What has he been striving for?
「負傷の激しい方はこちらに! 私の力で治療します!」
私は誠司さんの指示の元、前線には出ずに、後衛で負傷者の治療に専念していた。
次から次へと、大小様々な傷を負った人が運ばれてくる。治して前線に復帰する人も、これ以上戦えない人も……命に関わる負傷者だって、何人も。
この規模の戦いだ。どうしたって、犠牲者は出る。ここに運ばれるまでもなく、命を落とした方はいるだろう。私にも、それは分かっている。
だけど。せめて、手を伸ばせる範囲の命は救ってみせる。この力、〈生命の炎〉は、そのためにある力だから。
このPSのおかげで、命を繋ぎ止めることは何とかできている。ただ、本当に重傷の人は、それだけじゃ一時しのぎにしかならない。生命力と自然治癒力を活性化させるのが力の作用だけど、元の炎がうんと小さければ、効果も弱まってしまう。
だから、通常の治療も必要だ。誰でもすぐに元気にできるような万能な力じゃない。戦えなくなった人の数は、どんどん増えていく。幸いなのは、医療班の技術も設備も十分なものだったことだ。私は医者としては見習いだから、自分だけだと限界があった。
「……重傷の人は? 他にはいませんか!」
「一旦は大丈夫だ! 君も休んでくれ、能力を使い続けているだろう!」
一旦、波が落ち着いた。だけど、戦いが続いている以上、つかの間だろう。私は水分だけ補給して、息を整える。力を使い続けているのもそうだけど、治療にはいつだって神経を使い続ける。
少しできた隙間で、私は思案する。
医療班だって余裕はない。だけど、戦える人が減って、前線が押し潰されたら、それで終わりだ。
……犠牲を、減らすには。私は……どう動くべきだろう。
私を誠司さんが後方支援にしたのは、能力を考えてだろう。私が表に見せているのは、荒事よりも支援向きの能力だけ。……そうではない、昔の私を知っているのは、マスターくらいだから。
でも、誰かを助けるために、そうすることが必要なら躊躇わない。それは、ギルドに入った時に決めていることだ。
懸念は、その行動で、救える人が変わってしまうかもしれないこと。前に出て二人救えたら、後ろの一人が死んでもいいなんてことは絶対ない。でも、逆だって同じだ。考える時間はあまりないけれど、即決できるほどに割り切るのも難しくて。
そんなときに、一人の軍人が飛び込んできて、私の思考は中断した。
「た……大変だ……! だ、誰か動けるやつはいないか!? ああ、くそ、その前に負傷者の受け入れを……!」
「どうした、落ち着け! 何があった!」
ただ事じゃない雰囲気だ。良くない流れを感じて、私はすぐ動けるように身構える。
「東裏門の部隊が、壊滅寸前だ……! UDBじゃない! ヒトが攻めてきてる!」
「何だって……! 人数は!」
「二人組だ! だけど、特に一人、朱色のリスの女が、子供のくせにとんでもない強さで……!」
……朱色の、リス?
この状況でヒトが攻めてきたったことは、リグバルドの将軍か傭兵だと思う。だけど……朱色のリスの女の子で、傭兵? それは……もしかしたら。
……あり得ない話じゃない。でも、もし本当に、あの子だとしたら……しかも、あれから何年も経っているし、腕も上がっているはず。いけない。普通の軍人に、対処できる相手じゃない。
……怪我を治すにも、攻め落とされたら意味がない。他のみんながいないとしたら、私がやるしか――
「今は……ギルドの、獅子の少年が、食い止めてくれているけど……あのままじゃ、長く保たない!」
――それを聞いた瞬間。私は、走っていた。
「はぁ、はぁ……!」
おれは……苦戦していると聞いた区画の防衛に、参加していた。
砦を守る戦力は、十分とは言えない。ギルドのみんなとか、軍の実力者……それから、援軍に来るという親父たち。それを全員集めたって、砦の全部を守るには足りない。どうしたって、薄くなるところはあった。
だから、ここの戦況が思わしくないって話を聞いた時に、おれは志願して前に出た。
後方支援が、おれへの命令。これは勝手なことだって、分かってる。
でも、やっぱり……一人で待ってるなんて、耐えられなかった。戦うことの怖さよりも、もっと……自分が何もできないことの怖さの方が、強かった。
見ている先で、死ぬ人がいるかもしれない。おれが戦えば、ひとりでも救えるかもしれない。だったら……意味はあるはずだ。後で、どれだけ怒られたって、せめて一人でも多くの役に立ちたいって。
そう思って、戦っていたところに。
あいつらは……現れた。
「駄目駄目。全然足りないよ。もうちょっと歯ごたえ出せないかなぁ!」
そんなことを笑いながら言っているのは、リスの少女。長刃の剣を振り回し、一人突っ込んできている。
「全く、じゃじゃ馬のお守り役はほんとハードだな。特別手当でも請求しなきゃ割に合わん」
その後ろでは、カラスらしい黒羽の鳥人。呆れたような言葉を吐きつつ、UDBを指揮しながら軍と戦っている。
周りには、生きているかどうかも分からない軍の人たちが倒れている。……何人かは、間違いなく……死んでる。その姿を見るだけで、背筋が凍りそうだ。
特に……あの女の方、危ない。おれ達とほとんど変わらない歳に見えるのに、信じられないような身のこなしで、一気に軍の陣形を突き崩して、そのままみんなを。
……目の前で……人が、殺された。おれも、気を抜いたら、同じ目に。
怖い。どうしようもなく、逃げたくもなる。でも、それをしたら、こいつらはきっと、もっと多くの人を殺す。それを、許したくなかった。
虚空の壁を使って、突っ込む。渾身の一突きは呆気なく防がれたが、意識は引きつけられるはずだ。
「あはっ、キミは見覚えあるよ。赤牙ってギルドのメンバーでしょ? 確か……レン、だっけ?」
「何……なんだ、お前は……!」
「アタシはエルザ。雇われ傭兵って言えばいい? そっちのトラビスも同じくね」
「ついでみたいに扱ってくれるな。ま、お前ほど目立つつもりもないから構わんがな」
傭兵……アガルトで戦った奴らみたいな? まだ、こんな奴らが動いていたのか……!
「狂犬たちだけじゃなくて……そんなに、この国をめちゃくちゃにしたいのか!?」
「本当はアタシ達まで出る予定はなかったんだけどね? 前の仕事が簡単すぎて早く終わっちゃってさー。暇だって言ったら、マリクがこっちで遊んでこいってさ」
「っ、そんな軽々しく……そんな理由で、人を殺すのかよ!」
「それがアタシのお仕事だからね? ま、楽しくてやってるのは否定しないけど」
……狂ってる。すぐにそれは分かった。あまりにも、普通のヒトと感覚がかけ離れてる。戦うことが……楽しい? スポーツじゃない。生きるか死ぬかなんだぞ?
「ね。もっと殺されるのが嫌なら、キミが遊んでよ。満足したら帰ってあげるからさ」
「ギルドのメンバーを仕留めれば特別報酬だったな。そいつは下っ端のようだが」
「っ……!」
なんだよ、それ。人を勝手に賞金首みたいに。……前までマリクってやつは、おれ達を生かして実験してたように感じた。ガルフレアの件は別にしても、もう用済みってことか? それか……狙わせて、死ぬくらいならそれまでってことか? ふざけてる……!
「トラビス、この子の相手はアタシでいいよね? 報酬は山分けでいいからさ!」
「全く。駄目だと言っても聞かんだろう、好きにしな」
最初から勝ったつもりみたいな会話。でも、二人ともおれより格上なのは、おれにだって分かる。……それでも。
「それじゃ遊ぼっか、レン!」
「何を……! 遊び感覚で誰かを殺せるようなやつ、おれは許さない!」
こんなやつを好きにさせたら、軍もギルドも被害が出る。そんなの、絶対に駄目だ。
……あいつらに、ちゃんと謝るためにも……ここを、通してたまるか!