死闘の始まり
「ほう……」
俺の横にいる男は、感嘆したような声を上げる。
「あれは実弾のようだな? どんな手品を使ったんだか」
……良い機転だ。瑠奈のPSを、あのように使うとはな。
彼女の能力は、武器に様々な事象を宿すこと。ならば、例えば本来は貫通力を持たない大会用の銃弾に貫通という事象を宿せばどうなるか。結果は見ての通りだ。
彼女達が手にしている武器は、今や真剣や実弾と何ら変わりない。彼女達の実力があれば、ミノタウロス一体程度は……!
「面白いな、銀月。あの子供達は、なかなかの実力を持っているようじゃないか?」
「…………」
俺は男を完全に無視する。とにかく、この檻を脱出する方法を考えなければ。しかし、素手で打ち破れるか? くそ、PSさえ思い出せれば……!
「しかし、だ。6対1ではいささかアンフェアではないか?」
「……何?」
男は嫌味な笑みを見せた。こいつの性格を考えれば……今の発言の意味は。
「ふふ。では、調子に乗った子供達には、もう一度絶望してもらうとしようか?」
「まさか……止めろ!」
俺の制止を意にも介さず、男は胸元から何かを取り出し、操作した。
「さあ、第二幕の始まりだ!」
「カイ、大丈夫?」
「ああ、心配すんな。この程度、大したことねえよ」
「……本当に、間に合って良かった」
まずは牛鬼が怯んだ間にカイ達に下がってもらって、体勢を立て直す。
カイも瑞輝さんも、すごく疲れてはいるみたいだけど、しっかり立ってる。尻尾で打たれたカイは心配だけど、本人が大丈夫って言うなら、今はそれを信じるしかない。
「まだ良かったと言うのは早いぞ。それは、生きて帰ってからだ」
「ああ。残念だけど、さっきの不意打ちじゃ奴は倒せなかった」
暁斗の言う通り、牛鬼は混乱こそしているようだけど、致命傷にはなってない。だけど、間違いなく私達の攻撃は相手に通じてる。
「それでも、こっからは6対1だ。形勢逆転ってやつだな?」
「海翔、まだ戦えるのか?」
「当然ですよ。瑞輝さんこそ大丈夫ですか?」
「……はは。ここで俺が弱音を吐く訳にもいかないだろ?」
作戦成功でプレッシャーが緩んだのか、カイと瑞輝さんのやる気は十分なようだ。もちろん、私たちだって。
いける、これなら。相手がどれだけ強力な魔獣でも、私たち全員の力を合わせれば……!
――そう思った矢先。
また、私たちを耳鳴りが襲った。
「!?」
この感覚は。ガルの時とか、あの牛鬼が現れた時と同じ? ってことは、まさか……!
「向こうも増援ってか……? はは、やってらんねえな……」
暁斗が乾いた笑いをもらす。牛鬼の後ろに――新たな歪みが、二つ生まれていた。今度は、転移が終わるまでにそれほどの時間はかからなかった。
一体は、醜悪な巨人。ミノタウロスと同等の体躯に、緑色の皮膚。外見はあえて言うなら人間に近いんだろうけど、そのぎょろりとした目には、知性なんか全く感じなかった。
もう一体は、全身を黒い毛で覆われた獣。大型犬をさらに二回り大きくしたような見た目に、鋭い牙と爪。しなやかで力強いその身体は、獲物を狩るために洗練されたものだ。
「〈愚巨人〉に〈影牙獣〉……」
UDBの危険度を表すランクは、どちらもミノタウロスと同じC。つまり、同レベルに強力で危険なUDBだった。
「神様ってのがいるなら、ずいぶんと意地悪なんだな……」
警戒態勢だった牛鬼は、新たな二体を仲間と認識したみたいだ。全く別の種類のUDBが……やっぱり何かおかしい。けど、変だって言ったところで、現実が変わってくれるわけじゃない。
私達だけで、あの三体を相手にしなきゃいけないなんて……無謀にしか思えない。
……だけど。
「やるしかねえだろ」
「……そうだな。諦めている場合じゃない」
最初に前に出たのは、カイと瑞輝さん。
戦って、一番怖い思いをしたはずの二人。だけど、どこか吹っ切れたみたいな声で。
「おら、気合い入れろよお前ら! 心配すんな、俺はあいつと戦えた! お前らは俺と同じくらい強い! だったら、力を合わせりゃ戦えるってことだ!」
「…………!」
「それとも、諦めてこんまま死ぬか? 俺は御免だな! 俺の命は、あんな奴らの餌になるほど安くはねえからよ!」
カイの発破は、折れかけた心によく響いた。
……そう、そうだよ。諦めたら同じだ。どれだけ相手が強くても、まだ私達は立ってるんだ。
「ああ、そうだな。俺は、死にたくねえ……瑠奈も、お前らも、死なせたくねえ!」
「そうだ。こんな所で、死んでたまるかっつーの!」
「当たり前だ。おれにはまだ、やることが沢山あるんだ……!」
カイと瑞輝さんだって、頑張ったんだ。震えるほど怖くても……やらなきゃ死んじゃうって言うなら!
「戦う前から、諦めてたまるもんですか!」
まだ、誰も闘志は無くしていなかった。必ず全員で生きて帰ってみせる。そのために……!
「数はまだこっちが上だ、手分けするぞ。俺とコウで牛鬼、レンとルナで愚巨人、暁斗と瑞輝さんで影牙獣だ……問題あるか?」
「チーム分けの基準は?」
「能力と相性を考えた結果だ。俺の頭、信じられねえか?」
異議を挟む者は、もちろんいない。そもそも話し合う時間はない。奴らは、もう目と鼻の先にいた。私は、弓をしっかりと握る。
「……生きて帰ろう、みんな!」
『ああ!』
――再び、命懸けの戦いが始まった。