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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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私の貫く正道 2

「やっこさん、本気で来るって感じだねぇ……勘弁してほしいぜ!」


「ハーメリアちゃん、無茶はしちゃ駄目よ! 私たちの後ろに!」


 エミリーさんが杖を振り回すと、私たちの正面で、壁のようにたくさんの冷気の魔弾が迸った。ヴィントールは触れれば凍て付くそれを、的確に避けながら近付いてきたけど……そんな彼に、周囲からの銃撃が降り注いだ。


「む……!」


 さすがの白獅子も、いったん飛び退いた。彼に銃撃を浴びせた軍人の先頭には、逞しい馬人がいる。


「総員、ギルドにだけ任せてはいられんぞ! 我々の国を、力を合わせて守るのだ!」


「了解しました。……やりますよ、アッシュ。我々の隊長に託された分も、やりきるとしましょう」


「もちろん! ハーメリアも頑張ってるし……この戦いはここでケリをつけるよ! ウチらの勝利でね!」


 ライネス大佐……それに、アッシュさんとオリバーさんだ。苦境と見て、援軍に来てくれたらしい。


「そちらも簡単には屈しないか。ギルドは私が相手取る! お前たちは軍を抑えろ!」


『ハッ!』


 ヴィントールの指揮で、配下の鉄獅子たちが軍と衝突する。精鋭らしい彼らは、今までの鉄獅子よりひと回り強い。

 それでも大佐とオリバーさんはヴィントールを狙っていく。エミリーさんの冷気弾と合せて、少し時間は稼げそうだけど、そこまで長くは止められないだろう。


 でも、少し時間はできたなら、それが大事だ。

 ……お二人ほどの技量は私にはない。ここは、支援に徹するべきなのかもしれない。……けれど。


「アレックさん、エミリーさん。ひとつ、提案があります」


 伝える。私の思い付いた手段を。あの白獅子を倒すために考えた、最善を。それを聞いた二人は、少しだけ驚いたような顔をした。


「それは……確かに、そうだがよ」


「だけど、危険よ。分かっているのよね?」


「はい。……私ひとりでは、無謀な話だってことも。ですが……」


 否定されなかったのは、私の作戦が有効だと、二人も思ってくれたからだと思う。問題なのは、私自身。私が、託すに値するかどうか。……今までの私を思えば、危ない賭けと突っぱねられてもしょうがない。だから、言えるのはこれだけ。


「お二人を信じます。だから……私を、信じてください。私は、いいえ、私たちはやれます」


 私ひとりじゃ、ガルフレアさんと互角だったヴィントールに、一矢届けることも難しい。それは分かってる。でも、私は……一人じゃない。みんなでならやれる。これは、自惚れじゃないって言える。


「……はっ。ほんっと、急成長ってぇか……」


「マスターが聞いていないのが残念ですわね。……アレックさん」


 お二人は……小さく笑って、頷いた。


「ここに一緒に立ってる時点で信じてらぁな! ただ、気負いすぎんなよ? あっしらは仲間なんだ」


「私たち全員で、立ち向かいましょう。失敗しても大丈夫、フォローするわ!」


「…………はい!」


 思えば砂海の皆さんは、私みたいな世間知らずを見放さず、ずっと面倒を見てくれた。赤牙の皆さんも、ヘリオスさん達も……もっと遡れば、お父さんとお母さんも。きっと、私には数えられないくらい、たくさんの人も。

 みんなに支えられて、私はここに立っている。いま一緒にいる人たちだけじゃない。私がここにいること自体が、みんなのおかげだ。


 ヴィントールは、弾幕の隙をついて、一気に近付いてきた。だけど、十分だ。

 もう間違えない。私は、みんなで戦って、みんなで勝つ!


「見せてあげるよ、ヴィントール。私たちの底力を!」


「……腹は決まったという顔だな。良いだろう。ならば、私を撃ち抜けるか……試してみるといい!」


 そして、ヴィントールと私たちは、再び衝突する。


 アレックさんの銃剣。エミリーさんの氷結。私も、隙をついてボウガンで狙いをつけていく。

 でも、高い身体能力だけじゃなく、幻覚を巧みに操るヴィントールは、攻撃のほとんどを回避か防御してしまう。傷はゼロじゃないけど、掠り傷だけだ。

 一方で、ヴィントールもさすがに3人の攻撃をかい潜るのはそう簡単じゃないはずだ。こっちは一発でももらったら終わり……だから、私たちの攻撃は、彼の動きを封じ込めることを優先している。


「何か策を講じていたようだが、真っ向から防ぐだけか?」


「はっ、そいつぁどうですかねぇ? 短気な男は損ですよ、っと!」


「焦らされて熱くなってきたのならば、少し冷やして差し上げましょうか!」


 UDBのスタミナを考えると、長期戦はこっちが不利。でも、それと同時に、焦ったら負ける。我慢比べ……勝負を決める瞬間が来るまで、耐える。

 ……私はそんな中で、自分のPSの出力を制御して、感覚を確かめていた。白夜の光に吸い込まれていく矢……それが、完全に避けられているのか、掠めているのか、弾かれているのか。――どれだけ、狙いが逸れているのか。私には、あの光の中でも……少しだけ、()()()から。



 当然の話だけど、PSには相性がある。相乗的に効果を増す場合もあれば、互いに打ち消し合う場合もある。一方的に片方が勝つこともあるだろう。

 例えば、水の力と炎の力がかち合った場合。水の方が強ければ、炎を消してしまうだろう。逆に、炎が水を全て蒸発させてしまうかもしれない。


 そして……私やヴィントールみたいに、超常的な概念を付与する力であれば、特にそういった影響を受けやすい。

 もし「何かを貫く」概念と、「攻撃を防ぐ」概念がぶつかったとしたら、両方が役目を果たしきることは絶対ないように。



 ――そして、今この場で、確信を持って言えることはひとつ。

 私の力は、ヴィントールの白夜に対して、()()()()()ってこと。



 息を吸って、真っ直ぐに前を向く。ボウガンを構える代わりに、護身用として装備していた短剣を抜いた。ヴィントールは、少しだけ訝しむような顔をしたけど、左右からエミリーさんとアレックさんの攻撃を受けて、そちらに意識を向け直していた。

 彼にも、二人の方が私より強いと分かっているはずだ。だから、全員が同時に動けば、最も優先順位が下がるのは私。……そこまで込みで、二人は動いてくれた。私に全部を託してくれた。怖くもあるけど、それ以上に覚悟が決まった。私は、砂海の一員として戦えているんだ。



 私の〈貫く一矢(ストレイト・アクセル)〉は、攻撃に強い貫通力を与えるのが表に見える作用。だけど、その本質は違う。これは、目標に向かって真っ直ぐに突き進む、その概念の付与だ。

 狙いを定めて、それに集中すればするほど、貫通力や速度が上がる。でも、その代償に、意識を目標に集中させるほど、他のものが見えづらくなってしまう。


 目標しか見えなくなる。それは、視野の狭さ。今までの私を指しているみたいで……それしか見えない、私はそれがとても怖いことだと知った。だけど、これは言い換えれば――目標に強く狙いを定める力とも言える。

 ……目に見えるものをあやふやにするヴィントールの白夜。矢に力を込めながら牽制する程度じゃ、あの力を突破できなかった。だけど、感じた。私の全力だったら、通じるってことを。



 もちろん、相性が良くたって、相手の方が強ければ力は打ち負ける。

 でも、ヴィントールの力は……外付けのもの。彼自身、完璧にはものにできていない。だから、言える。今の私は、あの力に勝てる。



 正直、今からやることは、ほんとのほんとに最終手段。さすがに無鉄砲すぎるって、私ですら思っていたもの。だけど、同時に……何よりも強く、この能力が作用する一撃。あまりにも単純で、いっそ子供じみていて、だからこそシンプルに全部が乗る行動。



 能力発動。付与対象は――私自身!!



「な……!!」


 駆け出した。まるで身体が宙に浮いたみたいな感覚の中、私は進む。

 目に映るのは、ヴィントールの姿だけ。広がる光の中、私の目は確かに……白獅子の姿を、はっきりと捉えた。

 走る、走る、走る。目標を定めたら、考えるのは終わり。ただ、この道を正しいと信じて。今この瞬間……私自身を、一本の矢に変えて!!


「つ、ら、ぬ、けええぇぇぇーーーーーー!!」



 ――私の全てを賭けた突撃。無心になって、突っ切った。




 少し、自分が世界から切り離されたみたいな感覚があった。あまりに集中しすぎて、自分すら見えなくなるみたいな。

 だけど……堪えた。私ひとりじゃない。私のゴールは、ここじゃない。走り終わるのは、まだまだ先だから。


「……はぁ……はっ、はっ……」


 力を解いて、何とか足を踏みしめて止まる。私は、倒れてしまいそうな身体に鞭を打って、振り返った。……指先に残る確かな感触を、確かめながら。


 ヴィントールは、立っていた。……私が駆け抜けた、その直線上、ど真ん中に。


「…………み、ごと……だ」


 小さく、白い獅子が呟いた。次の瞬間、その口から、ごぽり、と血が溢れ出した。

 ヴィントールの腹部には、私の短剣が深く突き刺さった傷が、はっきりと刻まれていた。


「……参った、な。……侵略の、報い、と、言うべき、か……がは、げほっ……」


 白獅子は、そのままどさりと倒れる。急所は、外れているみたい。でも、致命傷なのは間違いなかった。


「……これ、が……君の、道、か……。見せて……もらった……ヒトの、意志の、力を……完敗、だな……」


「ヴィントール……」


「だが……私はまだ、死ぬわけ、には……ごふっ! はあ、はあっ……」


 苦しげに血を吐きながら、ヴィントールの全身が、その周囲の空間が、歪んでいく。お腹から溢れる血は止まらなくて、激痛どころじゃないはずだ。そんな中でも、彼はどこか穏やかさすら感じる目で、私を見た。


「……ハーメ、リア。その、正義……貫いて、みせると、いいさ。……次に……まみえた、時には……負、けな…………う、ぐはッ……」


 消え去る寸前、一気に吐血した彼の全身から、力が完全に抜けた。意識を失ったのか……それとも、死んでしまったんだろうか。


 殺しあっていた相手だ。許せないことをやった敵だ。だけど、ほんの少しだけ、彼が無事であってほしい、助かってほしいと、そんな気持ちになった。

 善悪の境界なんて、曖昧、か。誰かを陥れるような人がいて……誰かを敬えるUDBだっているように?


 彼は、この国を襲った侵略者で、敵なのは間違いない。それでも、彼の事を……悪なんて言葉で、片付けていいものなのかな。少なくとも今の私は、それをしたくないと思った。だから。


「……貫いてみせるよ、ヴィントール。ありがとう。あなたとここで戦えて、良かった」


 敵である彼に、素直な気持ちを。私の命が続く限り、私は……今日、ここで見付けた正道だけは、絶対に見失わないようにするって、誓おう。彼の誇り高い戦いに、報いるために。いつか彼と再会した時に、この道を誇れるように。


『ソン、ナ……ヴィントール、様ガ……?』


「頭は潰れた! 総員、畳み掛けるぞ!」


「やったぜハーメリア、大金星でさぁ! マスターが戻ってきたら良いネタになるぜ!」


 リーダーを失った鉄獅子たちの士気は急速に落ちて、軍が一気に制圧していく。これで、ここは私たちの勝ちだ。……けど、砦全部が、じゃない。やるべきことは、まだまだある。

 矢も体力も消耗したから、補給はしないといけない。それからは……。


「まだ、終わりじゃありません。最後まで、走り抜けてやりましょう!」


「ふふっ……ええ! 負けていられませんよ、アレックさん!」


「やれやれ、おっさんにゃ若者の元気が羨ましいぜ。けど、今ぐらいは一踏ん張りしますかねっと!」


 うん。私は、ギルド〈砂海〉のハーメリア。

 どんな敵でも、どんと来いだ。私たちがいる限り、侵略なんてさせるもんか!


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