで無茶するなよ!」
「みんな、あたしから離れすぎないように注意して! 無理だって思ったらすぐに下がってね!」
あとどれだけ戦えばいいか……ぜんぜん見えない。リグバルドが本気なら、いくらだって増援は来るだろう。マリクが試練とか言っていたらしいけど、そんなの当てにはできない。
それでも……まだ、挫けてたまるか。俺たちがやられっぱなしじゃないってことを、見せ付けてやる。
『チッ、粘ッテクレルナ……!』
「だが、徐々に崩れてはきている。いかに英雄やギルドマスターが強かろうと、全てを守れはせん! このまま……ん……?」
……そんな戦いの流れを、一気に変えたのは。
どこからともなく聞こえてきた、何かの駆動するような音。
「……なんだ、この音は……?」
『……ハ……? オ、オイ! オ前タチ!』
『……ナ、ナ……ナンダ、アリャ!?』
UDB達が、俺たちから距離を取りながら、空を見上げた。
いや、UDBだけじゃない。俺たちも、軍のみんなも……誰もが思わず戦いを止め、空を見上げる。その先に……。
――巨大な船が、浮いていた。
「な、な……なんだ、ありゃあ!?」
UDBと同じ驚き方をした浩輝を、誰も責められないだろう。カイですら、呆気にとられて口をぱくぱくさせている。
「ひ……飛行、戦艦……!?」
白銀の船体は、飛行機なんかのそれとは違う。よくSFで見るような、空飛ぶ戦艦って言えばいいだろうか。翼のような部位はあるけど、重量感のある船体。どうやって飛んでいるか全く分からないそれは、確かに空に浮かび、砦の上で滞空している。
大きさは……遠目でも相当なものだって分かる。乗れる人数は相当なものだろう。
そして、戦艦の脇に大きく刻まれたのは……『翼持つ獣』の紋章。四足獣の背に、大きな翼がついた……そんな姿を象った、とある国の象徴。
それに気付いて、俺はあれが何なのか……いや、誰が来たのかを、理解した。
「……来て、くれたんだな……」
マスターはこの窮地に、いくつかの場所から援軍を呼んでいた。
ひとつは、バストールのギルド。ひとつは、エルリアの英雄たち。
そして、もう一つが……マスターの故郷。それこそが――
『――聞くがよい、侵略者たち。我らは……ウィンダリア王国軍である!』
空飛ぶ船から、威風堂々とした声が聞こえてくる。拡大された音声は、もはや戦いを止めて、誰もの視線を集めていた。
この、声。間違いない……あれに、乗っているのは。
『諸君の行為は、世界平和の均衡を打ち崩す侵略である。罪なき民へと犠牲を出したその所業、我らは決して認めることはない』
ただのUDBの攻撃ではなく、侵略行為だ、と。その奥にいる相手へと向けるように、その声は続ける。
『退くならば、この場は刃を収めよう。しかし、このまま蛮行を続けるならば、ルドルフ陛下の命の下……我らは諸君の敵となるだろう!』
勧告。それと同時に、この場はという言葉が示すのは、確かな抵抗の意志。宣戦布告と呼べるかもしれない。UDB達は、命令に忠実だからこそ不測の事態に弱いのか、かなり混乱しているようだ。
……そうだな。あの人が、こんなことを許すはずがない。マスターの呼びかけだってことを抜きにしたって……正義感の強い、あの人なら。
「…………父さん」
「……え? 暁斗、いま……」
見上げたまま、思わず漏れた言葉。それを、周りに説明するよりも先に。
「クク……ハハハ! 本当に、楽しませてくれますね、あなた達の一族は」
「…………!!」
突然、辺りに響いた笑い声に、俺たちはそちらを見た。
いつの間にか……全身を黒衣に覆った怪人が、宙に浮いていた。実物を見るのは初めてだけど、その外見で、何者かはすぐに分かった。
「ふ……突然で恐縮ですが、全体に声を届けさせていただきますよ。テルム、そしてウィンダリアの皆様方。しばし、不作法をお許しください」
『貴様がマリクか。ようやく、表に出てくる気になったか?』
「ええ。はじめまして、と言うべきでしょうか? ヴァン・アクティアス」
「……って、その名前……!」
みんなが俺の方を見た。さすがにみんな、どういうことかは気付いたみたいだ。でも、それを説明するのは終わってからだろう。
「まずは、勧告に答えましょうか。この地での戦いは、紛れもなく我々の敗北です。聖女も破れ、私の傑作も破れ……他にも勝手に暴れた者もいましたが、一段落はつきましたからね」
「聖女が……やったんだね、マスター達」
「……勝手にってのは、リュートのことか……?」
「ゆえに、ええ。この戦いはここまでです。敗者は潔く去るといたしましょう」
あっさりと、道化は言ってのけた。……いっそ不気味なくらいに、はっきり負けを認める。リグバルドとして、本気を出してなんかいないはずなのに。
『思っていたよりも簡単に言うのだな。貴様の望むものは、手に入ってはいないはずだが?』
「遺跡のグランニウムですか。確かに、あれは惜しいですが……だからこそ、あなた達にとっても、勝利の報酬に相応しいでしょう? それに、私個人としては、十分に満足しましたからね。クク、やはり英雄の血筋は良いものです」
仮面の視線が、少しだけこちらを向いた。……浩輝とカイを見た? まさか、あいつらの昇華のことを言っているのか?
『遊戯でも遊んでいるような言葉だ。貴様にとってその程度だった、と言うならば……その戯れに、どれだけの命が奪われたと思っている?』
「おや、これは失敬。ですが、誤解なきよう。あなたが戯れと言ったそこにこそ、私は最も価値を見出しているのですよ」
こいつの考えは全く理解できないけど……今までのことで、知ってはいる。こいつは勝ち負けよりも、自分の探究心を優先している。結果が得られなくても、過程さえ良ければそれでいいってことか?
「クク。ですが、さすがにしてやられたと言うべきでしょうか。まさか、そのような船を用意してくるとはね。さて、いったいどのような技術が使われているのでしょうか?」
『答えるつもりはないが……ひとつ言うならば、貴様ひとりが世界の叡智を独占しているとは考えないことだな』
「無論、存じていますとも。私は神ではありませんからね。技術とは普遍的であるべきもの……私に可能なことは、他者にできてしかるべきです」
随分と含みのある言い方をして、マリクは笑った。そうしてから、砦を見下ろす。
「長話をする場でもありませんね。ヴィントールの治療も必要です。それでは皆さん、改めておめでとうございます。勝者は、あなた方です。……称賛しますよ、皮肉抜きにね」
最後に、もう一つだけ小さく笑ってから……道化の姿は、かき消えた。
それと同時に、周りにいたUDBたちも。戦っていたことが信じられなくなるような静けさが、広がっていく。
「終わった……のか?」
「……ああ。それに、聖女も討ち取ったって言ってた……」
こんな形で、呆気なく。しかも、敵から伝えられるなんて。実感なんて何もなくて、俺たちもしばらく動けなかった。
『……これより支援活動のための降下を行います。テルムの皆さん、疑問だらけだとは思いますが……戦いが終わったのは、事実でしょう。まずは、負傷者への対応など、やるべきことを始めるとしましょう』
これも、父さんの声だ。敵がいなくなったからか、さっきと違って柔らかい……本来の声音に近い声での呼びかけ。そして、それに続けて、電子音みたいなのが聞こえた。
『皆、聞こえるね? あの空の船の言う通り……戦いは終わった。そして、彼らは信用できる。皆、大変だろうがもうひと踏ん張りだ。速やかな行動をよろしく頼むよ』
「って、こりゃ元首かよ……ほんと、かっさらっていく人だぜ」
突然の通信だけど、今さら驚くことじゃない。聖女を倒したなら、向こうも無事に終わったんだろう。
元首の言葉で、ようやく我に返った人たちが、怪我人を助けたり連絡を始めたり、思い思いに動き始める。どれだけ釈然としなくても、やらなきゃいけないことが目の前にある。
……きっと、たくさんの人が死んだ。勝てて良かったなんて、思うことはできない。そんな中、手をぱしんと叩く音が聞こえた。
「おら、なんて顔してんだよ、お前ら」
「カイ……」
「俺たちは、勝ったんだ。やばい連中から、間違いなく守れたんだ。それなのに、辛気臭え空気で止まってる場合じゃねえ。……だろ?」
「……へへっ、そうだな、兄貴。オレも、みんなを治しに行ってくるぜ!」
いつもみたいに、不敵に笑って。それに合わせるように、浩輝も笑った。きっとこいつらも、俺と同じものを感じてるはずで……だけど、帰ってきた二人は、ひと回り大きくなったように見えた。
失くなったものと、手に入ったもの。それは、絶対に釣り合わない。だけど、生き残った俺たちは……立ち止まってはいられない。そうだな。
「……ああ。俺たちの……勝ちだ!」
だから俺も、敢えて空気を読まず、そう声を出した。何も得られなくたって……確かに守れたんだって、自分にも言い聞かせるように。
――俺たちが、蓮のことを。
そして……遺跡で起きたことを知ったのは、この少し後だった。