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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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裁くもの、裁かれるもの

「ナイス、ベル!」


「まだ止めただけだ。根本を断たねば……悪いが、維持に専念する、残りは頼むぞ……!」


「……おう! そっちこそ、ゴーシュを頼むぜ!」


 言いつつ、ベルナーはさらに糸を増やし、ゴーシュの動きを完全に封殺していく。動くことができなければ、暴れての消耗も多少は抑えられるだろうか。ようやく、ひとつ切り崩せた。


「……ゴーシュ一人を止めた程度で勝ったつもり? その分、他の者へと加護を与えれば――」


「いいや。一箇所が崩れたら、その綻びは致命的になるものだ」


 その声を発したのは、ひとりUDBとの激闘を繰り広げていたウェアルド。

 アミィは恐らく、彼を完全に封殺したつもりでいた。だからこそ、意識を逸らしてしまった。だが、その間に……最強の戦士は、動いていた。


「……何よ、それは」


 先ほどまで、拮抗していたはずの戦いには明らかな変化が起きていた。……ウェアの動きに、余裕ができている。彼の攻撃が何度も通っているのに対して、UDBの攻撃は鈍り、赤狼には届く気配がない。

 ウェアが速くなったわけではない。恐竜の脚運びが、不自然になっていた。


 見ると、UDBの脚には、無数の傷痕が残されていた。特に関節の辺りに、刀傷は集中している。

 その傷の痛みが薄くとも……脚を破壊されれば、動きは鈍る。ウェアルドは、何度も同じ箇所に斬撃を加えていたのだ。


「お前の言う通り。今の俺が全力を出せるのは、一瞬だけだ。ならばこそ……」


 それでも、決定打は入れられていない。一撃でも喰らえば終わりなのは同じだ。頑強な鱗を持つ怪物は、憤怒の咆哮と共に真っ向から赤狼へと喰らいつく。


 そして。それこそが、ウェアルドの待っていた絶好の瞬間だったようだ。


 父さんの背中に、浮かび上がる……天使のような光翼。あの時に見た、彼の持つ天の翼……〈天空の覇王〉。

 アトラが目を見開いたが、今は説明している場合でもない。


「この一瞬に、全てを込める」


 翼がはためいた瞬間。恐竜の牙が閉じ――立っていたはずの父さんは、消えていた。

 光の羽根が散る。閃光が駆ける。それは文字通りに一瞬のうちに……怪物の頭から尾までを切り裂いた。


「……………………は?」


 アミィの声に、この瞬間ばかりは同意した。全てが……見えなかった。

 UDBの胸から腹にかけて、そこから一気に血液が溢れる。左胸に刻まれた傷は、あの深さならば心臓を捉えているだろう。


 いかに頑強さと再生力に能力が作用したところで、心臓を潰されて生きていられる生物はいない。黒瑙暴竜は、数歩だけふらふらとよろめいたかと思うと、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。


「……なんという」


「だから言ったのですよ。誰も彼も、マスターを侮りすぎです」


 俺も、父さんがPSを開放して戦うのは、初めて見た。もちろん、同系統のPSでもあるし、普段の実力からイメージはしていたのだが……それは、甘いどころではなかった。

 記憶の有無は関係ない。月の守護者とは、格が違う。これが……天空の覇王。全てを断つ、英雄の剣。


 光翼は、父さんの納刀と共に消えていた。だが、刹那の煌めきは、この場における全てを決定づけた。


「嘘……でしょう?」


「生憎、現実だ。……お前たち!」


 アミィと信者たちの動揺。それを突いて、俺たちは一斉に動いた。

 ジンが邪魔な信者を縛り、ミントがそれを支援する。その隙間を、俺とアトラが一気に駆け抜けた。

 階段の中腹辺りに、光の膜が見える。やはり光牢結界……だが、今の俺たちならば!


「アトラ!」


「分かってら!」


 俺とアトラ、二人ぶんの波動を叩き付ける。一瞬の拮抗の後……壁は、あえなく砕け散った。聖女までの距離は、あと僅か。


「くっ……!」


 アミィは歯噛みすると、空間転移を試みているようだ。薄れていく少女の姿……しかし、アミィの姿が消えるよりも早く、赤豹は駆け上がった。トンファーはその手になく、代わりに握られた拳を振りかぶる。


「シスターと、ゴーシュと、それから傷付いた全員分だ……!」


「や、やめ――」


「――反省しやがれクソガキがああぁ!!」


 ――渾身の、鉄拳。

 それが、一切の容赦なく、アミィの顔面へと突き刺さった。


 濁った悲鳴を残して後ろに倒れたアミィ。だが、すんでのところで転移が発動だけはしていたか、地面に落ちる直前に消え去っていった。

 ……逃がしたか。リグバルド本国に逃げ帰った、というわけでなければ良いが……さすがに、追う手段もない。


「ちくしょう、往生際が悪いやつ……!」


「……だが、決着だ。こうなった以上、先にこちらを片付けるしかない」


 俺たちは振り返る。そこでは、あちこちで悲鳴が上がり、信者たちが倒れていた。


「あ、あぐ、あっ……痛っ……!!」


「…………っ! ぐぎっ……!!」


 考えてみれば当然だ。アミィの力で痛覚を遮断されていたのならば、それが途絶えれば、痛みが真っ当に襲いかかる。立っているのは後衛にいた数名、残りは苦しみに動けなくなっている。動けるやつも、こうなればただの一般人だ。『加護』を失い、戸惑うだけになっている。


「せ、聖女、様……? わ、我々は、どうすれば……」


「因果応報、と言わざるを得ませんね。しかし、聖女は……」


「ベル、首尾は?」


「問題ない。あの方に我儘を言った手前、あいつを逃がすつもりはない」


「……何か手が?」


「詳細は省くが……あいつはこの遺跡から逃げられない。それに、俺のPSでアンカーを打ち込んだ。おおよその場所は分かる。触れずとも、そのぐらいはできるからな」


 言いつつ、ベルナーはゴーシュの拘束を解いた。彼はぐったりとして動かない……消耗の激しさで、気絶してしまったようだ。

 しかし、この遺跡から逃げられないとは……空間転移にそんな制限はなかったはずだが、阻害する手段が? それに、あの方と言ったのは。


「追うぞ、ミント。近くまでは転移できそうだ」


「りょーかい。ってわけで、アトラ達はまた後でね?」


「って、おい! まだ何も説明されてねえぞこっちは! お前ら……」


「アミィを逃がすわけにはいかない。どれだけ稚拙でも、利用されて困る力の持ち主なのは確かだからな。……兄としての責務だ。ここで、仕留める」


「仕留める? おい、お前……あいつを見付けたら、どうするつもりだ?」


 その問いには、ベルナーは目を逸らすだけだった。その反応で、アトラも不穏なものを感じ取ったらしい。


「待てよ……あいつは確かに、どうしようもねえクズだった。けど、シスターは……それでも、あいつと話したいはずだ。生かして捕まえろよ!」


「だけど……話させたって、シスターの思いは届かない。余計に傷付けるよ? 本当にどうしようもない奴ってのはいるのさ、この世界にはね」


「だからって……!」


「マスター!」


 ジンの声で、俺とアトラは思考を中断する。……父さんが、地面にうずくまっていた。全身から汗を流し、ひどく荒い呼吸をしている。戦闘の疲弊、だけには見えない。急いで彼の元に駆け寄った。


「ぐ……うぅっ……はぁ、はぁっ……くそ……」


「お、おい! どうしたんだよ、マスター!」


「力を使ったせいだろう。……世界を救った代償は重い、か」


 あの時、俺の命を救ってくれた父さんが倒れたように……ひどく消耗している。これが、PSを思うように使えないと言った理由、なのか?

 そして、俺たちが気を取られているうちに、ベルナー達は転移を始めた。


「待てよ、ベル! ミント!」


「レイランド孤児院の一員として、我々で責任は取る。……()()()()()()()()


「……なに?」



 そう言い残した、ベルナー達が姿を消した直後。

 ――まだ立っていた信者ひとりが、喉から血飛沫を上げて倒れた。


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