裁くもの、裁かれるもの 2
「――――!!」
「ひっ……な、何、がっ……!?」
怯えた声を上げたそいつも、次の瞬間には首を裂かれて崩れ落ちる。それはあまりにも唐突な、死の一撃だった。
ひと目で分かる、致命傷だ。そして、その原因が何であるのか、誰の目にも映らない。
「う、わああぁ!! な、何だ、何なんだ!?」
「あっ……こ、こっちも……!?」
そうして、近くで倒れていた男も、声もなく事切れていた。心臓を、一突きされている。そうしているうちに、次の犠牲者が生まれた。
信者たちの中に、狂乱が広まる。何が起きているのかも分からないままに、一人、また一人と、血飛沫を上げながら倒れていく。
斬られている。見えない刃が、無慈悲に信者たちの急所を引き裂いていく。
「何だよこりゃ!? おい、ジン!」
「分かりません! ですが、これは……何者かがいます!」
「っ……!!」
……見えない脅威に、次々と刈り取られる命。こんなことができる奴を、俺はひとりしか知らない。
確かに、来るならばあいつだとは思っていた。だが、このような形で……!
「止めろ! フェリオ!!」
「…………!! あ、にき……!?」
俺の声で止まることもなく。信者たちが、次々と致命傷を負い倒れていく。分からないなりに、自分たちが間もなく殺される運命にあることを悟りつつあるようだ。
「た、助けて、誰か――かっ」
「聖女さま、お慈悲を、救いを――ごふっ」
……標的は俺たちではない、信者たちだ。しかし……見過ごせない。
素のままでは、俺でも感知はほぼ不可能だ。だが、月の守護者が発動していれば、僅かな音や空気の流れから……!
「はぁっ!」
振るった刀が、金属と衝突する感覚。鍔迫り合いの中、溜め息が聞こえたかと思うと……俺の目の前に、黒豹の姿が浮かび上がった。
「邪魔をするな、ガルフレア」
「何をしている、フェル!」
「問うまでもないことを。聖女ナターシャ並びにその信者は、我らの主によって、殲滅の対象として定められた、それだけだ」
主による、殲滅指定……。俺は思わず舌打ちした。取り戻した記憶だけで、それがどれだけの重みを持つかは知っている。
「この集団は、己の意志を持たず、流され……多くの人を死なせるだろう行為に、加担した。裁くには、十分だ」
「だが、無力になった! 命まで奪う必要はもうないはずだ!」
「甘いな。断言してやる。こういう連中は、繰り返すものだ。この件で数年を贖いに当てたとて、それで終わりだ。そもそも、本当に悔いているように見えるか?」
……フェルに指摘されるまでもなく、分かっている。怯え逃げ惑う彼らは、決して自らの行いを反省しているわけではないのだろう。ただ、どうしてこうなったのかが分からないまま、死の恐怖に心が折れているだけだ。
「俺だって、この連中は許せない。だが……だからと切り捨ててしまう安易さを、俺はもう認めるわけにはいかない!」
「お前はそう言うのだろうな、ガルフレア。だが、それならばおれは……このような奴らがのうのうと生きていくことを、認めない」
俺の刃を弾くと、フェリオは真っ向から俺に対峙する。信者たちは何とか逃げようともがいているが、誰もまともに動けない状態だ。
確かに、こいつらが裁かれることについて、自業自得と言えるかもしれない。だが……俺は何としてでも、フェリオを止めなければならない。
「アトラ、ジン、ゴーシュを守れ! 殲滅指定が出た以上……彼も標的だ!!」
「!!」
聖女の信者を殲滅。フェリオはそう言った。俺は、嫌と言うほど知っている。そこに、例外はいない……!
だから、認められない。少なくともゴーシュは、まだ戻れるはずだ。彼の罪は、このような形ではなく、真っ当に償わせなければならない。
「う、嘘だろ……? なあ、兄貴……いきなり来て、何を……!」
「……その少年も、聖女の配下として国を乱した。そのせいで死者も出た。見逃す意味は、どこにもない」
「何、言ってんだよ! お前、今まで見てたわけじゃねえだろ!? ゴーシュは……自分の考えで、ちゃんと止まった! こいつは、本当に後悔してたんだ!」
「そうだな……見ていたわけではないが、ベルナー達から彼の話は聞いていた。恐らく現実を直視できていないだけだろう、とも。だが……生憎。今回下された命は、殲滅だ。そこに、俺が酌量を挟む余地はない」
やはり、ベルナーとミントは、俺のかつての仲間……それも、フェルの直属の配下か。アトラは、頭が追い付かないと言いたげに顔を歪めている。
「思考を放棄する気か、フェル! お前の目で、まだ救えるものを見ておいて、それも捨て去るのか! 命令されたから酌量の余地がない? それでは、この信者たちと同じではないか!?」
「……おれ達は剣だ。剣が自分の意思で止まれば、役目を果たせはするまい。分かるだろう。お前だって、かつてはそうしていたのだから」
「だからこそ、俺はその理想を信じられなくなったんだ! 第一、分かっているはずだろう!? 彼はお前の配下と、実の弟の身内なんだぞ!」
「当然、知っている。二人もその上で、この場をおれに託したのだからな」
黒豹は、事もなげにそう言い放った。アトラの表情が、ひときわ歪む。
「聖女については自分たちの手で終わらせたいと、二人から懇願されてな。だから、おれはこの場を彼らに任せ、UDBを処理していたが……聖女はともかく、弟を殺させるのは酷だろう。そこだけは、おれが引き受けることにした」
「なん、だよ、それ……!」
「身内だからというのは、善悪の基準にはならない。二人はとうに、全てと戦う決意を固めているというだけだ。……情を捨ててでも、理想の世界のためにな」
まさか、ベルナーが先ほどゴーシュに言っていた「もっと早ければお前は止められた」とは……そういう意味で、か。彼らは……分かっていて、この場を。
「っ、ふ、ざけんな!!」
アトラが吠える。トンファーを構え、PSを発動させ……弟を守るように、立ちはだかる。
「自分たちは剣だ? 理想の世界? 馬鹿にすんなよ! そんなもん……こっちの知ったことかよ!! 確かにゴーシュは間違った! 償うべきなんだろう! けどな、また繰り返すから殺すだと? 横入りしてきたてめえらに、勝手に裁く基準を決められてたまるかよ!!」
「……アトラ」
目の前にいるのは、彼の実の兄。それでも、赤豹は立ち向かう。その力強い主張は、かつて俺が抱いた疑問のひとつと同じだった。
そうだ。そうして俺は、その傲慢さを認められなくなったんだ。
「そんなやり方で、てめえらはどんな世界にするつもりだ、フェリオ! それで本当に、世界が良くなると思ってんのかよ!!」
「――ああ、思っているとも。こうでもしなければ、世界は変わらないと」
だが……弟の問いにも、フェリオが動じることはなかった。
「もう一度言う、邪魔をするな。こんなところでおれ達が戦っている場合か。まだ、退けねばならない敵がいるはずだぞ」
「その通りだ……ならばお前が剣を収めろ、フェル!」
「ギルドとして、目の前で起きる無用な殺人を許容はできません。罪人を裁くことの是非は敢えて捨て置きましょう。ですが……今は優先順位を考えるべきでは?」
ジンも加わり、フェリオの前に立ちふさがる。ここでゴーシュ達を見捨ててしまえば、俺は離反した己の覚悟を軽んじることになる。それ以前に、赤牙の一員たる資格も無くしてしまうだろう。
……こいつと、戦いたくはない。アトラと戦わせたくもない。それに、3人がかりでも彼に勝つのは困難だ。だが、もしも彼が言葉で止まらないのならば――
――そんな、一触即発の空気を吹き飛ばすように。
遠くから響いた轟音と振動が、遺跡を揺らした。
「……なんだ!?」
さすがに想定外のそれに、全員が動きを止める。フェリオも目を細めていた。
一瞬、地震かとも思ったが……今のはまるで、爆音だ。距離はかなり離れているのか、大きさ自体はさほどでもなかったが……遺跡の中で、こんな音が?
「ベルナー達、ではないな。だとすれば……」
「……ロウ達か!?」
爆炎を巻き起こすロウのPS……思い当たるのはそれだ。だが、ここまで響くほどの爆発を起こすなどと。メルヴィディウスとの戦いが激化している? それとも、他の何かが……?
「……戦いは、まだ終わっていない。ここで不毛な争いをしていては、犠牲が増えるだけだろうよ」
聞こえてきた声。振り返ると、ウェアルドが呼吸を整え立ち上がっていた。
「もう動けるか。少し無駄話が過ぎたな」
「答えてもらおうか、フェリオとやら。お前の主とやらは、ここで英雄を敵にすることを望むのか? ……お前も、命令に囚われて、やるべきことを間違える男だと思いたくはないのだがな」
ウェアの問いに、フェリオは深く息を吐いた。そして……納刀する。
「確かに、そこまでのリスクは想定外だ。それに、不測の事態も続いている。優先順位は、六牙として裁量権を行使しても良いだろう」
「フェル……」
「誤解するな。愚か者たちの処罰よりは、罪なき者たちを救うことの方が優先される、それだけだ。……おれは先に行く。お前たちは、好きにしろ」
「っ、待てよ、兄貴! お前、こんなことをずっと続けていくつもりか!」
「……理解しろとは言わない。だが、腐り果てたものは斬り捨てねば、他も腐らせていくんだ。おれ達の、両親のようにな」
「…………!」
「それがどれだけ傲慢であろうとも。この信者たちと同等の愚者に成り下がろうとも。おれは、自分の行いを不要だとは思わない。もしも、納得がいかないのならば……力づくで止めろ」
「……フェリオ……」
そうして、呆気なくフェリオの姿は俺たちの視界から消え去った。少し警戒はしてみたが、そのうち気配が完全に無くなった。彼もまた転移したようだ。
アトラが、ゆっくりと肩を落とす。今回もまた、兄に言いたいことを告げられはしなかっただろう。
「兄貴……お前、ほんっとに、バカだよ……」
「アトラ……」
「………………。呆けてる場合じゃ、ねえな。あいつとのことは……次の機会だ。今は、やらなきゃならねえことがある」
顔を上げた赤豹に、俺たちは頷く。……本当に強くなったな、彼は。
茫然自失となっている生き残った信者たちのこと。ベルナー達が追った聖女のこと。そして、先ほどの爆音のこと。まだ砦の戦いも続いているかもしれない。
「彼らはどうする。放置をするわけにもいかないだろうが……」
「そうだな……ジン、お前はここで彼らの見張りと、傷が重い者には応急処置を頼めるか?」
ウェアルドは、まだふらついている。……戦闘の消耗を加味しても、あの一瞬PSを使っただけで、こんな状態に。月の守護者も全力を出せば大きく消耗するが、ここまでではない。
「指示は承知しました。ですが、あなたは大丈夫ですか、マスター」
「フラフラじゃねえかよ。それに、さっきの翼は……やっぱ」
「心配をかけて済まないな。だが、ここで倒れてはいられん。アトラも、後で説明するさ……良いか、ガル?」
「それは構わない。だが、少し待ってくれ、ウェア」
俺は、父さんの身体に力を注ぎ込む。海翔の時で、感覚は掴めている。
俺たちが同系統の力である以上、その消耗はこれで補えるはずだ。父さんは少し驚いたような顔をしながらも、それを受け入れてくれた。
「……ありがとう。これで、まだ戦えるだろう」
「……無理をするなよ、ウェア」
「分かっているさ。それよりも、急ぐぞ。何だか……胸騒ぎがする」
ウェアの言うとおり、何かがあったことは間違いない。……急がなければ。俺も、嫌な予感がする。……間に合ってくれ。