What has he been striving for? 2
エルザは飛び上がり、空中から剣を振り下ろしてくる。おれは銀嶺をしっかり握りしめて、その一撃を受け止めた。
自分より格上だったとしても、PSを活用すれば出し抜く余地はあるはずだ。事前情報を持たれていたとしても、虚空の壁は意表を突くのに向く力だ。タイミングを見極めて、決めるしかない。
そのまま、真正面から複雑な軌道で剣が舞う。それなりの重量があるだろう長剣を、彼女は片手で振るっていた。
……何とか能力抜きで受け止められている。だけど、一瞬たりとも気は抜けない。そもそも、彼女のPSだって今のところ分からない。
「うんうん、基礎は十分? それじゃ……これはどうかな!」
楽しげに言ったと思ったら、エルザはそのまま横薙ぎに斬り付けてくる……と見せかけて、そのまま横をすり抜けていった。何とか振り向くと、彼女の片手には、先ほどまで無かったものが握られている。銃……!?
「くっ!」
懐で発砲されたそれは、だけど何とかPSが間に合った。距離をできる限り伸ばし、当たる前に身を逸らす。……危なかった。こいつも、飛鳥みたいに銃と近接武器を?
「あは、面白い力だね! どんどん行くよ!」
かと思うと、跳躍しながら、今度は両手に持った銃でおれを狙ってくる。距離を調整してそれを凌ぐけど、そのうちにエルザ本人は一気に距離を詰めてきて、尻尾をおれにぶつけに来て……その先で短剣を持ってる!
スレスレで飛び退く。エルザは笑いながら尻尾の短剣を放り投げ、右手でそれを掴む。もう片手にも同じような短剣が握られてた。そのまま、二刀流で斬り掛かってきた。
こいつ、いくつも武器を……! それに、切り替えに無駄がない!
「曲芸師にでも、なったら……どうなんだよ!」
「それもアリかもね? それじゃひとつ、曲芸の練習台になってよ!」
気持ちで負けないように、軽口を叩いてみせる。武器を弾き飛ばすように槍を振り回してやると、エルザは短剣をおれに投げてきた。虚空の壁で凌ごうと距離を伸ばす……と、彼女は走って先に短剣を掴み、勢いを乗せて突いてきた。PSの作用を先読みされたか……! 仕方なく、エルザ自身との距離を伸ばして、離脱する。効果範囲を広げたせいで、息が上がってきた。
「く、そ……! めちゃくちゃな!」
「ここまでついてこれるの、なかなか珍しいよ? 若いのに頑張るね!」
「お前が、それを言うのかよ!」
「あははは、それはそうだね!」
言いつつ、エルザは再び長剣に持ち替えた。
そのまま、しばらく槍と多種多様な武器がぶつかる。ついていけたのは、ギルドのみんなとの模擬戦の賜物だった。
――だけど。
「……んー。惜しいなあ。なんていうか、ほんっと惜しい」
突然、エルザの声のトーンが落ちた。宙返りするようにしておれから距離を取る。……何のつもりだ、と思いつつ息を整えていると、彼女はこう言った。
「キミさ。なんか、調子悪いんじゃない?」
「…………!?」
「槍がブレてるって言うか、気持ちが入ってない? 実力がないわけじゃないのに、出しきれてないみたいな。微妙にノリが悪い感じするんだよねー」
見透かすような言葉に、動きが止まりそうになる。……気持ちが、入ってない。その言葉に、どうしたって心当たりはあった。
「駄目じゃん。そんなので、戦いに出てくるのはさ。そんなことしたら――」
「くぅっ……!?」
「――ヒトって簡単に死んじゃうんだよ?」
全身の毛が、総毛立つ。
そのまま……何が起きたのか、ほとんど分からなかった。ただ、世界が回っていた。おれの身体は地面に倒れて、エルザは腕を振り上げている。
胸を狙った剣を、かろうじて槍で受け止める。でも、そこまでだった。力の入らない状態で蹴飛ばされ、おれは銀嶺を吹き飛ばされてしまった。そして、丸腰で動きの止まったおれの首元に、エルザの剣が当てられる。
今まで遊んでいたんだ、と思い知るしかなかった。格が……違う。ぜんぜん、届かない。
「咄嗟に防いだのは褒めてあげるよ。でも、ちょっとがっかりってか不完全燃焼だなぁ。もうちょい楽しめると思ったけど……」
飽きて、遊ぶ価値の無くなった玩具を見るような、退屈そうな目。それを見ると、凍ってしまいそうだった。おれは、今から壊されるだけなんだって、分かってしまった。
……周りを見る。もう軍もボロボロで、あの男がこっちに向かってきているのに、UDBだけで抑え込まれていた。これじゃ、助けなんか、来ない。
「あ……あぁ……」
殺、される。こんなところで? おれは……一人で、死ぬのか?
「なんだ、もう終わったのか? ギルドも言われていたほどではないか」
「どうだろうねー? この子の問題な気もするけど。でも、全員に期待はしないほうがいいのかもね」
嫌だ……だって、おれは、まだ……何も。
何もできてない。何にもなれてない。彼女の言う通り……無謀な突撃で無駄に死んだだけの、ただの馬鹿。
「あ、ああ、あっ……あ、あああああぁ!!」
叫んだ。叫ぶしか、出来なかった。嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!
「死にかけた時、こういうのが正常な反応なんだろうねー。ちょっと羨ましいや」
「他人事のように。だが、そうだな……おい、獅子のガキ。死にたくないだろう? 生きて帰りたいならば、俺の言うことを聞け」
「……え……」
「俺たちと取引をしないか? 従うと決めれば、お前の命は助けてやろう」
「うん? 何か面白い案でもあるわけ、トラビス?」
「こいつは、赤牙の中でも下っ端だろう。だったら、もう少し大物に変換できれば、稼ぎも良くなる。失敗しても大したリスクはないしな」
発狂しそうだったところに、生きて帰る道を口にされて、おれは烏の方を見る。ろくでもない提案なのが分かっていても、それにすがるしかなくて。
「俺たちに寝返れ。そして、隙をついてお前の仲間を殺してみろ。そうすれば、お前の命は助けてやるぞ?」
「………………っ!!」
……殺す? おれが、殺す。みんな、を……?
「さすが、シュミ悪いなぁ」
「効率が良いと言ってもらおうか。少ない労力で最大限の戦果を上げるのは傭兵の基本、お前の養父の口癖だろう?」
「そりゃ、分かってるけどね。アタシ的にはあんまテンション上がんないなーってだけ」
「ははっ、お前のような戦闘狂のテンションに合わせてたら身体が保たないんでな?」
どうだ、と俺の顔を覗き込んでくる烏。
「もちろん、逃がすつもりもない。約束を破らないように首輪はつける。失敗したら、元通りお前が死ぬだけだ。だが、絶対に死ぬよりはマシだろう?」
「お、れ……は……」
「なに。仕方ないんだ。お前が生きるためにはこれしかない。お前は脅されただけ、お前は悪くない。迷う話ではないだろう?」
仕方ない、仕方ない、仕方ない。その、甘えさせてくれる言葉が、頭の中でぐるぐる回った。
頷けって、死んでたまるかって、おれは確かに思っている。
こいつの言う通り、仕方ないじゃないか。そうしないと、おれは死ぬ。死んだら、何もかも……おしまいなんだぞ。
そうだ。従うフリをしたっていいじゃないか。みんなだったら、こいつらに気付かれないように、助けてもらうことだって。……おれが殺そうとしたって、きっとみんななら防いでくれる。気付いてくれる。
許してもくれるはずだ。だって、仕方ないんだから。
――それに、そうだ。いるじゃ、ないか。殺したいほどに……憎んだやつが……一人。
丁度いいじゃ、ないか。あいつを、狙って……それなら、上手く、いったとしても、おれは――。
…………………………。
……………………。
「……ない……」
「……なに?」
「……でき、ない……!」
奥底から湧き上がった気持ちが、そのまま声に出た。
言った瞬間に、狂いそうなくらいの後悔も浮かんだ。それでも……おれは、できない、その言葉しか口に出せなかった。
「本気か? 従えば見逃すのは本当なんだぞ?」
「できない、できないっ……できないんだ、そんな、こと……!」
だって。それを、してしまえば……おれはもう、全部なくなってしまう。本当に、ただのクズに、なってしまう。嘘であっても、みんなを裏切りたくない。だって、だって……。
「……ここで死んでもいいのか? 怖いだろう? 死にたくないだろう?」
「死にたく、ない……でも、嫌、嫌だ……!!」
だって、大事なんだ。やっぱり、大事でたまらないんだ。みんなを捨てて、自分が助かるなんて……考えるだけで、嫌なんだ。自分が死ぬのと同じくらい、嫌なんだ。
ガルのこと。あれだけ、憎いと思ってても……死んでしまえばとまで、思ってたはずでも。本当に、自分が殺してしまう機会が来た今……おれは、それをしたくないって、思った。だって、憎いのと同じくらい、いや、それ以上に……あいつは、大事な友達なんだ。
「……馬鹿が。嘘でも従うと言えばいいものを……」
「う、あっ……助けて、誰か……!」
「だから、寝返れば助けてやると言っているだろう!」
「でき、ないぃ……!!」
「……ふふ。あっははははは! フラれてしつこくアピールするのは良くないよ、トラビス?」
男の声に、楽しそうな笑い声が割り込んだ。怖い。今にもおれを殺してくるだろうこの子から、逃げ出したくてたまらない。
「ひどい顔だね。涙でぐちゃぐちゃ、情けない声まで漏らして。でも……」
「ひ、ぐ、あっ……」
「……そんなに泣きながら、それでも大事なものは折れないんだ。そんな相手、今までいなかった。誰でも最後には自分の命を大事にした。でも、キミは……ううん。それだけ、仲間が大事なんだ?」
そうだ。こんなに、大事だったんだ。なんで、おれ……こんなになるまで、気付けなかったんだろう?
「うん。がっかりって言ったのは取り消すよ。とびきり良い男だね、キミ? ……アタシ、ちょっと惚れちゃったかも」
「は!? ……おい、エルザ。まさか、見逃せなどと言うつもりはないよな?」
「んーん? それとお仕事は別だもの。ただ、譲ってくれない? 自分でやらなきゃ勿体ないし!」
「……とことんイカレ女だな、お前」
「あはっ、よく言われる。自覚あっても直しようがなくってさ?」
話してる内容は、頭に入ってこない。
怖い。嫌だ。死にたくない。それでも……それでも……!
「せっかくだし、アタシだけの力で、殺してあげる。せめて、できるだけ即死させてあげるね?」
「いや、いや、だ……や、だぁっ……!!」
「おやすみ、レン。生まれ変わったら、また殺りあおうね?」
まるで友達に触れるような、優しい手付きで。エルザの手が、おれの胸に触れて。
――身体の中で、何かが弾けて、壊れるような。そんな感覚の、後。おれの頭の中は……痛みで、一杯になった。
「……ぁっ……」
苦しい。苦しい。くる……しい。身体が、うごか、ない。力が……ぬけ、て……。胸、が、いたい。
息が……でき、ない……。口を、開いても、何も、吸えなくて……逆になにか、こみあげて、きた。鉄みたいな味が、した。
「エルザ? 珍しいな、お前が――損な――」
「――伏せ――ト――遅――」
うまく、きこえない。おとが、どんどん……とおく、なってる……。
わから、ない。なにが、おきてる? ……めの、まえ……くらく……いや……だ……だって……おれ、まだ……あや、まって……な……。
……ごめ、ん……みんな……ごめん……ああ。こんな、こと、なら……ほんとに、おれ、いつも……ぜんぶ、おそ、い……。
「――い――れ――」
「――――ゆ――」
…………? ……なん、だろう……。
すこし、あたた、かい。これ……どこかで……いつも……なん、だっけ……ああ……でも……くら、い……すごく、ねむくて……もう……。
さいご、まで……けっきょく……なに、も、できない、ままで……。
……おしえて、くれよ。だれでも、いいから……。
おれ……は……。なんのために……いきて……うま、れて……。
なんの、ため、に……がんばってた、の、かな――。